手繰られる鎖
「喜二郎。其方に船およびそれに付随する備品の設計と修理を命じる」
「謹んでお受けいたします」
居並ぶ家老たちに囲まれ、喜二郎は頭を下げた。
(ただの船ではないな……)
商船や貨物船ならば、既に専門の技術者が仙台にはいる。
しかし専門外の喜二郎に話が回ってくるということは、かなり特殊な船なのだろう。
極力藩と関わらないように過ごしてきたが、先の米輸送の件以来、仙台藩は本格的に介入してきている。
まだ在野の喜二郎であれば、口封じにいつでも首を切れるという意図もあるのかもしれない。
船そのものの設計経験はない。
修理も小舟程度なら経験はあるが、大型船は専門外だった。
どのみち専門家の知識が必要である。
(……なんだ?)
全員が鋭い目で喜二郎を睨みつけている。
敵意というより、嫉妬や侮蔑のような視線の向け方だ。
心当たりを挙げればキリはないが、喜二郎にはどうすることもできない。
それに今はそんなことよりも仕事の内容を確認しておきたい。
予算、人手、期間……まさか喜二郎一人でやれとは仙台藩も言わないだろう。
「お尋ねしたきことがございます」
「その前に、お主に聞いておきたいことがある」
家老の一人がそう言って喜二郎の言葉を遮った。
「はっ」と喜二郎は畳に手をつき、内容を伺う。
「お主と米沢は友である。ゆえに米沢に行っていたのは謀反ではない。そうだな?」
「失礼ながら、尋ねられている意図が分かりかねます」
「有り体に申そう。お主と薩摩が友ならば、お主は薩摩に行くこともある。どうだ?」
「……」
何のことだ。
一体この家老は……いや、仙台藩は喜二郎に何を聞きたいのだろう。
―――某の何を危ぶんでいる?
「恐れながら申し上げます。某が米沢の友であるかは関係あらず、仙台と米沢が友であるかどうかであると存じます。それは薩摩も同じであるかと」
「薩摩に行け、と命じれば行くか?」
「それは、此度の造船と関係のあるご命令でしょうか?」
家老は答えない。
言葉一つの誤りで首が飛ぶ場所だ。
言質だけは絶対に取らせないようにしないと、家族にまで累を及ぼしかねない。
「……某は仙台に家がございます。二心を抱くような真似はいたしませぬ」
「だが薩摩の姫は、ずいぶんとお主を買っていたと聞く。よもや仙台を離れるためにたぶらかしたのではあるまいな」
なるほど……侮蔑の視線の正体はこれだろうか。
薩摩と仙台は中が悪いと聞く。
この前の五郎八姫と御國姫の会話が家老に伝わって、このような疑念が生まれているのだろうか。
あの時の話し合い、はっきり言って喜二郎は完全に蚊帳の外だった。
喜二郎が薩摩に行く理由は薄い。
仙台藩が命じてきた船に関係なければ、の話だが。
(情報が足りん………)
「皆様、いったんお静まりを」
家老たちを制したのは清右衛門だ。
清右衛門は周囲を見渡し静まらせると、小姓に蛇腹に折った紙を渡し、喜二郎のもとへ運ぶ。
「こちらは?」
「開けてみよ」
拝見します、と喜二郎は紙を開いて中身を確認する。
名前だ。それも女子の。
「……」
「仙台に二心がないというのであれば、遠慮することはないな。未婚のお主のために良縁を用意した候補の者たちだ」
有難迷惑だ。とは喜二郎も言えなかった。
喜二郎が未婚でいるのには理由がある。
言ってしまえば「弱点」を作らないためだ。
家族を人質に取られて意のままに操られる、ということを避けるためそういった話をのらりくらりとかわしてきた。
簡単にいってしまえば「堰」のためである。
だが堰は既に病を防ぐ要として村に根付き、今さら奪われても以前ほど致命傷ではない。
人質に取られても差し出せるものが喜二郎にはない。
(しかし……)
紙に書かれている名前が、恐ろしい。
重鎮たちの娘の名前だけでなく五郎八姫、そして彼女の妹の名前まである。
よく彼女たちの名を書くことができたものだ。
喜二郎はその紙を折りたたみ、そっと横へ置く。
