第126話 大吉の余波
世間はまだ、お正月気分に彩られている。
しかし、シンにとってはお正月も初詣が終われば、後は普通の冬休みだ。
一華はお正月三が日の間くらいは、シンの特訓もないだろうとサンと一緒にこたつの温もりに身を任せていた。
「一華、今からリバースターンの特訓を始める!」
シンが無情にも厳しい特訓の始まりを告げた。
「えっ? まだお正月だよ。シン、ゆっくりしないの?」
「初詣も済んだ。お正月気分はもう終わりだ。」
シンは白黒コンビシューズに足を入れている。
一華はこたつから這い出て、今年初めて赤いダンスシューズに足を入れた。
「ねぇ、シン、いつまでも私の『ズンチャッチャッ』じゃなくて、音楽とかないの?」
「スローテンポの3拍子なら何でもいいが、今のレベルで音楽に合わせて踊れるほどの余裕はない。当分は一華の奇妙なリズムでカウントしろ!」
「奇妙なリズムって……当分、私の『ズンチャッチャッ』かぁ……。」
「一華、始めるぞ!」
「うん」
二人はホールドして新しいステップの練習に入った。
「一華は右足をまっすぐ後退させる。つま先で着地だ。」
「右足を軸にして左足を左横へ出し、左足のかかとで体重移動しながら左へ回転する。」
一華はシンの指示に従い、足を運んで行った。
「そうだ」
「右足を左足に引き寄せて揃える。ここまでが前半のターンだ。」
「次は一華が前進する。左足を前進させてライズする。」
「左足を軸にして右足を右横に出し、右足のかかとで体重移動しながら回転を続ける。」
「左足を後退し、右足に揃えて終わり。これが左回転のリバースターンだ。」
一華はホールドを離れて、一人で立った。
シンが説明してくれた言葉を呟きながら、ステップを踏んでいく。
「右足をまっすぐ後退させて、つま先で着地させる。右足を軸にして左足を左横へ出し、左足のかかとで体重移動して左回転する。右足を揃える。左足を前進させて、今度は左足を軸にして右足を右横に出して、右足のかかとで体重移動しながら回転する。左足を右足に揃えて終わり。」
「そうだ。」
一華は一人リバースターンの前半ステップ、後半ステップを繰り返し体に覚えさせて行く。
「ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…、…………ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…」
「繰り返すと反時計回りっていうのに納得。」
「なんだ、理解していなかったのか?」
「だって、後退する所から始まると、自分の体の向きで考えちゃってて、反対に感じたんだもん……。」
「左足から後退すると時計回りのナチュラルターンで、右足から後退すると反時計回りのリバースターンってことだよね。」
「一華から見るとそうだな。繰り返すと円を描くことになる方が解りやすいか!?」
「うん。だからね、今度はずっとホールドしていてほしいんだけど……。」
「あぁ、そういうことか。承知した。」
シンは再び一華の前に立ち、ホールドする。狭いリビングの中をくるくると回り始めた。
「ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…、…………ズン…チャッ…チャッ…、ズン…チャッ…チャッ…」
二人はただ、リバースターンのステップを一華のリズムテンポに合わせて繰り返し踏んでいた。
一人で繰り返す程度であれば、空いたスペースでも練習できるが、二人でホールドしながら繰り返したり、他のステップと組み合わせて練習となると、狭く感じた。
「一華、本格的に練習するには、リビングでは狭い。もう少し広いスペースがいる。」
「ちょっと、狭いよね。」
「今後はどうするかだな……。」
「広いカラオケボックスでも借りる?」
「カラオケボックスとは何だ???」
「レンタルルームで、好きな歌を歌うところ。音楽は選曲できるから、音楽の名前さえわかれば流すことできるし。ドリンクやフードメニューも豊富で、食事もできるんだよ。でも、ダンスの練習となると、大人数が入れる広い部屋になると思うから料金は高くなるし、ソファとかは動かさないとダメだよね。……あと他には、学校とか…?」
「学校!?……体育館は使えないから……空き教室か!?」
一華の提案にふむと考えこむと、シンの瞳が鋭く光った。
「でも、みんなに見られるのは恥ずかしい……。」
「来年度からは必修ダンスだからみんなに見られるぞ!」
「必修だと、みんなもダンスに夢中だと思うから、人のダンスを見る余裕も無いだろうけど、自分達だけでダンスしてると、見に来られないかな?」
「ダンス中は鍵閉めて、中に入れないようにしておけば無視すればいい!」
「じゃぁ、空き教室で練習することになるの?」
