倹約令の緩め方
「まさか本当に二か月で難民を落ち着かせるなんてね。正直驚いたわ」
例のごとく喜二郎の家に来てくれたイロハに、鈴はこけし村の報告をした。
全て順調だったわけではないが、どうにかこうにか落ち着かせることができたのは確かである。
「……むしろ藩で受け持った人たちの方をお願いすればよかったかしら。離散した村人にはいまだに手を焼いているのよ」
「そんなこと言われても、できないよ。あの村ならできるかもと思ったから受け持ったんだし」
離散した方の村人を落ち着かせてくれ、とお願いされてもできる気がしない。
今回の場合は元々あった産業を立て直し、仁八たちが培った技術で何とかなったのだ。
何の益がないことを受け持つほど、鈴たちはお人よしではないのである。
はぁ、とイロハはため息を吐く。
「今年の新年の催事も、まだ決めきれていないの」
「新年の催事って、この前のボタン蕎麦みたいな?」
ええ、とイロハは頷いた。
「去年はほとんど食べることが主役だったでしょう? さすがに今年もそれだけだと、仙台の民の士気が持たないのよ」
「えぇ~……食べる物の方が重要だと思うけど」
食べられればみんな幸せ。と鈴は思っているのだが、イロハはそこまで楽観していないらしい。
この一年は、新年と七夕で仙台の民の士気を保ったのが大きいとイロハは考えているようだった。
イロハはちらちらと鈴の方を見てくる。
「そんなに見つめられても、ポンポンいい考えなんて浮かばないよぅ」
「でも父上と清右衛門は『叩けば鳴るのが鈴だ』とおっしゃっていたけれど」
なんてことを考えているのだ、あの殿と奉行様は!
道理でいつも無理難題が振ってくると思ったが、普通の武家の娘がそうそう奇跡的な考えなんて出てくるわけがない。
喜二郎があまり藩と関わりを持たないようにしてきた理由が分かった気がした。
こんな綱渡りの世界で生きていくには、鋼のような心臓を持っていなければならないのである。それはたしかに関わりたくない。
そう考えると、清右衛門を始めとする奉行たちは、よくあんな綱渡りを平然と続けられるものだと思う。
「せめて、倹約令を少し緩和しないと……これ以上は民が窒息してしまうわ」
ほぅ、とイロハがため息を漏らす。
あ~……たしかに。
仁八なんてこの前の難民事件の時に勝手に酒を使ったら、すごく落ち込んでいた。
トシの治療のためだったので、殴った仁八には自業自得ともいえる気がしたが、たしかに娯楽がないと息が詰まる。
自分だって新しい本をねだるのを我慢しているのだ。
町人や農民はそれ以上に我慢をしているのだろう。
でも娯楽なんて、そう簡単に思いつくはずもない。
「せめて買い物ができたらいいんだけどねぇ」
「買い物?」
そうそう、と鈴は頷く。
「大してほしくない物でも、買ったときは幸せになるじゃん? 普段は買えないものが安く手に入った時なんて、一日中うきうきしているし私」
でも倹約令がある以上は無理かぁ、と鈴は首を振った。
イロハは扇子の先を指で軽くなぞる。
「なるほど、買物ね……」
「でも難しいよね。表立って買うわけにはいかないし、そもそも売るものもないし」
ああ、なんでも揃う江戸がうらやましい。
今度行ったときは裏通りの本屋に立ち寄って買い物をしてみたいものだ。
「イロハ?」
遥か彼方まで妄想を膨らませていた鈴だったが、押し黙ってしまったイロハに気が付いて声をかける。
イロハは扇子で口元を隠し、何やら考えている。
「なるほど、倹約令に引っかからない買物ね……盲点だったわ」
イロハはそうつぶやく。
いやいや、それができれば苦労はないと思うのだけれど。
「それって隠れて買い物するってこと……? なんかバレたら牢屋行きにされそうで怖いんだけど」
「いえ、堂々と買物すればいいのよ。新年のめでたい行事としてね」
ええ……? だからそれだと倹約令に引っかかるのでは……。
イロハは「我に策ありよ」と扇子をぴしりと鈴に向けて答えた。
