第9話 明日の予定と選択科目
夕食を済ませた一華とシンは、リビングのソファで並んで座り、テレビを見ながらリラックスしていた。
一華の手には月華草茶が入ったティーカップがおさまっていた。
ふと顔を上げ「ねえ、シン。明日、体育あるよねえ……。」
シンは テーブルの上の時間割表に目をやる。
「明日は、数学、現代国語、英語、体育。4時間目にあるな!」
「体育かぁ……。男女別々だよ。どうする?」
シンの表情が一瞬硬直する。彼の最大の任務は一華の常時護衛だ。
「護衛できないな。……さて、どうするか。」
「でも、体育館で月なんて見ることないから大丈夫だよ。きっと!」
自分を納得させるように言う一華。
それより運動が苦手な一華は、走るのも、泳ぐのも、体育そのものが嫌いだ。
体育にプールの授業がないこの学校を選んだのも理由の一つだ。
プールで遊ぶのはいいが、高校体育にプールって意味不明だ。小学校だけにしてくれと思っているぐらいだ。
シンは沈黙し、顎に手を当てて深く考え込んでいる。
「体操服の準備しなくちゃね。長袖長ズボン、運動靴、体育館用シューズ……。あとは……買い忘れってないよね?」
一華は気を紛らわせるように必要なものを確認する。
シンはまだ考え中だ。彼の脳裏では、体育館の構造、女子更衣室の位置、万が一魔力暴走が起きた際の最短移動ルートなどが瞬時にシミュレーションされている。
しばらくして「体育とは、具体的に何をするんだ?」聞いてきた。
「簡単に言えば運動だけど? 球技とか、陸上なんかだよ、きっと。」
「魔界でいう、肉体鍛錬に近いな。」
「魔力は出したらダメだよ! 他の男子たち、シンの運動能力についていけないよ。」と釘を刺す。
「分かった。抑制するよう頑張る。とりあえず、明日の体育は、俺と一華の間に魔力による通信回線を張る。何かあったら、即座にその回線で知らせるということで対処する。」
安心したように「うん、分かった。私もいつもより結界を強く張っておくね。」
「それと、選択科目って何にする?」
一華は来週から始まる選択科目の希望をどれにするか悩んでいた。
「選択科目?」
一華は提出用の用紙をシンに見せた。
「明日、提出だよ。」
シンは忘れていた。
「音楽、書道、美術の中から希望順を出してどれか1つ授業を受けるの。人数が多いと抽選で他のに回されるらしいよ。」
「同じものを選択しても、一緒になるとは限らないのか?」
「だね。」
シンは再び思考を巡らせる。護衛任務の観点から見ると、授業中に離れるのは致命的だ。
「一番リスクが低いものを選択したいが、苦手なものだとつまらんよなぁ。」
「ちなみに、シンはどれ苦手?」
「絵だな。視覚情報が抽象的で、魔力制御の邪魔になる。」
一華は笑って同意する。
「全部と言いたいけど、強いて言えば私も絵かな。」
「書道だと、精神統一に役立つだろうし、音楽なら気分も紛れそうだしな。」
「じゃあ、1番書道、2番音楽、最後美術で希望出す?」
突然ひらめいたように「離れたら……希望が多い方を選んだ方が、少ない方に希望を出し直すってのは? できるかわかんないけど。」
一華はニヤリと笑う。
「そんな面倒なことしなくても。シンは受験の時みたいに、魔力で好きに決めれるんじゃないの?」
質問に一瞬驚き「うん? (ちょっと考えて)決めれるな。うん、できる。」
一華は満面の笑みになり「じゃあ、二人とも書道で決まりね!」
「ああ。これで、選択科目での離脱リスクは消滅した。ところで、書道の道具は?」
「えーっと、小学校で使ってたのがあったっけ? どこに片付けたかなぁ? シン、魔力でどこに片付けたかわかる?」
シンは目を閉じて、微細な魔力を部屋の隅々まで広げて探し出す。
「ちょっと待て……。一華の勉強部屋のクローゼットのダンボール箱の中にあるな。」
「おー、さすが! シン様!」(テレビで見た新さんみたい)と一華は記憶を巡らせる。
一華の素直な賞賛に、シンの頬が微かに赤くなる。無表情を保とうとするが、わずかに口元が緩む。
「……任務の一環だ。」
一華はキャッキャッと喜びながら勉強部屋に探しに行く。しばらくして書道セットを持って戻ってきた。
一華はテーブルに書道セットを開けながら状態を確認する。
「筆は買わないとだめみたい。墨汁以外は2つずついるよね?」
「明日、科目が正式に決まったら買いに行こう。」
「結構買い忘れってあるね。お金大丈夫かなぁ。」
「叔父上からいただいているから気にするな。生活費はアズサ様の口座から自動引き落としの手続きは完璧だ。一華は、お小遣いだけ管理してれば良い。」
「そうなの? 一人暮らしするって宣言したのにお金の事、頭になかったよ〜。これでは婚約者としてダメだね。」
シンは 一華の顔を優しく見つめ、心を込める。
「そんなことはない。一華は今、大人への階段を一歩ずつ上がってるんだから気にしなくていい。まずは魔力をコントロールする事が先決だ。できるようになったら、経済的なことも覚えていけばいい。」
シンの優しさに、顔を輝かせる一華。
「ありがとう〜! パパって魔王だけあって人を見る目あるね。シンを婚約者にしてくれるんだから!」
「一華……!」
一華の言葉の真意に気づき、顔から首筋までカッと赤く染まるシン。
「あ……!」
自分の発言の「意味」に気づき、シンと同じように顔を真っ赤にする一華。
お互い顔を真っ赤にして、視線を逸らす。室内に、気まずい静寂が訪れた。
シンは咳払いをして、無理に平静を取り戻す。
「明日は初めて離れての授業がある。今夜は早く寝て、気持ちを落ち着かせとこう。」
「そうだね。おやすみ。」
「おやすみ。」
二人は挨拶をして、各自の部屋へ戻っていった。
一華はベッドに倒れ込み、枕に顔を埋めた。自分の発した言葉と、それに反応して真っ赤になったシンの顔が、何度も脳裏を反芻する。シンの真剣な護衛としての態度と、時折見せる年上らしい優しさに、一華は密かにときめいていた。
シンは、ベッドの端に座ったまま、しばらく動けなかった。シンの感情の回路は、常に任務の遂行に最適化されていたが、一華の純粋な称賛は、その回路を乱した。シンの心臓は、護衛対象の悲鳴を聞いたときよりも激しく鼓動していた。
シンは冷たい魔界製のベッドに横になり、目を閉じた。




