第37話 球技大会
期末テストから終業式までの張り詰めた空気が和らぐころ、クラス対抗の球技大会が開催される。
種目はドッジボール、フットサル、バスケットボールの三つ。いずれも男女混合で、生徒たちは思い思いに参加種目へと挙手していく。
脳裏で直接響き合う、いつものテレパシーでの会話。
――《シン、どうする?》
――《どれも、動き回って護衛しづらいな。》
――《私、補欠でいいんだけど……。》
――《メンバー数にもよるな……バスケはどうだ? 少しだけ出るとかなら大丈夫だろ。》
――《そうだよね。フットサルは外だから論外で、ドッジボールは逃げまくって体力いりそうだし、……バスケなら数分で交代できそうだし、いいかも。》
――《じゃ、バスケに決まりだな。》
――《うん。》
クラス委員が参加種目を告げ、まずはドッジボールには十五人、フットサルには八人が挙手を済ませた。
そしてバスケットボール。一華とシンの他にはじめから手を挙げたのは六人だったが、遅れて理那、真由、浩輔、直哉の四人も加わった。
さらに、頼もしいことにバスケ部の男女各二人も名乗りを上げてくれたおかげで、補欠を挟みながらのメンバー交代も十分に可能な布陣となった。
――《あいつら、俺らに合わせて来たな。》
――《そうみたいだね。》
――《バスケ部も参加してくれるし、補欠でも良いよね。》
――《少しぐらいは参加しても良さそうだが???》
――《足手まといになるし、シンには優勝してほしいもん。》
メンバーが決定し、クラス委員から「当日までに、競技ごとに戦略、レギュラーメンバーを決めておくように。」との伝達があってその日のホームルームは散会となった。
その後は、特別な練習をするでもなく、当日を迎えることに……。
◇◆◇
球技大会当日。
一華とシンは事前の練習を一切していない。授業の体育で触ったことがある程度だ。一華としてはあくまで『応援を兼ねた補欠』のつもりで気楽に構えており、シンに至っては、練習の有無など彼の実力の前には何の意味もないも同然だった。
体育館に張り出されたトーナメント表を確認する。
1組目の対戦「1-A」と「2-E」
2組目の対戦「3-B」と「1-B」
3組目の対戦「3-A」と「2-D」
4組目の対戦「1-C」と「2-A」
5組目の対戦「3-D」と「1-D」
6組目の対戦「2-C」と「3-C」
7組目の対戦「1-E」と「2-B」
7組目の勝者と「3-E」
1回戦の相手は『二年E組』。初戦を突破すれば、四回勝てば優勝という過酷な道のりだ。
「いくぞ!」
前半戦。コートに立ったのは、シンと、バスケ部男子の鈴木と直哉、そして女子は理那とバスケ部女子の佐藤という五人。
さすがはバスケ部、中学からの経験者たちは動きが洗練されていて安心して見ていられる。理那も懸命に食らいついているが、やはり体育の授業レベルの域は出ない。得点の大部分は、シンとバスケ部男子が稼ぎ出していた。
対する二年E組もバスケ部経験者を揃えており、容赦なく鋭いパスやカットを見舞ってくる。一年と二年、互いに一歩も譲らぬまま、拮抗したスコアで前半戦が終了した。
しかし、負けるわけにはいかない。ハーフタイム、ベンチに戻った一華たちは作戦を修正した。
「シン以外を、全員バスケ部で固めよう!」
直哉と理那を下げ、バスケ部男子の田中とバスケ部女子の小林を投入して後半戦へ臨む。
後半のホイッスルが鳴り響く。二年E組もまた、全員をバスケ部レギュラーで固めてきた。一年相手に負けられないというプライドがぶつかり合う。
前半戦、魔力を表に出さないようセーブしていたシンだったが、魔界の戦士――時期魔王候補としてのプライドと闘争心が、限界ギリギリまで高まっていた。
ボールを受け取った瞬間、シンは思わずドリブルに魔力を乗せてしまう。
「――っ!」
常軌を逸した加速に、観客席から「え、今の何……? 目の覚めるような速さだな。」とざわめきが起こる。
――《っ、シン抑えて! ドリブルのスピードが異常だって!》
ボールを受け取った瞬間のステップが、常軌を逸していた。あまりの瞬発力に、味方のバスケ部レギュラー陣ですら追いつけない。
