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嫁婿争奪合戦

林家の広間には鈴を含む四人がコの字に座っていた。


右手に祖父の什吾、左手に父の市平。

そして鈴の隣に、母の初である。


「リンを、重村様の弟君……宗村様の八男に娶らせる」


そういったのは什吾だ。

有無を言わさぬ力強い言葉に鈴は身をすくめる。


この面子が集まったことで、なんとなく話の内容は予想がついていた。


家に戻されたのは、鈴の縁談のためである。

ずっと先延ばしにして逃げて来たようなものだが、ここに来て結論を出さなければならないらしい。


「いや、工藤家の長男から縁話が来ている。リンは工藤家と結ばせる」


対する父はそう言い切る。

工藤家というと、蝦夷に行ったという方だろうか。


あまり詳しいことは聞かなかったが、同じ藩医の家系だということは知っている。

おそらくその縁つながりで、市平は話を持ってきたのだろう。


二人とも、その方との縁がいかに大事か、白熱した論争を繰り広げていた。


(というか、どちらも顔も知らなければ名前も年齢も知らないんだけど)


こう言ってはなんだが、鈴はあまり縁談の相手について深く考えたことはなかった。

叶うならば幸村様のような方が理想だが、そんな英雄がそういるわけではない。


というか幸村様が相手なら側室でもいい。むしろ側室にさせてください。


(現実はそうもいかないけどね)


なんとなく同じような中級武士に嫁ぐと思っていたから、少しずつ花嫁修業はしてきた。

しかし、まだ輿入れしたくないというのが本音だ。

今は大飢饉の最中だし、家事や育児よりも村の事業の方が気になる。


村では芳がかなり負担を背負っているし、今や鈴にしかできない仕事もある。

そこらへんに理解のある旦那さんだと嬉しいが、お相手は許してくれるだろうか。


(お爺様と父上の選んだ相手だと、難しそう……)


どちらも身分のあるお方のようだし、輿入れしたらお家の事の方を優先することになるだろう。

どちらが良いかという話で鈴が決めていいなら、重村の弟君の方がイロハと距離が近くなれるしありがたい。


選べる立場じゃないんだけど。


「父上の言うことは分かりますが、工藤の家との繋がりは江戸で欠かせぬものとなります。……初も何か言ってやってくれ」

「私の意見を申し上げてもよろしいのですか?」


初ののんびりした返事に「もちろんだ」と市平は返した。

「では」と言って、初は考えを述べる。


「私は喜二郎が良いと思います」

「「なんと?」」


全員の声が重なった。というか、鈴の声も重なった。

市平が慌てたように初をとがめる。


「叔父と姪を結ばせるわけにはいかんだろう、何を言っているのだ初は」

「ですが、喜二郎は養子でしょう? 血筋的には問題ありませんよ。旦那様」

「いや、喜二郎は……」


言いよどむ市平。

たしかに、喜二郎が血縁関係のない養子ならば問題ない。


しかし什吾の姉の子が喜二郎だと鈴は聞いた。

であれば、血縁関係があると言ってもおかしくないような気もするのだが。


(あ、なるほど)


市平は……というより林家は喜二郎が血縁関係のある養子だということを隠していたのか。

鈴は喜二郎から聞いて知っていたが、母は嫁なので知らないのも無理はない。


ややこしいので説明したいが、鈴が説明したら余計こじれる気がする。

すると初が咳払いする。


「林家に子はリンしかおりません。ならば嫁に出すより、婿を取るのは自然ではないですか?」

「いや、その。喜二郎は……」

「もちろん。お義父様の姉の子が、喜二郎だということも知った上で言っているのです」


その瞬間、什吾と市平が目を見張った。


「知っていたのか。であればなぜ……」

なおさら喜二郎を婿とすることができないのは分かるだろう?と市平は目で訴える。


しかし初がさらにとんでもない情報を公開した。


「お義父様は林家の養子です。つまり、喜二郎との血のつながりはありませんので、問題ありません」


什吾も、養子?

つまりどういうことだ?


(えーと……お爺様と、叔父上の母親は血が繋がってないから……私とも血が繋がってないってことだよね)


つまり喜二郎と鈴は親戚ではあっても血縁ではない、ということだ。

そうなると喜二郎は鈴に婿入りしても問題ない。


(叔父上には、まったくそういう感情はないんだけど……)


喜二郎ならばよく知っている仲であるし、村にいさせてくれるだろう。

子育てや家事なども大分先延ばしにすることができるかもしれない。


喜二郎と夫婦になるという実感はまるで湧かなかったが、少なくとも知らない相手へ嫁ぐよりはずっと気が楽かもしれない。


あれ。そう考えると、いい話ではないだろうか?

