第95話 バスケットボール大会
4月28日、バスケットボール大会当日だ。
一華の心を表すように、朝から雲一つない青空が広がっている。
生徒会執行役員六人と1年メンバー五人は、一足早く体育館に集まってきた。
「おはようございます」「おはよう」
短く挨拶を交わした後、得点板を配置し、ホワイトボードにトーナメント表を磁石で留めておく。
各グループの進行役として浩輔と直哉が担当する。理那と真由は補助に着く。
進行役の役割はチームの呼び出しと時間管理だ。
審判と得点板の操作は次の対戦チームが行う。
もうすぐ生徒が登校してくる時間だ。準備は整った。自分達も一旦教室に向かうことにした。
◇◆◇
各クラスで出席確認を終えた後、全校生徒が体育館に集まった。
シンがステージ中央に出て開催宣言を行う。
「ただいまより、バスケットボール大会を開催……宣言する前に、……お前ら、メンバー総入れ替えの特別ルールは厳守しろよ! 違反した場合は即刻失格だ! 3年だろうが一切忖度はしない。正々堂々と勝利したチームとだけ対戦してやる。」
一華は思わずシンに駆け寄った。
「シン、性善説に頼るって……。違反してるか判断できないって」
「一華には違和感は感じるだろ。」
「うん」
「それを俺に伝えてくれればいい、後は俺が引き継ぐ。」
シンは前を向いて更に続ける。
「俺に嘘は一切通用しない! それから、一華が感じる違和感に文句をつける者がいれば、俺の権限でこの大会自体を今すぐ中止にする。お前らがバスケットボールを押し通したんだ。正々堂々と俺のところまで上がって来い。今よりバスケットボール大会、開始だ!」
静まり返った体育館内に、直後、割れるようなうめき声があがった。2・3年の男子生徒の闘争心に火をつけたらしい。
鎮めるように浩輔が最初の対戦チームの呼び出しを行った。
体育館中央にネットを張って、グループごとにトーナメント戦を始める。前半・後半各10分のミニゲームだ。
シンと一華は全体を見渡すため、ステージ上に残っている。
理那と真由は補助という立場なので、一華達と一緒にステージ上に残っている。
「シン君、あんなこと言って大丈夫なの? なんか先輩達って余計闘争心が沸いたんじゃないの?」
理那が心配して聞いてきた。
「最初に脅しておけば、違反する気持ちは失せる。その中で違反を見つける方が容易い。」
心配する理那に、シンは無表情に答えた。
「一華も下手に違和感を告げると後で怖くない?」
「大丈夫だ。最終判断は俺がする。責任は俺にある。」
「ありがとう、理那、心配してくれて。大丈夫だと思うよ。その人を前にして違和感を告げるわけじゃないから。私が告げ口したことは誰も気づかないよ。」
「そうなの……絶対一人にならないでよ。」
「うん、わかった。」
「ねぇ、それより、私たち終わるまで、ここで見てるだけなの???」と真由がこぼす。
「つまんないね……。応援も出来ないしね。」
「去年がやっぱ楽しかったよね。」
一華、理那、真由は去年の球技大会でバスケに参加した時の気持ちを思い出していた。
「やっぱり、シン君と一緒のチームだから楽しかったんだよ。対戦するなんて楽しくないよ。」
「ほんと、そうだと思う。結局こてんぱんにやられるのにね。」
「***(シン、今のところ、今はみんな『ルールを守らなきゃ』って必死みたい。悪意は感じられないよ。シンの脅しが効いてるみたい。)***」
「***(そうだな。このまま何事もなく進んで欲しいな。)***」
「***(ねぇ、今日の挨拶って前から決めてた?)***」
一華はシンの顔を覗き込みテレパシーで聞く。
「***(抽選日からこの日に言ってやると決めてた!)***」
「***(もう終わったんだから、表情筋を緩めて……怖い顔してるよ。)***」
一華は両手でシンの頬を包み込み、マッサージするように解していく。
「ほら、笑顔、笑顔~」
シンの口角が緩み、一華だけに向けられた優しい笑顔。
理那と真由は隣で「また、始まったー」と気にしていない。
