第2話 婚約者登場
「ピンポ~ン」
朝食の準備をしていたアズサが、インターホンの音で手を止めた。
アズサは通話ボタンを押して、明るく応答する。
「は~い、どなた~?」
「昨夜はお邪魔しました。シンです。」
インターホンのモニターには、昨夜ホログラムで見た、端正な顔立ちの青年、シンの姿が映っていた。
その漆黒の瞳は、どこか緊張を帯びている。
「今すぐ開けるわね。」
玄関ドアを開けると、シンはピシッとした姿勢で立っていた。
「いらっしゃ~い、早かったわね。」
「はい」
「もう準備は済んだの?」
「はい。これ月華草です。煎じて飲ませてください。」
アズサは月華草入りの木箱を受け取った。やかんに水と茶葉を入れて煎じだす。
「一華はまだ起きてないのよ。起こして来てもらえる?」
アズサの言葉に、シンの顔がみるみる真っ赤に染まった。彼はしどろもどろになりながらも、「はい」と短く返事をした。
「階段上がって右の部屋よ」
「わかりました。お邪魔します。」
シンは緊張した面持ちで階段を上り、一華の部屋の前に着くと、小さくノックをコンコンと2回した。しかし、返事はない。
高校生になる喜びと、昨夜の非日常的な出来事のショックでぐちゃぐちゃな夢を見ていた一華は、まだ深い眠りの中にいた。
シンはゆっくりとドアを開け、中を伺う。一華の姿は見えない。ベッドの方に近づき、そっと声をかけた。
「一華」
「う~ん……」
小さく伸びをしながら、ようやく目を覚ました。
一華の寝ぼけ眼に飛び込んできたのは、昨夜の、しかも自分の部屋のベッドサイドに立つ完璧なイケメンだ。
一華は声にならないような「ひっ」という悲鳴を上げ、反射的に布団をかぶり、ベッドの隅まで逃げた。
「っど、どうして!?」
「一華なのか? アズサ様が、起こして来てって部屋を教えてくれたけど……人間に戻っている……ぞ。」
「良かったー。ちゃんと、人間に戻れたんだーー。」
一華は人間に戻れたことに安堵した後、急に冷静に今の状況が頭を巡る。
「で、……でも、女の子の部屋に勝手に入るのはどうかと……思うけど……」
一華は布団の隙間から、半ば怒り、半ば恥ずかしさで顔をのぞかせる。シンは真剣な表情で答えた。
「アズサ様からの指示で婚約者だし黒猫だからいいのかと思って……。」
その一言に、一華は顔を真っ赤にしながらも、ぐっと言葉を飲み込んだ。
「うっ、これからは気を付けてよね。」
「わかった。配慮が欠けていた。申し訳ない。」
「着替えるから下で待ってて。」
シンは何も言わず、一礼して静かに部屋を下りて行った。
アズサはキッチンで朝食を作りながら、下りてきたシンに話しかけた。
「あら、早かったわね。一華はなかなか起きないのよ。」
「一華、人間に戻ってました。声かけたら、びっくりして飛び起きました。」
「あっほんと!? 良かったわぁ。」
シンは、まだ少し耳を赤くしながら言った。
「それに、『婚約者と言っても勝手に入るな』と怒られました。」
「あはは、女の子ねぇ♡」
アズサは楽しそうに笑っている。
「月華草のお茶はもういらないかしら?」
「いや、念のため、飲んでもらった方が良いので。」
「そうなのね。シンは朝食はもう食べた?」
「あちら(魔界)を出るとき軽く食べてきましたが、移動したことでお腹がすきました。」
「だったらもうすぐ一華も来ると思うから、一緒に食べましょ。」
「はい、いただきます。」
アズサはシンをダイニングの椅子に座らせた。
やがて一華が下りてきて、少し緊張した面持ちでキッチンに向かった。
お皿をダイニングテーブルに並べ、ママと並んでシンと向かい合って座る。
ママは煎じた月華草のお茶を一華の湯呑に入れてきた。
「シンが持ってきてくれた月華草のお茶よ。飲める?」
一華はフーフーと冷ましながらお茶を一口飲む。
「初めての味だけど……ハーブティーと思えば飲めそう。蜂蜜入れた方が美味しそうだけど……ダメ?」
「楽しむものじゃないんだから、蜂蜜はどうかしら、ねぇ、シン君」
アズサはシンに顔を向けて聞く。
「そのまま飲み干した方が、効果が得られる。どうしても無理なら考えるが……」
「我慢すれば飲めるから、今日は蜂蜜いいや。」
一華は眉間を寄せながら、少しずつ、全てを飲み干す。
「月華草の力が体内に取り込まれたようだけど、体の調子はどうだ?」
「特に変化はないようだけど……? 味の割には落ち着く感じはするかなぁ。」
「うん、まぁ大丈夫だろう。魔力のコントロールは訓練で高めていけばいい。」
一華は訓練という言葉を聞いて嫌な顔を一瞬したが、安堵して「いただきます。」とすぐに食べ始めた。アズサに促され、シンも続けて「いただきます。」と静かに言った。食事が始まってすぐ、シンが本題を切り出した。
「この後、どうするんですか?」
「新しい部屋でも探しに行きましょうか。」
アズサは物件探しを提案した。
一華は、箸を置き、昨日から気になっていたことを尋ねた。
「あのさ、新しい部屋では2人で暮らすんだよね……。婚約者として暮らすには学校にばれた時、やばいのでは?」
「そうねぇ。両親がOKしてるんだから問題ないと思うけど。学生には刺激が強すぎるわよね。」
