間話:おりん様はお怒りです
喜二郎の家でイロハとの交渉が終わると、鈴はナナシと共に名主の家に帰った。
途中、村の前に数人の人だかりができていたが、おそらくイロハが手配してくれた人員の人たちなのだろう。
六郎太がこれから何をやるのかを説明していた。
「リン、お帰り。どうだった?」
「概ね上手くいったけど、木材の半分くらいを藩に渡すことになっちゃった」
その言葉に六郎太は驚いたような表情を浮かべていた。
「なんでだ? 藩のツケを支払ってもらういい機会だって言ってたじゃないか」
「それなんだけど、三吉ってもう来てる?」
ああ、と六郎太は名主の家を指さす。
これからの仕事には加工技術が必要であるため、塩釜から三吉に来てもらっていた。
鈴は六郎太に会釈すると、ずんずんと大股で名主の家まで歩いていく。
「リン、武家の娘だろう。少しはしたないのではないか」
「ナナシ、黙って」
ナナシを黙らせ、構わず歩き続ける。
名主の家の扉を力任せに開け放ち、一直線に客間に向かった。
客間に着くと主だった面々が既に集まっていた。
三吉もその中にいる。
「お、リン。新しい仕事なんだってな、来てやったぜぇ」
からからと笑いながら三吉が挨拶してくる。
その瞬間、鈴の中で何かが切れた。
「三吉、来たんだね。いろいろ言いたいことはあるけど、とりあえず脱いで」
その瞬間、その場にいた全員の表情が凍り付いた。
「お、おい。いくら俺の鍛え抜かれた筋肉が見たいからって恥じらいがねぇのか。それに俺にはトミという嫁が……」
「いつも言われなくてもフンドシ一丁になるじゃない、いいから脱ぎなさいよ」
何かを察した三吉が服を抑えるように身を隠す。
普段は隙あらば脱ごうとするくせに往生際が悪い。
「仁八、トシ。林家の娘として命じるわ。三吉を引ん剥きなさい」
「わかった」
「えっ、ちょ……」
三吉はあっという間に仁八に羽交い絞めにされる。
トシは「やれやれ」と言って、ぽいぽいと三吉の服を脱がせていく。
「……」
「三吉。私が何言いたいか、わかってるよね」
あんまり見たくない姿だったから気づかなかったが、三吉のフンドシは絹だった。
しかもところどころにお洒落な刺繍がしており、これがひと財産だということが分かる。
だがあまりにさりげなさすぎて、鈴以外に気づいているものがいない。
これはバレないはずだ。
「べ、弁解させてください。おりん様」
しどろもどろになりながら、三吉はその場で正座する。
こくり、と鈴は頷いた。
「聞きましょう」
「え、江戸ではこういうのが流行っているって喜二郎が情報を仕入れて、だったら売れるんじゃね? って提案したんだ」
こくり、と鈴は再び頷いた。
「うん、それで?」
「そしたら喜二郎も真剣に考えてくれて。試作品ってことで、数枚俺にくれたんだ」
じっ、と鈴は三吉のふんどしを観察する。
この刺繍、この絹。
どう見ても庶民が締める代物じゃない。武家どころか、大名が持っていてもおかしくない高級品だ。
叔父上、前々から思っていたけど三吉に甘すぎないか。
「だったらなんで江戸に商売に行ったとき、商材として出さなかったの」
「それは……そのぅ。ちょっと作るのが面倒だったらしくて、増やせないってことになって。喜二郎もこれを売る伝手がないってことで……俺が全部預かってました」
つまり、フンドシ全部三吉が持っているということらしい。
後日、三吉の家にあったフンドシがどうなったか、ここでは言わないことにする。
泣きわめく三吉に、鈴も村人たちも一切同情しなかった。
「リンは怒らせたら怖い」
ナナシがぼそりと呟いた一言に、一同は頷いた。