――《あぁ、すまん。つい血が騒いで魔力が出てしまった。》
――《もう……、そこからゴールしちゃえ!》
一華の慌てたテレパシーを受け、シンはふっと力を抜くと、ゴールリングへと視線を向けた。
吸い込まれるようにゴールネットを揺らした。
シンと一華は、誰にも気づかれないようにそっと親指を立て、アイコンタクトを交わす。
そこから先の展開は、もはや試合ではなく独壇場だった。シンが敵からボールを奪うやいなや、自陣のゴール前だろうが、スリーポイントラインの外側だろうが、持った場所から次々と放たれていくシュートは百発百中。魔力が微かに纏わりついたボールは、すべて正確無比にリングへと吸い込まれていく。
これでは二年E組が太刀打ちできるはずもなかった。圧倒的な大差をつけ、一年A組がまずは初戦を突破した。
――《もう、シン、危なかったよ。》
――《あぁ、心配かけた。魔界の戦士としては競技と言えども、負けるわけにはいかないからな。》
午前中は一回戦のみで終了。準々決勝へ駒を進める8チームが出揃った。
◇◆◇
午後の部。お昼の短い休憩を挟み、いよいよ準々決勝が始まる。
二回戦目の勝者として勝ち上がってきたのは『三年B組』。
現役の部活を引退したばかりの三年生、しかもバスケ部中心で固められたチームが相手となれば、一筋縄ではいかない。
準々決勝の前半。
バスケ部男子の鈴木と浩輔、バスケ部女子の佐藤と理那、そしてシンという布陣で挑む。
「一回戦であれだけ決めたんだ。シンにボールを集めよう!」
チームメイトの勝利への執念が、バスケ部としてのプライドもない。三年のレギュラー陣がマークしようとも、シンを止めることはできない。チームプレイの差を個人の圧倒的な神業でねじ伏せ、前半を優位に折り返した。
後半はシンを残し、バスケ部男子の田中、男子生徒の斎藤、バスケ部女子の小林、女子生徒の伊藤に交代。
これで一華以外のメンバー全員がコートを踏んだことになる。
結果は言うまでもない。シンが完璧なゴールを重ね続け、圧勝で準決勝への切符を掴んだ。
準決勝の相手は『三年A組』。
またしても三年、それもほぼ全員がバスケ部経験者という強敵だ。
前半、シンとバスケ部四人でコートに立つ。三年生たちは徹底的にシンを潰す作戦に出た。
「とにかくシンにボールを触らせるな。」と、全員でマークを厳しくする。
何が何でも、シンにさえボールを回さなければ勝てると意気込んでいる。
だが、シンは相手の頭上を越える位置でボールをカットし、そのままリングへ放り込む。魔力が導く軌道は、誰にも触らせない。
(私さえコートにいなければ、シンは純粋にバスケを楽しんでるな……)
ベンチからコートを見つめながら、一華は小さく息を吐いた。
体力の落ちてきた後半の数分間、バスケ部四人を一度下げ、浩輔、直哉、理那、真由を投入して時間を稼ぐ作戦に出た。
バスケ未経験の彼らであっても、こぼれ球を懸命に拾い、シンの方向へと繋ぐ。
シンはセンターライン付近からでも次々と3ポイントシュートを沈め、点差を少しも縮めさせない。未経験者とは思えない必死の奮闘だったが、さすがに息が上がり始めたころ、体力を回復させたバスケ部四人が再びコートへ戻る。
そこからは再び得点の嵐となり、圧倒的な大差で決勝進出を決めた。
「やったー!」
一華は、自分がコートに立っていたわけでもないのに、誰よりも大きく両手を上げて喜んだ。
――《シン、やったね。》
――《あぁ。楽しい!》
――《よかった。決勝戦まで時間ないけど体は……大丈夫そうだね。》
――《あぁ。ようやく準備体操が済んだようだ!》
――《今までが準備体操って……もう。》
「ふふっ」
一華が呆れたように笑うと、シンもつられて楽しげに笑った。
◇◆◇
そして、いよいよ迎えた決勝戦。相手は「二年B組」。
これまでに敗退したチームの生徒たちだけでなく、他の競技を終えた者たちも続々と体育館へ集まり、観客席は満員となっていた。館内は割れんばかりの歓声に包まれている。
二年B組の面々は、三年引退後の次期レギュラー候補たちだ。
