押しかけ姫君
船が仙台にたどり着くと、大勢の人から熱烈な歓迎を受けた。
去年は病で人が少なかったのもあるが、今年の飢饉はいよいよ命が掛かっている。
人々が熱狂するのも当然だった。
「はぁ~。仙台もすごい熱烈な歓迎じゃね。んん! 米を届けられて私もホッとしたよ」
「礼を言うわ、イロハ。城に案内するから、ゆっくりくつろいでいって」
イロハが下船用の桟橋の前に立ち、ミクニにそう伝える。
ミクニはニッと笑い、イロハの顔を見た。
「米の運び込みは、薩摩の男たちも手伝うから」
「ええ、助かるわ」
「だから私、先にキジローに会ってくるね!」
「は? えっ、ちょっと!」
ミクニはそう言うと、桟橋に横付けされかけていた船から助走をつけて飛んだ。
少し待てば安全に降りられるというのに、ミクニは鮮やかに桟橋に着地し、そのまま街の方へ消えていった。
仙台勢は唖然としたまま、消えた背中を見つめる。
「ああもう、滅茶苦茶よ。誰か! 彼女を追って!」
「お任せを!」
武士たちはそう言って勢いよく船を飛び、次の瞬間そろって海へ落ちた。
港に大きな水柱が上がる。
「……落ちた者を救出して。積み荷を崩さないよう気をつけながら、なるべく急いで船を港につけて」
「承知っ!」
「これだから薩摩は猪武者と言われるのよ……」
イロハは頭を抱えながら先の事を考える。
小舟で先に降りた鈴とトシが、先に喜二郎に会えていることを祈るばかりだった。
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「ようやく帰ってこれたね、リン」
「今回も長い旅だった気がするよ」
船を降りた後、鈴とトシは先に家に帰らせてもらうことになった。
あとは藩のお偉いさんの役目だ。下々の出番はここまでである。
「ちらっと港で話を聞いた限りだと、キジ兄も戻ってきているみたいだよ」
「そうなんだ。加賀藩はどうだったのかな、叔父上」
「船二隻分の米、運んで来たんだって」
その言葉に鈴は目を丸くする。
方々に米を買いに行ったとき、喜二郎はあまり商品を持って行かなかったと聞いた。
商品無しでどうやって船二隻分の米を確保したというのだろうか。
というか、行きの船は一隻と聞いていたのだが。
「ほほぅ、麒麟児ちゅうんは伊達じゃなかね」
背後から聞き覚えのある声がした。
「そうだね……って、えっ!」
思わず返事をして振り返ってみれば、ミクニがいた。
しかも見渡してみて気が付いたが、護衛をつけていない。
一国の姫君が不用心すぎる。
というかどうやってここまで一人で来たのだろう、誰か止めなかったのだろうか。
「なんで、一人なの?」
「んん! そりゃあ、このままだとうやむやにされる気がしたからね。だから、本当に麒麟児って呼ばれるほどなのか、会って確かめようと思ってかな!」
何という勘の鋭さだ。
昨日イロハが「仙台城で歓待して、薩摩に帰す。喜二郎とは会わせるつもりはないわ」と言っていたのをしっかり見抜かれてた。
急に思惑が外れた鈴は慌てるが、ミクニは「大丈夫、大丈夫」と手を振る。
「別に婿にしようと思ってここまで来たわけじゃないから、安心してよ。ただ、堰とか味噌とか鮫とか、色々話を聞いてみたくてさ!」
「そ、そう? でもイロハに相談しないと……」
「なら、僕がイロハ様に伝えてこようか?」
トシがそう提案してくれたが、流石に女二人で街を歩くのは危ない。
最近の仙台は治安も少し悪くなってきている。
仕方ないが、ここは全員で港に戻るしかないだろう。
鈴がそう思っていると、ミクニは両手を頭の後ろに回してずんずん先に進んでいった。
「いいけど、そしたら私一人で行っちゃうよ? キジローの家は前に言ったことあるから知ってるし」
それは不味い。
許可を取りにいかないのも不味いが、ミクニを一人にする方がずっと危険な気がする。
「ミクニ様を一人で行かせるのは危ないと思う」
「そうだね、私もそう思った」
喜二郎の家についてから、急いで使いを出すしかなかった。
「わかったよ、一緒に行こう。離れないでね?」
「はい、はーい!」
この空気の重い仙台で、ミクニの周りだけはなぜか空気が軽く感じられた。
杉林を抜けた先には喜二郎の家がある。
だが、彼の家から人が長蛇の列を成しており、門番までついていた。
「な、何事? 叔父上の家に人がいっぱいいるんだけど」
「何事って、キジ兄が仙台にいると大体こんな感じじゃん」
トシがあっけらかんというが、それは鈴の記憶にない喜二郎の姿だ。
確かにいろんな人の出入りがある家だとは思っていたが、こんな長蛇の列を作るほどではなかった。
鈴が過去に行ったことによって、どこかで歴史が変わってしまったのだろうか。
「はぁ~すごいね……。藩主の父上の家より人が並んでいるの、初めて見た」
ミクニは感嘆の声を上げる。
しかし今まであれだけ手薄だった家が、ここまで厳重に守られているのはやはり違和感が強い。
鈴にとって喜二郎の家は、気軽に入れる家の象徴だったからだ。
