第131話 お手本
放課後の生徒会室。今日は月に一度、各クラスの委員が集まる定例会の日だ。
シンとしてはもう、宗一郎に生徒会長の席を譲って、社交ダンス部1本に集中したかったが、メンバーの前で迷惑はかけないと宣言したため、冷淡な顔をして議題を進行していった。
「……以上だ。他に何もないな。これで終わりにする。」
閉会を告げようとした時、一人の女子生徒が手を挙げた。
「はい」
クラス委員として参加した1年女子が椅子から立ち上がった。
「なんだ?」
「会長! 来年度からの必修ダンスが社交ダンスになるという噂を聞いたんですが、本当ですか?」
「あぁ、事実だ。指導は保健の結城先生が担当されるそうだ。」
「それは、男女ペアになるという事ですよね。」
「そうなるな。」
「それはどうやって決められるんですか?」
「指導方法については担当の結城先生の裁量だ。俺達にはこれ以上は不明だ。」
シンは冷たくあしらった。
「そうですか……。それと、もうひとつ、社交ダンス部が出来たようですが……。」
「…っ、な、なぜ、お前たちが知っている……。」
シンが狼狽えている。女子生徒の目が光る。
「えっ? ほとんどの生徒は知ってますよ!?」
「……それで、なんだ?」
シンはいつもの冷淡な表情に戻した。
「来年度の授業の前に見学したいのですが……。」
「……。」
シンは腕を組み、天を仰いだあと、背もたれに深くもたれかかった。
「見学できるほどのスペースはない。それに……」
「それに?」
「それに……部活を見学するという意図は、入部希望にあると思うが……。」
「はい。」
「新入部員の勧誘は俺が卒業するまでしない。これ以上部員が増えては練習スペースが確保できないからな。」
「……。」
1年女子の思惑が外れてしまったが、更に粘ってくる。
「でも、社交ダンスって、直接見たことがないので、来年度までに生徒が目にする機会を設けてもらえませんか?」
なかなか、1年女子は粘ってくる。
生徒会長としては生徒からの要望は検討しなければならない。が、社交ダンス部部長としては拒否したい。
「今はまだ創部したばかりで、曲に合わせてダンスできるほどではない。諦めてくれ。」
「今はですよね。3月ぐらいにダメですか?」
この1年女子は、シンに怯むことなく、なかなかの粘着質だ。
「まぁ、考えておく……。ただし、開催前提ではないことは肝に銘じろよ。」
「わかりました! ありがとうございます!」
1年女子は開催が決定したと言わんばかりに満面の笑みで椅子に座った。
定例会は終了し、生徒会メンバーを残して、クラス委員はみんな出て行った。
「シン、どうするの?」
一華が心配している。
「そうよ。あの1年女子はもう決定したと思ってるわよ。」
理那まで言ってくる。
「……考えておくとは言ったが、開催前提ではないとも言った。このままスルーしておけば大丈夫だろ!」
「そうかなぁ……。」
「なかなか、あの1年女子しつこかったから、他にも手を回して来るかも……。」
真由が追い打ちをかけた。
「手を回すって……できないものは出来ないだろ! それに、どんなもんか見たいだけなら、結城先生に手本を見せてもらえばいいんじゃないか?」
「結城先生はペア組んでないよね!?」
「副顧問の市川先生とかは?」
「結城先生に話すと藪蛇にならないか?」と浩輔。
「どっちにしても、結城先生には話を持って行かないと、そっちから手を回されるかもな!?」
直哉は話を持って行くべきだと言う。
「部員全員が、踊るんでしょうか?」
宗一郎が心配そうに聞いてきた。
「宗一郎君は踊ること前提で聞くんだね。」
沙羅が突っ込む。
「だって、誰かに見てもらえる機会がある方が練習に身が入るでしょ。」
「うん、まぁ、そうだけど……。」
「宗一郎は3月までに1曲、踊れるようにできるか?」
「えっ? 僕ですか?」
「あぁ、今ペアを組んでいる沙羅と二人でだ!」
「練習できるのは今だけなので、僕は頑張ってもいいですが……、」
沙羅の方を見て
「沙羅ちゃんを巻き込むことになるので……。」
「私は……、頑張って、会長がこれは無理だと判断したら、会長と一華先輩が踊ってくれますか?」
「……な、なんてことを……。」
一華は沙羅の言葉に絶句した。
「それは無理だな。頑張ったつもりですと言われて、本番直前に交代させられてもな! やるからには自分達が最後までやりきるつもりじゃないと。」
「そうですよね。なら、私には無理です。この前は一緒に練習しましたが、デッサンの為に入部したので。」
「ということだ。宗一郎も諦めろ!」
「……はい。」
「社交ダンス部としては要望を叶える必要はない。だが、結城先生が生徒にお手本を見せることに関しては生徒会として要望はできる。」