前半戦、シンとバスケ部四人で臨んだ一年A組に対し、二年側も猛然とシンを潰しにかかる。
しかし、バスケ部員たちがシンのもとへボールを送れば、どれだけ厳しいマークがつこうともシンの手に渡り、そのままネットを揺らす。
シン自身も自陣から鋭くボールをカットしては、そのままの勢いでゴールへ突き進む。二年がシュートを撃つ機会すらほとんど与えられない、完全なワンサイドゲームだった。
そして迎えた後半戦の序盤。シンは一華に声をかけた。
「後半の始めの数分間、出よう。」
「えぇっ、何もできないよ。足手まといになるし。」
「大丈夫だ。これだけ点差が開いていたら、多少遊べる。任せろ。」
「一華は癖とか見抜かれてないし、おとりとして混乱させる可能性もある。出ているだけで十分だよ。」
バスケ部男子の鈴木もベンチから心強いフォローを入れてくれる。
「それだけでいいの?」
「あぁ、ゴール近くで立っているだけでいい。」
「うん、わかった。」
後半の笛が鳴り、一華は緊張しながらもコートに足を踏み入れた。
やはり敵チームのディフェンスが一華にもマークにつく。ボールが飛び交う中、一華は邪魔にならないよう必死に動いた。
しかし、圧倒的なシンの存在感の前では、一華を警戒するディフェンスの意識も次第に薄れていく。
――マークが離れた。
その瞬間を見逃さなかった鈴木が、一華めがけて鋭いパスを放った。
――《一華、ゴール目掛けて投げろ!》
シンのテレパシーが脳裏に響く。反射的にボールを受け取った一華は、目の前のゴールへ向かって思い切りボールを投げ込んだ。
だが、距離と勢いが少し足りない。その軌道を予測していたかのように、シンが疾風のごとく走り込み、空中で見事な跳躍を見せる。
シンは一華の投げたボールを両手でキャッチすると、そのまま勢いよくリングへ叩き込んだ。
ダンッ!
強烈な音とともにゴールが決まり、体育館の空気が沸騰したように大歓声が爆発した。
二年B組を応援していた生徒以外は、ほぼ全員がシンのスーパープレイに黄色い悲鳴混じりの歓声を送っている。
着地したシンは、走り寄ると一華の頭をポンポンと軽く叩いた。
「よくやった。」
そう短く告げると、彼は何事もなかったかのようにすっと守備の位置へと戻っていった。
その背中に向けられる観客の視線は、熱狂そのものだった。
おとりとしての役目を果たした一華は、満足感に浸りながらバスケ部女子の小林と交代してベンチへと戻った。
「一華、すごかったね!」
「やったじゃん!」
理那や真由たちがハイタッチで温かく迎えてくれる。
本当は応援席から見ているだけのつもりだった。けれど、シンのおかげでコートに立ち、彼とパスを繋ぐことができた。胸の奥が熱い充足感で満たされていく。
その後、バスケ部女子が戻ってからはさらに点差が開き、試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
結果は一年A組の圧倒的勝利。そして、堂々の優勝だった。
試合終了後、片付けの喧騒の中、シンが男子バスケ部の鈴木に歩み寄り、頭を下げて何やら礼を言っている姿が一華の目に留まった。
シンが離れたあと、気になった一華は鈴木のもとへ歩み寄り、そっと尋ねてみた。
「あの、鈴木君。シン、なんて言ってたの?」
「え? あぁ、さっきの一連のことだよ。『一華からディフェンスが離れたら、あいつにボールを投げてくれ』って、事前に頼まれててさ。」
「えっ……それって、作戦だったの?」
「あぁ、完璧な作戦勝ちさ。すげえよな、あいつは。」
爽やかに笑う鈴木の横顔を見送りながら、一華は少し離れた場所で仲間と話すシンの背中を見つめた。
誰にも公表することはできないけれど、彼は私の婚約者なのだという事実が、ふわりと誇らしさと深い愛着となって胸を満たす。
――もっとも、この球技大会の直後、シンは校内のバスケ部から『どうしても入部してくれ』と連日熱烈な勧誘を受けることになり、一華の護衛を最優先するがあまり、その断り方にひそかに頭を悩ませる羽目になるのだった……。




