第130話 企み
リビングでは、既に夕食も入浴も済ませ、シンの手には冷えたノンアルコール○ールが握られ、どこか遠くを見つめているようだった。
シンは特訓をどうしようかと脳内を動かしていた。
本格的に始動した部室では、隣で結城先生により初心者への指導が繰り広げられる。
授業としては、指導されるままについていけばいいかと思っていたが、部室内でも繰り広げられるとは思っていなかった。
結城先生の言った通りに音楽のリズムに合わせて特訓したい。
だが、音楽を流すと先生の指導の邪魔になる。
一華はアイスを頬張りながら、時折、手を止めて考えているシンに声を掛ける。
「シン、どうしたの? 何考えてるの?」
「ん? あぁ、特訓をどうしたものかと……。」
「特訓?」
「あぁ、練習場所が半減し、隣では初心者への指導が結城先生により行われている。」
「うん」
「俺は一華と音楽のリズムに合わせて特訓したい。」
「なるほどー、音楽を流せないってことね。」
「そうだ。」
「だったら、ワイヤレスイヤホンを、片方ずつ着ければいいんじゃない?」
「でも、音楽プレイヤーには有線のイヤホンしか付属してなかったぞ。」
「スマホ用のイヤホンは接続できないの?」
「俺のイヤホンを接続するか!」
「悩みは解消した?」
「一つはな。あとは、振付だな。」
「振付?」
「あぁ、基本ステップの順番を組み合わせて繰り返す。その組み合わせだ。」
「先生にも音楽に合わせてステップを踏めと言われただろ。」
「うん」
「もうそろそろ、連続してステップを踏めるように振付しようかと。」
「シンが一人で踊ったあれは、今の私には無理だよね……。」
「ん? あぁ、シューズチェンジの時か?」
「うん、あれ素敵だったよ!」
シンが一人で踊っていた光景を思い出し、一華の目が輝いた。
「初心者にはまだ難しいな。まずは、基本ステップで構成して楽しんだ方が良い。」
「ウィスクとシャッセを含めるが、まぁ、大丈夫だろ!」
「えーっ、先に教えてよ。」
「まずはウィスク。プロムナード・ポジションへ移行するためのステップだ。」
「プロムナード・ポジションって何?」
「V字型に開いて同じ方向に進む基本姿勢だ。」
「一華は右足を後ろに少し大きく下げる。かかとで着地。左足のつま先を右足の少し後ろに置く。右足を左足の後ろにクロスさせるように引いてつま先で立つ。」
「次はシャッセだ。開く、閉じる、開くステップのことだが、これから教えるのは、シャッセ・フロム・PPで移動するステップだ。」
「左足をまっすぐ踏み出す。ヒールで着地。右足を横に出す。左足を右足に素早く揃える。右足を再び横にステップして移動する。」
「説明だけじゃわからないから、見本見せてよ。」
シンはこたつから出て、スリッパを履いて、ウィスク、シャッセ・フロム・PPのステップをして見せた。
「わかったか?」
「えっとー、ウィスクはなんとかポジションに移行するステップで、シャッセなんとかは移動するステップだよね。」
「プロムナード・ポジションに、シャッセ・フロム・PPだ。」
「両方とも長いんだもん。」
一華はアイスを食べ終えると、こたつから這い出た。一華の足はもこもこの靴下で覆われていて、ダンスシューズを履けない。スリッパを履いてシンの隣に並んだ。
「ウィスクは右足を下げて、左足のつま先を右足の少し後ろに置いて、右足を左足の後ろでクロスしてつま先立ち。」
「シャッセなんとかは、左足をまっすぐ踏み出してヒールで着地。右足を横に出して、左足を右足に素早く揃える。右足を再び横にステップして移動する。」
「って、シャッセなんとかは、3拍子でステップが踏めないんだけど……。」
「スロー、クイック、クイック、スローのステップだから、2歩目と3歩目で1拍分として数える。」
「うっそー。」
「いち、にー、さんって感じ?」
「にゃんにゃ……(呼んだにゃ?)」
サンは呼ばれたと勘違いして、こたつから顔を出した。
「サンちゃんは呼んでないよ。」
「にゃんにゃー……(そうにゃんか? サンて聞こえたにゃ!)」
「数字の『3』を言ったんだよ。サンちゃん呼ぶときはいつも『ちゃん』付けでしょ。」
一華は難しいステップに集中したくてサンに強い口調で言ってしまった。
「にゃんー……(そうだったにゃ……。)」
