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波乱の大阪へ

イロハたちが視察を終えて仙台城へ帰った後、湯治村は通常営業することになった。

客足は上々で、風呂よりも足湯の方に興味を引かれる客が多かったのが印象的だった。


利用する客で最も多いのが商人、次いで飛脚だ。


「仙台の福売りを聞いてね、興味深い物が出てきたということで足を運んだんだよ」


その商人が言うには、江戸でよく売れるであろう商品が仙台から出てきたらしい。

それが何かは教えてくれなかったが、鈴が広めたであろうフンドシだったら嬉しい。


ちなみにお土産としてこけしや木工の売れ行きも上々で、こけし村の人たちの懐も温かい。

湯治村とこけし村は、だいぶ軌道に乗ったと言える。


「皆よく頑張ったね」

「おりん様、本当にありがとうございました」


鈴が名主村に帰る日、湯治村の村長だけでなく村の皆が挨拶しに来てくれた。


飢饉で家を失い、身売りにまで身をやつした人々の姿はもうどこにもない。

彼らは自信と笑顔に満ち溢れていた。


「行くぞ、リン」


ナナシの言葉で、名残惜しくも鈴は湯治村を後にした。

山を下りながら、鈴は少し不思議に思ったことをナナシに尋ねてみる。


「そういえばナナシ。今までどこ行ってたの?」


イロハたちが来てから、ナナシを見かけることが少なくなった気がする。

彼女たちの護衛についているのかと思ったのだが、どこに行っていたのだろう。


ナナシは菅笠を被り直し、ぼそりとつぶやく。


「……護衛だが。目立たぬよう、裏で動いていた」

「そうなんだ?」


まあ、やんごとなきお方が来ていたから、陰ながら護衛についていたのだろう。

……足湯に来た殿様に護衛が居なかったように見えたが、どこかで見守っていたのかもしれない。


「名主村に帰ったらどうする」

「うん……。皆に相談しようと思っている。大阪に行くこと」


大阪に行ったところで、鈴に何ができるかはわからない。

今は名主村の現状を落ち着かせることを優先するべきなのかもしれない。


それでも、鈴が行くことで喜二郎を仙台に戻せるのなら、大阪へ行くべきだ。

ナナシは反対しなかった。






---

「お帰り、リン。今回もお疲れ様」


名主村に戻ると、芳が出迎えてくれた。

他の皆は畑仕事で出払っており、名主の家には芳と数人の女中だけだった。


「ただいま、芳。今回もギリギリなんとかなったよ」

「あらそうなの?」


芳は驚いたように口に手を当てた。

鈴が泣きわめいて「もうだめだ」と蹲っていた姿を知っているというのに、芳はいつも通りだった。


しかしやはり名主村は落ち着く。久々の実家に帰って来たみたいだ。


逆に本当の実家は今や鬼ヶ島である。

次に足を踏み入れるときが色々な意味での決戦になるに違いない。


考えるだけで気が重い。

戻って来たばかりの鈴には特に仕事はなく、皆が落ち着くまで猫の世話をしていた。






---

日が暮れ始め、畑仕事に出ていた男たちが家に戻ってくる。


「お。リン、戻って来たか」

「ただいま、六郎太」


手ぬぐいで汗を拭きながら居間にやってきたのは六郎太だった。

遅れて仁八もやってくる。


「で、湯治村の仕上がりはどうだったよ?」

「上々だと思うよ。やんごとなき方たちも満足していたみたいだし」


そうか、と六郎太は笑った。

それだけで、誰が来ていたのかを察したらしい。


芳だけが不思議そうにしていたが、あまり説明できないのが少し申し訳ない。


「で、これからどうするリン」

仁八が単刀直入にこれからのことを尋ねてくる。


鈴は頷いて、息を整えた。

それをこれから話し合わなければならない。


「私がこの村でできる仕事って、まだある?」


鈴がこの村にいない間、ほとんどの折衝を芳が引き受けていた。

かなり負担が大きかったと思うし、これから鈴が代われることはあるだろうか。


六郎太は大きく頷いた。


「そりゃ山盛りだよ。芳がいつもテンヤワンヤで『リンがいてくれたら』って、オイラに泣きついてるんだ」