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翌日、名主の村に集まった面々に対し、鈴は宣言する。
「皆。売る物を集めよう!」
「どうしたのさ、急に」
また何か言いだした、とでもいうようにトシは肩をすくめた。
話はイロハから「倹約令でもできる買物」を聞いたところまでさかのぼる。
「つまり、中身が見えなければいいのよ」
イロハは考えた策を、鈴に説明し始めた。
「江戸でこんな話があると聞いたわ。倹約令を敷かれた時、江戸では派手なものを身につけるのを禁じるそうよ。だから見ただけでは分からないように工夫する。たとえば着物の裏側に刺繍を施したり、その……殿方は下着を派手にするとかね」
なるほど、それは聞いたことがある。
三吉が実際そんなことをやっていた。
つまり中身が見えなければ咎めようもないというわけだ。
「うーん……。でも、中身見えないんでしょ。それって誰が買うの。当たりはずれがあるかもしれないし、完全に博打じゃん」
そこは考え方よ、とイロハは補足する。
「売る側に信用があればいいのよ。例えば大店や藩の紋が描かれた籠やつづらで売るの。それなら博打にならないでしょう?」
イロハは自信たっぷりに言った。
その様子を見た鈴は、言いにくそうに答える。
「藩が保証するってところはマズいんじゃないかなぁ。仮にも倹約令を出しているのが藩なんだし」
「それは……たしかに、そうね。では大店だけで……」
イロハの声が少し萎む。
一番信用があると思っている藩の名を使えないのが残念なのだろう。
でも悲しいかな、名主村では藩はあまり信用されていない。……言わないけど。
話を聞いて、鈴も少し良い案が思い浮かんだ。
「大店の信用で保証するんじゃなくて、『値札以上の品物が入っています』と言って保証すればいいんじゃないかな?」
「あなた、それ誰が売るのよ。売る側が損するじゃない」
そこは考え方だよ、と鈴は微笑み返す。
「例えば鮫皮の煙草入れが一両だとして、それを隠し箱……つづら?の中に入れて一両で売るの」
「それだと『値札以上の品物』ではないじゃない」
そう、そこがミソだ。
「だからその隠し箱の中に、家で使わなくなった小物とかを一緒に入れるの。これなら『値札以上の品物が入ってる』でしょ?」
つまり売れ残った品や半端物、家に眠っている使わない品などを詰めて売る。
元々売れずに眠っていた物なら、大きな損にはならない。
あとは何の類が入っているのかだけ書いておけばいい。
例えば「小物、一両」などだ。
隠し箱は中身が見えない。
鮫製品が一つ入っていようと、木工の詰め合わせが十個入っていようと、「値札以上」という約束さえ守っていれば嘘ではない。
ぽかんと口を開けるイロハ。
「あなた、詐欺師の才能もあるわよ。叩けば鳴るって父上たちの言葉通りだわ」
「それは、褒めてるんだよね……?」
その後は「隠し箱だと後ろめたいから福箱にしよう」とか、「縁起物だから一年に一回しかできないようにすれば、闇市にもできない」とか話し合った。
さっそく藩主の重村に相談しに行くことになり、喜二郎の家で鈴とイロハは別れた。
商機を見つけた鈴は急ぎ名主村に帰り、皆に提案したという次第である。
「なるほどね、値札以上の物が入っていればいいんだ」
「そう、つまり相手に損だと思わせなければいいんだよ」
にこりとトシと鈴は笑い合う。
さすがトシだ。商売になると話が早くて助かる。
そのやり取りに大人組は首をかしげた。
「なにかいいことを思いついたのね?」
「そういうこと! 江戸で勉強したことが、いーっぱい役に立つときが来たんだよ」
イロハには詐欺師の才能があると言われたが、江戸で何度も商売人と渡り合ってきた経験が、思わぬ形で役に立ったのかもしれない。
名主の村は一丸となって年始の準備を始めた。
―――これが後々まで続く仙台の初売りの起源へと繋がっていく。
……のかもしれない。




