第117話 ズンチャッチャツ
次期生徒会メンバーも決まり、通常なら引継ぎが行われるはずの生徒会室。
「通常なら、ただいまより引継ぎを行うのだが……、必要ないな!」
「必要ないんですか!?」
「ないだろ。卒業式を残すだけで、今まで一緒にやってきたんだから……。宗一郎の好きにやればいい!」
「わかりました。」
「ということで、卒業式前まで、定例業務のみの週1回集合だ。」
「えーっ? 毎日、会えないんですか?」
沙羅が悲鳴に近い叫び声をあげる。その横で真凛もありえないというような顔をしている。
「この前、進路希望調査があっただろ。」
「はい。」
「来年、最終確認がある。希望するクラスに割り振られるよう今が正念場だ。」
「それは、学部や志望大学が同じなら同じクラスになれるという事ですか!?」
「そうだ。俺と一華は理学部志望として進路希望を出した。……で同じクラスだ。文系でも難易度別にクラス分けしている。」
「勉強に専念しろ!」
「わかりました。」
◇◆◇
生徒会主導の年間行事も残すところ卒業式のみとなったため、定例会のある曜日を除いては、授業が終われば早々に帰宅するシンと一華。
久しぶりにゆっくりとした時間が流れているリビング。シンが唐突に告げた。
「一華、生徒会も落ち着いて、時間が出来た。今のうちに特訓を開始する。」
一華は持っていたマグカップを落としそうになる。
「えっ? 特訓って!?」
「ダンスだ!」
「ダ、ダンス!?」
一華がひっくり返りそうな声を出す。
「何でいきなりダンスって……。」
「魔界ではダンスがあらゆる場面で繰り広げられる。魔族のたしなみだ。」
「たしなみって……、どんなダンス?」
「人間界で言うならソシアルダンスとでも言うのか!?」
「ソシアルダンス?」
一華は聞きなれない言葉に脳内ははてなマークが浮かんでいる。
「社交ダンスの方がわかりやすいか!?」
「しゃ、社交ダンス!?」
また、一華がひっくり返りそうな声を出す。
「この私が? 社交ダンス!? あははは」
一華は社交ダンスを優雅に踊る姿をイメージする……笑うしかなかった。イメージと現実のギャップがあり過ぎる。
「……できないよ……そんなの。」
「だから、特訓をするんだよ。」
「……う、ん、シンは踊った時あるの?」
「ない……特訓だけはさせられていた。」
「魔界って中世のヨーロッパみたいな感じなの?」
「近いな。この国ほど近代的じゃないが、多少近代的にした感じだな。」
「シンの魔力で私を踊らせることはできないの?」
「できないことはない。……が、俺以外とは踊れないぞ!」
「べ、別に他の人と踊るなんてないでしょ!」
「いや、叔父上とは踊ることになる!」
「えーっ? パパとも踊るの?」
「あぁ」
「なら、パパにも魔力で踊らせてってお願いする。」
「それでもいいが、基本姿勢と基本のステップは覚えておいた方がいい。」
「……わかったよ。教えて。」
一華は観念して手ほどきを受けることにした。
一華とシンはソファから立ち上がり、ダイニングとソファの間の広いスペースに移動する。
「まずは、基本姿勢からだ。足を軽く開いて立つ。」
「こう?」
「足裏全体で床を感じろ。」
「うん」
「次に背筋を伸ばして、頭をまっすぐ保つ。頭の上から糸で吊られている感覚だ。」
「こうかな!?」
「自然と胸が開き、呼吸もしやすくなる。」
シンの指導は適格だ。一華が意識して背を伸ばすと自然と胸が開いた。
「うん。そんな感じする。」
「次はホールドだ。」
「ホールド?」
「あぁ、組み方だ。まずは右手を目線の高さにあげ、俺の左手を握る。」
「うん、こう?」
「次は、左手を俺の右の三角筋に添える。ここらへんだ。」
シンは一華の右の三角筋を叩いて位置を示す。
一華はシンが示した位置に左手を添えると、シンは一華の背中に手を回した。
「これが基本のホールドだが……、身長差がありすぎるな。辛くないか!?」
「ちょっと、左腕が辛いかも……。」
「俺が膝を曲げて合わせるが、実際、ダンスの時は一華がハイヒールを履くことになるから、身長差は多少解消される。」
シンが膝を曲げ腰を落とすと、二人の視線が重なった。一華の心臓がトクンと跳ねる。
「そうだ……、ハイヒール履いて踊るんだよね……、踊れるかな!?」
「ダンス用シューズでも履いて練習だな。」
「でも、フローリングにハイヒールで踊ると、下の階に響くよね。」
「クッションマットでも買ってくるか!? それまでは、履かずに練習だ。」
「今から基本のステップを教える。俺が右足で踏み込む、一華は左足を後ろに一歩引く。」
「こう?」
「次に、後ろに下がったら、右足を横に開く。」
「最後に左足を揃えるまでが基本のクローズド・チェンジの後退ステップだ。」
「俺がしたのがクローズド・チェンジの前進ステップ。右足で踏み込み、左足を横に開いて、右足を揃える。」
「あと、ターンのステップなどもあるが、後は俺がリードする。一華は俺に合わせて動くことになる。」
「えーっ? 私が合わすの? 今までシンが合わせてくれてたのにー???」
「大丈夫だ。自然と動くようになる。」
「ねぇ、ちょっと休んでいい?」
「もう、限界か!?」
「基本姿勢って疲れるよ……。」
一華はソファに思いっきりもたれかかった。
「まずは、基本姿勢が自然とできるようにするところからだな。壁にかかと、お尻、肩甲骨、後頭部をつけて立つ。腰の隙間には手のひらがギリギリ入るくらいだ。正しいラインを覚えさせて歩き出す練習をしろ。」
一華はソファから立ち上がり、シンに言われた通り、壁伝いに立った。
