第132話 デモンストレーション
社交ダンス部部室。
せっかく音楽を一華と共有しようとワイヤレスイヤホンを用意したが、スピーカーで練習曲を流すことになった。結城先生が不在で、他の部員は椅子に座って見学をしだしたからだ。
シンとしては全面使用できるので助かったが、一華としてはいつも見られるのは恥ずかしい。自分達も練習をして欲しいと思っていたが、あえて口にはしなかった。
シンが音楽を再生する。
中央にいる一華の前に立ち、ホールドする。歌い始めたところでシンのリードでステップを踏み出す。
昨日、サンに治療してもらったお陰で、足は回復していた。シンに身を任せてついて行く。回数を重ねるうちに、楽しくなっていくような気もする……。
最後のステップを踏み終わると、パチパチパチ! 拍手があがった。
向かいの校舎には、いつの間にか人だかりができていた。
昨日見た女子生徒が広めたのだろうか!?
その時、部室のドアが勢いよく開いて、結城先生と市川先生が入ってきた。
「私たちも練習するわよ。」
「えっ? 私達もって……市川先生もですか?」
「えぇ、ペアを組んでくれることになったの。顧問と副顧問だからお手本を見せないとダメでしょ!」
「市川先生って、社交ダンス経験あるんですか?」
「……うっ、まぁな。」
強面で通していた市川先生が社交ダンスの経験があることに、ちょっとバツが悪そうに返事をする。
「えっ? あるんですか? 経験?」
「結城先生のように競技大会に出たことは無いが、昔、少しかじったことがあるだけだ……。」
「なぁーんだ。」
「だから、副顧問を受けてくれたんですね。」
「ま、まぁな。」
「結城先生、良かったですね。」
「ふふふ、ほんと良かったわ。だからね、今日からここで合同練習をしようと思って。」
「どんな曲で踊るんですか?」
シンが聞いた。
「お手本だから、みんなが知ってる曲がいいでしょ。あなた達と同じ曲にしようと思うの。同じ曲の方が一緒に練習できるしね。」
「振付はもう決まってるんですか?」
「初心者用だから、そこもあなた達と同じ振付にするわ。」
「音楽かけましょうか?」
「まずはステップの順番を教えてくれ。」
「クローズド・チェンジ、ナチュラル・ターン、クローズド・チェンジ、リバース・ターン、ウィスク、シャッセ・フロム・PPで繰り返しです。」
市川先生がステップの順番を脳内に叩き込んだ。
「わかった。曲をかけてくれ。」
シンは同じ曲をかけた。
結城先生と市川先生は部室の中央でホールドした。
向かいの校舎から見ていた女子生徒からも見えるのか、ざわついている感じがこちらからも見て取れた。
歌い出しと共に市川先生のリードでステップを踏み始める。
部員全員が真剣に見つめる。
振付の順番を教えただけで、二人は確実に滑らかにステップを踏んでいる。
市川先生のかじっただけというのは嘘だ。結城先生を正確にリードしている。
結城先生もさすが競技大会に出場するだけあって、動きが滑らかで上手だ。
一華は食い入るように見つめている。瞬きすることを忘れて……というより、見逃さないよう瞬きをしていないようだ。
今まではシンの説明で頭で理解してステップを踏んでいたが、直にお手本となる動きを見ることで真似ることが出来る。どう動けばいいのか、脳内に画像として保存していく。
曲が終わり、ステップを踏み終えた。
一瞬の静寂の後、怒涛の拍手が沸き起こった。
「先生、すごーい。かじっただけなんて嘘ですよね。」
「練習っていらないですよね! 完璧でしたよ。」
「まぁ、お前たちのお手本にはなるだろ。」
「はい」
幽霊部員の浩輔は考えていた。
(幽霊部員のままでいられるのか???)
