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いちにの華  作者: ゆず華
高校生編

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第3話 仁華誕生

3人はシンの生活に必要なものを購入した後、焼き肉店に訪れた。


焼肉店は、肉を焼く香ばしい匂いと、春休み中の夕食を楽しむ家族連れや学生たちの活気で満ちていた。

案内されたのは、他の客から少し離れたボックス席。3人は網を挟んで向かい合い、飲み物だけを先に選んで「食べ放題」を注文した。


一華はカルビやロース、牛タンなど、次々と運ばれてくる肉の皿に目を輝かせている。

シンは、そんな一華の隣で静かに座り、鉄板の上に丁寧に肉を並べ始めた。

トングを持ちながら喜ぶ一華。


「やった! やっぱり肉は最高だよね! ママもシンも、遠慮しないでどんどん焼いてね!」


「はいはい。そこは『どんどん食べてね』でしょ。一華は食べるのが早いんだから、焼く専門はシンにお願いしましょ。」


シンは静かに肉をひっくり返しながら言う。


「承知しました。一華、どれから食べたい?」


「えーっと、まずは牛タン! それと、このカルビ、美味しそう!」


シンは牛タンにカルビ、ロースと次から次へ、一華の言われる通りに焼き続けた。

一華が肉を頬張っている間に、アズサがシンに尋ねた。


「シン君、人間界の焼肉は口に合う? 魔界にも、こういうお肉を食べる習慣はあるの?」


「ええ、とても美味しいです。魔界にも肉はありますが、種類が違います。人間界のものは波動が弱く、味がクリアに感じられます。」


一華は箸を止めて聞く。


「ちょっと待って。波動って何? お肉にも魔力があるの?」


「ある。人間界の生物や食べ物は、基本的に魔界のものよりも微弱だが、生命活動のエネルギーを持っている。」


「へぇ~。じゃあ、この焼肉を食べると、私の魔力がどうにかなっちゃったりする?」


「大丈夫だ、一華。むしろ、人間界の食べ物で魔力を抑えているようなものだ。魔界の肉だと、君の力が暴走する可能性もある。」


シンは一華に向いて真剣な顔で言う。


「それと、一華。もうすぐ新生活が始まるが、登校する際は、魔力を完全に抑える結界を常に張っていてくれ。一華はまだ制御が未熟だから。」


「結界!? そんなのどうやるの?」


「心の中で、自分を覆うように強くイメージするだけでいい。俺が今からその基礎を教える。……集中して。」


シンはそう言うと、焼肉屋のざわめきの中でも、一華の目を見て静かに「魔力の流れを制御する方法」を説明し始めた。

一華は肉を食べる手を止め、真剣な表情でシンの言葉を聞いている。


アズサはそれをニコニコしながら見守り、シンの皿に焼けた肉をそっと置いてやった。


一華は結界を張るイメージをした数分後、「ふう」と息をついた。


「なんか、全身が薄い膜に包まれているような感じ……これでいいの?」


シンは少しだけ頷く。


「それで大丈夫だ。その状態を維持することに慣れてくれ。学校では常に普通の女子高生でいる必要がある。」


「そうよ、一華は普通の女子高生。シン君は、ただのお兄さんね。」


アズサは2人の兄妹設定を確認するように言う。

一華は今まで考えていたことを思い出し提案する。


「ちょっと提案なんだけど。黒猫に変身した時は、『仁華ニカ』って名前にしようと思うんだけど……。」


「仁華?」


アズサが確認する。


「うん、一華から急に猫になってるのに『一華』って呼ばれると、なんか変じゃない? だから名前も変身ってことで。」


「それいいな。黒猫仁華の誕生だ。」


「人間が『いち』で、黒猫が『に』って。あら、面白いじゃない。」


アズサとシンは面白がって笑い出す。

変身を面白がる2人の顔を見て、一華も一緒になって『いいよねぇ』と笑いだす。

またまた、一華は急に思い出したように聞く。


「あ、そうそう。シンがお兄さんだよねぇ?」


「そうだ。」


「同級生ってことだったよね?」


「そう同級生であり、一つ年上という設定だ。人間界では学年が一緒だ。」


シンが兄妹設定を説明する。


「あ、そうだ、そうだった。そうか、私が4月1日生まれだから……シンが4月2日生まれか!」


アズサは笑う。


「魔界人が設定を詰めるなんて、面白いわね。」


「公爵家の後継者が、王族の直系である一華を護衛するのだから、設定に抜けがあっては困る。特に一華の通う高校は、人間界では名門だと聞いている。」


「公爵家!? ママ、私ってそんなに偉いの?」


「一華が偉いかは別として、パパは魔王よ? その血族なら公爵家になるわ。シンは公爵家の後継者で、一華は正真正銘のプリンセスよ。」


「プリンセスが焼肉食べ放題で、肉を網に乗せて待ってるなんて、誰が信じるんだ!」


一華は肉を頬張りながら、自分に突っ込む。


「ねえ、シン君。新しいお部屋は、一華が選んだけど気に入った?」


「はい。セキュリティも悪くありませんし、駅や高校へのアクセスも良い。生活の基盤としては申し分ないです。ただ……。」


「ただ?」


一華は肉を頬張りながら聞いた。


「同室ではないのですね。」


一華は 「ぶっ」肉を吹き出しそうになる。


「はぁ!? 何言ってるの! 婚約者でも、いきなり同じ部屋で寝るわけないでしょ!」


