第119話 果報は寝て待て
定例会終了後、生徒会室を後にした1年メンバー達。
「僕が要望書案作成したら、みんなに意見聞きたいんだけどいいかな?」
宗一郎の提案に沙羅が反応した。
「教室では目立つから、4人だけのグループ作ろうよ。秘密の作戦会議だね!」
「そうだな。」
宗一郎が4人だけのグループを作成すると、3人のスマホから軽快な通知音が響いた。
「要望書作成する前でも意見あるなら、メッセージ送って。」
「「「ラジャー」」」
「沙羅ちゃんは俺が送って行くよ。」
宗一郎が告げた。
「でも、遅くなるよ。」
「男だから大丈夫。これからは俺が湊の代わりに送るよ。」
「うん、ありがとう!」
宗一郎の申し出に沙羅は笑顔で答えた。
海斗と真凛は二人を温かいまなざしで見ていた。
「「じゃぁ、またね!」」
宗一郎と沙羅、海斗と真凛はようやく校舎を後にし、それぞれ帰路についた。
◇◆◇
数日後、お昼休みの生徒会室。
執行役員である一華とシン、浩輔、直哉、理那、真由の6人でランチミーティングも兼ねている。
話題は最近、あちらこちらから、独特な歌が聞こえてきだしたことだ。
「なんか、1年と2年の女子達から、ズンチャッチャッが聞こえるんだけど……。知ってる?」
ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ。ついつい、口ずさみたくなるリズムだ……。
一華はみんなに聞いてみた。
「俺は知らないぞ!」
シンが即座に答える。
「1年は知らないけど、つい口ずさんだ所を聞かれてしまって、クラスの女子に教えたよ。」
理那が広めたことを白状した。
「……つい、口ずさみたくなるよね……。」
どうも、真由も口ずさんでいるらしい。
「あとね、アレンジしている女子もいるみたいなんだよね。」
更に一華が口を開いた。
「どんな風にだ!?」
シンが興味津々に聞いてきた。
「ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッチャッて感じ!」
「最後が3拍子になってないな!?」
「そうなの! 永遠に終わらないから、止めたくなるのかな!?」
「まぁ、口ずさむだけなら個人の勝手だから、修正させる必要はないだろ。」
「……ごめん、ステップも教えた……。」
理那が更に白状した。
「ステップだけか?」
シンは教えたことに否定的な感情を出していた。
「姿勢の矯正の仕方も……、壁見るとつい、壁伝いに矯正したくなって……何しているか聞かれたから……つい、喋っちゃった……。」
「喋ったからってやって悪い事ではないから、いいんじゃない!?」
一華は教えることが悪い事じゃないと肯定的だった。
「女子は興味があるという事か!?」
「どうなんだろ? 単純に猫背を矯正したいのか、シンが教えてたことだからかは本人だけが知る所で……。」
「まぁ、その内、下火になるだろ。継続することは容易ではないからな!」
シンはため息をつきつつも、どこか面白がっているようにも感じた。
◇◆◇
放課後の生徒会室。社交ダンスを選択科目にしたいと要望書を作成すると決めて1週間が経過した。
宗一郎は1年メンバー内で意見を出し合った要望書をシンに手渡した。
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「体育」における社交ダンス(ボールルームダンス)の選択科目導入に関する要望書
謹啓 師走の候、先生方におかれましては、日々熱心なご指導を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、文部科学省の学習指導要領では、中学校から高校にかけて「ダンス」が必修および選択科目として位置づけられています。現在、本校においては主に現代的なリズムのダンス等が中心となっておりますが、多様な価値観が求められる現代社会において、生徒の心身の成長と国際感覚の醸成を図るため、新たに「社交ダンス」を選択科目の一つとして導入することを検討いただきたく、ここに要望いたします。
社交ダンスの導入には、以下の教育的メリットがあると考えます。
1. 社会的マナーとコミュニケーション能力の育成
社交ダンスは男女がペアとなり、互いを尊重しながら踊るスポーツです。相手に対する礼儀(エチケット)やリード、フォローを学ぶ過程で、対人コミュニケーションの基礎や、他者を思いやる心を自然に育むことができます。
2. 姿勢の矯正と体幹の強化
正しい姿勢を保つことは社交ダンスの基本です。スマートフォンの普及等により姿勢が崩れがちな現代の生徒にとって、体幹を意識し、美しい姿勢を身につけることは、生涯にわたる健康維持に大きく寄与します。
3. 多様な生徒が活躍できる場の提供
激しい接触や球技が苦手な生徒にとっても、社交ダンスは音楽に合わせて体を動かす楽しさを味わいやすい種目です。運動能力の差に関わらず、自己表現の喜びを感じられる場となります。
4. 国際的な教養としての活用
欧米諸国において社交ダンスは重要なソーシャルスキルの一つです。将来、国際社会で活躍する機会が増える生徒たちにとって、ダンスを通じて西洋文化の作法を体験しておくことは、大きな強みとなります。
導入にあたっては、地域のダンス教室やボールルームダンス連盟などの外部講師を招聘する「外部人材の活用」を検討することで、教員の負担軽減と質の高い指導の両立が可能であると考えられます。