サンは耳をパタンと伏せて、悲し気に呟いて、再び顔を引っ込めてしまった。
「急にテンポが変わるから難しいー。」
「一華、後でサンに謝っておけよ。」
「えっ?」
「一華に怒られたと思ってるぞ。」
一華はすぐさま、パタパタとこたつに駆け寄り、布団をめくると、丸くなっているサンの背中を撫でながら謝った。
「サンちゃん、ごめんね。怒ってないよ。ちょっと、難しいステップだったから余裕がなかったの。終わったら遊ぼうね。」
「にゃんにゃーん……(おやつで手を打つにゃん。)」
「わかったよ。終わるまで待ってね。」
「にゃーん……(わかったにゃん。)」
一華はこたつから離れて、パタパタとシンの傍に戻ってきた。
「シン、ホールドして…は無理か……。」
「手を持っててやるから、ウィスクからシャッセ・フロム・PPまでの足の動きだけでも覚えろ!」
「うん」
「右足を下げて、左足のつま先を右足の少し後ろに置いて、右足を左足の後ろでクロスしてつま先立ち。左足をまっすぐ踏み出してヒールで着地。右足を横に出して、左足を右足に素早く揃える。右足を再び横にステップして移動する。」
「そうだ。それをゆっくりでいいから3拍子のリズムに合わせてやってみろ。」
「ズン……チャッ……チャッ……、ズン……チャッ……チャッ。」
「出来た?」
「あぁ、次はもう少し、テンポをあげてみろ。」
「ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ。」
「あ、体重移動がうまくいかない……。」
「ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ。」
「最後の1歩が踏み出せない。……どうして、次の1歩目で終わるの?」
「続いて2歩目、3歩目と踏み出せるだろ!」
「あぁ、そういうことか……。」
「最後の1歩目からクローズド・チェンジのステップを踏んでみろ。」
「ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ。」
一華はウィスクからシャッセ・フロム・PP、クローズド・チェンジへと一連のステップを踏んでみた。
「そうだ。」
「なるほどー。こう入るのか!」
「最後のステップから最初のステップに入るところだな。」
一華の最後から最初のステップに繋がる所を確認すると、脳内に振付の順番が浮かんできた。
「明日からは、①クローズド・チェンジ ②ナチュラル・ターン ③クローズド・チェンジ ④リバース・ターン ⑤ウィスク ⑥シャッセ・フロム・PPで繰り返してみるか!」
「そんなに続けるの?」
「あぁ、全てのステップを繰り返すだけだ。順番さえ覚えれば大丈夫だ!」
「うん。」
「振付は決まった。もう終わりにする。サンにおやつをあげるんだろ!」
「あ、そうだった。」
特訓が終わると、一華はサンのおやつを取りに行き、サンにおやつを差し出した。
「サンちゃん、おやつだよー。」
「にゃーん……(待ったにゃん!)」
サンは一華が手に持ったおやつを「うみゃいにゃ、うみゃいにゃ」と言いながら無我夢中で舐めている。
ぬるくなったノンアルコール○ールは泡もすっかり消え失せていたが、シンは最後の一口を飲み干し、その様子を眺めながら、ポツリと漏らした。
「サンは相当な策士だな!」
「えっ? 策士?」
「あぁ、肉球シューズ欲しさに、猫パンチは繰り出すし、おやつ欲しさにわざとらしく拗ねて見せる……。」
(ニャ……(ギクッ))
「えっ? サンちゃん、わざとなの?」
サンはおやつに夢中なフリをして、答えることはなかった。
「都合が悪いからスルーしたか!?」
「でも、今回は私の方も余裕が無くて強くあたってしまったから、聞かなかったことにしてあげる。」
「一華はサンに甘いな。」
「サンちゃんのママだからねー。」
一華はサンの頭を撫でながら、優しく微笑んだ。
(一華は魔力を集中させないとサンの企みには気づかないのか?)
「サン、3度目は無いと思えよ!」
「えっ? 2度あることは3度あるということ?」
「そういう事だ! サン、3度目の正直にならないと一華に嫌われるぞ!」
「にゃん……(わかったにゃ……)」
サンは力なく鳴いて一華の膝で丸くなった。




