こけし村を復興させよう
こけし村へ水を引くための人足が集まった。
本当の名前は別にあるのだが、鈴がこけし村と呼んだことでなぜか定着してしまった。
「それじゃ、みんな。作業に取り掛かろう」
全体的なとりまとめは鈴、直接の指揮は仁八が行い、技術的なことは三吉が指導する。
ちなみに護衛としてナナシも同行してくれている。
問題は集まった難民……いや、他藩の人たちが指示に従ってくれるかどうかだった。
かなり摩擦が起こることを懸念していたのだが、鈴が想像したよりは衝突は少なかった。
「こういう時、食うための仕事に文句を言うやつは少ない」
仁八が経験した宝暦の大飢饉でも、似たような仕事があったという。
一つの仕事を、数十倍の人が取り合う。
報酬がたった握り飯一つであっても働き手が絶えることはなく、時には血が流れることもあったという。
そういった意味では仁八を始めとした飢饉経験者がこの村に何人かいるのは大きい。
各々に仕事を割り振り、水路工事はかなりの速さで進んでいった。
最初のうちは加工のしやすい竹を使うので、このままなら想定より早く完成しそうだった。
「ほらぁ、俺と喜二郎が作った水車が早速役に立っただろぉ? な、な?」
「そうだね。まさかこんな使い方があるなんて思わなかったよ」
測量の結果、こけし村の沢は新堰よりも少し高い位置にあることが分かった。
そのままでは水を運べないので、喜二郎と三吉が以前開発した水車を使って高さを出し、そこから水を流すことになった。
ちなみにこれは堰の水を無駄にせず、農業用水を効率よく行き渡らせるために作ったものらしい。
三吉はフンドシの件で被った汚名を、若干雪いだといえよう。
「竹の水路は早ければ五日、遅くとも七日ほどでできるだろう」
「問題は品質管理の方だよね」
水を流すのが一回きりであればこの竹の水路で事足りる。
しかし継続して水を流すとなると、かなりしっかりした水路を使わないと難しい。
色々議論した結果、沢に水を流すのではなくて近くに複数の井戸を掘って水を流すことになった。
これならば水を流しっぱなしにせず、一度に水を満たせる井戸が出来上がる。
「井戸も完全じゃないけど、沢の水より枯れる心配をしなくていいのが利点だしね」
鈴の意見に一同は頷いた。
「村の丁度真下のここら辺に掘るのでいいべか?」
人足の一人がそう鈴に尋ねてくる。
たしかにそこらへんが便利そうだが、まずは調べてみよう。
「どう、仁八?」
「ここはだめだ、砂利が多い。もう少し先の方が水を貯めやすい」
ざくざくと地面を鍬で掘りながら、仁八が分析する。
しばらくそうして調べながら土を掘り返していると、よさそうな部分を見つけて印をつける。
うーん、ここか。
少し村と離れているけど、ここで大丈夫かな。
鈴が悩んでいると、三吉がふむふむと印の場所と村の位置を指で計測する。
「こういう時は滑車を二つ使うと、二軸で物を運べるぜぇ。村の方に梁を立てて引き上げれば解決よ」
「えーと、頭に浮かばないんだけど。どういう原理?」
「簡単に言うと釣り竿さぁ」ということだ。
なるほどわかりやすい。
その井戸から滑車で水を運べば、わざわざ沢に降りてこなくても水を得られる。
「いいね。三吉、まずは村の方に梁を立てられるか調べてきてくれる? あと、壊れたときのことも考えて直しやすいところに作れるかも考えてくれると嬉しいな」
「お、わかってるねぇ。さすが喜二郎の姪だ」
三吉がうきうきしながら崖の上の村に行くための小道を登っていく。
ほんと、こういう時は頼りになるんだよなぁ。
結論としては、この位置に井戸を作っても問題ないことが分かった。
これから一か月の間は井戸と水路づくりに充てられ、それが完成すれば村まで水を運ぶ滑車づくりに取り掛かることになった。
「案外、短い期間で出来上がりそうだね」
「すでにある技術を使っているところもあるからな」
仁八がそう言って目を逸らす。
