三等分の純情
「蕎麦粉にするのは大変だからね。そこはおまけで僕たちが製粉しておくよ」
団子売りたちは歓喜していたが、よくいけしゃあしゃあと口が回るものだ。
結局、倉庫にあった十分の一くらいの蕎麦粉が交換によってなくなることになり、その代わりに米を得たことになる。
団子売りたちは和気あいあいと倉庫から出ていった。
そこでようやくトシは大きく息を吐き出した。
「タレは蕎麦粉と一緒に明日の朝イチであのおっちゃんたちに届けるから、タレ作りで今日は寝れないかもなぁ」
「それは構わないが、この調子だと蕎麦を全て交換できるかは怪しいな」
トシの独り言に、イザマルがそう肩を竦めた。
あれ? さっきまでの怒り心頭で顔を真っ赤にしていたのに、もう落ち着いたのだろうか。
鈴はイザマルの顔を覗き込んだ。
「イザマルは昨日も寝てないんでしょ? 作り方教えてくれれば私たちがやっておくよ」
「いえ、お気遣いは不要です。おりん様」
隈を隠そうとしているのか、イザマルはこちらを見なかった。
しかしイザマルの言うことにも一理ある。
このまま連日同じ量を米と交換できたとしても、蕎麦粉が痛むギリギリの期間だ。
「そこは大丈夫だと思うよ。今日はあれだけだったけど、評判が上がれば今まで声を掛けた人たちが集まってきて、雪だるま式に無くなっていくと思うし」
「トシってばホントに商売上手だよね。職人じゃなくて商人になりたいの?」
鈴がそう言ってからかったが、トシは首を振った。
「僕は商人じゃなくて、武士になりたいんだよ」
「え、そうなんだ」
鈴は驚く。それは初耳だ。
たしかに商人が銭で武士の身分を得るという話は聞いたことがある。
清右衛門が商人から仙台藩の重鎮になったという話を、未来の芳から聞いた。
トシは鈴の前に立って見上げてくる。
「欲しいもののために、身分が必要だからね」
なるほど。たしかに武士の身分なら、市井では手に入らないものにも手が届く。
名主の芳は聞いたら悲しむかもしれないが、鈴だけは味方でいよう。
「へぇ。頑張ってね、トシ。応援するよ」
その時、ナナシが眉間を指でもみ、イザマルが可哀想な目でトシを見ていたのはなぜなのだろう。
トシは「うん」と言ってにこやかに笑っていた。
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それから倉庫にあった蕎麦粉は見る間に無くなり、代わりに米俵が増えていった。
団子や餅を出す店は大阪で半分ほどになり、代わりにモチ蕎麦を売る店が流行し始めた。
人は売れる物に集まるらしく、馴染みが深いはずのモチのような蕎麦に群がった。
連日タレ作りをしていた鈴たちの体力が限界に達する前に、蕎麦粉は何とか全て交換し終えた。
「なんとか米に替えることができたねぇ」
山積みになった米俵に腰掛けたトシがほっと一息つく。
さきほどようやくタレの作り方を団子売りたちに伝授し終えたところだった。
正確な分量を皆に教え込んでいたイザマルも、積まれた米俵を感慨深そうに撫でた。
「それなりに出費もあったが、これだけ集められれば名主村も塩釜も冬は越せるだろう。おりん様、ナナシ殿、感謝いたします。……ついでにトシもな」
ぶっきらぼうにイザマルが顔をそらすが、分かりやすい照れ隠しだ。
一時期はどうなるかと思ったが、後は仙台への搬送ができれば今年の食糧事情は解決したと言ってもいいだろう。
残る気がかりは喜二郎だけだ。
「あれから薩摩藩邸に何度か足を運んでみたが、謁見はおろか取り次ぐことさえできなかった」
ナナシがそうつぶやく。
どうやら鈴と一緒にいるナナシも警戒対象になってしまったらしく、中の様子が分からないらしい。
だが、そろそろ薩摩への船の受け渡しや説明なども大詰めだろうし、帰りの準備をしていく必要がある。
「色々忙しかったけどさ。明日くらいはみんな自由に動こうよ。大阪なんてめったに来る機会ないんだし」
トシの意見に鈴とイザマルは頷いた。
実は鈴も大阪の本屋が気になっていたのだ。
みんな自由に動くということであれば、ナナシの妨害も入るまい。
鈴はトシの意見に大いに賛成し、翌日を楽しみにその日はぐっすりと眠った。
翌朝。
仙台用の宿屋の前でトシとイザマルが額を突き合わせていた。
「何やってるの、二人とも」
大阪についた時に同じような光景を見た気がするが、今度は何で争っているのだろうか。
鈴が声をかけると、二人は大股で鈴の前にやってきた。
「リン、一緒に街を回ろうよ」
「おりん様。私がお供いたします。トシは置いて行ってください」
なんかくだらないことで揉めていたようだ。
どっちが一緒に来てもいいのだが、鈴が求める本屋に殿方が入ってもいいものだろうか。
大阪だから大谷吉継さまと石田三成さまの、人には言えない本があるはずなのだが。
うーんと悩む鈴に、トシとイザマルがそれぞれ自分について行った方がいい理由をまくしたてる。
いや、利点じゃないんだよ。鈴のちょっと言えない趣味に付き合ってくれるなら、どっちでもいいんだけど。
結局、鈴たち三人とナナシで大阪の街を歩くことになった。
ナナシが付いてきたせいで本屋は諦めた。
「お前が母君にどういった本を読まされたのかは知ってる。絶対に許可しない」
「もういっそのこと、私が作家になった方が早い気がしたよ」
肩を竦めた鈴は、お供の男三人と一緒に大阪の街を練り歩いた。




