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売る物を、集めよう!

数日後、塩釜から名主の家を訪ねてきた客がいた。


「お初にお目にかかりますぅ、おりん様。三吉の妻のトミと申しますー。いつも夫がお世話になっておりますぅ」

「ご丁寧にありがとうございます、トミ。三吉にはいつも助けていただいています、こちらこそ感謝しています」


三吉の奥さん、トミと初めて顔を合わせた。

鈴が彼女に会いたいという旨を文でしたため、三吉にお願いして届けてもらったのだ。


物腰が柔らかく礼儀正しい、いいところのお嬢様なのだということが分かった。

ちょっと間延びした声だが、おっとりした雰囲気というより京の方の口調に近いのかもしれない。

彼女の横にはトシと同じ位の少年が静かに座っている。


「伊佐丸と申します。お話はかねがね伺っております。おりん様」

「そんなに堅くならなくていいよ。よろしくね、イザマル」


本当に三吉の子供かと疑うほど礼儀正しい子であった。

年齢はトシと同じ位と聞いている。


肝心の三吉は妻と子を紹介できたことがよほど嬉しいらしく、終始ご満悦である。


「ようやく紹介できたぜぇ。本当は自慢したくて自慢したくてしょうがなかったんだが、喜二郎に止められてたんだよな」


だが今回は鈴の方から呼び出してくれたので、いいだろうということで連れてきたらしい。

すると、イザマルがじっと鈴の方を見ているのに気が付いた。


トシがコッソリと鈴に呟く。


「イザマルは、キジ兄に心酔してるんだ」

「あぁ~……なるほどね」


イザマルは伺うような確かめるような、そんな表情で鈴を見つめている。

なぜだか分からないが、嫉妬のような眼差しを向けられている気がした。


……うん。気のせいだろう。

鈴はにっこりと笑って本題に入る。


「本日は塩釜から来てくれてありがとう。それで例の物は?」

「はい。お持ちしておりますぅ」


トミが控えていた使用人へ目配せすると、つづらが鈴の前へ運ばれた。

その瞬間、今まで笑顔だった三吉の表情が一変する。


鈴は素早く合図をし、仁八とナナシを三吉の横に配置させた。


「ま、まさか。お前ら。これを狙ってトミを呼びつけたんじゃ」

「お察しの通りだよ。抵抗は無駄だからね。こっちには仁八とナナシがいるんだから」


わめく三吉を無視して、鈴はつづらを開けた。


そこには見事な刺繍が施されたフンドシの山が折りたたまれている。

しかも、そのうちのいくつかは絹でできているようだ。


売れば、ひと財産になるに違いない。


「待て待て待てぇ!それは喜二郎が作ってくれた芸術品なんだぞ。売るなんてとんでもないことだぁ」

「売るために作ったのに、売らなくてどうするの。返してもらうからね」


元々これらは、江戸で売るために喜二郎が用意していたものだと聞いた。


先日、イロハによって三吉がフンドシを隠し持っていることを知り、今回の福箱の商品にさせてもらうのである。

今回の目玉商品は間違いなくこれだ。

今後の布石のため、ありがたく売らせてもらうことにしよう。


鈴は全て確認し終わり、トミに頭を下げる。


「ありがとう、トミ。持ってきてくれて」

「いえいえ~。新品でなくてこちらこそ申し訳ありません。いつも柄が違うのでおかしいなぁとは思ってたのですぅ」


まぁ殿方はそういうお洒落が好きなのだろう、とトミは気にしていなかったらしい。

なんと大らかな女性だ。三吉が籍を入れられたのが不思議でならない。


仁八がシクシクと涙を流していた。


「喜二郎なら絶対にこんなことしないぜぇ。あいつは研究という物を分かってくれる。これはその価値があるものなんだぁ」

「叔父上は一度縫った刺繍は二度と作らないと思うよ」


以前、そんなことを言っていた気がする。


もったいないので、喜二郎が作った商品の意匠を、鈴は絵に描き残しておくようになった。

あと三吉の様子を見ていて、喜二郎の欠点がはっきりと分かった。


自分には厳しすぎるのに、身内には甘すぎる。

三吉をどれほど特別扱いしていたのか、よく分かった。


「父さん、見苦しいですよ。観念してください」

「イザぁ」

ぴしゃりと言うイザマル。


「喜二郎様の研究成果を秘匿していたというだけでも許しがたいのに、この期に及んで言い訳は無用です」

すっと、イザマルは頭を下げる。


