第7話 ハイスクールライフ始まり
ここからようやく、高校生活が始まります。
アズサが魔界へ旅立ってから数日。
一華は、シンと一緒に最低限の荷解きを済ませ、新しい環境に、少しずつ慣れ始めていた。そしてついに、待ちに待った高校の入学式当日を迎えた。
大きな鏡の前に立ち、一華は真新しい制服の袖を通す。リボンタイを綺麗に留め、スカートの裾を整えた。
(よし!花の女子高生の出来上がりだ!)
ふと振り返ると、一華の制服姿を見たシンが、静かに目を細めて立っていた。シンもまた、一華のものとは色違いの、同じ高校の制服に身を包んでいる。まるでファッション雑誌から抜け出してきたかのように完璧な着こなしで、その整いすぎた容姿も相まって、校内ですれ違う人々の目を釘付けにすることは想像に難くなかった。
(兄にしてはイケメンすぎるだろ……。)
「ねぇ、シン。私の制服、変じゃない?」
心の中では(かわいい、かわいいが……)と呟きながらも、シンは赤らむ顔を巧みに隠し、真面目な面持ちで答えた。
「とてもよく似合っている。しかし、一華。気を抜くな。君が今纏っているのは、『普通の女子高生』という名の結界だ。魔力の制御を常に意識しろ。」
「分かってるよ。でも、せっかくの入学式なんだから、少しはテンション上げさせてよ。今日から、私も普通の高校生なんだから!」
シンは一華の前に歩み寄ると、彼女の胸元で小さく揺れるペンダントにそっと触れさせた。
「いいか。このペンダントは、一華の感情の波を感知し、魔力が暴走しそうになった時に微弱な電気信号を発する。もし体がピリッときたら、すぐに僕に合図しろ。」
「はいはい、分かってますって、護衛殿。」
あまりにも堅物すぎるシンの態度に、一華は少しだけテンションを萎ませる。
軽い朝食を済ませ、私たちはマンションから高校へと歩き出した。春の柔らかな陽光が心地よく、舞い散る桜の花びらの下を、多くの新入生や保護者たちが同じ目標に向かって歩いている。
そんな周囲の活気に当てられ、一華はかすかな緊張を覚えた。
「うわぁ、なんかドキドキするね……。」
シンは周囲の気配を鋭く探りながら、小声で念を押すように言った。
「一華。周囲の人間からの視線に気を配れ。我々の設定を再確認する。」
「はいはい、お兄ちゃん。えっと、両親が海外赴任中のためこのマンションで二人暮らし。私たちは新入生で、シンは一つ年上だけど、早生まれの私が追い付いて同級生になった、と。」
「訂正だ。君は四月一日生まれで、僕は前年の四月二日生まれ。人間界の制度上では同級生扱いだが、僕は名目上一つ年上。しかも、君の兄ではない。」
「細かいなぁ! じゃあ、シンのことなんて呼べばいいの? 」
「呼び捨てで構わない。僕たちが婚約者同士であることを知っているのは、君とアズサ様だけだ。公衆の面前で、不自然な親密さを出すなよ。」
一華はふっと小さく息を吐き出す。
「へーい、シン様。」
校門に近づくにつれ、看板の前で記念撮影をする親子でごった返していた。新しい高校生活への期待に胸を膨らませ、一華の顔が自然と緩んでいく。
「わぁ、みんな写真撮ってる! 私もあそこで撮りたい!」
「撮影は後回しだ。ここには人間の魔力が密集している。早く結界の弱い場所から離れるぞ。」
(人にも魔力ってあるのかな……?)