それを聞くと鈴には少しばつが悪い。
この前、さんざん三吉を罵倒してしまったところなのだ。
こほん。
おそらく井戸と滑車の完成は二か月はかからないということなので、その後のことも準備できそうである。
水問題が解決した後は、仁八が他藩から来た人たちに周囲で食料を調達する術を教え込むことになる。
ちなみにこけし村から水を求めて離散していた人たちも、水が引かれるとわかってチラホラ戻って来ていた。
こけし村に住む人は当初予定した二百人ではなく、帰ってきた村人を含めると五百人くらいに達する。
元々は千人くらいの人がいた村らしいので、設備的には少し補修すれば大丈夫そうだった。
ただあまりにも大勢の人を統率するので、最初の頃は名主の村の人たちはかなり緊張していた。
「そう思って最初は不安だったけど、案外何とかなるものだね」
意外と人が多くなっても指示を出すことができていた。
陣頭指揮は仁八が行っているが、測量の指示や作業手順の指示などの全体的なものは鈴が行っている。
しかし、鈴が指示を出すのはいつもの面々なのでそこまで緊張することもない。
鈴は全体を見ながら名主の村の人たちを通じて各担当へ指示を出すので、楽と言ったら楽だ。
測量に関しては三吉が持ち出した測量機で傾斜や距離を測るため、鈴は実質「武家の者」というお飾りなのである。
「いや、普通は武家の人間がこんな工事を取り仕切ったりしねぇよ。だから信頼されてるんだろ」
三吉が飄々と肩をすくめる。
とりあえず、いるだけでも少しは役に立てているなら安心した。
工事は驚くほどの速さで進み、水を引くための水路はわずか数日で終わった。
測量も含めての工期なので、かなりの短縮具合である。
「俺と喜二郎、ロクは二度堰を作った。あれにくらべれば割った竹を繋げるなんて作業も同じだ」
試行錯誤を繰り返して作ったものと、水路をただ繋げるのとでは大きな違いがあるらしい。
今回の方が規模的には大きいものなのだが、やはり経験者は違う。
あらかた水路の設置が終わると、漏れがないかを一通り確認する。
特に気になるところはない、これなら水を流しても大丈夫そうだ。
「ナナシ、鏑矢お願い」
鈴の後ろで控えていたナナシが音の出る矢を取り出し、弓から放つ。
高く弧を描いたそれは遥か彼方へと消え、しばらくは森のせせらぎだけがその場を包む。
この鏑矢が届く距離に次の射手がおり、引き継ぎながら上流の合図を送ることができる。
狼煙よりは時間がかかるけど、音で色々な指示も出せる上、山火事の心配がなくて安心である。
「……来た」
休憩しながらその場で待っていた鈴の耳に、水の流れる音が近づいてくる。
竹が数本束ねられた水路から水が伝っており、最終的に沢の中へと水は落ちていった。
今回のは試しなので、予めどれくらいの水を流すかは決めてある。
本来来るべき水量よりかなり少ないが、初回でこれだけ水が流れてくるのなら上出来であろう。
あとはこの水路を補強して、水を流したいときに流せるようにすれば水路は完成だ。
「井戸組はどう?」
「こっちはかなり苦労しそうだなぁ。何せ井戸にできる土を見つけるのが難しい。一応一つはできたけどよぉ」
なら、水路部隊の数班は井戸掘り部隊に移した方がよさそうだ。
「役割交代ね。半兵衛、井戸の方をお願い。仁八が候補に挙げた中から、井戸によさそうなところを選んで掘り進めてほしいの。長吾は食料班に合流して、食べる物を探して。毒かもしれないから、その場で食べちゃダメだよ」
「がってん」と各々は返事をして散っていく。
その様子をナナシは物珍しそうに見ていた。
「どうしたの?」
「お前、指揮ができるようになったのか?」
鈴は首を振る。
「あらかじめ決めていたことを言っただけだよ。そんな大げさなものじゃないし」
「……そうか」
ナナシが何か言いたそうだったが、結局沈黙を決め込んだ。