「泣きついてないわよ、バカ」


芳がそう言って六郎太のおでこを指で叩く。

なんだかんだで仲いいのがこの二人である。


鈴は「そうだよね」と言って苦笑いした。


「どうした、なんかまた厄介ごとでも起こったのか?」

「いつも好きで厄介ごとを抱えているわけじゃないんだけど。まぁそうだよ」


六郎太の軽口に鈴は首肯する。


「叔父上たちが大阪から帰ってこられなくなっているって聞いてる。だから迎えに行こうかと思ってる……んだけど」

「行ったらいいじゃないか、なぁ?」


六郎太が促すと、芳と仁八は頷いた。


「大阪からみんな戻ってこなくて、心配していたの。リンが様子を見に行ってくれるなら安心だわ」

「名主村の者たちは離れられん。見て来てくれると助かる」


三人とも、本当は鈴に仕事を振りたいだろうに、快く大阪行きを認めてくれた。

よほど大阪に行った面々を心配しているのだろう。


鈴は頷き、大阪へ行く決心を固めた。






---

仙台の港にたどり着くと、港は以前よりも明らかに大きくなっていた。

そして大阪に行くにあたって船をどうするかと思っていたが、それは重村が用意してくれていた。


なんでも元々これを薩摩に渡す予定だったのだが、大阪への出航までに点検が終わらなかったらしい。


「……なんか、厳ついというか。見たことない船だね」


鈴は一緒に乗り込んだナナシに同意を求める。

ナナシは何も答えず、ただ頷いた。


一応帆はあるが、船底の横に四角い切れ込みが等間隔で並んでいる。

もしかしてあれは櫂で漕ぐための窓だろうか。

薩摩の人が喜びそうな船だ。


船長や水夫は、初めて江戸に行ったときに船を操っていた人たちで、意外と顔なじみが多い。


「リン、一つ守ってもらいたい約束がある」

「怖いなぁ、改まって。それでなに?」


「絶対にこの船のことを人に言ってはならない。誰であってもだ」


そう言われて思い至る。

おそらく喜二郎が作っていたのはこの船なのだろう。


たしかに幕府からすると、こういった最新型の船を作ることは制限しているだろうし、公にすることでもないのかもしれない。

鈴は頷いた。


「あまり、深くは知らないようにするね。どうせ見ても分からないけど、探検なんかしないから」

「……フリじゃないぞ。絶対にするなよ」


君子危うきに近寄らずっていうし。

大丈夫だよ、信用ないなぁ。


いつもと違って船は港に横付けされており、階段のようなものを上って乗り込んだ。

今までは梯子をよじ登ったり、渡し板から乗り込んでいたので階段で乗り込むというのは新鮮だ。


きっと荷運びを楽にするために作られた船なのだろう。

ナナシに背中を指で突っつかれ、鈴は口をとがらせながら船内に入った。


わかってるってば。


甲板も今までの作りとは違う。

ところどころに杭みたいなものが飛び出しており、これが何に使われるのか見当もつかない。


全員が船に乗り込むと、船長は大きく声を張り上げた。


「出航!」


その言葉で、水夫たちがあわただしく動き始める。

船の帆を上げていないのに、ゆっくりと港から離れていく。


櫂で漕いでいるのかな、と思ったが、例の窓からは何も出ていなかった。

どういう仕組みで動いているのだろうか。


「リン」

「わかっているってば。部屋があるって聞いたし、そこで大人しくしているよ」


背中を指で突っついて先を急がせるナナシに口をとがらせ、鈴は船内に入った。

部屋に入ると、長い机のような台に布団を乗せた南蛮式の寝所があった。


舞い上がった鈴は、そのまま寝所に飛び込んだ。

「あまりはしゃぐな」とナナシから注意される。


いいじゃない、他にやることもないんだし。

ごろりと寝返り、木戸でできた丸枠から見える外を見る。


大阪で何があるのかはわからない。

鈴に何ができるかも分からないが、きっとみんなを仙台に連れ戻して見せる。


鈴は丸い木枠から見える風景を眺めながら、先の未来に思いを馳せた。

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