世の中は相持ち
「この村はどうするか、決めましょう」
夜の帳が落ちたころ、集まった村人一同を見渡して芳が言った。
話し合う内容は外村から来た人間……難民についてである。
今日は何事も起こらなかったが、これが毎日続くとなるとどうなるか。
それを想像しない者は、この場にいなかった。
「……また来たら、追い返せばいいべ」
村人の一人がそうつぶやく。
今日来た数人の外村の人間は、武器を持っていなかった。
こちらが鍬や鎌で武装すれば、さすがに押し入っては来ないだろうという考えなのだろう。
しかし、それには一つ問題がある。
「侵入を防ぐのは難しい。村全体を柵で覆っているわけではないからな」
仁八は、この村が決して防衛力のある村ではないことを指摘した。
今日のように数人ならば柵の外で追い返すだけでよい。
しかし森側から侵入すれば容易に村の中に入れるし、そこを守るには人手が足りない。
数十人単位の人間が押し寄せれば、あっという間にこの村は囲まれてしまうだろう。
守るために戦うか、全てを差し出して標的を免れるか。
この場にいる者たちは、選択肢が二つしかないことを理解していた。
「私、その場にいなかったから詳しく知らないんだけど……外村の人は何て言っていたの?」
とりあえず情報が欲しい鈴は警備をしていた人たちに状況を聞いてみた。
その場で見ていなかった鈴は、どんなやり取りがあったのか大まかにしか知らない。
詳しい情報を得られれば、何か打開策があるかもしれなかった。
「食い物あるんだろ、分けてくれ。と押し入ってきた」
「も、もう少し詳しく」
鈴が詳細を尋ねるが、仁八は「それだけだ」と話を切ってしまう。
「はい!」と勢いよくトシが手を挙げた。
「僕が見て聞いた限りだと、外村の人たちは元々一緒に住んでたわけじゃないっぽいよ」
「どういうこと?」
トシが立ち会った時、村人のほとんどは食料を求めてここに来ていた。
しかしそのうちの一人は食料ではなく水を求めてやって来ていたのだという。
「そういや、堰のほうにも人がチラホラいたような気がしたな」
六郎太が思い当たるのか、そうつぶやく。
彼は堰の様子を見にいっていて、外村の人間が来ていたことを知ったのはついさっきだった。
新堰は人が簡単に登れないようになっているので、そうそう人手を割くこともないのだが、たまたま鯉の世話をしていた時に見かけたらしい。
しかし水か。
こけしの産地に行ったとき、山の上の人たちは、沢から水くみするのがとても大変そうだった。
もしもあの人たちが山を下りてここまで来たのであれば、すでに沢の水は枯れているのかもしれない。
(でも、あの人たち。食べ物は山ほどあるって、笑っていた気がするんだよね……)
食べ物が山ほどあるのはうらやましくて仕方がなかったが、水が手に入らないのはたしかにしんどい。
水と交換で食料を分けてもらえないだろうか、と何度思ったことか。
うーん、と鈴が悩んでいると芳が周りの物を見渡して選択肢を出す。
「私たちが取れる行動は三つ」
芳は指を三本立てて、一つずつ折っていく。
その姿には見覚えがある。喜二郎がよくしていた説明の仕方だった。
「まず一つ。外村の人を警戒して、村の防衛を固める」
過激だが、この飢饉で生き残る方法としては最有力だ、と芳は言う。
その気持ちはわかる。
これだけ節制して貯えた食料をむざむざ手放すなんてこと、誰もしたくはないだろう。
「二つ。村の食料を限界まで分けて、争いを避ける」
芳は指をさらに一つ折る。
しかし、この案に難色を示す者は多かった。
確かに争いは避けられるが、その後に待つのは外村の人たちと同じように他の村を回る運命だからだ。
三吉の「イナゴみたいだ」という言葉が脳裏をよぎる。
「……最後は?」
「三つ。藩に相談して、対策を練る」
その答えには、さらに懸念を示す者が多かった。
気持ちはわかる。この村は藩に多くの物を献上してきて、その見返りはまだもらっていないのだ。
税を十年免除すると約束されたが、今は他の村でも同じ状態だ。
取られるだけ取られて見返りがないのでは、不信が広がっても不思議ではない。
「戦うべ」
その言葉に鈴はぎょっとする。
村人の一人がそう言うと、数人の男たちが「んだんだ」と賛同した。
彼らの多くが宝暦の飢饉を生き抜いた者たちだ。
ただ待つだけということがどのような結果をもたらすのか、よくわかっているのだろう。
「いや、今日のこともある。食料を少し分けるだけで争いが避けられるのなら、そうするべきじゃないか?」
逆に、六郎太をはじめとする若者衆は争いを避ける傾向がある。
彼らの多くは喜二郎と名主の教育を受けた者たちであり、読み書きそろばんの他に歴史などもよく学んでいる。
備蓄を考えながら、飢饉で餓死者を出さない範囲を計算したのだろう。
「私たちの手には余るし、お奉行様に相談するのがいいと思うけど……」
そして女衆は奉行を頼みとする傾向が強いようだった。
どれも一理あるし、どれも安全とはいえない。
どの選択をするかで、名主の村の行く末が決まる。
皆の意見に耳を傾けていた芳が、まだ意見を口にしていない鈴に目を向ける。
「リンは、どう思う?」
「……私の考えでいいの?」
芳は頷く。
危機では先頭に立つ鈴だが、今は芳が名主役を担っていることもあり、村をまとめる立場ではない。
村の常識に慣れ始めたのも最近だし、口にしてよいかどうか迷ってもいた。
だが、周囲の皆は鈴の意見に耳を傾けている。
「……甘いって言わない?」
「言うかもしれないわ。でも聞かせて」
芳は厳しい。言葉は優しいが、容赦なく答えを求めてくる。
鈴は大きく息を吸って自分の意見を口にした。
「外村の人たちを、こけし村に案内するのはどうかな」
鈴は自分が考えていた構想を皆に話し始めた。
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「こけし村?」
「うん、私が作ってたこけしの産地。山の奥の方の」
芳の疑問に、鈴が答える。
こけし村の周辺は、山の恵みが豊富にあるらしい。
だが水が少なく、あまり大勢の人がそこに住むことはできない。
近頃ではその水も枯れ、人がこちらの方まで流れてきている。
だったらこの村にある堰の水をそこまで引くことができれば、多くの人が住めるのではないだろうか?