「縁など結ばずとも、某は仙台に骨を埋める覚悟にございます。お気遣い無用でございます」
「ふむ……。まぁお主に縁ができたところで、今まで培ってきた縁には敵わぬか」
清右衛門の言葉に、喜二郎がほんのわずかに反応する。
「察しているだろうが、此度の船の設計と改修。他へ漏らすことはできぬ仕事だ」
「心得ております」
合点がいった。
これは藩の機密に関わる仕事、それもかなり危うい橋を渡る可能性が高いものだ。
喜二郎の頬から一筋の汗が滑り落ちる。
「もし、技術流出となればどうなるか。わかるな」
喜二郎は答えず、頭を深く下げた。
「家族がいる者には分かりやすい罰を与えられる。だが、お主は未婚だ」
「……」
「よって一族郎党の命が掛かっていると思ってくれ。それほど重要な仕事だ」
「承知、いたしました」
喜二郎は表情が見えないように、さらに頭を深く下げた。
とうとう喜二郎にも藩の束縛を感じる日がやってきたのだった。
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七夕が終わり秋の気配を感じる日、三吉が名主の村にやってきた。
鮫皮製品を作るための鮫皮と、蒲鉾の納品のためである。
「いやぁ。今回、喜二郎が持ってきた仕事が全く意味がわからなくてよ!」
「叔父上からの仕事?」
「おぅ。こーいうのなんだがな………」
三吉がそう言うと一枚の紙を取り出す。
何やら箱やら木型のような物やら書き込まれている。
だがどれもちぐはぐで、一体感は全くない。
「わかるかぁ? リン」
「ううん、全然」
だよな、と三吉がうなずく。
どうやら三吉だけでなく複数の大工や細工師に依頼しているらしく、内容は秘密だということだ。
鈴は設計図のようなものを見ながら、これで何が作られるのか想像してみる。
「もしかしたら、一夜城みたいにするのかもしれないね」
「イチヤジョウ?」
秀吉の一夜城は部材だけを運び、現地で組み立てる。
全員に別々の部品を作らせるのは、機密保持のためだろうか。
「なるほどなぁ、合点がいった。どうみても俺の作る物だけで何かができるとは思えなかったんだよな」
「藩の仕事だっていうなら、三吉の家族のことを考えてかもしれないよ。全ての部品を同じ人が作ったら、藩がその人を野放しにすると思う?」
「こ、怖いこと言うなよ」
口封じまではいかなくても、監視付きになることは間違いないだろう。
これで何を作るのか分からないが、藩がそこまで神経を尖らせる以上、少なくとも玩具ではなさそうだ。
「いや、案外玩具かもしれないぜぇ? 俺が作る物の大きさ考えてもそれほど大きくねぇし」
「……本当だ、意外と小さいんだ」
書き込まれているものを見ると、たしかにそれほど大きくはない。
組み合わせたところで、手乗りのお城を作るみたいな大きさだ。
「まぁなんにせよ、本格的に作るとなったら俺も呼んでほしいぜ!」
かっかっか、と三吉は笑う。
だが、喜二郎が城で作業することなんて今までに一度もなかった。
そう考えると、これはかなり機密が高い物を作っているのかもしれない。
俺もやりてぇなー、と呑気に頭の後ろで腕を組んでやるような仕事じゃないんだと思うよ、三吉。
「深入りすると家族を人質に取られるかもしれないよ」
「げっ。それは勘弁」
底抜けに明るい三吉と話していると、外の仕事を終えてきたトシが味噌の桶を持ってやってくる。
毛玉を払い落としているところを見ると、猫たちの世話をしてきたのがうかがえた。
「あれ。三吉もう来てたんだ。お疲れー」
「おう、トシも元気そうだな。鮫皮と蒲鉾持ってきたぞ。味噌くれ」
「ほいほい。ちょっと待っててね」
トシは猫たちが守る倉庫から持ってきた味噌を下ろすと、丁寧に風呂敷に包みなおす。
しっかり結ばれて落ちないことを確認した後、それを三吉に渡した。
「やぁ、ありがてえ。ここの味噌を街で買おうと思ったらべらぼうに高くてよ。腰抜かしかけた」