鈴が納得していると、什吾が苦虫をかみつぶしたような表情をしていた。


「いつから知っていた?」

「嫁ぐ前に知りました」


平然と初は答える。

それにしてもすごい情報収集力だ。


市平も知らなかったように見える。

どうやって調べたのだろうか。


「その情報を知るのは、ごくわずかだ。どうやって知ったのだ」

祖父も同じように感じたのか、初に尋ねた。


あら、と初は目を瞬かせる。



「私は片倉の生まれですよ、お義父様」

片倉……カタクラ?


母の実家は白石だ。

そしてそこの片倉と言えば、さかのぼる先祖は一人しかいない。


伊達家家臣、片倉小十郎。


「情報収集はお手の物です」

初はにっこりと笑みを浮かべた。




仙台の大英雄、政宗様が認めた右腕の家系だった。





---

「どのような理由があろうと、喜二郎は認められん」


什吾のその言葉に、市平も頷いた。

初は首をかしげる。


「なぜでしょうか?」


初の問いに、什吾は答えない。

その眼には有無を言わせない強い力があった。


「俺も納得できん。喜二郎だけはダメだ」

一方で市平はどちらかというと感情的に拒否しているように思える。


もしかして……。

過去の母めぐって争われた嫁取り合戦と関係のあることなのだろうか。


詳しく聞いてはいないが、喜二郎が市平を取り持って嫁にすることができたと聞いている。

だったら協力的になってくれそうなものだが、それに関係した理由があるのかもしれない。


初はため息を吐く。


「この家の借財、喜二郎がいくら負担してくれたのか。旦那様はご存知でしょう」

「いや、それは。そうなのだが……それとこれとは――」


「喜二郎より家を支え、娘を安心して任せられる方がおられるのであれば、その名をお聞かせください」

「工藤の、家なら……問題ない。俺が保証する」


三者とも意見を曲げない。


心の中で母を応援したい。

できればこのまま逃げ出したい。


鈴は一言も発しないまま、その日の話し合いは決着がつかずに終わった。





そして鈴は夜の内に家を抜け出し、名主の家に逃げた。






---

薄暗い工廠の中、油のわずかな光を頼りに男は筆を走らせ続ける。

文字と図形を紙の端まで書き終わると、男は筆をおいた。


「これならば、どうだろうか」


男――喜二郎は薄汚れた着物で顔をぬぐい、内容を確かめる。

彼が気が付いた時には既に日が暮れていて、その場には一人しかいない。


喜二郎は藩命によって軍船と大筒の解析および設計書の作成、それらの修理を命じられている。

藩にとっては秘中の秘であり、携われる人員が限られている。


小さな船を作ったことはあっても、ここまで大きな船の製作は経験がない。

喜二郎は失敗しては繰り返し、不具合が起きては検証を繰り返した。


これは薩摩との取引の結果であり、なるべく早く、それでいて自分が納得できる成果を出さなければならない。


だが不満は一切なかった。

何しろ藩の予算だ。大きく銭を使えるという機会はそう多くない。


今日が新年だということも忘れ、ただやりがいのある仕事を続けていた。

世間では今日が祭だということは知っていたが、今まさに喜二郎は祭の最中である。


「喜二郎、おるか」


一息ついた喜二郎に声がかけられ、顔を上げる。

薄暗くて顔はよく見えないが、声に聞き覚えがあった。


「父上? いかがなされました」


父の什吾はこの工廠に出入りを許された数少ない人間だ。

什吾は主に喜二郎の私物の管理や、工廠の外にいる職人に設計図通りの部品の手配をしてくれている。


この仕事の前まではしばらく顔も合わせていなかったので、忙しい父に会う貴重な機会だった。

しかし尋ねたいことは色々あるものの、うかつに話をしてよい場所でもない。


「父上?」


喜二郎を訪ねてきたはずの什吾は、何も言わずにそこにたたずんでいた。

まるで幽鬼のようにおぼろな表情で、喜二郎を見ていた。


「……家で何かありましたか」

藩政や医療の悩みであれば、自分ではなく兄の市平に話をするであろう。


そうなると家で何か起こったのではないか、くらいしか思いつかない。

什吾は意を決したように、口を開いた。


「お主、リンをどう思う」

「利発な娘だと思っております」


間髪入れずに答えた喜二郎に、什吾がため息を吐く。


「言い直そう、好いておるか」

「無論です。可愛い姪だと思っております」


そうではない、と什吾は首を振った。