シンは一華の腕を軽く引き、押し寄せる人ごみを避けるようにして校舎の中へと足を踏み入れた。
校舎内に入ると、新入生たちは自分のクラスを確認しようと掲示板の前に群がっていた。二人は貼り出された名簿に目を走らせる。
「あった! 一年A組! …シンは?」
「俺も一年A組だ。魔力による書類の手続きは完璧だったようだな。」
「えーっ! 本当に同じクラスなの!?」
シンは静かに口角を上げ、「これで常に一華の傍にいられる。喜んでくれ。」とニヤリと笑った。
一華は頬を赤らめ、「別に喜んでないし!」とそっぽを向く。
一年A組の教室に入ると、すでに多くの生徒が思い思いの席に着いていた。シンは窓際の空席を確認すると、一華をそこに促す。
「一華、ここだ。」
一華が席に着くと、シンはそのすぐ隣の席に腰を下ろした。ほどなくして担任の先生が教室に入ってき、簡単な挨拶とホームルームが始まる。入学式のために体育館へ移動する前、新入生同士の簡単な自己紹介タイムが設けられた。
「それじゃあ、まずは出席番号順に、簡単に自己紹介をお願いね! どこから来たか、それとこの高校で楽しみにしていることを教えてちょうだい。」
一華の番が回ってきた。彼女はゆっくりと立ち上がり、小さく深呼吸をする。
「……一華です! よろしくお願いします! ええっと、引っ越してきたばかりで、この街のことはまだあまり詳しくないんですけど、これから友達をたくさん作りたいです! 部活は、まだ迷ってます!」
明るくハキハキとした挨拶に、周囲の女子生徒たちが微笑みをもって迎えてくれた。
そして、その隣の席に座るシンの番が訪れた。
シンが立ち上がった瞬間、教室内の空気がわずかに引き締まった。その整いすぎた容姿と、底知れぬ落ち着きが、一瞬にしてクラス中の視線を釘付けにする。
「……シンだ。」
それだけの短い一言で、周囲の息を呑む気配が伝わってくる。
「両親の都合で海外から戻ってきた。この高校では、隣の席の妹……一華を、不慣れな人間界、あっ、いや、この国での生活をサポートすることが目的だ。」
事前の設定と違う発言に、一華は隣でそっと呟いた。
「『妹』じゃないって言ったじゃん……!」
しかし、シンはその小言を涼しい顔で無視し、淡々と締めくくる。
「……以上だ。」
担任の先生はシンの寡黙さと独特な雰囲気に少し戸惑いながらも、何とか次の生徒を指名した。
席に座るなり、一華はジト目を向ける。
「ちょっと! なんでわざわざ『妹』なんて言ったの!? しかも、目的が私をサポートすることって、初日から怪しすぎるでしょ!」
「妹だからこそ、家族の関係を明言するのが人間界において最も自然だ。一華を守ることが現在の最優先事項。周囲に関係を定着させる必要がある。」
シンのあまりにも理路整然とした回答に、一華はこれ以上反論できず、ぷっと唇を尖らせた。
その後、全校生徒と共に体育館へ移動し、入学式は滞りなく終了したのだった。
◇◆◇
入学式の翌日は、部活動紹介とクラスの委員選出にあてられた。
体育館のステージでは、各部活が趣向を凝らしたアピールを繰り広げる。ダンスやコント、迫力のある楽器演奏など、新入生の興味を惹きつけようと先輩たちが熱の入ったパフォーマンスを見せていた。
やがて部活動紹介も終わり、待ちに待った昼休み。多くの生徒が購買や学食へと急ぐ中、一華は教室に残り、シンとともに持参したお弁当を広げることにした。
シンが静かに箸を動かし始めると、クラス中の視線が自然と二人に集中していることに一華は気づく。特に女子生徒たちは、シンの完璧な容姿と、その隣で少し気まずそうにしている一華を熱心に観察していた。
「ねぇ、あの二人って本当に兄妹なのかな? 超イケメンじゃない? 妹の方も可愛いけどさ。」
「設定盛りすぎじゃない? 海外帰りで、二人暮らしで、しかも美男美女って……なんかドラマみたい。」
遠くの席から聞こえてくる女子生徒AとBのひそひそ声が、一華の耳にもハッキリと届いてしまう。
(やっぱ、もうバレてる!? 兄妹設定なんてやっぱり無理だったんじゃ……。)
初日から早くも前途多難な予感に、一華の胃がキリキリと痛み始めた。
そして迎えた午後の時間、クラス委員の選出が始まる。クラス委員、生活委員、美化委員、図書委員など、さまざまな係が黒板に書き出されていく。
多くの生徒が積極的に手を挙げる中、一華はシンの「とにかく目立つな」という厳命を守り、ひたすら気配を消して机を見つめていた。
(とにかく目立たなければやり過ごせる……!)
その祈りが通じたのか、おとなしく俯いていた一華とシンは、最後まで特定の役員に指名されることなく平和に時間が流れていった。
太陽が沈む前に無事帰宅できそうだという安堵感を胸に、一華は小さく息をつく。
こうして、魔王の娘とその護衛兼婚約者の、波乱に満ちたハイスクールライフが、静かに幕を開けたのだった。




