最新兵器 対 筋肉
小舟――伝馬船の操舵は、最初こそ喜二郎が行っていたが、体力の問題ですぐにナナシと交代していた。
櫂の扱いは喜二郎の方が腕前は上だったが、体力の差でナナシの方が進むのが早い。
喜二郎は汗だくになりながら苦笑いしていた。
「米を確保できたことは清右衛門殿から聞いた。見事だ二人とも」
喜二郎がそう言って鈴とナナシを労ってくれる。
鈴は照れ臭そうに笑う。
「色々順調とはいかなかったんだけどね。名主村と塩釜はなんとか食い繋げると思うよ」
「いつもお前たちには助けられている。礼を言う」
さて、港からだいぶ離れることができた。
喜二郎も頃合いと見たのか事情を話し始める。
「まずは確認しておきたい。二人は薩摩に受け渡した品のことをどれくらい知っている?」
「私は、なんかすごい船ってことくらいしか知らないけど」
その船に乗って来たのに鈴はそれくらいしか知らない。
ナナシは何も答えず、櫂を漕いでいた。
「一言で言えば、修理した難破船だ」
「難破船?」
あの船はどこかで座礁したものだったのだろうか。
しかしあれほど大がかりな船をよく修理できたものである。
「なんとなく察しているだろうが、幕府には認可されていない船だ」
「ああ、やっぱり……なんとなくそんな気はしてたんだよ」
あれだけ厳しい情報統制をする理由なんて、幕府非公認の物なのは容易に想像がつく。
だが、喜二郎は船について詳しく説明はせず、今置かれている状況の方を話し始めた。
「あの船の性能はおそらく日ノ本で並ぶものはない。だがそれゆえに、あの船を解析した某を危険視する者が後を絶たん」
「ええ……? でも仙台藩に言われてやった仕事でしょ? ちょっと横暴な気がするんだけど……」
鈴はちらりとナナシを見るが、彼は無言のままだ。
「問題は元の船より性能が良い物を作ってしまったことだ。おかげで完成が間に合わず、鈴が大阪に来ることになってしまった。すまぬ」
「私は大丈夫だよ」と言おうとしたところで、はたと気が付く。
……元の船より性能良くした、とか言わなかったか今。
「……うむ。船の構造は案外面白くてな。今まで開発してきた研究を詰め込んで、……ほんの少しだけ改良した」
ぜ、絶対に嘘だ。
思い返せばあの揺れない船は帆も使わず進んでいたし、色々と奇妙な部分があった。
あれがほんの少しの改良でできたものだったなら、元の船はどれだけすごい性能を有していたというのだろうか。
鈴が少し呆れたように喜二郎を見つめると、彼は咳払いして話を続けた。
「問題はなぜか島津様に某が気に入られていてな……何度も薩摩に誘われた」
あ、ごめん。それは私のせいかもしれない。
別に喜二郎の功績を盛ったつもりはないのだが、良い印象を持ってもらおうと喜二郎の技術を頑張って売り込んだ記憶はある。
「……どっちもどっちだ」
ナナシの呟きに、喜二郎と鈴は肩を震わせて笑いを堪えた。
---
鈴は話を聞いて思ったことがある。
喜二郎はすごい船を作ったのだから、たしかに藩が欲しがるのも頷ける。
だがなぜ喜二郎だけでなく鈴も狙われることになったのだろうか。
その疑問にはナナシが答えた。
「リンを薩摩に攫ってくれば、喜二郎を釣ることができるからではないか」
「ええっ……? いくら何でも、そんなことないと思うけど。ねぇ叔父上」
喜二郎も鈴の意見に同意してくれると思ったが、喜二郎は口ごもった。
「うむ……。同意したいところだが、某には前例があるのでな」
「前例?」
鈴が首をかしげる。
「米の行方を決める仙台の評定の際、内成を米沢に預ける代わりに某が仙台へ向かった時のことだ」
あぁ~!確かに。
はたから見れば鈴のために米沢まで駆けつけてくれたようにも見える。
でもあの時、呼び出しを受けたのは鈴だけでなく「林家」として喜二郎も呼ばれていたので、鈴のためだけに来てくれたわけではないのだが。
もしかすると、どこか重要な情報が抜けたまま薩摩に伝わっている可能性がある。
(というか……ひょっとして)
薩摩に知られている情報って、もしかして大部分が鈴繋がりだったりしないだろうか。
ミクニ、茂姫とはそれなりに仲良くしていたけど、話せない部分はちゃんと隠した。
かえってそれが誤解を生む結果になってしまって、今の状況になっているとしたら自業自得すぎる。
はぁ、と鈴は頭を抱えた。
「でも、大阪から叔父上を脱出させるなんて、清右衛門様も思い切ったことをするね」
聞くところによると喜二郎の方でも影武者を立てたらしい。
喜二郎自身は昨晩のうちに港に潜伏し、鈴たちを待っていたというわけだ。
(あれ……? そうなると私がお荷物にならなければ叔父上はさっさと仙台に帰れていたんじゃあ……)
なんてことだ。
鈴も標的になってしまったことで、喜二郎が逃げられる好機を失わせてしまったのか。
もうどうしようもないことなのに、鈴は自己嫌悪してしまう。
「はぁ……ゴメンね。叔父上。足引っ張って」
「ん? リンを足かせなどと思ったことはないぞ。それより、清右衛門殿の話ではそろそろ帆船が見えてくる頃なのだが」
海を進めども進めども、停泊している船などどこにもない。