「こう?」
「そのまま前に歩いてみろ!」
一華は壁にかかと、お尻、肩甲骨、後頭部をつけた状態から前に踏み出した。
「なんか、今まで歩いてた時の感じと違う……。」
「体幹を使ってなかったんだろ。背筋が弱く猫背になっていた。」
「そうなんだ……、自分ではまっすぐ立っていたと思ってたんだけど……。」
「毎日、壁伝いに立って姿勢を矯正後、踏み出す練習をすれば解消するだろ! 授業中も姿勢を意識しろ!」
「えーっ? 授業もこの姿勢で受けるの?」
「あぁ、何事も基本的な姿勢を保つことは大切だ。魔界ではラーメンを食べるような姿勢では食事はしない!」
一華はナイフとフォークで食事する姿を想像して、ジェスチャーでシンに聞いた。
「もしかして、あっちの食事って……これ?」
「そうだ。箸は使用しない。」
「うっそ……。王族なんだから箸使わせてくれないかなぁ?」
「それは、一華が魔界に行ってから考えればいい。」
シンは脱線した話をダンスの特訓に戻した。
「それから、背筋を鍛えるためにバックエクステンションを行うこと。」
「ばっくえくすてんしょんって?」
シンがお手本を見せながら説明する。
「床にうつ伏せになって、上体を反らすトレーニングだ。腕はこう、足側へ肘を伸ばして床から浮かせ、肩甲骨を寄せて引き締める。上体を反らしたまま30秒間キープを3セット、やり過ぎで腰を痛めないよう、曜日を決めて週に2日程度行う。」
一華はカーペットの上にうつ伏せになり、上体を反らす。肘を伸ばして、肩甲骨を引き締める。
「シン、足が浮いて、上体を反らせないよ。」
シンは一華の足首を両手で優しく押さえる。
「無理に反らせなくていいから、肩甲骨を引き締めることに意識を向けろ。それで30秒間キープだ!」
「うん。」
3セット終わった。
「キープするの結構きつい……。社交ダンスする人達ってこんなに筋肉必要なの?」
「美しい姿勢は、強靭な体幹から生まれる。あとは、基本ステップの後退ステップ、前進ステップを自然とできるように体に覚えさせろ。」
一華はカーペットから立ち上がり、一人でステップの練習をしてみた。
「左足を後ろに下げて、右足を横に開いて、左足を揃える。……で、右足を前に出して、左足を横に開いて、右足を揃える。を繰り返す!」
「そうだ。」
「1、2、3、1、2、3、1、2、あー……。頭で考えながらでも、横に開く足をつい揃えちゃうよー……。」
「1、2、3、1、2、3、1、2、3、1、2、3。今度は上手くいった。」
「頭で考えるな。体でリズムを刻め。」
「ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッって感じ?」
「なんだ、その奇妙な歌は……!?」
シンは目を大きく開き、鳩が豆鉄砲を食らったような表情をしている。
「確か、そんなリズムの音楽あったと思うけど……!? でも、リズムは合ってるよね!」
「あぁ、合ってる。」
シンはいつもの冷静な表情に戻った。
「ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ…………ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ」
一華は独特の歌に合わせてステップを踏んでいく。
「なんか、1、2、3てカウントするより、ズンチャッチャッって言う方がミスしないよ……。」
サンは一華の奇妙な歌に反応してこたつから顔だけを出してきた。
「にゃにゃ-ん?……(にゃに、やってるにゃ!?)」
「ダンスの特訓だよ。サンちゃんも一緒にやってみない!?」
サンはこたつから出て一華の前にちょこんと座った。
「左足を後ろに下げて、右足を横に開いて、左足を揃える。……で、右足を前に出して、左足を横に開いて、右足を揃える。を繰り返すんだけど……サンちゃんは前足と後ろ足を同時に動かすと、立たなくてもできるんじゃない!?」
「こうだよ。ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ。やってみて。」
「にゃんにゃ。……(こうにゃか?)」「にゃんにゃっにゃっ、にゃんにゃっにゃっ、にゃんにゃっにゃっ、にゃんにゃっにゃっ」
「そうそう、サンちゃん上手上手!」
一華は手を叩いて褒めてあげる。
「にゃん、にゃんにゃ。……(できたにゃ! 俺も一華と踊るにゃ!)」
「一華のパートナーは俺だ! サンには帰ったらパートナー探してやる。特訓だけしてろ!」
シンは嫉妬してサンを牽制した。
「サンちゃん、良かったね! それまで一緒に特訓しようね!」
「さんはい! ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ…………ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ。」
サンは一華の歌に合わせて一緒にステップを踏んでいく。
「一華、合わせてみるか!?」
「うん。」
一華とシンはホールドして準備する。一華の歌に合わせてステップを踏む。
「さんはい! ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ…………ズンチャッチャッ、ズンチャッチャッ……。」
「できたよね!?」
「あぁ、基本のクローズド・チェンジは大丈夫だな! 今日はここまでだ!」
サンは一華とシンと一緒に、ステップを踏んでいたが、終わるとこたつに潜りこんだ。




