天災と天才の決済
「それでは評議を始める」
仙台城の大広間で、伊達重村が厳かに口を開く。
本日の議題は増え始めた難民についてである。
家老の一人が経過について話し始めた。
「他藩との藩境は固く閉ざしておりますが、関所破りをするものが後を絶ちませぬ。北にはもはや食料がないことは明らかかと」
「今ならば、十倍の値段で米を売りつけることもできまする。仙台藩の借財を清算する絶好の機会でございます」
家老たちはそれぞれ、藩にとって最善の道を提示する。
藩の上に立つ者として、それは正しい。
―――そして間違っている。
重村がそう思った時、ずいと膝を摺り寄せて清右衛門が前に出た。
「皆様がおっしゃることはごもっとも。しかし集めた米は、いわば仙台の命綱。売ってしまえばこの先数年、空腹の虎と同じ檻の中で過ごすようなものでございます」
米を集めてきたのは、清右衛門をはじめとする外交に長けた者たちだ。
あらゆる財産を切り崩して得た米が、この先仙台の命運を握ることを彼らはよくわかっている。
ちらりと横を見ると、娘の五郎八姫が静かに目を閉じている。
仙台の姫が、わざわざ佐賀まで買い付けた米を売り払う。
そうなってしまえば、姫にとって歯がゆい思いをすることになるだろう。
だが、ここでは食料問題をどうにかすることが目的ではない。
難民問題をどうするかだ。
「もはや入りこんでしまった難民は非人として扱うしかあるまい。過酷な仕事をあてがい、故郷の藩へ帰りたくなるよう仕向けるのだ」
「賛成しかねます。この飢饉で労働力が激減しております。取り込んで生産力の向上に役立てるのが肝要かと」
「だが食料はどうするのだ。入り込む難民は日に日に数を増やしている。全ての面倒を見れば共倒れになろう」
仙台も、今はかなり苦しい時期に来ている。
昨年に続き、今年も米がとれなかった。
救荒作物として蕎麦の栽培を始めさせているが、効果が出ている地域と出ていない地域の差が激しい。
「食料に余裕がある村を探し、少しずつ難民を分散させるのはどうでしょうか」
「難民など厄介の種以外、なにを蒔くというのだ。やつらはイナゴだ。放っておけば仙台を食い尽くすぞ」
「ですから仕事を割り振り、生産力をあげるために難民を用いるのです」
「逃げてきた難民の中に職人がどれほどいる? ほとんど農民だろう。力仕事以外に何ができるというのだ」
意見はまとまらない。
家老たちは誰もが仙台のことを第一に考えている。
違うのは、現在の仙台を優先するか、未来の仙台を優先するかだけだった。
問題は、作物が取れなくなった仙台では力仕事しかできない難民に割り振る仕事がないということだ。
報告に上がっている他藩から流入してきた難民の数は、実はそれほど多くない。
しかし難民が難民を飲み込み、かなりの人間が土地を失うことになってしまった。
恐ろしいことに、仙台にいる人間の一割近くも難民になってしまったという試算がある。
「土地があるものは、土地に戻すべきでしょう。農民の移動は本来認められておりません。村を捨てたものに今一度お救い米を渡し、混乱を鎮めるのがよいかと」
「いや、話では米を売って窮地に陥った村もあるという。自業自得だ。今後そのようなことが起こらぬよう、見せしめにするべきではないか」
「いえ。年貢の高さ故、仕方ないことかと思いまする。一度は大目に見なければ、一揆に発展する恐れがございます」
話は平行線だ。
だが仕方がない。
この問題は遥か昔から散々議論されており、どれを選択しても丸く収まるものではないからだ。
使える手段がどれも一長一短であり、結果如何では今後仙台の五十年の未来が決まる。
慎重にならざるを得ないが、時間も残されていない。
「イロハ様」
横に控えていた五郎八姫に、侍女のニホが文を持ってくる。
五郎八姫は素早く封を開け、中身を流し見る。