「まぁ、飢饉ってのもあるかもね。最近は豆が手に入らないから市場にも降ろしてないし」
味噌が値上がりしたのは昨年からだ。
雑穀の消費が上がったことに伴い、味噌は重宝されている。
そして豆が入ってこないということもあって、値が徐々に上がり始めていた。
「それよぉ」と三吉は手を叩いた。
「近くの街道を通った時の話なんだがな。なんか見慣れねぇ奴らいるなぁと思ったらよ。北の方の藩からやってきたって言うんだぜ?」
「北?」
北の藩というと南部藩あたりだろうか。
鈴とトシが首をかしげる。
「なんでも、食いモン求めて南に来たらしいんだが、それがもう多いのなんのって。まさにあれみたいだって思ったぜ」
あれだ、あれ。と三吉は頭をトントン叩く。
曖昧すぎてそれが何なのか思いつかない鈴に、三吉は「あれだ!」と声を上げた。
「ほれ、あれだ。イナゴの大発生みたいなやつ」
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秋が終わり、息が白くなる季節がやってきた。
仙台城よりはるか北にある農村の一つ。
「オラたち、どうなるんだべ」
凍えた囲炉裏の前で一人の農民がつぶやいた。
食べるものが、なくなった。
藩から配給された米は、何とか冬を食い繋げるだけの量が確かにあった。
だが北から仙台に食べ物を求めてやってきた難民を受け入れた時、この村の運命は変わった。
一人に食料を渡せば5人が群がり、5人に渡せば50人の人間が寄ってくる。
言い方は悪いがまるでイナゴのようだった。
村の蓄えはあっという間に尽き、その村は立ち行かなくなった。
難民はその村の食い物を食べ尽くすと、次の村へ歩き出す。
その最後尾には食べ物を与えた農民たちも加わっていた。
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その漁村では比較的食糧に余裕があった。
仙台藩から支給された米もあるが、海の近くであるがゆえに魚が獲れる。
例年よりも収穫は減っていたが、米と合わせれば食いつなぐのは難しくない。
巷では米の価格が十倍にも膨れ上がっているともいう。
奉行が取り立てる税はどこも厳しい。
この漁村も食っていけているとはいえ、収穫のほとんどを街に売りに行かなければ日干しにされてしまう。
それはこの飢饉になってから一時的に税を免除されても変わらなかった。
「米を、売ろう」
誰かがそう言いだすと、次第に賛同が集まっていく。
売れば、十倍の価値だ。
そしてこの冬だけ魚で食いつなげば、来年の収穫はきっと手元に大きな財産ができる。
村人全員の署名を集め、その村では米を売り払った。
少し待てば再び配給も来るだろう。
だが、待てども待てども次の配給は来なかった。
少し減ったかな、くらいの認識だった魚はほとんど取れなくなっていった。
このままでは飢えて死ぬ。
漁村の村人たちは慌てたが、もはやとれる手段がない。
そもそも悪いのは俺たちか?
いや、これほどまでに重い税を課す奉行の責任のはずだ!
食うに困った漁村の村人は、税を取り立てる奉行の元へと押し寄せる。
怒号の飛び交うその街で、責任の所在を答えられる者はいなかった。
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その山村では水が不足していた。
山間の土地のため、常に不足しがちな水。
川も遠くにあり、井戸を掘ってもすぐ枯れる。
食うものがあっても、水がなければ人は生きられない。
毎日遠くの崖まで往復し、水を汲みに行く。
そして飢饉となれば病がはやり、人の数が見る間に減る。
もはや無事な人間が誰もいないこの山村は、藩からも見捨てられたのだろうか。
熱にうなされながら、山村の村人は今日も水を汲みに崖を往復する。
次第に山村を離れていく者は増え始めていた。