鈴は自分の考えを皆に話した。
村の者たちがわずかに色めき立つ。
しかし芳が言いにくそうに口を開く。
「面白い案だけど、問題があるわ」
「どんな?」
「こけし村はね、リンの言う通り山にあるのよ」
あ、と鈴は思い至った。
水は低い方へ流れる。山の上では水を引くのは難しいだろう。
村の皆の表情が、明らかにしぼんでいったのが分かった。
良い案だと思ったけど、難しいかもしれない。
だが、今まで静かに話を聞いていたトシが尋ねる。
「ねぇ、こけし村の位置ってどれくらいの高さ?」
芳は少し考えた後、「仙台城と、城下町の中間くらいの高さ」と答える。
仙台城は結構高い位置にあるけど、城下町との高低差がどれほどかは分からない。
歩いて登ると半刻ほどかかるから、それなりに高い場所だと思う。
うーん、とトシが唸る。
「思うんだけど、こけし村まで直接水は運ばなくてもいいじゃない?」
「どういうこと?」
芳が先を求めるように説明を促す。
要するにさ、とトシは指を立てた。
「元々沢があったわけだから、そこまで水が引ければいいと思うんだけど」
「なるほどね……」
確かに沢の位置は村より低いところにあることを話していた。
沢まで降りて水を汲むのが大変だ、というようなことを聞いた覚えがある。
しかし、その意見に疑問を浮かべたのは六郎太だった。
「沢までなら水は運べるかもしれない。だけどそれにも問題がある」
「工事の費用と、時間だ」
六郎太の言葉に、仁八が答えを引き取る。
そうか、この二人は堰という巨大施設を作った中心人物だ。
それにどれくらいの期間と費用が掛かるものなのか、大まかに予想がつくのだろう。
トシもその方面での知識はないのか、口をつぐむ。
「そこはほら、皆で協力すればなんとかなるんじゃない?」
「俺と喜二郎、湯屋に集まった力自慢の二十人で作った最初の堰は、二年かかった」
希望を口にするトシに、仁八が言葉で一刀両断する。
それに、と六郎太が続ける。
「最初の堰はとんでもなく銭がかかったってキジ兄が言っていたぞ。たぶん、十両や二十両じゃない」
「うう……」
江戸で商売を見てきたトシには、銭を工面する難しさがよく分かっていた。
トシはあれこれと意見をしているが、仁八と六郎太の経験に裏打ちされた見立てを変えるほどではない。
だけど鈴は少し疑問に思っていた。
みんな外村の難民たちを厄介ものとして見ているが、彼らは今自分の仕事を持っていない人ともいえるのではないだろうか。
「ねぇ、銭が集まればいいんだよね?」
「いや、だから労働力も必要なんだって。時間がかかる分、銭だってそう簡単には集まらないぞ」
六郎太が「さっきから話しているだろう?」と眉を寄せる。
「それは、考え方次第じゃないかな」
「……どういうこと?」
芳は何かを感じ取ったのか、鈴の方に身を乗り出してくる。
銭はともかく、労働力はかなりあると思っている。
だって仕事がなくて困っている人たちが、今この辺りにたくさんいるじゃないか。
人手が多ければ工事は早く終わる。
工事が早く終われば、その分だけ食料も銭も少なくて済む。
「初期費用だけ藩に出してもらえば、何とかなるかもしれない……」
直感だが、この問題を解決することで飢饉の被害を最小に抑えられるように思えた。
鈴は自分の思いついた方法を、皆に説明した。




