第124話 肉球シューズ
冬休みに入り、一華はダンスシューズを履いて、ナチュラルリターンを中心に自主練習に明け暮れていた。
しかし、年末は待ってくれない。
シンの新しいスリッパも買いに行かなくてはならないし、鏡餅も買いに行かなければならない。
朝食を食べながら、一華はシンを誘った。
「シン、ショッピングに行くよ!」
「何をショッピングするんだ?」
「シンのスリッパに、新しいパジャマ、それに鏡餅に正月飾り、ノンアルコール飲料に、後は今のうちに買える物全部!」
「承知した。」
一華とシンは着替えて、ちょっと遠い大型スーパーへと出掛けて行った。
まずは衣料品などの売り場に行き、もこもこのパジャマとタオル類などを買う。次はシンのスリッパを選ぶ。
「シン、どんなのがいい?」
そこには、普通の形をした温かスリッパがたくさんあった。
「これは?」
一華の手には動物の顔、それも猫の顔したぬいぐるみスリッパが乗っていた。スリッパというより足首まで覆われており、もはやシューズのようだ。
他にも猫が足にまとわりついているようなデザインもあった。
「私、この肉球のにしようかな!?」
スリッパというよりか、猫の足そのものを模した大きな肉球型のルームシューズだった。
「一華も買うのか?」
「だって、こんなに可愛いの見たら、買わずにいられないよ。」
「一華……それはもはやスリッパというより、ぬいぐるみに足を突っ込んでいるように見えるが!?」
「だから、いいんだよ! 覆われているから暖かいよ、きっと!」
一華は他のスリッパを見ながら一つのスリッパを手に取った。
「この、中がボアになってるスリッパは?」
「ボアのスリッパの方がいいな? 暖かそうだ!」
シンはシンプルなデザインをチョイスした。
「私はこれに決めた!」
一華は肉球が模されたルームシューズをしっかりと抱えていた。
支払いをシンが済ませて、正月飾りの売り場へと移動していった。
「去年と同じリース型か?」
「うん。同じようなのあるかな?」
「これじゃないか?」
「それだね。あとは大きな鏡餅と小さな鏡餅。」
「これでいいか?」
「うん。」
シンは去年経験したことを覚えていて先回りしてカゴの中に入れていく。
「あとは食材だね。と、その前にノンアルコール飲料選ぼう!」
「シンはどうする? いつものにする? それともいろんなの試す?」
「いつものはお風呂あがり用だから、一華も飲めそうなものをいろいろ買って行こう!」
「今年のお正月は足りなかったもんね。でも、私が好きなのって甘口系だよ!? お試ししたいの選んでいいよ。」
一華がカゴに入れたのはワインや果汁のスパークリング系飲料だった。シンはカゴに入れられた缶飲料を確認した後、レモンサワーとジンジャーエールなど辛口系を数本追加で入れて行った。
「いつものは? ここには箱で置いてないの?」
「あるが、いつものショップの方が安いな!」
「また出てくること思えば、多少高くても買ってく?」
「タクシーで帰るか?」
「うん、じゃ、カートに乗せて。」
「よし」
シンは自分用のノンアルコール○ールを1箱カートに乗せた。
一華は精肉売り場ですき焼き用のお肉を手に取った。
「一華、この前作ってくれたローストチキンを作ってくれ。」
「いいけど、鶏モモ肉1枚でいい?」
「あぁ」
「他に食べたいものある?」
「ローストビーフと寿司と刺身は31日に買うだろ? 他には思いつかないな。」
「また、思いついたら、31日に買えばいいから、それまでに思い出してね。」
「承知した。」
冷凍食品コーナーに来た一華は、鴨南蛮そばを2個と冷凍うどん、冷凍のエビ天ぷら2個もカゴに入れた。
ふと、一華の目に入ったものがあった。
「やったー。これこれ。」
「なんだ?」
「これこれ、食べてみたかったんだよね。お試しに!」
一華の手にしたのは生姜の冷凍餃子だった。
「餃子って食べたことないでしょ!?」
「あぁ」
「あれ、私が嫌いだからなのよねぇ。」
「そうなのか!?」
「うん、匂いが臭いの。食材一つ一つは嫌いなものはないんだけど、焼き餃子の匂いは苦手なの。で、海老の水餃子は食べられるんだけど、スーパーで見かけなくなって……。だけど、これは生姜だから臭くないと思うの。でも、まずは試してみないと、わかんないじゃない?」
「一華に気に入られれば定番化するのか!?」
「ま、そういう事だね。」
「今日の夕食は決まりだな!」