薩摩の追手もいつ来るか分からないし、見つかればどうやっても逃げ切れないだろう。
「いや、見つけた。……最悪だ」
ナナシが指で輪っかを作り、陸の方を凝視する。
「おそらく俺たちが乗るために用意された帆船が、他の船に出航を阻まれている。清右衛門様の言っていた帆船は来ない」
「ええっ!?」
鈴も目を凝らして港を見てみるが、薄暗くて何も見えない。
喜二郎も同じようで、鈴と顔を見合わせていた。
さすがにこの小舟で江戸まで行くのは難しい。
逆に陸を行けば関所を通らねばならないし、時間もかかるため現実的ではない。
「夜が明けてきた……」
水面から上る朝日に鈴が目を細める。
「ん?」
水平線の太陽に黒い点が見えた。
それは少しずつ大きくなっていく。
「あれは……」
喜二郎とナナシも息をのむ。
この大阪に来てから、仙台と薩摩の間でずっと話題に挙がっていた品物。
――海洋軍船。
薩摩に渡った大型船が次第にこちらへ近づいてきた。
「あ」
港の方を見ると、一隻の黒い帆の船がすごい勢いで出航してきた。
仙台の船ではなく薩摩の船である。
……挟み撃ちだ。
どちらにつかまっても喜二郎は薩摩に連れていかれてしまう可能性が高い。
万事休すかと思ったその時、喜二郎が懐から何かを取り出して鈴に渡す。
「リン、もしも危うくなったらこの袋の中身を見ろ。お前は仙台に帰れるかもしれん」
「これって、林家の薬袋?」
何かすごい切り札になるものが入っているのだろうか。
だが渡された薬袋は特に重さもなく、あまり期待できそうにない。
次第に近づいてくる二つの船。
どうやら港から出航してきた船の方が、鈴たちに早く接触しそうだ。
最後の悪あがきで、陸に逃げるのももう難しいだろう。
もうこうなれば泳いででも岸にたどり着けないかという考えも思い浮かぶが、自分は泳げるのか試したことがない。
色々考えているうちに、港から来た薩摩の船は鈴たちの目の前にやってきた。
ぱらりと、縄梯子が降ろされる。
だが、梯子の上から見下ろしてくる人物だけは予想外だった。
「リン、キジローさん。早く乗って!」
「ミクニ!?」
まさか捕まえに来たのがミクニだとは思わなかった。
だが、なんだか雰囲気がおかしい。
ミクニはなにか焦っている。
少し疑心暗鬼になりながらも、三人は薩摩の船に乗り込んだ。
ミクニはそれを確認すると、半裸の薩摩隼人に号令を下した。
「出航! 江戸まで漕げ漕げー!」
「チェストぉぉおお!」
薩摩の船は最新鋭の軍船を引き離し、ものすごい速さで海の上を進んで行った。
---
かつてイロハが「精神論だけで先行していた船に追いついた」と評したこの薩摩の船は、海の上を飛ぶように進んでいた。
喜二郎が言っていた日ノ本一の性能を持つ船ですら一時的に置き去りにした薩摩隼人の力、おそるべしである。
三匹の猫を体に引っ付けたミクニが、例の軍艦を引き離したのを確認して鈴の元にやってくる。
「んん! やー、もう海に出てるなんて思わなかったよ。父上より先に接触できてよかった!」
「ミクニ、私たちを捕まえに来たんじゃないの?」
疑問に思った鈴はミクニに尋ねた。
するとミクニは豪快に笑った。
「悩んだんだけどね! リンを人質にキジローさんを釣ろうとかいうバカ家臣がいて頭来ちゃった」
それゆえに「リンの味方をすることにした」という。
鈴はびっくりした。
まさか藩の利益よりも友情を優先してくれるとは思わなかった。
「どうして、そこまで?」
「んん。まぁ、ケジメみたいなものだよ」
へへ、とミクニははにかんだ。
喜二郎とナナシが、ミクニに頭を下げた。
「ミクニ様、感謝いたします」
「キジローさん、本当につれないんだよねぇ。こーんなに行動で示しているのに、いい返事くれないんだから」
ミクニがつんつんと喜二郎の胸を指で突っつく。
喜二郎はどうしたものかと苦笑いした。
「今ならば某を薩摩に連れていけるのでは?」
「駄目ダーメ。それをやったら私じゃないもん。それにこんな脳筋な方法で手に入れたってキジローさんは納得しないでしょ?」
ケジメや納得とかミクニは言うが、いったい何のことだろう。
だがミクニは詳しくは説明せず、今の状況を話し始める。
「んん! まぁ瞬発力はこっちの方が上だけど、持久力はあっちの船が上。捕まったらみーんな薩摩に連れてかれちゃうよ」
「この速さの船に追いつくの?」
たぶんね、とミクニは頷く。
「なにせこっちはほとんど人力だからさ。いくらウチの男たちが筋肉でできているっていっても、休息が必要だよ」
それはあっちも同じではないだろうかと思った鈴に、喜二郎が補足する。
「あの船に休息は必要ない。いずれは追いつかれる」
「え、そうなんだ」
原理はわからないがそうらしい。
しかしそうするとこのままミクニに頼っても良いものだろうか。
以前のミクニの家での騒動とはわけが違う。
下手したらミクニの薩摩での立場がなくなるかもしれない。
だがミクニは「心配無用だよ!」と朗らかに笑った。
「もし薩摩から追い出されたら、キジローさんの嫁になって仙台に住むから!」
ミクニはどこまでもミクニだった。




