第48話 子猫【前編】
台風一過の夕食時、一華は夜の散歩を再開したかった。あの噂から、一時的に夜の散歩を中止していたが、昼間は暑くて外出する気になれないこともあった。
「シン、最近、ショッピングしか外出してないよ。散歩しようよー。」
「散歩? 仁華でか?」
「そう。仁華で。テレパシー使えば大丈夫でしょ。」
「あぁ、テレパシーなら噂の少年とは思わないだろ。いいぞ。」
「やったー。何時ごろに行く?」
「22時頃がいいだろ。」
◇◆◇
22時前になり、一華はブレスレットを外して、「仁華に変身」と心の中で唱えた直後、小さな黒猫仁華に変身した。
「にゃにゃーん……(シン、首輪とリードを付けてにゃ。)」
「あぁ。」
シンは首輪とリードを付けた仁華を抱きかかえる。
「にゃーん……(暑いにゃら、歩いていくにゃ。)」
(今日も抱っこなしか……)
「……わかった。ただし、マンション出てからだ。」
「にゃ。……(わかったにゃ)」
マンション下まで仁華を抱えて出たシンは、仁華を下ろしてリードを引く。
「***(一華、ここからはテレパシーで話せ。)***」
「***(わかったにゃ。)***」
仁華はしっぽを上げて、ゆらゆらと揺らしながら、公園までまっすぐ歩いていく。
シンは周囲に意識を集中させて、護衛に徹する。
「***(夏休みと言えど、割と静かだな。)***」
高級住宅街を抜けていく。
「***(熱帯夜にゃ、出る気ににゃれにゃいにゃ。)***」
「***(ラッキーだな! 誰にも会わずに済むな。一華は暑くないのか?)***」
「***(暑いにゃー。)***」
「***(帰るか?)***」
「***(いやにゃー。公園までいくにゃー。)***」
「***(無理だったら早めに言えよ。)***」
「***(わかったにゃー。)***」
どんどん歩いて行き、公園近くまで来ると、なんか騒がしい。
公園の出入口まで来て覗き込むと、高校生らしき数人が花火をしている。
(さて、どうするか?)
「***(いくにゃー。)***」
仁華はどんどん、歩いて行こうとリードを引っ張っていく。シンとしては人に会いたくないが……。
リードを引っ張られて入ってしまった。
高校生たちは、こちらを気にも留めず花火を楽しんでいる。
隅のベンチに仁華は飛び乗った。シンはその隣に腰を下ろす。意識は高校生の方に飛んでいる。
知っている顔がある……浩輔だ。パーカーのフードを深く被った。
(そうだ。浩輔の家は住宅街にあったんだ。まずいな。)
「***(一華、浩輔がいる。帰るぞ。)***」
「***(えぇー? もう帰るにゃか?)***」
「***(浩輔にバレたら、噂の少年の嘘がバレる。)***」
「***(シンがその少年って噂が本当ににゃるかーー)***」
とその時、微かに「ミー」という音が一華には「遠聴」魔力で聞こえた。出入口の反対側で結構、雑草が生い茂っているところから聞こえたように思う。浩輔たち高校生には聞こえていないようだ。
「***(とりあえず、公園から出るぞ!)***」
「***(今、にゃにか聞こえたにゃ!)***」
「***(どこからだ?)***」
シンは仁華を抱き上げて、パーカーの中に抱き込んだ。
「***(あっちにゃー)***」
仁華がパーカーから手を出して方向を示す。公園を出て、鳴き声のした方へ歩いていく。浩輔たち高校生には気づかれていない。浩輔たち高校生からは死角になっているあたりから鳴き声が聞こえた。仁華がパーカーから抜け出して鳴き声の方へ飛び出していった。
シンも追いかけるが、月光からは逆光で雑草の中は暗闇では見えない。仁華に任せるしかない。
「***(一華、どうだ?)***」
「***(シン、子猫がいるにゃ!)***」
「***(親猫は? 他に子猫はいるのか?)***」
「***(いにゃいみたい。)***」
「***(連れてこれるか?)***」
「***(うーん、手は使えにゃいにゃ……咥えてみるかにゃ。)***」
仁華は子猫の首裏を咥えようと試してみるが、傷つけそうで、なかなか、うまく咥えられない。落としてしまう。
「***(本物の猫じゃないから無理にゃー。シン来れる?)***」
仁華は雑草から頭を出してシンに場所を知らせる。
シンは雑草の中を進んで、仁華の傍まで来るとしゃがみ込む。そこには1カ月程度の子猫1匹がいた。
「***(連れ帰るにゃ。)***」
「***(育てるのか?)***」
「***(このまま置いてたら、死んじゃうにゃ。)***」
「***(わかった。)***」
シンは震える子猫を左手で抱き上げて、右手で仁華を抱き上げる。
公園を出て、元の道に戻らず遠回りして、そのまま連れ帰ることにした。
(浩輔たちには見つかってないはずだ。)
「***(シン、下ろしてにゃ。歩いて帰るにゃ!)***」
シンは仁華を下ろして右手首にリードを通し、子猫を落とさないようパーカーに包み抱え込むようにして帰っていった。
マンションの部屋に帰りつき、仁華の首輪とリードを外すと、一華に戻った。
子猫は黒猫だった。今日は動物病院が閉まっているから明日行くことにする。が、子猫用のものが何もない。
とりあえず、段ボール箱にタオルを敷いて、子猫を入れる。見たところ、怪我をしているようには見えない。
「女の子かなぁ。」
「なら、仁華の代わりか?」
「男の子だったら……貞操の危機?」
「なっ……おっ俺が守る。」
「ママ猫とはぐれちゃったのかなぁ……」
「野良だから台風で家がなくなったとかか?」
「どちらにしても1人じゃ生きていけないね。うちの子になる?」
一華は子猫を撫でながら、優しく言ってみた。
「ミー」
「シン、子猫が答えたよ。うちの子になるって!」
「そうなのか? お腹が空いているだけじゃないのか?」
「お腹も空いてるだろうけど、返事だよ。なるって!」
「じゃぁ、仁華の代わりになってもらうか。」
「良かったね。ネコちゃん♡」
「名前何にするんだ?」
一華は頭を右へ傾け「う~ん?」、左へ傾け「う~ん?」、そして、右に傾けたところで
「う~ん?…………『サン』ってどう?」
「『サン』?」
「私が『1』で、仁華が『2』、で子猫が『3』、シンは『4』。うまくはまったね。」
「俺が一番最後か。」
「うん、大黒柱だから、いいんじゃない?」
「大黒柱……」
「うん、パパ♡」
「……」
「私がママで、シンがパパだよー。」
子猫サンに向けて一華は紹介する。
「……」
結婚することもなく、人間界で突如、パパになったシンは思考が停止した。
その夜から二人の「共同育児」が幕を開けた。
一華は猫を飼ったことがない。スマホで保護後の対応方法を検索する。
「牛乳は与えちゃダメなんだって。猫用ミルクがないから明日まで我慢だね。とりあえず、保温だって。」
ペットボトルにお湯を入れて、タオルで包んで…段ボール箱に入れた。
「これで、明日、動物病院行こうね。」
「ミー」
「おやすみ」
二人も寝ることにした。
自室に戻ったシンは、浩輔たちのことが気になったが、今ではどうすることもできず、明日の動物病院が気がかりだった。




