第36話 期末テスト
テレパシーの制御を習得した後も、シンは心を鬼にして一華にテスト勉強を課した。
授業中、一華がわずかでも浮かれた空気をまとうと、シンは容赦なくテレパシーで『気を引き締めろ』と冷徹に注意を飛ばす。だが、それ以外の時間――とりわけ一華の思考が真摯にテスト範囲の課題へと向かっているときは、シンは高度な精神集中を張り巡らせ、自身の思考の波を完全に閉ざしていた。
いくら魔力の使い手である彼とて、四六時中そんな神経質な制御を続けるのはなかなかの重労働である。
しかし、当の一華の内心にあるそわそわとした高揚感は、どれだけ隠そうとしても周囲にはダダ漏れだった。
お昼休み。いつものように教室の机を並べたその時、理那が心配そうな顔を向けた。
「期末テストの日程が発表されてからさ、一華ってなんかずっと落ち着きがないよね。」
「うん、うん。すごくソワソワしてる。」
真由もすかさず同調する。
一華はぎょっとして目を泳がせ、心の中で(バレてる!?)と絶叫しながら必死に反論した。
「そ、そんなことないでしょ!」
その場を取り繕うように、すぐさまシンが助け舟を出す。
「前回の中間テストが散々だったからな。今日から地獄のテスト勉強を開始したんだ。そのストレスだろう。」
一華はシンをジロリと睨みつけ小さく抗議した。
「散々って……そこまで言わなくてもいいじゃない……!」
理那が首をかしげる。
「地獄のテスト勉強って何?」
一華は深い溜息をついて、「シンの監視付き……。」と肩を落とした。
すると、それを聞いた真由が、きらきらと目を輝かせる。
「え、いいじゃない! 全教科満点のシン君が一緒に勉強してくれるんでしょ?」
「本人の前で言いたくないけど、そんな楽しいものじゃないからね! 教えてくれるというか、なんというか……私の勉強の仕方を徹底的に分析して……」
一華は恨めしげにシンをチラチラと盗み見た。
そのやり取りを聞きつけてか、クラスの男子である浩輔と直哉が、興味津々といった様子で会話に割り込んできた。
「ならさ、みんなで一緒にテスト勉強でもするか?」
浩輔が気さくに誘う。
「「「「えっ……!?」」」」
一華、シン、理那、真由の四人の声が、綺麗に重なってハモった。
特にシンは内心で冷や汗をかいていた。魔力を使ってテストを受けている手前、クラスメイトとの集団行動など、いつどこでボロが出るか分かったものではない。何が何でも避けたかったシンは、即座に拒絶の理由を探し始めた。
一華も慌てて手をブンブンと横に振る。
「わ、私のためにみんなを巻き込むわけにはいかないから! 家で一人で頑張るよ!」
シンもすかさずそれに乗っかった。
「そうだ。一華は集団より、一対一の方が集中して頭に入るタイプだからな。他人のペースに乱されない方がいい。」
「そうか、みんなでやれば地獄の勉強も少しは気が紛れるかと思ったんだがな。」
浩輔は心底残念そうな顔をした。直哉も納得したように頷く。
「まあ、グループ学習が向いてるやつと、個人のほうがいいやつとで分かれるしなぁ。」
理那や真由もグループ学習には乗り気ではなく、その場はすぐに「そうだよね。」と収まった。
一華とシンは、文字通り心底ほっと胸をなで下ろしたのだった。
ただ、この一件により、シンには『満点のシン君』というこれまでの評価に加え、新たに『地獄の家庭教師』という、なんともありがたくない肩書きが追加されてしまうことになったのだが――。
(俺は一体、この人間界で何を目指しているんだ……。)
授業の予鈴を聞きながら、シンはそっと机に突っ伏し、深い溜息を吐くのだった。
◇◆◇
そして、緊迫の空気に包まれた期末テスト期間が幕を開けた。
一華は、シンの容赦ない指導と『地獄の家庭教師』による徹底的な監視の甲斐あって、試験中も迷うことなく解答用紙の空欄をしっかりと埋めていった。
事前の懸念にあった、悪魔のようなテレパシーによるカンニングは、結局一度も実行されなかった。
なぜならシン自身が、全教科の試験中、一華の思考へ一切干渉しないよう、自身の全神経を高度な精神集中に傾け、テレパシーの回路を完全に遮断し続けていたからだ。
◇◆◇
期末テストの最終日。
すべての試験が終わり、心身ともに完全なる解放感に満たされた一華は、リビングのソファに倒れ込み、大きく背伸びをした。
「終わったーーーっ!!」
「あぁ、お疲れ様。今回はなかなか厳しかったな。」
充実感に浸る一華を横目に、シンは紅茶のカップを置く。一華はふと疑問を口にした。
「えっ? シンも……今回はちゃんと自力で解答したの?」
シンは少し苦笑いを浮かべ、首を横に振った。
「まさか。一華にうっかり解答を教えないために、試験中はすべてを遮断するほどの精神集中をしていたんだ。魔力の消費が激しくて、けっこう疲れたよ。」
「そこまでしなくても、良かったのに……。」
ぽつりと言った一華に、シンはふと真剣な表情を向けた。
「いや、違うぞ、一華。ちゃんと理由があるんだ。仮に、俺のテレパシーが繋がった状態で試験を受けていたら、お前は間違いなく『ここ、どうだっけ?』と話しかけていただろう。」
一華は耳たぶまで真っ赤に染め上げ、気まずそうに目を逸らした。
「た、たぶん……無意識に話しかけちゃったかも……。」
「それだよ。」シンは静かに続ける。
「人間はな『やろうと思えばできる』状況を目の前にすると、どうしても魔が差して、手を出したくなる生き物だ。」
「……うん。」
「だからこそ、物理的に『できない状態』を作る必要があった。」
「……。」
「ただ点数だけを取って、見かけ上の成績表が良い結果になったとしても、後々必ず後悔することになる。それはお前の実力じゃないからな。」
シンの言葉には、一文字一文字に揺るぎない重みがあった。
「……。」
「俺は護衛という本来の目的があって魔力を使ってこの学校に潜り込んでいるから、最後まで魔力でテストを受け続ける。だが、一華は絶対に、自分の力だけでテストを受けさせなければ意味がない。たとえ赤点を取ったっていい、自分の実力でこの高校を卒業しろ。」
「……うん。そこまで深く考えてなかった。ごめんね、シン。」
一華はうつむき、そして心からの感謝と納得を込めて微笑んだ。シンがただの鬼コーチではなく、一華の誇りと、人間としての真っ直ぐな努力の価値を、誰よりも守ろうとしてくれていたのだ。胸の奥が熱くなり、目頭がツンと痛む。
「そもそも、テレパシーの覚醒を願ったのは、仁華と俺が言葉を発せずに意思疎通するためのものだろ。それをこんなカンニングみたいなつまらないことに使うんじゃない。アズサ様に顔向けできなくなるぞ。」
「うっ……人間って、いざ便利な力を手に入れてしまうとダメだね。よっぽど強い心を保たないと、魔力を悪用しちゃいそうになる……ってことは、私も否定できないなあ……。」
「あぁ、自分を律することは何よりも大切だ。今後の課題がまた一つ増えたな!」
「うわぁ、自分で自分の首を絞めていってるような気がするんだけど……。」
頭を抱えて項垂れる一華を見て、シンはくすりと笑った。
「ははは、反省したなら良しとしよう。このテストの件はこれで終わりだ。さあ、今日はもう何も考えずにゆっくり休もう。」




