仙台の福売り
新年になった朝。
仙台の各広間では、かつてない賑わいを見せていた。
城下には朝早くから人があふれていた。
福箱を抱えた商人たちが声を張り上げ、行列ができる店まである。
子どもは背伸びをし、大人たちは何が入っているのかと噂し合っていた。
福箱祭ともいえる久々の行事。これを見て気分が高揚しないものはない。
そして何より、これは藩の主催であるということが大きい。
最も多くの商品を売った店に、米十石を買う権利を与えるという大盤振る舞いだ。
これは上手い、と鈴は感心した。
「与える」だと不正を働く輩も出てくるかもしれないが「買う権利」である。
この飢饉で、仙台に米を欲しがらない者はいないだろう。
しかも「多くの商品を売った店」というのもミソだ。
売り上げ勝負であれば大店に勝てるものはそういないが、数の勝負であれば町人や農民にも勝機がある。
ちなみに事前に届け出を出さないと商売はできないので、未申請で最多の商品を売っても権利は与えられない。
なお副賞も充実しており、仙台の民はやる気を出した。
すごいね、士気ってこういう風に上がる物なんだ。
今までの七夕でも盛り上がったことはあるが、今日はその比ではない。
城から空砲が鳴る。
新年初の福箱祭が、幕を開けた。
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時はさかのぼり、一か月前に城下でお試しの説明が行われた。
「中身が見えねぇのに買う奴なんているのか?」
始めはそう思っていた人も多かった福箱祭りの説明会。
鈴は意気込んで解説役を引き受けた。
商品を売り込むうえで、事前に知らせることができる機会は見逃せない。ということでイロハに提案したのである。
前もってどんな祭りなのか説明できる利点を認めたイロハは、承諾してくれた。
その時に売ったのは鮫油と手ぬぐいである。
「髪につける油の福箱」という札を掲げていて、城下の皆は物珍しそうに集まった。
だが最初のうちは皆、様子見で遠巻きに鈴を見ているだけだった。
かなり小ぶりにしているとはいえ、髪油はそれなりに高価だ。
いくらお得感があるという触れ込みでも、おいそれと買おうとする者はいない。
だが久しぶりに楽しそうな催しに、町人の一人が恐る恐る進み出た。
「まぁ、蕎麦二杯くらいの銭って考えれば、今年最後の運試しってのも乙か」
「お買い上げ、ありがとうございます」
小さな陶器の小瓶に手ぬぐいが巻かれている。
その商品の価値がどんなものなのか見るため、最初のお客の近くに人が集まった。
「小瓶は、まあ嫁に渡せば喜んでくれそうだな。包んであるのは、柄入りの手ぬぐいか? 洒落てんな」
「ちょっと、見せて!」
その男がひらひらと広げた手ぬぐいを、年若い女性が血相を変えて見る。
その手ぬぐいには、美しい花柄の刺繍が縫い付けられていた。
年若い女性は、その商品を売っていた鈴をまじまじと見る。
「あなた、もしかして……」
「はい。喜二郎の姪です」
その瞬間、空気が変わった。
「ひとつ……いえ、二つ頂戴」
「わたしは三つよ。あぁ……銭が足りない。二つでお願い」
「申し訳ありません、おひとり様、おひとつ。お先に並ばれた十名様の早い者勝ちです」
幸か不幸か、その場にいた女性客はまだ少なく、あっという間に列が出来上がる。
事情を呑み込めない女性は、彼女たちにのるべきか否か迷っているうちに並び損ねていた。
そして手ぬぐいを巻いた鮫油はあっという間に完売した。
「このように、本来の価格よりもお得になるものを売るお祭りです。条件はちゃんと本来の商品よりもお得になっていること。そして中身が見えないことです」
にこりと鈴は笑って、集まった町人を見た。
ちなみに鮫油は適正価格だから、今回は包んである手ぬぐいの方に付加価値が付いている。