「結局、結城先生次第か!?」
「そういうことだ。」
「結城先生からは社交ダンス部に話は持ってくるだろうが……。」
「ここで話していても埒が明かない。今日はこれで散会だ。」
シンは堂々巡りになった話を止めた。生徒会メンバーは校舎を後にした。
◇◆◇
翌日の放課後、社交ダンス部部室。部員全員が集まっている。
シンは自分のスマホのワイヤレスイヤホンを音楽プレイヤーに接続している。接続が完了すると、シンは右耳にワイヤレスイヤホンを装着すると、一華の左耳に片方のイヤホンを装着した。
「シンは右耳でいいの?」
「ん?」
「電話とか右耳で聞くと、内容が入ってこないよ!?」
「俺は、右耳の方が聞きやすいが……!? 一華は右耳が聞こえないのか?」
シンは一華の右耳が聞こえないと勘違いした。
「ううん、ちゃんと聞こえるよ。左で聞いた内容は脳内で処理できるけど、右で聞くとくすぐったいような感じがするの。」
「そうなのか……、病気じゃないんだよな!?」
「うん、特性?みたいなものだと思うよ。」
「なら、二人で一つを共有しても問題ないな。」
「うん」
シンは、一華が反応した映画音楽を流し、音量を調整する。
「これぐらいでいいか?」
「うん」
「まずは、音楽なしで振付の順番どおりにステップを踏むぞ。」
シンと一華は、ホールドして立った。
クローズド・チェンジ、ナチュラル・ターン、クローズド・チェンジ、リバース・ターン、ウィスク、シャッセ・フロム・PPの順番でステップを踏む。なんとか間違わずに最後まで踏むことが出来た。
「次は、音楽に合わせる。」
「どこから踏み出せばいいの?」
「歌い始めのところだ。」
「わかった。」
「かけるぞ。」
シンは音楽プレイヤーを再生する。
シンはイントロの間に一華の前に立ち、ホールドをする。
歌い始めたところでシンがリードしてステップを踏んでいく。一華はステップの順番を思い出しながら、必死にシンのステップについて行く。
音楽のリズムに合わせて一連のステップを踏み終わった。
パチパチパチと拍手が沸き起こった。
「えっ?」
「一華すごーい。リズム刻まなくても踊れてたよ。」と理那。
「ほんと。私たちも音楽聞きたかったけど。」と真由。
「みんなは練習してなかったの?」
「ふふ、見てた。」
「今度は音楽流して踊って見せてよ。」
シンはワイヤレスイヤホンの接続を解除して、スピーカーに切り替え再生する。
「一華、今度は最後まで繰り返すぞ。」
一華とシンは部室の中央に移動しホールドして立った。
さっきと同じように歌い始めたところでシンがリードしてステップを踏んでいく。一華はステップの順番を思い出しながら、必死にシンのステップについて行った。
シャッセ・フロム・PPの最後の1歩からクローズド・チェンジに戻って繰り返す。曲の終わりまで繰り返した。
パチパチパチ! 拍手が沸き起こった。
「私達、部員で良かったよー。二人のダンスが見られるんだから。」
向かいの校舎からは数名の生徒がこちらを見ていた。かすかに聞こえた音楽は聞き覚えのある音楽で、向かいではダンスしている二人が見えたからだ。
大きな音量で流したわけではないが、向かいの校舎の廊下にはかすかに届いたのか…。
「シン、機会を作らなくても、あそこから見れるみたい……。」
一華は向かいの校舎から見ている生徒を指差した。
「あそこからでいいなら、別に構わないだろ。」
シンは気にしていないようだ。
「うん。ここが3階で良かったね。」
「あぁ、1階ならカーテンは開けられなかったな。」
「だね。」
その時、結城先生が部室のドアを開けて入ってきた。
「音楽が聞こえたんだけど……、シン君と一華さんが踊ってたの?」
「はい。すごく良かったですー。」
「あら、見たかったわ。もう一度踊ってみてくれない。」
シンはそのために創部したため、何回でも踊ることに平気だったが、一華は(またぁ~?)という思いでいっぱいだった。
「***(一華、もう少し、踊れるか?)***」
「***(もう1回踊ったら、休ませてね!?)***」
「***(あぁ、いくぞ!)***」
一華とシンは3度目のステップを踏んでいった。一華の足は疲れていた、シンのリードについていくのが精いっぱいだった。
パチパチパチと拍手が沸き起こった。
一華はホールドを解き、椅子に腰かけ、マグボトルに口を付けた。
シンも続いて、マグボトルに口を付けた。
「良かったわ。もっと、踊り込めば一華さんにも余裕もできるだろうし。」
一華へのアドバイスを終えると急に真剣な顔をして話し出した。
「少し話があるんだけど?」
「なんでしょうか?」
「1年生の女子からの要望が私に上がって来て……。」
(やっぱり、言ってきたか!?)