「魔界では、婚約が決まれば、慣れ親しむためにも同室が基本だ。それに、緊急時に一華の結界が解けた場合、すぐに俺の魔力で保護する必要がある。」


「う、うー……それも一理あるけど……鍵はかけたい!」


アズサは楽しそうに一華に言う。


「あら、鍵をかけても、魔界人はすり抜けられるんじゃないの?」


真面目に答えるシン。


「それは一華を不安にさせるので、致しません。ご安心ください。ルールは守ります。」


一華は ほっと胸をなでおろす。


「よし、じゃあ、絶対に勝手に部屋に入らないって約束ね!」


「承知した。その代わり、一華。黒猫になった時は、遠慮なく呼んでくれ。すぐに助けに行く。」


「…うん。ありがとう。」


一華はちょっと照れている。


その後、会話は弾み、一華は次々に肉を追加注文し、シンもそれに合わせて黙々と焼き続けた。

アズサは二人のやり取りを微笑ましく見つめながら、魔界に旅立つ前の、人間界での最後の晩餐を楽しんでいるようだった。



◇◆◇



焼き肉店での賑やかな食事を終え、3人は店を出た。夕食時を過ぎたとはいえ、駅前の大通りはまだネオンが明るく、多くの人が行き交っている。トランクに荷物を積んだ車が停めてある駐車場まで、一華とアズサ、シンは歩いて向かっていた。


一華はすっかり気分があがっていたが、同時に昨夜の変身が脳裏に焼き付いていたため、夜空を見上げるのが怖くなっていた。


「ママ、私、空を見上げないように歩くね。」


一華は確認するように小声で言う。

アズサは優しく答える。


「大丈夫よ。シン君が隣にいるから安心しなさい。でも、念のためね。」


一華は、なるべく足元と店の看板の光だけを見るようにして歩く。シンは一華の右斜め後ろ、わずか一歩の距離を静かに歩いていた。


「一華。先ほどの結界は維持できているか?」


一華は自身の状態を確認した。


「うん、意識してる。全身が薄い膜に包まれている感じ。これで大丈夫?」


シンは一瞬、一華に視線を向け、魔力の漏れがないことを確認した後、すぐに前を向いた。


「魔力の漏れはない。だが、その結界はあくまで外部からの影響を防ぎ、体内の魔力を制御する補助に過ぎない。君自身の感情の大きな揺れ、特に驚きや興奮はトリガーになる可能性がある。」


「驚きや興奮……昨日は月を見て『お~!』って声を出した瞬間だったもんね。」


「じゃあ、シン君は一華が驚いたり興奮したりしないように、常に冷静な空間を作ってあげてね。」


シンは少し困惑したように答える。


「……努力します。」


シンはそう言いながら、周囲の歩行者や光景を注意深く観察しているようだった。


駐車場に着き、車に乗り込んだ。シンは運転席に座るアズサの横、助手席に座った。

一華は後部座席で、窓の外の夜空が視界に入らないように、体を少し斜めにし、スマートフォンをいじり始めた。

アズサは車を走らせる。


「それにしても、シン君が来てくれて良かったわ。高校生活の間とはいえ、一華一人じゃ生活も不安だし、魔力暴走の対処ができなかったもの。」


「本当だよ。私も、もし一人で黒猫になってたら、どうやってママに連絡していいか分かんなかったよ。」


「一華。万が一、僕が間に合わなかった場合に備えて、黒猫の状態でも使える緊急時の魔術を一つ教えておく。」


「え、黒猫でも魔術使えるの?」


「形状は変わっても、魔力の回路は君の中にある。深呼吸を繰り返すように魔力を循環させ、そのペンダントに集中しろ。」


シンは、昨夜一華が使ったペンダントを指さした。一華はペンダントを手に取り、言われた通りに集中する。


「力を込めれば、ペンダントから弱い信号が俺の魔力に届く。ただし、この信号は黒猫の状態でしか使えない。人間界での安易な魔力使用を避けるためだ。」


「ふーん。お守り兼、発信機なんだね。」


「ところで、シン君、明後日の引っ越しなんだけど、魔力で荷物を運んだりしないわよね? 周りの目が気になるし。」


アズサはシンに対して、魔力を使わないよう制する。


「ご心配なく。人間界のルールに従います。ただし、大型家具などは魔界の力で処理させてもらいます。人間界の業者では無理が生じるため。」


「えー! なんかすごい! 見てみたい!」


シンは一華を心配して即座に拒否する。


「ダメだ。一華は作業中、部屋の中で結界を張って待機していてくれ。」


拗ねる一華。


「ちぇー。」


やがて車は自宅前の静かな通りに入った。一華はスマートフォンをしまい、結界を維持しているか確認した。


「着いたね。大丈夫、今日は黒猫になってないよ!」


微笑むアズサ。


「そうね。じゃあ、明日も早いから、今日はもうゆっくり休みましょ。」


車から降り、玄関に向かう。一華は油断せず、やはり空を見上げないように、一歩一歩家の中に入った。

一華は玄関で靴を脱ぎながらシンにお礼を言う。


「シン、今日はありがとう。明日からよろしくね。」


「こちらこそ。明日は朝から忙しくなる。疲労が魔力の制御に響くこともある。一華、今夜は余計なことを考えず、深く眠るように。」


シンはそうアドバイスすると、静かに自分の寝室へと向かった。


一華も頷き、自分の部屋へ。

明後日からは、シンと二人きりの同居生活が始まる。不安と、わずかな期待を胸に、一華は布団にもぐりこんだ。


(仁華と命名したけど、また黒猫の姿になるのかなぁ……)


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