商品を買えた女性はうっとりとその手ぬぐいにほおずりしている。
元が何でできているかは、知らない方がいいだろう。
しかし目の色を変えて飛びついた女性たちを見て、これがとんでもない商機であることを集まった人たちは理解した。
こうして、新年初の大一番の祭りが開催されることになったのである。
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「……」
福箱祭のさなか、仁八が無言のまま鈴の後ろにたたずんでいる。
ちなみに店の左右にも村から手伝ってくれる人が来ており、四人態勢で鈴は店を構えていた。
鈴が売っているのはフンドシの福箱だ。
だが他の店に比べると行列ができているわけでもなく、チラホラと覗いてはその値段を見て帰っていく。
仁八はともかく、村から応援に来てくれた二人は少し不安そうに鈴を見ていた。
「大丈夫だよ、ちゃんと仕込みはしてあるから」
フンドシはかなり高級で、手軽に買えるものではない。
ちなみに置いてあるのはフンドシの適正価格よりも少しお高めにしており、値段だけ見ると買うのを躊躇するのは間違いないだろう。
だがそんなことは百も承知で売っている。我に策ありだ。
「一つ欲しい」
「はーい!いらっしゃ、いませぇ……?」
菅笠に身を隠した武士が、そこには立っていた。
後ろに菅笠を五人ほど連れている。
その正体を悟って、鈴は心臓が飛び跳ねそうになった。
なにしているんだ、この人。
鈴は引きつった笑みを浮かべて、二種類の福箱を手の平で指し示す。
「お、お安い方は一朱。お高い方は一両となっておりますぅ」
「安い方を、一つ」
後ろに控えていた菅笠の一人が仁八の手に一朱を落とし、細長いつづらに入った福箱を受け取る。
「あ、ありがとう、ございましたぁ」
彼らはそのまま音もなく去っていった。
左右に控えていた応援の二人はきょとんとした顔をしている。
「リンさん、お知り合いで?」
「い、いえ。知らない人です」
そう、世の中に知らない方がいいこともある。
入れ替わるように、来店する人がいた。
「ふむ、フンドシを売っているのか。興味深い……どうした?」
「ああ、清右衛門様! これはこれはお世話になっています。先ほどの方はお知り合いですか?」
「ん? 誰か来ていたのか? 知らぬが」
じゃあ、あの人ぜったいお忍びで来たな。
取り仕切っているイロハが忙しそうなのに、こんなところで油売ってたら怒られますよ。
気を取り直して、清右衛門に接客する。
「お安い方は一朱。お高い方は一両となっております。お一つ、いかがでしょうか?」
「高い方を全て。安い方をここからここまでくれ」
一瞬、時が止まった。
ちょっと。打ち合わせではそんなこと言ってなかったよね?
むろん清右衛門はサクラであり、本人も乗り気で承諾してくれた。
もう。冗談がお上手だ。
一人一つって話を決めたのそっちなのに、購買意欲を誘うためにそこまでしてくれるなんて。
鈴はにっこりと笑ってお断りする。
「申し訳ございません。御一人につきお一つでございます」
「案ずるな、儂の家臣を連れてきた。十人いる。ゆえに十、売るのも問題あるまい?」
この人、買い占める気だ!
買ってくれるのは嬉しいが、これはいろんな人に喜二郎の手芸技術を知ってもらうための作戦でもあるのだ。
絶対自分では使わないだろうし、ここで買ったものをあわよくば江戸で売りさばく気である。
ちなみに高級な絹のフンドシは、それだけでも一両近い値が付く。
そこに喜二郎の刺繍という付加価値まで付いているのだから、一両という値段は破格だった。
「だ、団体様のご購入はお断りしておりますぅ。どうしてもとおっしゃるなら、三つまでなら多めに見ますぅ」
「ふむ、だったら家臣を三組に割ろう。団体三組なら、九つ買えるであろう?」
だから! 基本は一つだって! 言ってるでしょう!
