第87話 ピンクムーン再び
回転寿司を堪能した帰路の途中、一華が口を開いた。
「今日、満月なんだよ。あれから一周りしたことになるね。」
「2周目に入るのか! 早いものだな。今日はどうするんだ?」
「もちろん、パワー注入するよ。」
「何をお願いするんだ?」
「そこなのよ。2回目だから、また変身するのかな?」
「変身はやめてくれ。仁華だけで充分だ。」
「うん、わかった。今までお願いしていない中で、欲しいのは大きさや重さを変えたりすることかな。」
「やっぱり、欲しいのか。」
「うん、外では使えないかもしれないけど、家の中だけでも便利だと思う。」
「これ以上、必要な魔力は無いように思うが……使う事が無ければ、あっても、困ることは無いか。」
「そうだよ。外で使わなければいいだけだよ。」
「それより、一華。あの厄介な天気のコントロールを感情ではなく、言葉で操れるよう修正してもらいたいが……。」
「ははは、まさか、感情とリンクさせるなんて……、満月様も何を考えてるんだか、ねぇ。」
「一華にはリンク無しだと天気を制することは無理だと思ったんじゃないのか?」
「えぇーっ、頭の中で唱えることと感情に違いがあるってこと? 強い思いが届かないという事なのかな?」
「強い思いが頭の中で唱えることで発動できれば完璧なのにな。」
「ね。今のままだと、雨が降らなくなるよね。そういえば最近、雨降ってない。このままだとダムが枯れちゃう。早く泣かなくちゃ。でも、どうやって……。」
「そうだな。雨を降らすためには涙活が必要になるな!」
「涙活か! 必ず泣ける映画とか探さなくちゃいけないね。」
「でも、今日は泣くなよ。満月のパワー注入するんだろ!」
「そうだ、そうだった。今日は晴れててもらわなくちゃ。」
遠回りしながら帰っていく目的はカロリー消費だったが、一華とシンにはおしゃべりしながらの、ただの散歩になっていた。
◇◆◇
夜も深まり満月も闇夜に浮かんでいる。リビングに集合した一華とシンはパワー注入準備に入る。
一華はブレスレットを外して、テーブルの上にそっと置いた。
「仁華に変身」と唱えた後、黒猫仁華に変身した。
シンはリビングの窓を開けベランダに出ると、外に向けて結界を張った。
「一華、いけるか?」
「にゃん……(いけるにゃ)」
一華はトコトコとベランダに向けて歩いて行く。シンは仁華の受け留めるため後ろに移動した。
仁華はバンザイをしてお願いを唱える。
(ピンクムーン様、大きさや重さを変える魔力を覚醒してください。それと、天気の魔力を感情ではなく言葉でコントロールできるように修正してください。お願いします。)
後ろで支えるシンも、同じ願いを月へと飛ばした。
バンザイした仁華とシンがお願い事を言い終えたが、凄まじい電流が流れるような衝撃がない。数十秒経っても何も起こらない。
仁華が「お願いします」と顔の前で肉球を合わせてお願いのポーズで言っても何も起こらない。
「にゃんにゃにゃ……(にゃんでにゃ、衝撃にゃいにゃ。)」
「何もないな? 一旦、一華に戻れるか?」
「にゃん……(戻るにゃ。)」
仁華は元の一華の姿に戻った。
「何も起こらなかったよ。どうして……。」
「??? 一華の姿で試してみるか?」
「うん」
一華はベランダに出ていく。シンは衝撃に備えて後ろに回った。
一華とシンは先ほどと同じく、お願いごとを唱える。一華は胸の前で手を組み、祈るようなポーズでお願い事を唱える。
(ピンクムーン様、大きさや重さを変える魔力を覚醒してください。それと、天気の魔力を感情ではなく言葉でコントロールできるように修正してください。お願いします。)
後ろで支えるシンもまた、同じ願いを月へと飛ばした。
仁華の時と同様、お願い事を唱えた後、何も起こらない。数十秒経っても衝撃も感じない。
黒猫仁華にも変身していない。
「シン、もう満月様のパワーでは魔力は覚醒しないのかな?」
空を見上げると、あんなに輝いていた月に、薄い雲がヴェールのようにかかり始めてた。
「一周したからな。衝撃も感じないという事は覚醒期間は終了したとみていいだろ。」
「覚醒期間か……。」
「これからは、今ある魔力を活用していけという事だろうな……。」
「期間限定って知ってたら、もっと早く、いろんな魔力を覚醒してもらってたのに……。」
肩を落とす一華。
「他の魔力はいいとしても、天気の魔力コントロールは聞き入れてもらっておくべきだったな。」
「そうだね。人間界ではやっかいな魔力になっちゃったね。」
一華は他の魔力が覚醒しないことに重ねて、天気の魔力コントロールが出来ないことに気持ちが沈んでいた。
闇夜に浮かぶ満月には雲がかかって、すっかり姿を消していた。
「これからは、涙活頑張るか! 俺も付き合ってやるよ!」
「冗談かと思ったけど、涙活しなくちゃいけなくなったね。」
「そうだな。悲しい作品じゃなく、感動して泣ける作品を選ぼう!」
「うん」
「明日借りに行くか? 天気予報は外すことになるわけだから、涙活は夜に限定だ。洗濯物を濡らすわけにはいかない。」
「そうだね。他の人に迷惑かけちゃいけないね。それに、今泣くと花散らしの雨になるから、もう少し、桜が散った後がいいかな。」
「花散らしの雨?」
「そう、桜は雨とか風に弱くて、すぐに散って、花見を楽しむ期間が短くなるの。だから、雨はもうちょっと先かな。」
「そうなのか? ダムが枯れるんじゃなかったか? 困ってないならいいが……。」
一華は雲に隠れた月を最後にもう一度見上げ、少しだけ寂しそうに、でも確かな足取りで部屋の中へと戻った。
「でも、満月のパワーを浴びても、魔力の暴走が起きなくなったということは良かったかな。」
一華は残念な気持ちとは裏腹に、魔力に振り回されない日常を取り戻せたことに安堵していた。
「あぁ、それは言えるな。これからは生徒会に理系の勉強に、高校生活を楽しもう!」
「そ、それは、楽しむことじゃないよ。いくら、天気のことを勉強したいから理系を選んだとしても……。それに生徒会も……。」
もうすぐ始まる2年の高校生活は気にしないように春休みを過ごして来ていた一華。
(魔力で生徒会役員と理系の勉強何とかしたかったな……)
やっぱり欲しい魔力は煩悩の数だけありそうだ。