(でも、今は切り替えなきゃ)
そう思いなおして、鈴たちは列に並ぶ。
時間がかかりそうかな、と思ったが列はどんどん先に進んでいった。
門から一人出ていく度に、門番は屋敷に一人入れる。
列は驚くほどの速さで減っていき、そしていつの間にか自分たちが門番の前に立っていた。
「お前たちで最後だな……と、リンとトシか」
「久しぶりだね、おっちゃん。またキジ兄に雇われたんだ?」
「まあな。そちらの後ろの嬢ちゃんは連れかい? 悪いが刃物の持ち込みは禁じているのでな、検査させてもらうぞ」
「あ~……まぁ、しょうがないよね。変なところ触んないでよ」
門番は細い鉄の棒で裾や帯の内側を軽く探り、隠した持ち物がないか確認した。
「よし、通っていいぞ。お前たちで最後だから終わったら声をかけてくれ」
「了解だよ」
そう言って門をくぐる。
門の内側にも人が列を作っていたが、それほど待つこともなく列は進んでいく。
「……病で倒れた子がいて、銭もないんじゃ。儂はどうしたらよいのかのぅ」
「草鞋20足、笠5つ。それで薬と交換してみよう。出来たら、某が交渉する。水は上流のものを汲むか、湯にしてから飲ませて、腹に溜まるものを食わせて様子を見てくれ。お主の子の未来を願っている。お大事にな。次どうぞ」
「夫が夜な夜な私を叩くのです、縁切りも断られ、もうどうしたらよいか……」
「先日聞かせてくれた話だな。調べはついた。お主の話に偽りはない。宝仙という和尚を頼れ、中山の寺にいる縁切りに理解のある和尚だ。……この文を見せれば縁切りも叶うだろう。お主の幸福を願っている。次、どうぞ」
どれも難しそうな問題のように聞こえたが、喜二郎はあっという間に解決策を提示して人の列を捌いていく。
あと少しで客が全ていなくなりそうなとき、喜二郎はこちらを見てふっと笑った。鈴たちに気が付いたようだ。
「……代筆はこれでよいだろうか。少し手直ししたが、お主の気持ちは込めたつもりだ。夫の無事を某も祈っている」
「本当に、ありがとうございます。坊ちゃん……」
最後の客がお礼を言って去っていく。
「よく戻ったリン、トシ。福、門を閉めて来てくれ。門番も今日は終わりで良い」
「かしこまりました」
福、と呼ばれた少年が喜二郎に礼をして去っていく。
彼をどこかで見た気がしたが、どこだっただろうか。
人がいなくなったので、喜二郎は若干姿勢を崩して鈴たちに向き直った。
「そちらは客だろうか。初めまして、林喜二郎と申す。以後お見知りおきを」
「……」
ミクニは何も答えない。
たしか喜二郎に会って色々聞きたいと言っていた気がするが、良いのだろうか。
なら先にやらねばならないことを済ませてしまおう。
「トシ、イロハへ言伝お願いできる? ミクニは私たちと一緒にいるって」
「わかった、行ってくるよ」
そう言って、トシは駆け出して行った。
すると喜二郎は少し驚いた表情を浮かべた。
「五郎八姫と打ち解けたようだな。流石だ」
「そうかな?」
「先に戻った清右衛門殿から話は聞いている。佐賀までの旅路、苦労を掛けたな。よくやってくれた、リン」
「え、へへ。面と向かって叔父上が褒めるなんて珍しいね。嬉しいよ。でも叔父上だって船二隻分の米を手に入れたんでしょ? どうやったの?」
ああ、それは。と喜二郎は顎に手を当てた。
「すべて売った」
「はい?」
「某が今まで研究したすべての技術を、加賀に売った。18年分ゆえ、あちらも一つ一つを実現するのには時間がかかる。それまでが某たちが利益を手にできる期間と言える」
「えぇ……? でもいいの? 技術は安売りする物じゃないって、昔言ってたじゃない」
「高く買い取ってくれたさ。それに技術は、一人で持っていても進化はしない。世に広めてこそ栄達していくものだと、某は思っている。これだけ時間をかけたものを腐らせたくはないだろう?」
「まぁ、そうだと思うけど」
喜二郎があまり商品を持たずに加賀へ交渉しにいった理由が分かった。
しかし味噌や鮫以外にも研究していたのか、どんな研究を行っていたのか興味はある。
喜二郎の事情も分かり、鈴はほっと息をついた。
その隣で、さっきまで賑やかだったミクニだけが不思議なくらい静かだった。
「ミクニ?」
ミクニは短く息を吸う。
「わっぜ、すいちょっど」
ミクニがいきなり薩摩弁になる。
なんと言ったのか、聞き取れなかった。
けれど、その声に驚いたのはミクニ自身のようだった。
ミクニは視線を彷徨わせ、一瞬だけ鈴を見る。
「……」
ミクニはほんの僅かに口元を震わせ、唇を結ぶ。
そして「んん!」といつもの咳払いをして、ミクニが喜二郎ににこりと微笑んだ。
「喜二郎殿、私は島津重豪の娘、御國と申します。初めまして」
「これはご丁寧に……。しかし御國様はどうしてこんなあばら家に?」
ミクニはスッと鈴の方に視線を向けた。
「リンが担保にした物を受け取りに来ました。一緒に薩摩へ来てください、喜二郎殿」
ミクニは、先ほど鈴たちとした約束をくるりと翻して、そう言った。




