第13話 お昼休み
連休明けの月曜日。授業は問題なく進み、穏やかなお昼休みを迎えた。一華とシンは、いつものように教室の席で机を合わせて、お弁当を広げようとしていた。
ちょうど、お弁当箱の蓋を開けたとき、女子生徒Aの理那と女子生徒Bの真由が、自分たちの机を二人の方に向けて移動させてきた。
少し緊張した面持ちで理那が、「私、理那、こっちは真由。私たちも一緒にお弁当食べていい?」
その横にいる真由が柔らかな笑顔で「ダメかな?」と聞く。
既に机は移動させてくっつけられている。
シンは箸を持ったまま硬直した。シンの魔力感知は即座に「警戒レベル」を上げたが、物理的な攻撃性はないため、結界を張るに留めた。
一華は状況を飲み込めず、シンに小声で伝える。
「この前、更衣室で話しかけてきた二人だよ。」
シンは一華の言葉を確認するように軽く頷き、それでも警戒を解かず、無言で彼女たちを見つめた。
理那はシンの無言の圧力に気圧されつつも続ける。
「この間は、いきなりプライベートなこと聞いちゃってごめんね。」
「友達になりたかったんだけど、なんて声かけていいかわかんなかったから、変な聞き方しちゃった。」
一華は率直に尋ねた。
「やっぱ、まだ兄妹じゃないって疑ってる?」
理那は慌てて首を振る。
「もう疑ってない! 本当にごめん! 一華ちゃんが嘘つくような子じゃないってわかったから。許して?」
一華は(うーん、シンが嘘つかせたんだけどな……)と思いながらも、相手の申し出を拒否する理由もない。
一華は半分納得していない感情を押し殺しつつも許すことにした。
「うん。」
シンは、一華の感情を感知しこの機を逃すまいと、一華の言葉を補強した。
感情を抑えた声で「俺が少し説明する。俺は小さい頃、父親の海外赴任について行ってたから、現地で危ないことも経験している。顔つきや雰囲気が冷たいのは、その環境のせいでもある。」
シンは視線を少し逸らし、言葉を選びながら続ける。
「一華を危険な地域へ一緒に連れて行くのを両親が心配して、母親と二人、この国でのびのびと育ってほしいと残していったんだ。だから、俺は、一華を守ることが最優先だ。顔や雰囲気は、環境が影響したせいもある。」
理那は真剣なシンの言葉に、心から謝った。
「本当、ごめん。意地悪な質問をしたこと、反省する。」
一華はシンの「設定」補強と真由たちの謝罪を受け入れ、今度は心から許すことにした。
「うん、一華でいいよ。みんなでお弁当食べよ!」
シンはそれでも警戒を解かず、一華の隣で弁当を食べだした。
4人がお弁当を食べ始めた時、先週シンに声をかけてきた男子生徒Aの浩輔と男子生徒Bの直哉が、売店で買ってきたパンを持って近づいてきた。
「おっ、楽しそうじゃん! 俺たちも混ぜて! 俺、浩輔。」
直哉は隣の席に座り込みながら自己紹介する。
「俺、直哉な。よろしく!」
一華は、男子生徒の突然の接近に言葉を失い、固まった。
シンは一華の揺らぎを感知し、即座に、低い声で、一華の防御壁となるため説明した。
「この二人も更衣室で話しかけてきた。」
シンは男子生徒2人に向き直り、きっぱりと言い放った。
「一華は遊ばない。諦めろ。この前言った通りだ。」
浩輔は少し焦っている。
「じゃなくて! みんなでどっか遊びに行こうよ。せっかくクラスメイトになったんだし。」
一華は、過去の「事故」の記憶がフラッシュバックした。
一華は俯きながら、小さく震える声で吐き出した。
「私は、……遊びに行く約束……、できない。待ち合わせ……、できないの。」
シンは一華の異変に気づき、静かに彼女に手を伸ばした。
一華は大丈夫とシンの手を避け、過去を吐き出すように小声で続ける。
「昔、仲良かった友達と……待ち合わせて……遊びに行こうとしたんだけど……、待ちぼうけしたことがあって。……その時、今みたいにスマホなんて持ってなかったし。……何時間も待ったんだけど…………、とうとう友達が来ることはなかった……帰ってママに連絡してもらったんだ…………。」
一華の声は途切れ途切れになる。
「その友達、……来る途中、……事故に巻き込まれてて………そのまま会えなくなっちゃって。……それから、……誰かと待ち合わせて遊びに行くのが、…………怖くてできなくなった。」
シンは、一華の悲痛な告白を聞き、一瞬にして全身から魔力を失ったように固まった。シンの脳裏には、魔界で両親と別れる直前の情景を思い出し、悲しみが襲いかかる。シンは、言葉を失い、ただ静かに涙を流すしかなかった。
理那、真由、浩輔、直哉の4人も、その重い告白に、静まり返ったまま何も言えなかった。
一華は我に返り、慌てて笑顔を作って、きわめて明るい言葉で提案する。
「ご、ごめん。重かったよね。なので、遊びに行くなら、私とシン抜きで、みんなで行ってきたらいいよ!」
一華は涙を流していたシンに気づいてハンカチで涙を拭ってやる。
その後は、誰もその話題に触れず、お互いに気を遣いながら、授業や教科書に関するおしゃべりをしてお昼休みを終了した。
一華は、友達が欲しい気持ちと、黒猫化のリスク、そして過去のトラウマとの間で揺れ動いていた。
(ごめん、みんな。待ち合わせが怖いのは本当。でも、「月を見て黒猫になって、約束を破ること」も怖いの。シンを巻き込みたくない。)
しかし、何よりもショックだったのは、告白した際にシンが静かに涙を流していたことだった。シンの涙を見たことで、一華は自分がシンに重い過去を背負わせてしまったことに、深い後悔を感じた。
シンは、一華の過去の告白に、護衛としての絶対的な使命を再確認させられた。
(一華の過去の友人は、外的要因で一華の傍からいなくなった。だが、俺は違う。俺は、一華の傍から永遠に離れないためにここにいる。)
シンの流した涙は、過去の悲しみではなく、一華の痛みを追体験したこと、そして一華を絶対に守り抜くという、鋼のような誓いからくる、感情の奔流だった。シンは、あの無力な涙を決して忘れないと、心に強く誓った。