「嫁に欲しいか、と聞いておる」

「いえ。それはありませぬが……何かございましたか?」


什吾の様子がおかしいことに気が付いた。

何やら思いつめたような表情であり、何かを求めているように見える。


喜二郎の勘違いでなければ―――助けを求めているようにも。


時折、什吾はこのような思いつめたような顔をする。

何か重大なことが起こっているのかもしれない。


喜二郎が尋ねようと思ったその時、什吾は手でそれを制する。


「いい。それよりもこれを渡しておく」

「これは?」


いくつかに折りたたまれた紙のようなものを喜二郎に突き付ける。

喜二郎は両手で受け取ろうとするが、什吾はその紙を手に持ったままだった。


「これには、リンが将来結ばれる者が書かれている」

「なんと……。では縁談の話があったのですね。存じませんでした」


驚きはしたが、鈴も年頃である。

縁談の話が持ち上がること自体は不思議ではなかった。


喜ばしいことのようにも思ったが、什吾は紙を持ったまま苦い顔をしていた。


「父上」

「これは、お主が見ても意味がないものだ」


それはそうだ。

鈴の縁談相手に、喜二郎が関与できるわけがない。


ならば、なぜこれを喜二郎に渡そうとするのだろう。


(いや……紙? ……まさか)


喜二郎が見ても意味がないもの、と什吾は言った。

そして鈴の将来結ばれる者が書かれていると。


「名前」や「文字」とは言っていない。


そして、もしも書いてあるのが喜二郎の脳裏によぎったものならば、たしかに喜二郎が見ても意味はない。


「父上、それは――」

「これをどう使うかは、お主に任せる。変えるも変えぬも、天の導きであろう」


什吾は喜二郎の返事を待たず、立ち去った。

取り残された喜二郎は、折られた紙を見つめる。



喜二郎は中身を見ないよう薬袋の中にそれを入れ、そっと懐にしまった。






---

「芳ぃ……」

「ほらほら、どうしたの。まるで赤子のように泣きはらして。美人が台無しよ」


名主の家に駆けこんだ鈴は、芳の胸で泣きはらしていた。


婿嫁の話は御家の一大事で、藩まで絡むとなると機密事項だ。

話すに話せない鈴は、何も話せずしくしくと涙する。


それでも芳は何も聞かず、ただ鈴の背中を撫でてくれた。

まるで子供をあやすかのような芳のぬくもりが、いまはありがたい。


おかげで少し落ち着いた。

というか、生まれて初めて美人って言われた。


「私、綺麗?」

「お。なんだなんだ、怪談か? まだ夏には早ぇぞー」


塩釜に帰ったはずの三吉がそう言うと、芳が空の椀を投げて黙らせた。

彼の隣にはぐったりしたイザマルと眠そうなトミがいる。


「父が……様子を見に来たことで、順調だった売り上げが落ちました」

「そんなことねぇだろぅ。ちゃんと売り切ったじゃねぇかー。なぁトシ」

「三吉。今、僕に話しかけないで。イザマルの言葉、よーく考えて反省して」


なんだよぅ、と言って一向に意に介さない三吉。完全に出来上がっている。


一体あの後トシとイザマルに何があったのか、そっちも気になる。

だけど今は少し、空気を読んでほしい。


「あれでもリンのことを心配してたんだ。おおめに見てやってくれ」


そんなことを思っていたら六郎太が寄ってきて、小声で鈴に呟く。


彼の手には鯉を味噌で煮た「鯉こく」の椀があり、それを鈴に差し出した。

六郎太のもう片方の手には鈴の好物の焼きおにぎりが握られており、それも鈴の前に置いてくれた。


「ありがとぅ六郎太。日も暮れて、もう食べられないかと思ったよ」

「明日の朝日が昇るまでが今日だ。今、来たのなら問題ない。存分に味わえ」


そう言って仁八が酒瓶をあおっていた。


きっとこの鯉こくを料理したのは仁八なのだろう。

久々の酒でいつもより口数も多い。


「そういえば、ナナシと……叔父上は?」


いつもの仲間で、喜二郎とナナシだけがこの場にいない。

しかし、喜二郎にどのような顔をして会えばいいのだろう。


しばらく顔を見ていないし、縁談の話なんて聞いた後でいつも通り話せるだろうか。


「ナナシもぉ、喜二郎も見てねぇなぁ。あいつらはどうせ仕事だろぉ。何せ仕事が嫁だからな」

その言葉にその場にいた者たちが、どっと笑い合った。


「……そうだね」

ただ一人、鈴だけが笑顔を引きつらせていた。

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