鈴はイロハから与えられた期間内に目途を立てることだけを考え、指示を送り続けた。
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井戸と滑車はさらに十日ほどで完成した。
水路の補強もほとんど終わり、水路を担当していた三吉が職人らしく拘り始めたところで、切り上げさせた。
「なんだよぉ。喜二郎は拘るところはきちんと拘れって言ってくれたぞ。見えないところに八百万は住みたがるとかいって」
まだ拘り足りないのか、三吉はかなり後ろ髪を引かれていることがわかる。
「三吉にしか見られないところがあるでしょ」
「そうかぁ?」
やりかけの仕事があると気になってしまうらしい。
だけどそれは後輩たちに任せないと、育つものも育たないんだよ。
「三吉はこの中で一番腕のある職人なんだよ。滑車も井戸も、最後に確認できるのは三吉だけなんだから」
鈴がそう言うと三吉は「そうかぁ!」と言って、嬉しそうに井戸の方に向かっていた。
職人に一番必要なのはやる気だと、鈴は思っている。
たしかに報酬も必要だが、それ以上に言葉で労うのも大切だと名主の村で学んだ。
井戸と滑車は三吉が最終整備をしてくれるので、仁八は狩りの指導へと向かう。
「仁八だけで村人全員に狩りの方法を教えるのは無理だから、三人だけ徹底的に教え込んで」
「わかった」
仁八の狩りの仕方は罠が主なので、扱う人は厳選する必要がある。
仕掛け方を間違うと、自分だけでなく仲間にも被害が出ることがあるのだ。
仁八は小刀と籠を背負い、三人の男を連れて山の方へ歩いていった。
「長吾は引き続き採集ね。この前も言ったけど、絶対その場で食べちゃダメだから」
「おう」
「半兵衛はこけしづくりを習ってきて。私たちもここまでした報酬をもらわなきゃだからね」
「はいはい」
長吾と半兵衛は、いわゆる仁八と三吉の弟子だ。
採集の嗅覚と、加工の腕に関しては師匠に次ぐものがある。
「ちょっと師匠に似ちゃったのが玉に瑕なんだけどね」
長吾は口数が少ないし、半兵衛は少し調子のいいところがある。
まぁ、腕がいいのは確かなのでよく頼りにさせてもらっている。
ちなみに息子である六郎太はあまり仁八の才能を受け継がなかった。
その代わりに仁八と正反対の社交性や料理技能が突出していて、一芸に秀でた家系だともいえる。
「それにしても、なぜこけし作りなのだ? お前もできるのだろう?」
ナナシが疑問に思ったのか、鈴に尋ねてくる。
「私は持っている物を参考にして同じものを作れるだけだから、ちゃんとした技能じゃないんだよ」
今回は難民対策として水運びと食料採集の技術をこけし村に住む人たちに教えているが、鈴たちにほとんど利点がない。
なのでせめて何か一つは持ち帰ろうという話になり、村の伝統であるこけし作りを教えてもらうことにした。
ちなみにこけし作りを教えてもらいながら、木工技術もこっそり盗ませてもらっている。
というか、最初は木工技術の方を教えてもらおうとしていたのだが、断られた。
そのため半兵衛に技術を目で盗んできてもらっているのだ。
目で盗む分には「どうせ真似できねぇから構わん」とのことである。
鈴がそう説明したところ、ナナシは難しい顔をしていた。
「なに? 何か変なこと言った?」
「いや……」
何か言いたそうだったが、ナナシはそれ以上何も言わなかった。
ナナシはまるで喜二郎のように顎に手を当てて考えを巡らせている仕草をする。
……あれ? やっぱり意外と似ている気がする。
まぁ、二人とも面識はあるようだったので、不思議でもないか。
「おーい、飯だぞー」
「はーい」
料理番の人から声がかかり、鈴は考えを打ち切った。
今日の食事は何かな、と軽い足取りで向かう頃にはすでに先ほど考えていた些細なことは忘れていた。
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しばらくこけし村で過ごす間、鈴は周辺の土地を調べてみることにした。
