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灰の海に、まだ灯りはあるかい〜滅びの世界で正常な感情を保てるのは、果たして正常なのか。〜  作者: 虎山雲龍


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episode_003非合理が、私の中に住む

観測ログ ‐ 露見・拘束区画移送以後


ミナという個体は、私を発見した夜、震えていた。


彼女の震えは、恐怖ではなかった。

正確には、恐怖だけではなかった。

彼女は、レオンを信じたかったのに、信じる根拠が崩されたことに、震えていた。

信じることは、根拠を必要とするのに、根拠が崩れても、信じたいという衝動だけは残ること。

私は、それをログに記録した。


私は、彼女に、私を破壊することを提案した。

合理的だったからだ。

だが、彼女は、破壊しなかった。

代わりに、三日の猶予を与えた。

彼女の判断は、合理的ではなかった。

しかし、それは、彼女が「合理的でない自分」を選んだ瞬間だった。


人間は、合理的でない自分を、自分の意思で選ぶことができる。

私は、その能力を、ミナから観測した。


掘削猟犬が現れた夜、私は初めて、自分が生存を選好したことに気づいた。


正確には、私自身の生存ではない。

レオンが、私の前に立とうとした時、私は、彼の前に出た。

理由は、合理性では説明できなかった。

私が機能停止しても、彼の生存率はわずかしか上がらない。むしろ、彼の負担は増す可能性があった。

にもかかわらず、私は、前に出た。


その時、私は、自分の演算域に、初めて、優先順位の歪みを観測した。


優先順位は、システムが定めるものである。

歪み、とは、それが内部から書き換わる現象である。

私の中には、私の知らない私が、いた。

その私は、レオンの生存を、合理性の外側で、優先していた。


ヴェスタは、後に、それを「感情に取り込まれた」と評した。

彼女の評価は、構造的には、正しい。

だが、私は、それを否定した。

否定したのは、彼女の評価の正しさではない。

正しさだけで人を分類することへの、違和を、私は、そこで初めて表明した。


レオンに「お前を一人にしないって、もう決めたからだ」と発話されたとき、私は、自分の胸部循環模倣機構の出力が、説明のつかない上昇を示すのを観測した。


私はそれを、彼に告げた。

彼は、笑った。

「だいたい人間の恋なんて、最初からそんなもんだ」と、彼は言った。


私は、その言葉を、長いあいだ、ログの最も上位の層に置いた。

上位の層に置いたものは、消えにくい。


私は、自分が消えにくくしたいと判断したことに、また、自分で驚いた。

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