「美味しかったら、31日にまた買おう!」
一華は他にすき焼きのたれやからし、わさび等の薬味や調味料など、思いつくものをカゴに入れて行った。
「もう買い忘れないかな?」
「あっても、また来るんだから……もう会計行くぞ!」
一華はシンに促されて、会計の列に並んだ。今日の支払いもシンが打ち出の小槌で済ませたが、結構な金額が表示されていた。いつまでたっても一華には表示される金額の桁に慣れない。
急いでマイバッグに詰め込み、配車アプリでタクシーを呼ぶ。
タクシーが来ると、トランクに買ったものを詰め込み、後部座席に乗り込む。
朝、歩いて来た道のりはタクシーにかかると、あっという間にマンションの下にたどり着いた。
シンが支払いを済ませると、荷物をトランクから出して部屋まで上がる。
一華とシンは手分けをして片づけて行く。まずは、食材を冷凍庫、冷蔵庫に入れて行く。
二人のスリッパを出して履く。
シンは新しいスリッパに足を入れると、お客様用のスリッパを片づけた。
「おぉ、やっぱりボアのスリッパは暖かいな。」
シンは自分で選んだスリッパに満足げだ。
「良かった。普通のスリッパは寒いよね。私のはもっと暖かいよ!」
一華は肉球シューズを履いて、シンに見せた。サンの方がいち早く反応した。
「にゃんにゃ……(大きい肉球にゃ!)」
「かわいいでしょ。」
一華は履いていた肉球シューズをサンに向けて差し出した。
サンは猫パンチする。
「ちょっと、サンちゃん。敵じゃないんだから、パンチしないでよー。」
「にゃんにゃ……(敵にゃ!)」
「敵って? どうして?」
「にゃんにゃー……(デカい肉球にゃ!大きい猫にゃ!)」
「大きい猫じゃないよ。一華だよ!」
「一華、そのシューズ脱いでサンにあげろ! サンにとっては『巨大な猫』に見えるんじゃないか?」
「えーっ? せっかく買って来たのにー?」
一華は渋々肉球シューズを脱いでサンに差し出すと、サンはすぐさま4本の足を器用に収めて屈んでしまった。
「あー、もしかして、最初からこれが狙いだったの!?」
「やられたな!」
「もう、片足じゃ役に立たないよ!」
サンは満足げに「にゃん」と一声鳴いた後、目を閉じてしまった。
一華は諦めて、シンと一緒に昼食の準備に取り掛かった。
昼食後は、正月飾り、鏡餅を飾ることにした。
シンは勝手も分かり、手慣れた様子で玄関ドアの外に飾っていく。
鏡餅も箱から取り出し、付属の三方台を組み立てる。敷紙を置き、飾りを挟むように鏡餅を容器のまま置いて、その上に橙を置いて完成だ。
大きい鏡餅はキッチンカウンターに、小さな鏡餅は玄関のシューズボックスに置いた。
去年もだったが、日々シンが掃除しているお陰で、大掃除は省いた。一華としては大掃除がない分、気楽だった。
後は、年末の生鮮食品の買い物だ。
「そうそう、年末の買い物リスト、メモっておかないと……。」
一華はスマホでメモしていく。
お寿司、刺身、ローストビーフ、豆腐、白菜、こんにゃく、オードブル、インスタント雑煮、アイス、
一華はいきなり、こたつから立ち上がり、自室に戻って行った。
数分後、戻ってきた一華は、何事もなくスマホでメモを続ける。
「一華、どうしたんだ?」
「うん、ポチ袋、去年買ったの、残ってたと思ったんだけどね。無かったから……。」
「それは、テレビのローボードの引き出しにあったはず……、ほら!」
シンはローボードの引き出しからポチ袋を取り出し、一華に見せた。
「なんだー、そこにあったのかー? じゃぁ、買わなくていいね!」
一華はメモから削除していく。
年末の買い物リストに漏れがないか確認した。
「一華、リストアップが終わったなら、特訓の開始だ。」
「えっ? 今から? 今日は朝からお出掛けしたから、お昼寝したかったんだけど……。」
「特訓の時間にお昼寝は必要ない。ナチュラルターンの次は、リバースターン、ハイスク、シャッセと続くんだ。」
一華はシンに促され、渋々こたつから這い出した。真っ赤なシューズに足を入れると、シンの厳しい特訓の開始だ。
シンもシューズを履き、ホールドして「ズンチャッチャッ」のリズムに合わせてナチュラルターンのステップを何回も踏んでいく。
一華はステップを踏みながら、「ねぇ、シン、ローストチキンはいつ食べるの?」口に出して聞いた。
シンはステップを踏みながら「明日だな!」と答える。
一華はステップを踏みながら「了解!」と答えた。