そう叫びたいのを渾身の力で押さえつけ、笑顔のままにらみ合う。
だが周りの目を気にしたのか、先に折れたのは清右衛門だった。
「わかった、高い方を一つくれ」
「毎度、ありがとうございます」
清右衛門の小姓が小判を仁八に渡し、細長いつづらを受け取る。
清右衛門はそのつづらを小姓に持たせたまま、周りに見えないように中身を確かめる。
「お主、これの本来の値がどれくらいすると思う?」
鈴に尋ねたであろう問いに、鈴は答えた。
「おそらく二両以上はすると思っています」
「足りぬな。儂の見立てでは六両以上してもおかしくない」
その時、全員がぎょっとした。というか鈴も驚いた。
やれやれと清右衛門は肩をすくめる。
「これほどまでに凝ったものを作れる職人は限られている。しかも江戸では表立って贅沢はできぬから、こういったものの需要は非常に高い。儂ならこれを八両で売る自信がある」
「え、ちょ……」
「もっとも、こういう物は売るのではなく取引の道具として使う方が効果が高いのだがな。もし余れば儂が預かろう。六両以上の価値を出してやる」
そう言って、清右衛門は去っていった。
「……」
その周りの空気だけが一瞬止まり……。
中身の評価を知った商人たちが、鈴の店に殺到した。
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「あっという間に売れたな」
「うん。まぁ……大分損した気はするけど、新品じゃないし。問題ないよ」
安い方は確かに普段使いする人のために売ったが、高い方は違う。
喜二郎がまだ売っていない技術を売るための布石だ。
一両という決して安くない銭で買っていったのはほとんど商人だ。
全国の藩で売りさばいてくれれば、一気に知名度が上がる。
それを見越して売っていたというのに、清右衛門は買い占めようとしたのである。
事前にサクラの件を相談していたのは、そういう買い占めを避けるためだったのに。
油断も隙もない。
まぁ、ちゃんと体面を気にして最後は一つだけにしてくれたのだから感謝するべきなのだろう。
「あと五つ。安い方が残っているが、売らなくてよかったのか?」
「うん。そっちはもう先約があるから」
そうか、と仁八は言って詮索はしてこない。非常にありがたい。
喜二郎がどうして仁八を重宝していたのか、分かった気がした。
鈴は店を畳み、仲間たちの様子を見るため市場に繰り出していた。
まずは一番不安な三吉のところへ向かうことにする。
「よぉ、リン。お前の方、もしかしてもう売れちまったか…?」
「うん、完売だよ」
そうかぁ、と言って三吉は肩を落とした。
知ってる。ここでの売り上げで買い戻すつもりだったんだよね。フンドシ。
しかし、三吉のところの商品はまだ半分くらい在庫があった。
「こんにちはぁ、おりん様」
「トミ。お疲れ様。どう調子は?」
「絶好調ですー」と朗らかに笑う。
トミは後ろに乳飲み子を背負っている。この前生まれた娘だそうだ。
だが、絶好調という割にはそれなりに商品が売れ残っているのはなぜだろうか。
ちなみに売っているのは、鈴が一か月前に売ったものと同じ商品だ。
即完売してもおかしくない商材のはずなのに、なんで売れ残っているのだろう。
「それはぁ、旦那様が元が何なのかを明かしてしまったからですぅ」
「だ、だってよ。聞かれたら答えるしかねぇじゃねぇか」
あぁ、それで。
周りの人たちが買おうか買わないか迷っているのはそういう理由か。
鮫油を包んでいる手拭い、これが元は何なのかというと例のフンドシの端切れだ。
絵柄が多いものを裁断して、手拭いという形に縫い直したものである。
こういった再利用は割と多いのだが、いかんせん明かした時期が悪すぎる。
はぁ、と鈴はため息を吐いた。
「私、手伝おうか?」
「ほ、ホントか? ありがてぇ!」
「ありがとうございますぅ」
ちなみにトミの方も商売はあまり得意な方ではないらしい。
むしろ彼女がいなかったら、半分どころか全て売れ残ってもおかしくなかった。
すぅ、と鈴は息を吸った。
「これなるはぁー、とある方が使っていた布の端切れで作られた手拭い! その方はぁーとある獣に例えられるお方!」
突然演説を始めた鈴に、周りで様子を伺っていた女性たちが寄ってくる。
「その方はぁー、江戸の藩主相手に大立ち回り。技術を気に入られぇー、我が藩に欲しいとまで言われたお方ぁー」
「それって……」
「いえ、そんなの決まっているわ」
周りがざわめき始める。
「遠くぅー海を渡り! あの薩摩すら欲しがりぃー……我が藩の殿ですら手元に置きたいと言われたお方ぁー!」
ごくりと、周囲の女性たちが息をのむ。
そんなすごい経歴を持った人など、一人しか思い浮かばないだろう。
「そしてぇー! この端切れはぁーその方が身につけていた物を手拭いにぃーしたもの! 鮫油はぁーその方が十年かけて作りしぃーもの!」