「あぁ、今年は積極的に行動しろと出たからな!」
「えぇ、おみくじに従うの?」
「おみくじに従って悪い事にはならないだろ!」
「じゃぁ、自宅での特訓は休みだよね!?」
「自宅ではステップの確認や引き続きの姿勢矯正、バックエクステンションを行う。」
「…っ、なんか、余計、練習時間が増えたような気がするんだけど……。」
一華は余計なことをシンに提案したことを後悔する。
「もっと、上達させるぞ!」
地獄の家庭教師がダンスでも発揮されることに一華は恐ろしくなった。
「べ、別に競技大会に出るわけじゃないから、動ける程度になれば、後はシンが魔力でらしく魅せてくれるんでしょ!?」
「魔界でお披露目の際は魔力でらしく魅せる。だが……練習中、もっと一華とダンスしたい。」
シンは悪魔と化したわけでもなく、ただ単に、毎日一華と踊りたかっただけだった。
「で、でも、空き教室ってクラブでもないのに貸してくれるの?」
「……っ、あ、空いてるのに生徒は使えないのか?」
「勝手に使うのはダメなんじゃない? クラブで使用する場合は許可も下りるだろうけど……。」
一華とシンはいつの間にか、ステップを踏むことをやめて、ホールドしたまま喋り続けていた。
「今日は、ここまでにする。」
シンは特訓よりも、練習場所を確保することに脳内を働かせ始めた。
ホールドを解き、シューズをスリッパに履き替えてこたつに戻ってきた。
一華は足裏を向けて、いつものようにサンに治療してもらう。
「サンちゃん、治して。」
サンは足裏に両前足を置いて「にゃん」と一声鳴いた。
「一華はいつもサンに治してもらっていたのか?」
「うん。ヒールが高いとつま先辺りが疲れるんだもん。サンちゃんがいて助かったよ!」
一華はサンを膝に抱き上げて、背中を撫でながら答えた。
「俺と一華で社交ダンス部を立ち上げないか?」
「へっ? 社交ダンス部?」
「あぁ、部として認められれば、教室とか体育館とか堂々と使えるんだろ!?」
「そうだけど……。」
「必修ダンスだけじゃダメなの?」
「他の生徒と一緒のレベルでは追いつかない。それに、自由に踊れるスペースを確保したい。」
「……顧問が必要だと思うけど……。」
「顧問か……!?社交ダンスを担当してくれる教師に、名前だけでも依頼するか!?」
「あと……、部員もある程度確保してないとダメなんじゃないの? よく漫画とかで創部するには、最低部員数と顧問がいないと生徒会から部として認められないから部費も出ないとかなんとか、見たことあるけど……。」
「部員数……。」
「幽霊部員でも誘う?」
「幽霊部員?」
「うん、在籍はしてる部員だけど、部活動には参加しない部員の事!」
「なら、生徒会メンバーを幽霊部員にしよう!」
「もう、創部前提なんだね……。生徒会規約の中に創部の部分があるんじゃない?」
シンは即座に魔力で生徒会の本棚に並べられている生徒会規約を探し当て、内容を確認しようとした……その時。
一華の言葉で思考を元に戻した。
「他の生徒も入部したいって言って来たらどうするの?」
「ペア同志前提とする。」
「部長は?」
「部長? クラブの管理者か?」
「うん」
「俺が部長で、一華が副部長。」
「指導は誰がするの?」
「俺は一華にしかしない。この前のように言葉で説明して、一華と見本を見せる。」
「うーん、それだけで済むかなぁ……。」
「他に何を不安視している?」
「仮にペア同志前提で入部して来たとして、指導する時に実際にホールドして教えてあげることも必要になって来るんじゃ……? 私はヤダ!」
一華は断固拒否した。
「俺も嫌だ!」
「それと、新入生に対するクラブ紹介はどうするの? 幽霊部員には頼めないよ!」
「新入生の入部は必要ない。紹介しない。」
「宗一郎君なら許してくれるよね。きっと。」
「あぁ、副会長としても拒否させる。」
「ちょっとー、宗一郎君には優しくしてね。」
「承知した。」
「それでも、創部するのは確定?」
「あぁ、俺が生徒会長の間に創部する。」
「わかった。後は顧問の説得だね。」
「あぁ、始業式始まったら説得だな。」
「サンちゃん、また帰りが遅くなりそうだよ……。」
「にゃんにゃー……(創部ってにゃんにゃ)」
「クラブを新設する事だよ。」
「にゃんにゃーん……(そこでも踊るにゃか?)」
「うん、一連のステップ練習みたい。」
「にゃんにゃにゃにゃーん……(仕方にゃいにゃ。待っててやるにゃ。帰ってきたら治すにゃ!)」
「ありがとう、サンちゃん!」
一華とサンがお喋りしている横でシンは、生徒会室の創部の規約を読んでいた。
一華は始業式が始まれば生徒会と社交ダンス部の二刀流が始まることに不安だったが、心強いサンの言葉に少しだけ勇気を貰った気がした。