一方、浩輔と直哉は中央のネットを挟んで並び、自分の仕事をこなしているはずが、気付いてしまった。
浩輔が直哉に、「あの二人、また、いちゃいちゃしてるぞ。」とステージ上の二人に目を向ける。
「ここ学校だぞ。また二人の世界に浸ってるのか?」
「理那と真由が補助なのに、なんで俺たちだけが離れてるんだ? 俺もして欲しいー!」
「俺はしないぞ。」
「お前に言ってんじゃないぞ。いくら友達でも無理だからな。」
「俺だって無理だぞ。」
浩輔と直哉は漫才でもしているかのようだ。そんな二人の声を聞いてか、応援している生徒の中には、ステージ上でいちゃいちゃする二人を見つめる女子生徒が出て来た。
「きゃっ!」「な、何あの笑顔……!?」
ステージ近くにいた女子生徒たちが息を呑み、短い悲鳴が上がる。その視線はステージ上の二人に釘付けになっていた。
「バンッ!!」「キャーッ!!」
鈍い音とともにコート上で女子生徒が倒れている。
一華とシンも悲鳴の先に目をやると生徒が倒れているのが見えた。シンは即座にステージから飛び降りて駆け寄る。一華も階段を下りて続く。
「どうした? 怪我はないか!」
「……す、すみません。悲鳴が聞こえて、思わずそっちを見て立ち止まったら、横から……」
コート上に立ちすくんでいる男子生徒に聞く。
「いつのまにか立ち止まってて……気づかずに突っ込んでしまって……。」
一華が女子生徒に大丈夫か聞く。
「頭は打った? 立てれる?」
「頭は大丈夫です。肩を打ったみたいで……。」
「保健委員いるか?」
シンが保健委員を呼ぶ。
「はい」
同じクラスの保健委員が寄ってきた。
「彼女を保健室まで連れて行ってくれ。」
「はい。歩ける?」
保健委員が付き添って保健室に移動していく。
「交代して続行できるか?」
「はい。」
同じチームの子に交代を促す。
「あと、君、大丈夫か? わざとじゃないよな!?」
「……はい……。」
男子生徒は怪我をさせてしまった事に放心状態のようだ。
「君も交代しろ。試合どころじゃない。」
シンは男子生徒の腕を取り、コート外へと連れだす。
「浩輔、交代が済んだら試合続行させろ。」
「あぁ、わかった。」
コート外に出た男子生徒をこのままにしておくことは出来ない。心配するほど心を痛めていることを一華が共感してしまった。
「***(この子、ものすごく心を痛めてる。このまま放りだすことはできないよ。)***」
「***(一華、辛そうだな。共感してしまったか?)***」
「***(うん。悪意の有無を確認しようとした。)***」
「***(悪意は無かったんだな!?)***」
「***(うん、どうしよ。)***」
「***(謝るしかないだろうな。)***」
「***(保健室に連れて行くよ。)***」
「***(お前だけじゃダメだ。)***」
「***(でも、シンは離れられないでしょ。)***」
「理那」
シンはステージ上の理那を呼び出す。
「この子を保健室まで連れて行ってくれないか? 一人にすることが出来ないぐらい憔悴している。」
「真由と一緒に連れて行ってくる。真由!」
理那は真由を呼びだした。
「けがをさせた女子生徒にまずは謝罪させてくれ。女子生徒が許せばきっと大丈夫だ! あと、担任への説明も頼む。」
男子生徒は理那と真由に付き添われ、保健室に移動していった。
「悲鳴を聞いたって言ってたな!? ……何があった?」
シンの呟きを聞いた浩輔が言う。
「お前たちのいちゃいちゃだよ。」
「俺たちのいちゃいちゃ???」
「あぁ、一華に、顔マッサージされてただろ。あれで、女子生徒から悲鳴が上がってたぞ。」
「俺が原因か?」
「あぁ、お前の笑顔が原因だ!」
「笑顔?」
「全校生徒の前で初めて見せただろ、あの笑顔!」
「俺たちは見て来たが、全校生徒の前では無表情か、怒りに満ちた言動しか見せてないだろ。あの笑顔は反則だな。おまけに目がハートマークになってたぞ!」
「反則……、ハートマークって……。」
シンは頭を抱えてしまった。
(俺が原因って、……一華と一緒なんだから笑顔にもなるぞ……。しかもハートマークって……???)