シンは一華にテレパシーで問いかけた。
「***(これはいい流れなのか?)***」
「***(シン、ダメなの?)***」
「***(俺達にはお手本だからいいが、浩輔達が幽霊部員でいられるかが問題だ。)***」
「***(毎日、合同練習されては、ゆったりと見学だけではいられないということ!?)***」
「***(あぁ、さっさと、披露させた方が…………、そうだ、さっさとお披露目だ!)***」
「結城先生、デモンストレーションの件ですが、早々に開催してもらえますか?」
「えっ? 3月の予定じゃなかったかしら?」
「すぐにでも開催してほしい口ぶりでしたが、俺たちがまだ1曲を通して踊ることが出来ないなら3月まで待つという事でした。」
「これだけ踊れるなら、練習する必要もなさそうですし。それに練習時間を取っていては、先生の仕事も滞るでしょうし。」
「そうね。」
「お昼休みにでも体育館で開催しましょう! 放課後だと部活の兼ね合いも必要ですが、お昼休みなら全校放送で呼びかければ、興味のある生徒は見に行くでしょうから。」
「市川先生もいいかしら?」
「まぁ、お昼休みなら時間が取れますから大丈夫です。」
「では、早速、明日のお昼休みの12時45分頃から開始でいいですか?」
「わかったわ。よろしくね。」
市川先生と結城先生はそう言うと部室を出て行った。
「シン、助かったー。」
「あのまま、毎日、合同練習されたら、見学だけじゃ済まなかったわよ。」
「幽霊部員じゃなくなるよな。」と浩輔。
「ゾンビとして復活か!?」直哉が突っ込む。
「せめて、人間に戻してくれー。」
「あははは」
浩輔がおどけて見せると部室内は笑い声が響き渡った。
「でも、市川先生も上手だったよね。」
「ね。いつかは一緒に踊りたかったのかな?」
◇◆◇
翌日のお昼休み。
シンは4時限目終了のチャイムが鳴ると同時に2年B組の教室を出て、急いで放送室に向かった。
「1年、2年の生徒諸君! 来年度から社交ダンスが必修化されたことは周知の事だが、その前に、デモンストレーションを開催する。12時45分までに体育館に集合せよ! 以上。」
シンが全校放送を終え、生徒会室にやってきた。急いでお弁当を食べて、準備に取り掛かる。
音楽プレイヤーは、シンが放送中に一華達が既に取りに行っていた。
生徒会メンバーが体育館に辿り着いたときには、既に大勢の生徒が集まっていた。
場所取りのつもりだろうか。
シンと一華以外のメンバーが、体育館中央を広くあけるよう、生徒達を誘導していく。
シンと一華は、壇上で音楽プレイヤーを準備する。
その間にも、生徒が集まって来ているが、後から来た生徒は前の生徒が邪魔で見えない。
2階に上がるもの、壇上に上がってくるものもいる。全く関係のない3年生までも集まってきているようだ。
12時45分になると、シンがマイクを握った。
「前列の者は座れ! ただいまより社交ダンスのデモンストレーションを行う。静かにするように!」
シンが開催を宣言すると、体育館出入り口から、白衣を脱ぎ、社交ダンス用の華やかなドレスに身を包んだ結城先生と蝶ネクタイを締めた市川先生が入ってきた。その後ろからは他の先生もついてきている。
「ええーっ? 先生たち!?」「市川先生?」
生徒はまさかの二人を見て驚きの声を上げる。
「静かに!」
どよめく生徒をシンが一喝し鎮める。
市川先生と結城先生が体育館中央で止まった。二人は向かい合って結城先生は膝を曲げて礼をすると、市川先生も右手を胸に当てて頭を下げた。
シンが音楽プレイヤーで指示のあった曲を再生する。
イントロが始まると二人はホールドし、歌い出しからステップを踏んでいく。
昨日、部室で見た通り、二人の動きは滑らかで凛とした姿勢でステップを踏んでいく。
初心者用の振付で踊っているのだが、お手本となる二人は足、身体の動作、何かが違う。
舞踏会に参加しているような華やかさがある。
ステップを踏んでいる結城先生を一華は、壇上からじーっと見つめている。
一部の生徒は向かいの校舎から見ていたが、ほとんどの生徒は初めて直に見る社交ダンスだ。
生徒達も固唾を飲んでじっと見つめている。
結城先生は大勢の前で踊ることになれており、楽しそうに見える。一方、市川先生は久しぶりなのだろう。少し緊張しているように見えたが、徐々に緊張もほどけているように見える。
(大勢の視線の中で、あんなに楽しそうに踊れるなんて……)
曲が終わりステップを踏み終えると、二人は開始前と同様に深く礼をした。自然と拍手が沸き起こった。
シンは再度マイクを握り、終わりを告げる。
「これで、デモンストレーションを終わる。今一度、市川先生と結城先生に拍手を!」
手を叩く音が体育館中に響き渡ったと思ったら、前列にいた女子生徒達が結城先生に駆け寄り囲んでいる。
社交ダンス用のドレスを見るのも初めてだったのもあるのだろう。
「先生、上手だねー。」「きれーい」「私たちも着るの?」「私もあんな風に踊れるかな?」
生徒達は目を輝かせて結城先生を質問攻めしている。後は先生達に任せて、一華とシンは人混みを抜け、体育館を後にした。
「シン、成功だったね。」
「あぁ、俺たちがするより、ずっと効果的だったな!」
「うん。」
そこへ「ふぅ、死ぬかと思ったぜ。」と浩輔、直哉、理那、真由の4人も合流してきた。
「よく、あそこから無事に出られたな?」
「あぁ、なんとかな! 女子が一斉に結城先生を囲むもんだから、出るに出られなかったぜ。」
「これで、練習来ないだろうな!」
「大丈夫だろ。結城先生が練習を見に来るだけじゃないか!?」
「さっきのダンス、撮影したら良かった……。」
一華は撮影することを忘れていたことを後悔した。
「一華、大丈夫。最前列だったから撮影したよ。」
「ほんと? 今見れる?」
理那はスマホを操作して動画を一華に見せた。
「これ、後で頂戴?」
「いいよ。」
「やったー。」
その様子を見ていたシンが新たな案を口にした。
「そうか、俺たちのダンスも撮影して、後で見返せば確認できるな!?」
シンが思いついた。
「えっ? あ、うん?」
一華は誰かに撮影させるものだと思っていたが……。
「タブレットと三脚を買おう!」
「あ、そういう事か!」
「撮影係なら俺たちがやってやるよ。」
浩輔はこれで堂々と練習しなくて済むと考えていた。
浩輔が調子よく答えると、直哉が「お前、本当に人間に戻る気ないな」と突っ込み、笑い声が廊下に響き渡った。
一華は結城先生というお手本が出来たことでシンに釣り合うダンスをしたいという目標を心に決めた。