「……父上。他藩から入り込んだ難民は、どれくらいの人数でしょうか」
五郎八姫は手紙を重村に渡しながら、そう聞いてくる。
難民の数は多く見える。
だが他藩から流入した者は、元をたどれば土地を持たぬ流民に過ぎない。
関所越えをしないと仙台藩に入れないため、それほど数はいないだろう。
重村は清右衛門に目を向ける。
「清右衛門」
「はっ、三百人ほどかと」
現在確認されている数千人ほどの難民のうち、一割ほどが国境を越えてきた計算だ。
その三百人が村々を渡り歩き、避難民を吸収しながら数千人規模へ膨れ上がったのである。
五郎八は少し考え、呟く。
「それでは少し、多いですね」
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「多いとは?」
重村の疑問に、五郎八は二本の指をそろえて顎を撫でる。
(喜二郎に相談したいです)
突然思わぬ者を示す暗喩を持ち出され、重村は唸りながら指を二本揃えて自分のこめかみを叩く。
(奴に何の用だ)
喜二郎は今、軍船という機密性の高い設計を行っている最中だ。
できればあまり人と接触させることを避けたかったが、彼が持つ職人の繋がりを頼っているため致し方がないところもある。
それとは別のことで、五郎八とはあまり喜二郎を接触させたくはないのだが。
イロハは二本の指でくるりと胸の周りに円を描く。
「私に、そのうち数割の人間を囲える当てがございます」
(喜二郎が管理している村で相談があります)
重村は眉間に深く皺を寄せてため息を吐いた。
できることなら、あの村にはもう貸しを作りたくはない。
既に年貢の免除の特例を十年も与えているうえ、買い上げた借財も相当な数に上っている。
これ以上貸しを作れば、周りの村から贔屓と取られてしまう可能性もあった。
それにあの村からは産業を買い上げるだけにとどまらず、外交の手伝いまでさせてしまっている。
藩政には、なるべく関わらせたくないというのが重村の本音である。
(だが……)
もはや猶予がない。
これ以上難民が増えれば、それは仙台全域を覆い尽くすイナゴとなるだろう。
重村はひじ掛けに顔を乗せて大きく息を吐いた。
「それは、後で詳しく聞こう」
(手配する、後で造船所に来い)
重村の答えに、五郎八はにこやかに頷いた。
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菅笠で顔を隠した一団が喜二郎の家を取り囲んでいた。
攻撃しようと集まったわけではない。
むしろ中にいる人を守るための警備役だった。
「久しぶりね。リン」
「はい、五郎八姫様」
にこやかに挨拶するイロハに、鈴は公の場として返事を返す。
しかし「堅苦しい態度は不要よ」とイロハが許可したことで、鈴も少し力を抜く。
「思ったよりも早くイロハに連絡がついてよかったよ。やっぱりこの問題、藩でも重く受け止めているんだ」
「むしろ最優先で解決しなきゃならない問題よ。手紙に感謝するわ」
イロハは一通の文を畳に置く。
鈴が唯一藩で気心の知れたイロハに出した手紙だった。
――こけし村に食料があるかもしれません。
でも水がありません。沢まで水を引ければ、難民の一部はそこに住めるかもしれません。
事業のために難民の人員をお借りしたいのですが、先立つものがありません。金子の都合をお願いできないでしょうか。
丸みを帯びた筆文字は女特有の文字というよりも鈴独特の文字である。
イロハは早速本題に入る。
「結論から言うわ。難民二百人と、その人たちを養う食料。それと金子も都合することになったわ」
「わっ、すごい。こっちが試算していた、預かれる人員を把握してたんだ。さすが仙台藩だね」
鈴が褒めちぎると、イロハは指二本で口を隠した。