三吉が「ホラ吹きじゃねぇか」と鈴を睨む。
嘘は言っていないよ、ホントのことだもん。
「その名を明かすことは出来ぬもぉー、縁起のよい名と聞けばお分かりでしょぉー! さぁ、お分かりになった方からぁーどうぞぉー。ここで買わねばぁー、やんごとなきお方がぁー買われていってしまうでしょぉー」
「それを先に言って! 一つ!」
「私も!」
遠巻きにしていた女性たちは、鳩のように集まって鮫油を買い求めた。
ぽかんとした表情で三吉がその様子を見ていた。
「おいおい、お――」
三吉が何か言いかけたが、仁八が肩を掴んで首を横に振った。
在庫の山が次第に丘になり、地平になった。
「ご愛顧ぉー、ありがとうございました。林家の長女の私がぁー、その方に必ず申しぃ伝えまするぅー」
拍手喝采で、完売御礼となった。
誰が使っていたかというのは重要だよね。
まぁ、嘘は言っていないよ。一つもね。
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商品が無くなった棚を片付けながら、三吉は不貞腐れていた。
トミがその様子を心配そうに見つめる。
「どうしたのぉ、旦那様。ちゃんと売れたじゃないのぉ」
「そうだが、嘘はいけねぇ。嘘はな」
そう言って三吉は鈴を見る。
鈴は心外というように目を見開いた。
「嘘?」
「あれ、喜二郎のことだろ。あいつはこの端切れだったもの使ってねぇ。なんであんな嘘言ったんだよ」
そう言って三吉が不貞腐れていた。
何言っているのだ三吉は。鈴は一言も嘘など言っていない。
「あれ、三吉のことだよ」
「はぁ!?」
思い出してほしい。
遠く海を渡って、三吉は江戸に行ったじゃないか。
重豪に気に入られ、いろんな藩主から鮫技術を買われて手元に置きたいと言われたのも三吉である。
鮫油を作ったのだって三吉だし、「吉」が付いて名前も縁起のいい。
それに名主からは「フカ」って呼ばれていた。
あの場で喜二郎や麒麟のことなんて一言も言っていない。
「いや、待てよ。やんごとなきお方が買われるかもーとか言ってただろ。ミクニ様のことだろ、アレ」
「違うよ、清右衛門様のことだよ。さっきフンドシ買ってもらった時、余ったら預かってやるって言ってたもん」
詐欺じゃねぇか、と三吉は天を仰ぐ。
「詐欺じゃないよ。私、嘘言ってないし」
それにね、と鈴は続けた。
「昔、三吉が教えてくれたんだよ。相手を気持ちよくさせるために便宜を図るのは、悪いことじゃないって」
それは門番に袖の下を渡すとき、渋っていた鈴に三吉が言っていた言葉だ。
あの時渡された五朱があったから、今日までやってこれた。
その恩を、鈴は一日だって忘れたことはない。
「だから返しに来たよ、五朱。もっとも銭じゃないけどね」
仁八が担いでいた細長いつづらを三吉に手渡す。
そこには一枚一朱のフンドシが五枚入っていた。
――最初から、この五枚だけは売らずに残しておいたものだった。
「あの時、銭貸してくれてありがとうね、三吉」
「……泣かせるじゃねぇかよぉ、お嬢ちゃん」
三吉はその場に崩れ落ちて泣いていた。
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三吉はトミを連れて、塩釜に帰るらしい。
「イザにも早く売り切って帰ってこい、って伝えてくれ。今日はごちそうだぞぉ」
あの後、売り切ったのは鈴な気もするが……まぁ三吉だし、いいか。
それに正月だけに許されたごちそうを食えるというので、気分も高揚しているのだろう。
鈴と仁八はトシとイザマルの売り場に向かった。
まぁ、あの商売上手なトシのことだし問題ないはずだ。
そう軽い気持ちで二人を訪ねた。
「……どゆこと?」
売り場に着いて驚愕した。
ほとんど売れていない。
あの商売上手のトシが、売り損ねているなんて想像だにしていなかった。
トシの横で、イザマルが絶望的な表情をして落ち込んでいた。
「リ~ン」
「どうしたのトシ。売れ残すなんて珍しいね」
聞いてくれよ、とトシは相談し始めた。
トシとイザマルが売っていたのは草鞋束とこけし、そして木工の道具が入ったつづらだった。
開けるまで分からないという楽しみを主題に、価値が均等になるように商品を入れたらしい。
ちなみに商材の確保をトシが、商品の振り分けをイザマルが担当したとのことだ。
トシもいくつかのつづらを確認し、多少ばらつきはあったものの許容範囲だと思い今日に臨んだ。
だがいざ買った人たちから、あまりにも当たり外れが大きく苦情が来たとのことだった。
「見てもいい?」
「うん……」
いくつかのつづらを開けてみると、最初のうちはそれほど問題ないように見えた。
だがふと開いてみたつづらの中を見ると、なんとこけし一つしか入っていないつづらがあった。