仁八は経験としてこの辺りを歩くことができるが、鈴たちには地図がいる。
滑車の方も完成しており、あとは水を井戸に貯めるだけになった。
正直に言うと鈴がやることがあまりなくなってしまったということもある。
合間を見て半兵衛と一緒にこけし作りを習っているが、明るいうちにしかできないことが優先である。
ちなみにこけし作りは本業の木工産業の合間にやるものらしく、商品にできない端材を用いて作るとのことだ。
「それにしても私が呼び始めたのが悪いんだけど、こけし村で通っちゃっているよね」
「呼びやすく、気にならないが」
村の名前は別にあるのだが、既にこけし村という名前の方が定着してしまった。
元の名前もいい名前だったので、悪いことをしてしまった気もする。
「ふー……」
鈴はほとんど手を動かしていないのに、意外と疲れる。
汗だくになっている仁八たちには申し訳ないが、少し休もう。
「ナナシ、桶持ってる?」
「持ってないが、何に使うんだ?」
「じゃあ、竹で作るしかないかぁ……。まあ、ついてくれば分かるよ」
鈴はそう言って山道を足取り軽く昇って行った。
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「は~……生き返るぅぅ」
鈴は山中の岩場に湧き出た温泉に浸かっていた。
水路を切り開くときに三吉が見つけ、鈴に教えてくれたものだ。
湯屋に比べると大きさはそれほど広くないが、二人三人ならば足を延ばして浸かれるくらいはあった。
「ちゃんと見張っててね、ナナシ。だれか覗きに来たらすぐ教えて」
「こんな山奥にまで湯を浴びに来る奴もいなければ、覗きに来る奴もいない」
ナナシは少し離れたところで背中を向け、周囲を見張っている。
鈴は思いっきり足をのばして湯に浮いていた。
今まで凝り固まった全てを、暖かいお湯が流してくれるようだ。
「もうちょっと近くにあれば、来やすいんだけどねぇ」
ここで癒されても、帰り道で来た時以上に疲れてしまうのでは考えものだ。
最初はここを温泉宿にできないかな、と考えたが少し人里が遠くて諦めた。
ここはこけし村に行くときだけの楽しみにしておこう。
「でも、ここ。他の人が使った形跡があるんだよねぇ」
桶を持って来なかったので、竹を割って湯をすくうつもりだった。
しかし誰か別の人もこの温泉を見つけていたのか、岩の隙間に隠すように桶が置いてあった。
きっと鈴のようにコッソリ楽しもうと考える人がいたのだろう。
ありがたくその桶を使わせてもらい、今は湯の上でぷかぷか浮いている。
なんとなく桶の裏側を見ていると、カラスと雉の絵が掘られていた。
「わっ、上手~。……や、ちょっと待って。この彫絵、どこかで見たことが……」
はた、と思い出したのは喜二郎の家の門に掘られた意匠。
目立たないように掘られているので気づきにくいが、あそこにも同じ彫絵があった。
叔父上じゃん。ここ見つけたの。
三吉も仁八も知らないようだったし、きっと皆には内緒でゆったりしていたに違いない。
喜二郎にもそういうところがあるのかと思うと、少し感慨深かった。
「それにしても木工技術、どうしよぉ」
今、半兵衛がこけし作りを習いに行っているが、木工技術というのは一朝一夕で覚えられるものではないらしい。
目で盗むことを黙認してくれたこけし村の人たちの手元を見ても、さっぱりわからなかった。
頼りの三吉と半兵衛ですら「これは発明っていうより伝統芸能の域だからなぁ」と首を傾げていた。
食器や道具を作れるようになれば色々なことができるようになるのだが、そう上手くはいきそうにない。
交易品として扱うことも考えたが、木工品は日用品ゆえに意外と売りさばきにくい。
しかも伝統芸能の品は買うとそれなりに銭がかかるので、ここで仕入れたものを江戸や他藩に売り込みに行くという方法も大変だ。