つきましては、次年度以降のカリキュラム編成において、社交ダンスの選択導入をぜひご検討いただけますよう、強くお願い申し上げます。
謹白
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シンは目を通す。
社交ダンスは単なる踊りではなく、マナー向上、体幹の強化、国際的な教養であることなどが書かれていた。
「文句なしだな! 定例会終了後、顧問には残ってもらう。その時手渡す。」
「了解しました。」
「どれどれ」
浩輔がシンから要望書を横取りして目を通す。
「ハロウィンの時も良く出来ていたが、今回も全く修正する所はないな!」
「ありがとうございます。」
「ただし、今回は、許可されるとは限らない。講師を招聘するにはコストがかかる。社交ダンスをスポーツと捉える人間は一部だけだ。中には古い考えを持つ者もいる。教師の中に経験者がいればいいんだが……。」
定例業務が終わった。
顧問の市川先生が席を立とうとしたその時、シンが引き留めた。
「先生、1年からの要望です。」
宗一郎が作成した要望書を市川先生に手渡した。
「……」
「これは、社交ダンスを必修ダンスにしたい要望か?」
「はい。」
「今の必修ダンスは嫌なのか!?」
「今のダンスは、僕たちの将来には役に立たないと思っています。」
宗一郎が正直に答える。
「社交ダンスなら、姿勢、マナー、思いやりや気遣い、コミュニケーションが向上します。それに、他のダンスと違って高齢者になっても踊り続けることができ、速いテンポのダンスが不得意な生徒も踊ることが出来ます。」
宗一郎はまっすぐ市川先生を見つめて、一拍おいて宣言した。
「自分たちが目指すべき大人の姿だと思っています。」
宗一郎が言い終わると、市川先生は突き放すような口調で言い放った。
「ハロウィンの時みたいに簡単に通ると思うなよ。引き受けてくれる講師を探す期間が必要だし、費用もかかる。とりあえず、職員会議には掛けてやる。」
「お願いします。」
市川先生は要望書を手にして生徒会室を後にした。
「とりあえず、顧問は反対していない。後は、果報は寝て待てだ!」
「はい」
メンバーは生徒会室を後にした。
◇◆◇
その後の職員会議。
生徒会顧問の市川先生より、先生全員に要望書が手渡された。
「これが原因ですかねぇ? 最近、1年と2年の女子の間でワルツのリズムを口ずさんだり、姿勢矯正をしているらしいんです。」
「そういえば、授業中の女子生徒の姿勢が良くなった感じがします。」
「今の必修ダンスより、メリットはあります、というか、メリットしかありませんねぇ。」
「実は私、大学の時、社交ダンスサークルに所属していました。競技大会にも参加していたので多少なら教えられます。卒業してからは忙しくて遠ざかっていましたが、久しぶりに関わってみたいです。」
「先生一人に、全クラスをお願いするわけには……、ご自分の授業もあるわけで……。」
「来年度からなので、必修ダンスと兼ねてもいいですし、何とかなりますよ。」
「今は動画が溢れています。競技大会を目指さないのであれば、参考にしてみてはいかがでしょうか!?」
「先生方は、賛成という事でしょうか???」
「生徒が自主的に良くなろうとしているのに、反対する理由がありますか?」
「選択制ではなく、必修化という事にしてはどうでしょう?」
「賛成です。」
いつの間にか広まったワルツのリズムと姿勢矯正が、教師達の心を動かしていることを一華達は知らない。
◇◆◇
要望書を市川先生に手渡してから1週間後の定例会。生徒会室に集まったメンバー。
定例業務終了後、市川先生から職員会議の結果が伝えられた。
「来年度から社交ダンスの必修化が決定した。」
「必修化……!?」
驚愕するメンバー達。冷静なシンが聞いた。
「講師は外部から招聘ですか?」
「いや、大学時代、社交ダンスの競技大会に出ていた教師が担当する。」
「そうですか。ありがとうございます。」
「お前たちが原因か?」
「何がですか?」
「最近、女子の間で、ワルツのリズムを口ずさんだり、授業中の姿勢が良くなったりしているらしいが……?」
「そのようです。」
「影響を与えたことが良い結果に繋がったか……、お前も大変だな……。」
「……」
市川先生はそう言うと生徒会室を出て行った。
「やったね!」
1年メンバーが宗一郎に声を掛ける。
「うん、手伝ってくれたみんなのお陰だよ。」
「経験者がいたなんてラッキーだったな!」と浩輔。
「はい。でも、選択じゃなく必修化になるとは……大丈夫でしょうか?」
宗一郎はシンの方に向いて不安を吐露する。
「ペアになることに苦手な者もいるだろうからな……。だが、教師が決めた事だ。そこはもう気にするな。」
シンは宗一郎が不安視していることがわかり慰めた。
「女子同士でも出来るんでしょ!?」
一華がシンに尋ねる。
「別にリードを男子がしないといけないわけじゃないからな!」
「なら、それこそ、多様性ということで……ね!」
「はい」
一華が宗一郎の不安を取り除くと、宗一郎は満面の笑みで返した。
「一華、俺たちの特訓に休みは無いからな!」
シンの悪魔のような一言に一華は悲鳴を上げた。
「えーっ! 授業でもやって家でもやるの?」
「当たり前だ。あっちに帰ったらみんなの前で完璧なダンスをお披露目しなければならないからな!」
一華は授業で教われば、シンの特訓が緩くなると呑気に考えていたのだが、粉々に打ち砕かれてしまった。




