最後に勝ったのは薩摩
「リン……詳しい事情を話してくれないか。展開が全くわからん」
家の生垣をぐるりと囲むように武士が並んでいた。
家の主であり、話の中心であるはずの喜二郎は完全に蚊帳の外であり、こうして外で待っている。
そういえば時掛け後の喜二郎とは、実際には数えるほどしか会っていなかった。
せっかくだし詳しい内容を説明しておきたい。
「えっと、始まりは去年ミクニと江戸に行って叔父上が島津の婿になるって話からで……」
「いや待て。そんな話、某は聞いておらんぞ。六郎太か仁八は知っているのか?」
鈴がうなずくと、喜二郎は頭を抱えた。
「……続けてくれ」
その話はなぜか流れて、今年薩摩に向かうことになった時に話が再燃した。
正確には高鍋藩に行くことになった折に喜二郎が約束してくれた「貸し」を薩摩に使ったことで、薩摩が好機と捉えた。
ミクニが家出をしたのが事の発端だが、幸か不幸かそのおかげで商品を完売して米を得ることができた。
だが帰路の途中、雨に降られて清右衛門の船が沈んだ。
薩摩が協力を申し出て「喜二郎の力を借りる」ために仙台まで積み荷を運んでくれた。
費用は全て薩摩持ちで、今その対価を求めて喜二郎の家に来た。
「というわけなんだよ」
「理解した……しかし、そうなると打開策が思いつかぬ」
喜二郎でも思いつかないことがあるのか、と鈴は驚いた。
その表情を読んだのか喜二郎は苦い顔をする。
「リン。お主は昔から某を仙人か何かだと思っているようだが、できないこともある。むしろそればかりだ」
「叔父上がそう言うと私なんて何ができるのって話だよ」
鈴は喜二郎の言葉に驚いたが、喜二郎の方もなぜか驚いていた。
「某にできないことができる。お主にできることは、お主がいつも行動で示してくれる。だから名主村の皆は、苦しくともお前と一緒に歩んできてくれただろう?」
「それは……そうだと、嬉しいんだけど」
鈴はそう言ったものの、自信はなかった。
行動で示したのではない。
ただ、自分がやると決めたことから逃げなかっただけだ。
鈴の行動で影響を与えたことなど、どれだけあったのか自分でもわからない。
「だが今、五郎八姫が来てくださったのは僥倖だった。某一人では断っても角が立つ」
はて、なんだって?
角が立つ?
それは嘘でしょ、叔父上。
薩摩だろうが仙台だろうが、言う時は言う人じゃない。
「仙台城で大立ち回りしてたのはどなたですか、叔父上」
「あれは本来の目的の話に戻しただけだ。今回のように詰んだ話から始まるわけではない」
詰んだ局面から挽回するのと、悪手を妙手にかえるのとでは全く違う、と喜二郎は言う。
鈴には違いはよく分からなかった。
しばらくすると、話し合いが終わったような賑わいが家から聞こえてくる。
「どうやら、終わったみたいだね」
「ああ。もはや天に運を託すしかあるまい」
鈴たちはお呼びがかかるまでそのまま外で待機していた。
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「話は済みました。喜二郎、後日 城から召喚命令があると思います」
「承知いたしました、五郎八様」
「では私はお暇します。……ミクニ。例の物は用意ができ次第積み込むわ」
「はい、はーい」
イロハとミクニはいつもの雰囲気に戻っていた。
喜二郎を城に召喚ということは彼にも関係があるのだろう。
だが積み込むという表現からして喜二郎の薩摩行きは免れた可能性もある。
心配する鈴の様子を見てイロハは微笑む。
「大丈夫よ、リン。叔父上は仙台預かりになったから」
「そっか……そうなんだ」
話を聞こうと思ったが、それだけ言うとイロハはあっという間にその場から立ち去っていた。
ミクニも肩を伸ばしながら家から出てくる。
「んん。リン、難しい話は終わったよ。良かったら家まで送っていこうか?」
「え? うん。……いや大丈夫。私、家にはしばらく帰っていないから」
「あははっ、じゃあ私と一緒だ」
ミクニは先ほどまでの毅然とした表情ではなく、見慣れたおてんば姫の姿だった。
ミクニも「私もお暇するね、お邪魔しました!」と言って門の方へ歩き出す。
鈴と喜二郎は見送りのためについて行く。
鈴はミクニの顔を伺うように目線を向けた。
「そんなに警戒しないでよ、リン。悪かったとは思っているんだってば。今回はキジローさん、諦めるんだし」
「イロハもそう言ってたね、どんな話し合いがあったの?」
それは秘密、とミクニはちらりと喜二郎を見てから人差し指を口に当てた。
表情は明るいが、ミクニにとっては不本意な結果だったのかもしれない。
しかし最初はあまり喜二郎に執着していたように見えなかったミクニが、いきなり積極的に交渉するように変化したのは驚いた。
そして打って変わってこの奔放ぶり、さっきまであれほど鋭い交渉をしていた人とは思えない。
やっぱり、こっちが私の知っているミクニだ。
そう思うと少しだけ肩の力が抜けた。
「あ。そういえば、ミクニ」
「んん?」
見送りの門を出て、薩摩武士たちが居並ぶ場所へ戻ろうとするミクニに声をかける。
「『わっぜ、すいちょっど』って最初に言ってたけど、どういう意味? あれも蘭語?」
ミクニは目を瞬かせ、すぐにいたずら好きな子供がするような表情を浮かべて鈴を手招きする。
ミクニが片手で口を隠すように少しかがんだので、鈴もそれに合わせて耳を近づけた。
「一目惚れした、って意味」
衝撃で、鈴から変な声が漏れる。
「でもダメだった。私なら、絶対に幸せにしてみせたのに」
「………」
答えられない鈴に、ミクニは一瞬だけ寂しそうな目をしていた。
すぐにいつもの明るい笑顔に戻り、薩摩武士を引き連れていく。
「帰るときになったら声かけるよ! またね!」
そうして嵐のようにやってきた姫は、嵐のように去っていった。
鈴は何も言えないまま、遠くなっていく背中たちを見送るしかなかった。