入れ忘れたのかな? と思ったが、次のつづらには草鞋の束がぎっしり詰まったつづらが出てくる。
「……どゆこと?」
「僕が聞きたいよ、僕が」
気になってイザマルに尋ねようとしたら、イザマルは膝をついて土下座してきた。
「申し訳ございません!」
「入れ間違いって雰囲気じゃなさそうだね。何か理由があるなら教えてくれる?」
「はい……物の価値で判断し、振り分けました」
価値? と鈴は首を傾げた。
「こちらのこけしは、こけし村の一番の職人が作り上げた逸品です。草鞋は一足このくらいの銭であり、それと等価になるために相応の数をまとめました」
ああ、なるほど。
値段に差が出ないように、物の価値に従って商品量を増減していたのか。
しかし、それだと問題があるような気がする。
「草鞋と、こけしと、木工の三つが組みになって売られるはずのつづらに、草鞋と木工が入っていなかったら、お客さんが怒っちゃうよ」
「ですが物の価値を考えますと、同等の価値あるものを詰めない方が不味いのではないでしょうか。結局売れば同じ価値なのですから」
たしかに価値をみれば、同じくらいの値段で売ることは重要だろう。
だからこけし一個しか入っていないのもあれば、こけしがなくて草鞋を詰めて同じ価格にしたものもあるということか。
でもね、イザマル。
分からないことを自分の価値観で決めちゃうと、後で大変なことになるんだよ。
いっぱい失敗してきた鈴だからこそ、心底それが分かる。
「よかったら売り方、一緒に相談しようか?」
「リ~ン、ありがとうぅ」
「忝のうございます……お手を煩わせてしまい申し訳ございません。おりん様」
鈴はいくつか案を話し、二人と話をまとめる。
いつものトシならすぐに思いついたであろう考えも、苦情対応に追われて冷静さを失っていたのだろう。
出した案の中で「草鞋の詰まった福箱は取りやめ、その草鞋をすべての福箱に配布。木工も追加する」という案に落ち着いた。
それとイザマルに、理論だけじゃなくて、ちゃんと人を見て気持ちを大事にすることを勧めた。
「二人とも大丈夫そう?」
「そうだね、なんで思いつかなかったんだろう。やってみるよ」
「利益が……少なくなります。ですが、売れ残るよりは合理的です。止むをえません」
鈴はそんなイザマルのおでこを指ではじく。
イザマルはきょとんと鈴を見た。
「叔父上は接客する時、見てるこっちが引くくらいの笑顔をするんだよ。しかめっ面でお客さんに話してたら、売れる物も売れないしね」
「なるほど……仰る通りです」
「ほらほら、笑顔笑顔!」
イザマルは可哀想になるぐらい笑顔がへたくそだったが、隣にトシもいる。
あとは大丈夫だろう。
「トシもいるんだし、私はこれ以上は手を貸さないけど。頑張ってね」
「うん、頑張る!」
「父上に負けるわけにはいきません」
三吉はもうとっくに売り切って塩釜に帰ってしまったが、ここでは言わないことにした。
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「あら、リンはもう完売?」
「うん。芳たちも売り切ったみたいだね」
芳たちを訪ねると、彼女たちは既に味噌を売り切っていた。
芳が売っているのはいつもの味噌だが、こちらは瓶の封におまけがある。
封紙を巻いているのが、あの「真田紐」なのだ。
これは鈴が毎日コツコツと作り続けてきた渾身の力作を提供した。
得意でなかった編み物も、おかげでかなり上達した気がする。
なんでこれを選んだかは、言わずもがなである。
風呂敷を畳んでいた六郎太がこちらに聞いてくる。
「トシたちはどうだった?」
「苦戦しているみたいだけど、たぶん今日中には売り切ると思うよ」
色々助言した気もするが、あの二人ならそれだけで十分だろう。
六郎太は頷いて笑った。
「わかった。じゃあ先に村に戻って宴会するか。今日は一年で酒が飲める数少ない日だしな」
「やった、私も飲ませてね」
芳は苦笑いしながらうなずいた。
年が明けたから鈴も今日から成人である。
すると仁八がぽつりと話し出した。
「俺は銭を預けてくる」
「そっか、うん。そうだよね。お願い仁八」
ああ、と仁八は頷いて城の方に向かった。
イロハに銭を預けてくるのだ。
大金の預かり先で一番信用できるのは間違いない。
「じゃあ私たちは先に行っていましょうか」
「そうだね」
鈴は頷いて芳たちと村の方に戻ろうとした。
「おりん様、お探ししました」
「はい?」
声のした方を振り向くと、そこには母の女中がいた。
何だろう嫌な予感がする。
「皆様が実家でお待ちです。急ぎ、お戻りください」
「わ、私。これから用事があって……」
「ご当主のご命令です。戻らねば、村の滞在を今後許さぬとのことでございます」
鈴はがっくりと肩を落とした。
そこまで言われては戻るしかなかった。