なんだろう、何かの合図だろうか。
イロハはそれに答えず、ふふと笑ってごまかした。
「その代わりと言ってはなんだけど、期間制限があるわ。……二か月、それが藩が面倒を見れる限界よ」
二か月、か。
喜二郎が最初の堰を作った時の十倍の人員だが、期間はその十二分の一である。
おそらく冬の寒さが本格的になるまで、という計算なのだろう。
あとは二百人の人員を鈴たちの村が統率できるかにかかっている。
「念のため聞いておきたいんだけど、こけし村に食料はあるのよね?」
「うん。昨日、仁八が調べてくれた。カテモノに載っている物も多かったし、二百人ならなんとか冬を越せるんじゃないかって」
そう、と言ってイロハは頷く。
もともとイロハの直下で色々やっていた仁八だ。その調査にはかなりの信頼を置いているのだろう。
正直にいうと、鈴たちは難民を憐れに思っても、救おうという意思がそれほど強いわけではない。
ただ彼らが暴徒となった時、鈴たちのように備蓄を持つ村は真っ先に標的になる。
だから救済というより、脅威を減らす意味合いの方が強かった。
要するに、難民は怖いのである。
鈴たちは彼らが自分の周りだけでも生活できるように手を貸すだけだ。
これから労働してもらうことになるが、もしも不真面目なものがいれば、それは本人に返ってくることになるだろう。
身を削り続けて蓄えを供給してきた名主の村に、そこまでお人よしな人間はいない。
「リン。切った木材はどうするつもりかしら」
ふいに、イロハがそう尋ねてきた。
「えっ? そりゃ、木材にして沢までの道にするつもりだけど」
計画では、軽くて加工しやすい竹を使って水を運ぶ予定だ。
当然竹だと痛みやすいので、補修が必要であるが、なんとしても水を運ぶことが最優先である。
その途中でどうしても邪魔になる木だけ切り倒していき、その竹製の水路の補強に使うつもりだった。
イロハは少し考え、二本の指をぺろりとなめる。
ぞくりと一瞬よくわからない悪寒が鈴に走った。
「なるほど。言い忘れていたわ。金子を都合する条件を話していなかったわね」
「ええ……? 言っちゃなんだけど、藩には結構ツケにされているし、それを返してもらおうと思ってたんだけど……」
村の人たちからも結構この部分は「藩にツケにされてばかりだ!」と不満も多かったので、そろそろ清算してもらいたいところなのだが。
しかしイロハは妖艶な笑みを浮かべる。
「少し話したかもしれないけど『叔父上』の事業に最初に投資したのは『イロハ』というのは知っているかしら」
「う……たしかにそう言ってたね」
わざわざ喜二郎のことを、鈴がいつも呼んでいる「叔父上」と言ったのは強調のためだろう。
そして「イロハ」の姉も「色葉」という名前である。なかなかに芝居が掛かっている。
「彼があれほど短期間で新しい堰を作れたのはそのおかげ、そしてその借りはまだ返してもらっていないわ」
「えぇ~……。叔父上の知識を売って、加賀との取引で大量の米を手に入れたんでしょ? それでもまだ清算されてないの?」
甘いわね、とイロハはそろばんをはじき始める。
今まで喜二郎がやってきた研究のあれやこれやを詳らかに聞かされる。
水車の改良。味噌樽の密閉実験。鮫皮加工器具。高級ふんどし試作品……等々。
そのほとんどをイロハが出資していたらしい。
というか高級ふんどし試作品ってなんだ、これ提案したの絶対三吉じゃん。
(叔父上と三吉が研究好きだってのは知ってたけど、手広すぎじゃない……?)
かちゃり、とそろばんの音が止まると、その値を鈴に見せる。
「………」
その金額を見た時、鈴はついっと目をそらした。
イロハは満面の笑みで鈴を見据えた。
「余った木材を引き取りたいのだけど、いいわよね?」
はい、という以外にこの場で選択肢はなかった。
叔父上と三吉のバカ野郎。