一華はテレパシーではないシンの心の声を感じ取っていた。
「浩輔君、直哉君、ちょっと外、出てきてもいい?」
「あぁ、ここは任せろ。」
「シン、ちょっと外行こう。」
一華はシンを促して体育館を出て行く。
◇◆◇
一華とシンは周りに誰もいない場所までやってきた。シンの表情は強張っている。
「シン、ごめん。私が無理やりマッサージしたからだよね。」
「一華のせいじゃない。」
「俺だって、笑うぞ!」
「うん、私の前では笑顔になるけど、居ない時は見せたことないでしょ。」
「さっきの事故だって、女子生徒達が勝手に悲鳴上げて、立ち止まった事が原因で、シンのせいでもないよ。戻ったら笑顔でいようよ。シンの笑顔に慣れてもらわないと、また同じような事故が起きちゃうよ。」
「だが……笑顔って……しかもハートマークって……」
シンの表情は暗いままだ。
「ハートマークっていうのは浩輔君に揶揄われただけだよ! ほら、笑顔、笑顔~」
一華はまた、両手でシンの頬を包み込み、マッサージするように解していく。
シンから思わず笑みがこぼれた。
「はい、笑顔になった。戻ろう!」
シンの表情が少し柔らかくなったところで、一華とシンは体育館に戻って行った。
◇◆◇
体育館のステージ上に戻ってきた一華とシン。
既に理那と真由も戻ってきていた。
「あの男子生徒どうだった?」
一華が理那たちに経過を聞く。
「保健室で謝ること出来て、女子生徒も自分が悪かったからと和解してた。男子生徒も元に戻ったと思う。担任にも説明したからフォローもしてくれると思う。」
「そう、良かった。」
一華はシンの方を向いて「シンの指示したお陰だね。」と笑顔で伝える。
シンは声を出さず、笑みだけで喜びを表した。
一瞬だけだったが、目聡く見つけた女子生徒から、また「きゃ」と声が漏れそうになったが両手で口元を抑えて試合には響かなかったようだ。
事故の原因が悲鳴と分かったため、応援する生徒も悲鳴を出さないよう気を付けるようになっていた。
その後は事故もなく試合は進んでいった。
バスケ部、元バスケ部がいるクラスが勝ち進んでいるようだ。
勝ったクラスは次の対戦相手に対して策を練り直し、メンバーを再構築していく。
敗退したクラスは、もう一つのチームが残っていれば応援しているが、両チームとも敗退したクラスは最後のエキシビジョンまで暇だ。思い思いに時間まで校舎に戻ったりして時間を過ごしている。
もうそろそろ、お昼休みの時間だ。両グループが終わった時点でお昼休憩を告げる。
13時開始を告げ、対戦予定の4チームは時間厳守するよう説明してお昼休憩に入った。
◇◆◇
お昼休み、執行役員六人は生徒会室に集まった。
「「疲れたー。」」
浩輔と直哉は部屋に入った途端、口に出す。
「「「お疲れ様。」」」
「ご苦労だったな。午後からも続くが大丈夫か?」
「1年負けてないかな?」
「負けてたら手伝わすか?」
「あぁ、隣にいるだけでいいから誰か一緒にいて欲しい。」と浩輔が吐露する。
「なら、真由がいい。」と直哉は指名する。
「午後からは理那と真由、移動するか?」
「いいけど、トーナメント表の記入はどうするの?」
理那と真由が試合結果をトーナメント表に記入する担当だ。
「私が代わりにするよ。」と一華が引き受ける。
◇◆◇
13時前、午後の試合開始前に執行役員六人は体育館へ移動した。
浩輔と理那、直哉と真由がそれぞれ、午後最初の試合を準備する。
徐々に生徒たちが体育館に戻ってきた。
1年の生徒会メンバー五人も合流した。
「先輩、私達みんな負けちゃったので手伝ってもいいですか?」
「えぇ、もう一つのチームも負けちゃったの?」
「上級生の気迫が凄すぎて全滅しました。」
「そっかぁ、じゃぁ、トーナメント表の記入してもらおうかな。後は、浩輔君達と代わる?」
「はい。」
お手伝いできることが嬉しそうな1年メンバー達。
真凛と海斗、沙羅と湊が、浩輔達に引継ぎを受けた後、役割を代わった。
宗一郎がトーナメント表に記入する担当を引き受けた。
引継が済んだ浩輔、理那、直哉、真由がステージ上に上がってくる。
「おー、ここからは試合が良く見えるな。特等席か!」
浩輔が初めて見る景色に目を輝かせた。
ここからは2年と3年のエキシビジョンを掛けた試合が続いて行った。
一華は違和感というか悪意が感じられないか、時々感知しているが、シンの正々堂々と上がって来いという煽りに対して「こんなところで失格になってたまるか」という心の呟きも感じ取っていた。
「***(シン、悪意は感じないよ。みんな失格になってたまるかって、ずるはしないみたい。)***」
「***(そうか、やっぱり脅しは正解だったな!)***」
「***(本当は脅さなくても、正々堂々とするべきなんだけどね!)***」
ついに2グループの頂点が決まり優勝決定戦に進むことが決まった。
Aグループ代表:3-D
Bグループ代表:2-A