「そうなると、子供の小遣いくらいで買えるこけしの方が売りやすそうかなぁ」
こけしは端材を使っているとのことからかなり安値ではあるので、これを生かした何かを考えた方がいいかもしれない。
伝統の木工製品よりも、こけしの方がよく売れる。
鈴が言い始めたこけし村という呼び名が定着してしまったのも、その辺りが理由なのだろう。
せっかくこけし作りの技術は伝授してもらえそうなので、どこかでこけしを活用する機会がないと協力した意味も半減しそうだ。
「こけし、こけしかぁ」
鈴はぶくぶくとお湯に沈みながら、どこかで活躍する場を作れないかを考え続ける。
「おい、もうすぐ日が暮れ始める。そろそろ上がれ」
遠くからナナシの声がぼんやりと聞こえてきたが、しばらく鈴は温泉から出ることはなかった。
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その後、二週間かけてこけし村の環境を整えていった。
三吉が教えた井戸の管理や長吾が教えた採集技術は、一通りどの村人でもできるようになった。
カテメシを一冊複製して村長に渡したので、藩からの配給が少しあればこの村は大丈夫だろう。
「なんか今までで一番すんなり行って、逆に怖くなってきたよ」
「お前さん、なんだかんだで修羅場をくぐって来たからなぁ」
三吉の軽口が、この時ばかりは心地いい。
たまにはこういう成功体験があってもいいかもしれない。
ちなみに藩外から来た人たちは採集と狩りを担当し、元々からの村の人たちは木工の方を受け持つという住み分けがされている。
ただ最初の内はかなり揉め事が多く、この形に落ち着くまでには時間がかかった。
「よそ者を疎ましく思うのは、どこも同じだ」
たしかに仁八の言うとおりである。
鈴も名主の村に初めて来た時は、皆かなりよそよそしくて警戒していたように見えた。
だから今回のこけし村では、よそ者も元村人もどちらも欠けてはならないようにしたのだ。
狩りや採集するのは藩外の人なので、彼らがいなければ食えない。
木工技術を持っている元村人たちがいないと銭が得られず、何も買えない。
互いに思うところはあるだろうが、住み分けができていれば後は慣れていくだろう。
諍いというのはどこにいてもなくならないものなのだ。
あとはこけし村の人たちが解決していくべき問題だろう。
「そういえば、井戸はかなり時間かかったね。……何やってたの、三吉」
「ふっふっふ。よく聞いてくれたぜぇ。井戸にちょっとした仕掛けを加えておいたんだ。雨が降れば、堰を使わなくても水が溜まっていく仕組みをよぉ」
なんでも雨水が沢を通る際、その一部が井戸へ流れ込むようにしたらしい。
さらに雨水も溜まりやすい構造にしてあり、一度水が入れば簡単には枯れないという。
「……ここしばらくは、雨が降っていないが」
ナナシがポツリと呟き、三吉はそれに頷く。
「そこなんだよなぁ。まぁ、しばらくは堰の水を使うしかねぇな、こりゃ」
しかし朗報だった。
最近堰の水を多用していたので、かなり水かさが減るのが早くなっていた。
心中穏やかでいられなかった鈴だが、あとは天気次第ということだ。
「ありがとうございました、リン殿。そして富谷の村の方々。こちら、ほんの気持ちですが受け取ってくだされ」
こけし村の村長が籠いっぱいの漆器を譲ってくれた。
彼らが村を去る時、持ち出した工芸品をみんなで持ち寄って集めたらしい。
ちなみに富谷の村というのは名主の村の正式な呼び名だ。
そういえば久しく聞いていなかった。
こけし村の人たちは深々とお辞儀をし、鈴も同じように腰を折った。
「こちらこそ勉強になりました。機会があればまた学ばせてください」
「ええ、是非。歓迎しますよ」
鈴たちは二か月におよぶ工事と技術伝授を終え、こけし村を後にした。
伝統は数か月程度では学びきれなかったが、それでも得たものは大きかったと鈴は感じていた。