アズサは腕を組み、ニヤリと笑って提案してきた。
「兄妹にしたら? 両親は海外赴任ということにして。」
「シンって何歳なの?」
一華がシンの年齢を尋ねる。
「何歳になればいい?」
顔をあげて驚く一華。
「えっ? 何歳にもなれるの?」
「魔力でどうとでもなれる。」
「えぇ~? そんなことも出来るなんて魔力ってすごいね!」
一華は首を傾げ、右人差し指でこめかみをトントン叩きながら考える。
シンの見た目と落ち着いた雰囲気から「兄」だよなぁと考えた。
「うーん、兄妹なら上級生の設定だよなぁ……。」
少し残念そうな顔をする一華。
「だと護衛できないな。」
シンは即座に上級生設定を却下する。
「同級生ってこと? 双子には見えないよ。」
「じゃぁ、1年違いの同級生ということにしては?」
アズサが提案してきた。
一華は頭の中で計算した。
「私は4月1日生まれだから、その前年の4月2日生まれにすれば、同級生ってこと?」
「???……」
シンには1年違いの同級生というからくりがわからない。
「この国では4月2日を境に学年がかわるの。一華は早生まれだから、前年生まれにしたら同級生になれるのよ。」
アズサはシンにこの国における4月入学の説明をした。
「でも受験終わってるよ。同じ高校には入れないよ?」
一華の疑問に、シンは至極当然のように答える。
「大丈夫、魔力で受験済み、一華と同じクラスにできるから。」
「はぁ~!?」
一華は怒りに震えた。
「私は必死に勉強してようやく合格したのに、シンは何にもせず合格したことにできるなんて! ずる~い! もう私勉強しない! 遊びまくってやる~!」
「一華はダメよ。そんな魔力ないでしょ。」
アズサがピシャリと言い、シンに目をやった。
「シンに魔力でテスト受けてもらう。」
「ママは許さないわよ。だったら魔界に一緒に連れていきます。」
「えっ? やだ、ごめ~ん! 自力でテスト受けます! 勉強します! だから連れてかないで!」
一華は顔の前で両手を合わせて、魔界に連れていかれないよう必死で謝る。
「よろしい。」
アズサは怒った顔からいつもの笑顔に戻った。
シンはそんなやりとりをニコニコと楽しそうに聞いていた。魔界のプリンセスなのに、普通の女子高生としての一華の反応が、彼には新鮮なのだろう。
「さっさと食べて、新しい部屋を見に行くわよ。」
アズサが食事を促した。
一華とシンは同時に「は~い」「はい」と答え、再び食べ始めた。
◇◆◇
朝食後、3人はすぐに高校近くの不動産屋を訪れた。
希望は2LDKとペット可。セキュリティの高いタワーマンションとまではいかずとも、それなりの防犯が整った物件を内見する。
最終的に、高校に近すぎず、駅とスーパーに近い、いわゆる駅近のペット可物件に決定。
契約を済ませ、明後日には入居できることを確認し、家に戻った。
「思ったより、早く引っ越しできそうで良かったわ。」
アズサは高校入学前に引っ越し作業が完了する日程に安堵した。
家に着くと、すぐに引っ越しに向けての準備が始まった。
一華は早速、思い出の品から箱詰めしていく。あっという間に空き部屋はダンボールで埋まっていった。
アズサの引っ越しと、一華の一人暮らし(とシンとの同居)のための引っ越し作業は、想像以上に忙しい。
一華は汗を拭いながらシンに尋ねた。
「ところで、シンは魔界から何を持ってきたの?」
「何も持ってきてない。」
「えぇ~! お布団はお客様用でいいけど、服とかはどうするの?」
「魔界の服は人間界では浮くので、こちらで買おうかと。」
「そうねぇ。じゃあ、外食ついでに買い物に行こうか?」
アズサは外食ついでにシンの高校生活に必要なものを購入しに行くこととした。
「やったぁ! 何食べる? 焼肉? ステーキ?」
「一華は肉ばっかりだな。」
シンが初めて一華にツッコミを入れる。
「うら若き乙女は肉食です!」
一華は胸を張って言い切る。
「決まりね、焼肉食べに行きましょ。」
箱詰め作業はそこそこに終え、3人は車でメンズものを扱う洋服店へ向かった。
◇◆◇
洋服店にて、シンは慣れない人間界の服をいくつか試着させられている。
「背は高いし、イケメンだから、何でも似合うよね!」
一華が素直に感嘆の声を漏らす。少し崩したくなった。
「ちょっとばかり、オタク気味にしてみては?」
「まかすよ。」
シンは無表情で一華とアズサが選んできた服を次々と試着する。
アズサは、息子(婚約者)の服を選ぶという初めての経験を堪能しながら、一華の悪ノリを制した。
「ダメよ。せっかくのイケメンを前面に出せるものがいいわ。あとは高校生なんだからカジュアルなものだけでいいわよね。それから制服、靴、教科書とスマホに……下着ね。」
アズサが確認する。
シンは口を閉ざす。
一華は聞かなかったふりをする。
「……」
「下着は自分で買う……。」
シンは、どこか居心地が悪そうに答えた。
スマホに制服、靴、教科書など高校で必要なものを買った後、シンプルなファストファッションのお店に向かい、シンは必要な下着を選び、購入した。
両手いっぱいの荷物を抱えた3人は、いったん車のトランクに荷物を押し込め、目的の焼き肉屋に向かった。