「おりん様、申し訳ございません。父の不始末、深くお詫び申し上げます。煮るなり焼くなり好きにしてください」

「いや。しないけど、そんなこと。ちゃんと商品も届けてもらったしね」


言わないが、三吉には返しきれないほどの借りがある。

たまに調子のいいことを言ったりやったりする三吉だが、鈴にとっては間違いなく欠かせない存在なのだ。


……身内に甘いのは、自分も同じだろうか。

喜二郎のことを言えないかもしれない。


すぅ、と鈴は息を整える。


「回収したものは、年始の藩主催行事で売る予定だから。お金があれば買い戻せばいいんだよ」

「う、ぐぅ……良心的な値段であることを期待するぜぇ」


さて、それはどうかな。


鈴は適正価格で売るだけである。

ちゃんと相場も調べておいたから、あとは三吉次第だろうと鈴は思った。






---

年始に向けて鈴たちは商品の準備を整えていった。

トミは塩釜に帰っていったが、イザマルは名主の家に残った。


なんでも、鈴の腕前を拝見したいらしい。


「喜二郎様は完璧なお方でございますが、一つだけ欠点があります。……父に甘すぎる」


あぁ……と、鈴も同じことを思った。


そういえば昔、三吉の散らかった部屋を喜二郎が片付けているのを見た気がする。

それが巡りめぐって息子にまで指摘されるとは。


だらしない三吉を責めるべきか、甘すぎる喜二郎を叱るべきか。

しかし、とイザマルは言葉を続ける。


「喜二郎様の姪君として名高いおりん様にお会いでき、光栄です。ご活躍の数々かねがね伺っております」

「活躍……?」


そう言われると、ちょっと鈴は心苦しい。


いつも無理難題が降ってきて、泣きながら頑張っている姿を見せたら幻滅されないだろうか。

かっこよく終わったことも、すんなり終わったことも少ないのである。




商品集めの方は順調で、各々が売る物や担当も徐々にまとまっていく。

以前、七夕で売り子をやったことがあるが、今年の鈴は仁八と組むことになった。


「まぁフンドシを売っているのが女じゃ、説得力ないしね」


かといってこの商品を三吉に任せるわけにもいかない。

これには今後の未来が大きくかかっているのだから。


ちなみに小分けにした味噌を、六郎太と芳で売ることになった。

少し値は張るものの、福箱の中には味噌と、笹で包んだ蒲鉾の塊が入っているのでかなりお得である。

あと鈴が施した、ちょっとしたオマケもついている。


そして雑貨関係は、トシとイザマルが組むことになった。


「この前、塩釜に行ったときにイザマルに会ったんだけどさ。西海道行きになった時に選ばれなかったこと、今でも文句言うんだぜ」

まいっちゃうよ、とトシは肩をすくめる。


まぁ、そのころは鈴もイザマルのことをよく知らなかったので仕方がない。

今回二人が組まされたのは、雑貨という低単価の商品なら子供でも安全に取り扱えるからだ。


逆に鈴が売るフンドシ関係は高単価なものが多いので、仁八のほか村人数人が警護してくれることになっている。

ちなみに三吉は鮫製品を売りたいと言ってきたのだが、主要な戦力は全て振り分けてしまった後だった。


「せめて喜二郎、一日だけでも戻ってきてくんねぇかなぁ。あいつと俺が組めば最強なのによ」

「叔父上はしばらく戻ってこられないでしょ、諦めて。」


三吉が肩を落とすと同時に、イザマルも肩を落とした。


「私も久しぶりに喜二郎様の話をお聞きしたかったです。今度はどんな伝説を作り上げたのか、楽しみでなりません」

なるほど、トシの言う「キジ兄に心酔している」というのはその通りらしい。



そして商材がひとしきりそろった頃、イロハから知らせが届いた。

少し前に城へ戻っていたナナシが、イロハの知らせを持ってやってきたのである。


「店舗は四つ確保したとのことだ。どこで何を売るかはそちらに任せるが、匂いが付く物はこの場所より西にしてほしい」


そう言って城下の広間にある見取り図を指し示す。

当日は村の人たちも交代で見張りや手伝いに来てくれるので、この後知らせておく必要がある。


鈴は了承した旨をナナシに伝える。

ナナシはすぐに城へ帰っていった。



もういくつ寝るとお正月だろう。

まだ飢饉のさなかだというのに、鈴は少しその日を楽しみにしていた。

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