「来年度の必修化の前に、社交ダンスを直に見てみたいと言ってきたの!」
「はい。定例会の際、1年女子が要望してきました。生徒会としては考えるとは言いましたが、社交ダンス部としては拒否することにしました。」
「あら、そうなの?」
「えぇ、必修化するのは授業で、一クラブがでしゃばる必要はないので。」
「部活動の見学もしたいと言うのよ。」
「練習場所が狭くなるため、これ以上、新入部員の勧誘はしないと説明済みです。ですので、見学の必要性はありません。」
「競技大会は出場しなくても文化祭などでお披露目する機会がある方が、練習にも身が入って上達するんじゃない?」
シンは間髪入れずに拒否した。
「俺たちの目標は卒業後にありますので、ここでは練習あるのみです。誰かに見せるためにとか、順位をつけるための練習はしません。」
「そうなの? こんなに踊れるのにもったいないわ!」
「そうだ、あなた達はどうなの?」
結城先生は1年部員、幽霊部員に向いて聞いてきた。
「私たちも、少し練習したいだけで、受験もありますし……。」と理那。
「同じくです。」真由も理那に同意した。
「私は会長と一華先輩をモデルにデッサンしたいだけなので……。」
沙羅は入部の理由を正直に話した。
「私も一華先輩と一緒にダンスをしたいだけなので……。」
真凛も沙羅同様、正直に入部理由を話す。
女子部員は全員が拒否した。ペアの相方である男子は何も言わなくても拒否したと同じだ。
「……ふぅ、全員だめなのね。」
落胆している結城先生に沙羅が提案した。
「先生はどうなんですか? 誰か、他の先生の中で踊れる先生とかいないんですか?」
「うーん、聞いたことないんだけど……。」
結城先生は首を傾げて思い出してみた。
「市川先生を誘ったらどうですか? 社交ダンス部の副顧問だし……。」
「来年度の授業でもお手本が必要ですよね!」
「そうねぇ……。そうよね!」
お手本という言葉で誰かを誘うことにしたようだ。
結城先生はいそいそと部室を出ていった。
「……ふぅ。やったな。」
「あぁ、女子全員が拒否したら、先生も無理強いできないからな。」
「これで、もう大丈夫だな。」
「浩輔達は、毎日ここに来て、受験勉強の方は大丈夫なのか?」
「生徒会より早く終わるから大丈夫だ!」
「そうか……。一華、足は大丈夫か!? 最後に1曲通して終わりにするぞ!」
「うん。」
「お前たちはどうするんだ? 結城先生はもう帰ってこないだろ!?」
「お手本として見学します。」
真凛が答えた。
一華とシンは中央に立ちホールドする。
音楽をかける。歌い始めたところでシンがリードしてステップを踏み始める。
足の疲労はまだ取れていなかった一華だったが、ステップの順番を思い出しながら、必死にシンのリードに身を任せてついて行く。
シャッセ・フロム・PPの最後の1歩からクローズド・チェンジに戻って繰り返す。曲の終わりまで繰り返した。
優雅な一時が終了した。
パチパチパチとみんなから拍手が起こり、部活を終了することにした。
一華は更衣をして、みんなと部室を出て行く。
一華はサンの治療を早く受けたいと思いながら帰路についた。




