第118話 次なる野望
放課後の生徒会室。久しぶりに生徒会メンバーが集まり、定例業務を終えた後。
「湊はもう来ないのかな……」
浩輔がぽつりと呟いた。浩輔がお試し採用を決め、問題を起こすことなく生徒会活動を頑張っていた湊。自分から辞めると言い出すとは思っていなかった。
「あの時点で、辞めるつもりだったんでしょ?」
理那が答える。
「そうか……。」
「頑張ってたのにな……」
直哉も呟いた。
「なぜ、辞めたんでしょうか?」
宗一郎が聞いてきた。
「お前、わからないのか?」
浩輔が聞く。
「はい。特にけんかもしてませんし……理由が分からなくて。」
「理由としては執行役員のイメージができないということと、進路のことだったけど……。」
沙羅も理由がわかっていなかった。
「まぁ、違うよな!」と浩輔。
「やっぱり、わかっていたか!?」
シンと一華は気づいていたが、まさか浩輔達も気づいていたとは思っていなかった。
「あぁ。」
「やっぱり、他に理由があるんですね。何なんですか? 教えてください!」
宗一郎が心配そうに聞いてきた。
「理由を知ってどうするんだ!?」
シンが問い詰める。
「悩みがあるなら相談に乗れればと……。」
「相談できることなら、もう相談してるんじゃない!? そっとしておくことも大事だよ!」
一華がこれ以上、理由を聞かないよう制する。シンも隣で頷いた。
「俺には相談できない悩みという事ですね……。」
「そうだな。一人で乗り越える壁だな!」
「わかりました。」
「湊が自ら口にするまで無理に聞き出す必要はない。校内で会えば、普段通り、挨拶はしろよ。スルーしたりするんじゃないぞ!」
「はい。」
「戻ってきたら、迎え入れてあげればいい!」
「わかりました。」
宗一郎と沙羅以外は、湊が辞めた理由を想像できていたが、敢えて二人には伝えなかった。知ったからと言ってもどうすることも出来ないなら、知らない方がいいからだ。
「一華、最近、なんだか姿勢が辛そうだけど……、無理してない?」
理那は話題を変えた。
一華は理那の鋭い指摘にギクシャクとした動きで反応した。
「えっ? 無理してるように見える!?」
「うん、なんか、自然じゃないというか……、常に意識してるというか……。辛そうに見える。」
「それに、歩き方、変だし……。」
真由までも指摘する。
「ちょっと、筋肉痛というか……、姿勢も猫背にならないよう意識してる。」
「どうしちゃったの? 体育は筋肉痛になるようなことしてないし。体育祭や球技大会でもそんなことなかったよね!?」
「バレちゃったなら正直に言うね。今、ダンスの特訓受けてて……。」
一華はシンを横目で見ながら答えた。
「ダンスって、どうして?」
聞き返す理那。
「あっちに帰ったら、たしなみなんだって……。」
「たしなみって……、どんなダンスするの?」
「社交ダンス」
「しゃ、社交ダンス!?」
「一華って、超がつくお嬢様なの!?」
「違う違う。」「お嬢様じゃない! プリンセスだ!」
「プ、プリンセス!?」
一華は手を振って否定するが、シンは不意に本当の事を漏らしてしまった。シンの言葉に沙羅の眼が輝いた。
「ちょ、ちょっと……シン!」
「あ、悪い。俺たちのプリンセスという意味だ!」
一華は否定するシンの言葉に恥ずかしそうに顔を赤らめた。
「でも、社交ダンスをたしなむって……中世のヨーロッパしか知らないけど……。」と理那。
「今でも欧米であるよ。社交界デビューっていうの!?」
真由がスマホで検索していた。
「あ、それなら、聞いたことある。でも、なんで、急に社交ダンスの特訓って……。」
「3年から特訓を開始するつもりでいたが、引き続き生徒会に残ることにしたからな。定時で帰宅する曜日を充てるため、少し早めることになっただけだ。」
シンが特訓を開始した経緯を説明する。
「で、猫背矯正から始めてるわけで……。これが結構辛くて……。」
「別に社交ダンスを始めなくても、基本姿勢に矯正することは早いに越したことは無い。お前たちも始めるか!?」
シンの特訓と聞いてきついイメージを想像していた理那だったが、興味には勝てずに聞いてみた。
「ち、ちなみにどんな矯正方法なの?」
「難しい事ではない。まずは、壁伝いに、かかと、お尻、肩甲骨、後頭部をつけて立つ。腰の隙間には手のひらがギリギリ入るくらいだ。頭の上から吊られてるイメージをする。そこからそのままの姿勢で踏み出す。その姿勢が自然とできるようにする。」
理那と真由、沙羅に真凛の4人は、シンの解説通りに、壁伝いに、かかと、お尻、肩甲骨、後頭部をつけて立ち、そこから歩き出すを繰り返した。
「その姿勢を授業中もキープする。それから、バックエクステンションだ!」
「ばっくえくすてんしょん?」
初めて聞く言葉に脳内ははてなマークが浮かんでいる理那。
「床にうつ伏せになり、上体を反らすトレーニングだ。腕は足側へ肘を伸ばして床から浮かせ、肩甲骨を寄せて引き締める。上体を反らしたまま30秒間キープを3セットする。腰を痛めないよう、これを週2日、間隔をあけて背筋を鍛える。これなら、受験勉強の合間にも出来るし、気分転換にもなるだろ!」
「うん。これぐらいならできそうかも!」
「一華はこれを毎日やってるの?」
「猫背矯正は毎日、四六時中意識させられていて、気を抜くとシンの注意が入る……。バックエクステンションは週2回。他に基本のステップを体で覚えるように毎日。」
「基本のステップって? ちょっと見せてよ!」
「変でも、笑わないでよ……?」
一華は少し照れながら椅子から立ち上がり、少しスペースのある場所に移動した。
独特の歌でリズムを取りながら基本のステップを踏んでいく。
「ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ。」
一華は2回りしてステップを終えた。
「これが基本。まだこれだけ!」
「どうするの? 教えて!」
理那は一華の隣に立ち、一華に合わせて足を動かす。
「左足を後ろに下げて、右足を横に開いて、左足を揃える。……で、右足を前に出して、左足を横に開いて、右足を揃える。を繰り返す!」
一華はステップを踏みながら説明した。理那は一華が説明したことを思い出しながら、足を動かす。
「えーっと、1で左足を後ろに引いて、2で横に開いて、3で揃える。1で右足を前に出す。2で横に開いて、3で揃える。」
今度はカウントしながらステップを踏んでみる。
「1、2、3、1、2、3、1、2、あー、開くのを忘れて揃えちゃうよ。」
「でしょー。だから、ズンチャッチャッってリズムを取るとミスりにくいの!」
一華と同じところでミスる理那に独特の歌でリズムを取りながらステップを踏むことを教える。
「ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ。」
「ほんと、足が動く。1、2、3ってカウント取ると同時に脳内で考えるから間違うのかも!?」
「覚えたら2人でホールドしてステップを踏むの。」
「ホールドって?」
「シンも立って。」
シンは、座って一華が理那たちに教えているのを静かに見ていたが、立ち上がり、一華の正面に立った。
そこからはシンが説明する。
ちょっとした「社交ダンス教室」と化した生徒会室。
「まずは、足を軽く開いて基本姿勢で立つ。目線の高さで女子の右手を左手で握る。女子は左手を男子の右肩の三角筋に添える。男子は背中に手を回して、女子の左腕を補助する。」
「簡単に説明したが、正しいホールドを覚えるなら、詳細に説明するがどうする?」
「大丈夫。どんなのか知りたかっただけだから。でも、身長差があるから、一華、腕大丈夫?」
「練習中はシンが膝曲げてくれるし、実際はハイヒール履くから大丈夫みたい。」
「そうなの? ちょっと、そのまま二人でやってみて。」
理那に言われて、一華がリズムを取る。
「さんはい。ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ。ってこんな感じ。」
一華とシンは、ステップを2回りしたところで終えて席に戻った。
「まだ、他にも覚えることあるんだよね!?」
「ナチュラルターン、リバースターン、ハイスク、シャッセの4つだ。」
「えーっ? まだあるの!?」
「クローズド・チェンジは基本中の基本だ!」
シンの悪魔のような囁きに一華は驚愕の声を上げた。
「あのう、ダンスって必修じゃないですか!?」
黙って見ていた宗一郎が真剣なまなざしで口を開いた。
「社交ダンスを選択科目にできないでしょうか?」
「えっ? 授業として習うって事?」
まさかの提案に驚くメンバー達。
「はっきり言って、今の必修ダンスって卒業後に役立たないじゃないですか!?」
「まぁ、確かに……。」
「姿勢は良くなるし、それに社交ダンスが踊れるのってカッコよくないですか?」
「社交ダンスは、姿勢が良くなるだけじゃなく、相手への思いやりや気遣い、コミュニケーション能力が必要になる。マナーも向上するからな。踊れて悪い所は一切ない。」
シンは社交ダンスが最上級のダンスだと言わんばかりに熱く語った。
「来年度からでも選択科目にできるよう要望したいです。」
「となると、宗一郎が生徒会長に就任してからでは遅い。講師の手配も必要になる。要望書は宗一郎が作成しろ。今期の生徒会で提出してやる!」
「ありがとうございます。案が出来たら、お昼休みに伺っても大丈夫ですか?」
「あぁ、添削してやると言いたいが、前回の要望書も修正する箇所はなかったぞ。自分達だけで作成して見ろ。」
「わかりました。来週の定例会でお持ちします。」
久しぶりの生徒会でなかなか重い腰をあげることが出来なかったメンバー達。宗一郎の要望にようやく重い腰をあげて帰路についた。




