第11話 遊園地
入学式から怒涛の1週間が終わったー。明日は初めての休日だー。
一華は自宅でゆっくりするより、出掛けたい。遊園地に行きたいと思っている。
シンはそんな一華の顔を見て、彼女の疲労とストレスが溜まっていることを読み取る。
自宅に引きこもるのは、精神の安定に良くない、魔力暴走のリスクを減らすためにも、気晴らしに行くべきだと遊園地へ行くことを了承した。
◇◆◇
遊園地当日。朝早くから朝食を済ませた。
一華はフリルニットに淡い花柄のフレアスカートという、一番可愛らしい姿で現れた。
シンは一華を見て、思わず立ち止まる。
(かわいい)
一華は少し照れながらシンに
「どうかな、シン? 動きやすい格好にしたんだけど。」
「うん、すごく似合ってる。かわいいよ。」
シンは、黒のシンプルなTシャツにパーカー、ジーンズという出で立ち。制服よりもさらに彼の鍛えられた体躯と、端正な顔立ちが際立ち、まるでファッション雑誌から抜け出てきたモデルのようだった。
一華は、シンを見上げ、内心で舌を巻く。
(モデル並みだな。やばい、女子の目が怖いかも……)
「シンも似合ってるよ。」
支度を済ませた一華とシンは、予定よりも早く家を出た。
二人は並んで駅まで歩き、電車に乗り込む。横並びに座った二人は、約1時間の乗車時間、車窓から見える景色を眺めた。普段見慣れた景色も、非日常のワクワク感で輝いて見えた。
遊園地に着くと、シンはすぐに2人分のチケットを購入し、入場した。
「早めに着いたから、結構乗れるかな?」
一華はすでに興奮気味だ。
「ジェットコースター乗りたい! 一番のスリルを最初に味わっちゃおう!」
(……まぁ、大丈夫だろ。何かあればすぐに制御する。)
シンは一華の魔力の揺らぎを感知しつつも了承した。
一華はシンの腕を掴み、ジェットコースター乗り場へ速足で急ぐ。シンは、一華の熱を帯びた手が触れていることに気づきながらも、黙って任務を優先し、ついていった。
待ち時間なくすぐ順番が来て、運良く一番前の席に案内された。
「すぐ乗れるなんてラッキー! しかも一番前だよ!」
一華は興奮しながらも、冷静にスカートがめくれないようにした。
安全バーが下ろされ、ジェットコースターがゆっくりと滑り出して行く。カタカタカタと最高地点まで上がっていき、頂上に来た途端、問答無用の急降下!
「キャーッ!」
一華は興奮と恐怖で叫び声をあげる。
シンは一華の悲鳴を聞きながら、全身に初めての衝撃を受けていた。シンの体には、魔界での鍛錬や戦いでさえ経験したことのない、純粋な加速と重力の乱暴な力がかかる。
シンは結界を張ろうと魔力を集中したが、物理的なGの強さに思考が追いつかず、声も出ないまま、ただシートに押し付けられていた。
ジェットコースターが停止線にカタカタカタと滑り込み、止まって二人は降りた。
興奮冷めやらぬまま、心配そうにシンの顔を見る一華。
「シン、大丈夫? 顔真っ青だよ!」
シンは 息を整えて、ゆっくりと吐き出す。
「初めての衝撃だ。何もできなかった。制御どころか、結界を張り直すことも一瞬できなかった。」
「えっ、結界解けてたの!?」
「無念だ。」
一華は、心配するより先に笑い出す。
「はははは、まあ、何事もなかったんだから、よかったよ! 結界を張らずに済むなら、シンにとってもストレス解消にいいんじゃない?」
一華の明るさに、肩の力が抜けるのを感じるシン。
「そうだな。そういうことで納得させよう。」
「次、行ける?」
一華は次の乗り物へと視線を移した。
「大丈夫だ。次はどこ行きたい?」
「メリーゴーランド!」
「よし、行こう。」
シンは離れないようにと自然な流れで一華の手をそっと取り、メリーゴーランド乗り場まで向かう。そこは親子連れが多く、穏やかな雰囲気だった。
少し待って順番が来たが、一華はシンの手を離し、フェンスの外の方へと向かった。
「シンだけ乗って。」
「俺だけ?」
「うん。あれに乗って。」
シンは戸惑いつつも、一華が指をさした白馬に跨った。
メリーゴーランドが優雅に動き出すと、一華はスマホを取り出し、白馬に乗ったシンを動画で映し出した。
自分一人だけが乗るという事に、恥ずかしく思いながらも降りることができず、一華の顔が見えるたびに顔を向けてひたすら止まることを願った。
降りてきたシンに、一華は撮ったばかりのスマホ画面を見せる。
「これこれ! 白馬に乗った王子様!(新さん)」
「ママとパパに見せるの。」と楽しそうに言う。
シンは、一華の笑顔と、動画に映る自分が「白馬の王子」という比喩で呼ばれたことに、何も言えずに顔を真っ赤にして照れた。
シンは無理やり平静を取り戻す。
「もう一か所行くか、早めのランチにするか?」
「最後に観覧車乗りたい! ここのって大きいから、遠いところまで見れるんだよ。その前に早めにランチしないと、いっぱいで席に座れなくなるかもね。」
「じゃあ、ランチしよう。乗り足りなければ、この後、また乗ればいいし。」
二人はレストランへ行き、すぐに席に案内された。
「何にする?」
「いつも食べられないものを選ぶ方がいい。栄養補給と、人間界の食文化の学習だ。」
「そっかぁ。いつも食べられないものは……と。あっ、これは?」
ビーフシチューのオムライスの写真を指さす。
「ビーフシチューのオムライスか。美味しそうだな。」
「ねぇ、別々のもの頼んで、半分こしない?」
シンは、「半分こ」という言葉に、昨日まで感じたことのない親密な響きを感じ、再び顔を真っ赤にした。
必死で平静を装う。
「他に食べたいものは?」
「パスタ! 春野菜いっぱいのカルボナーラか、単品のチキンのグリル焼き。」
「全部頼んで、後で取り換えよう。」
注文を終え、料理が運ばれてきた。シンはオムライス、一華はパスタから食べる。チキンのグリル焼きは取り分けられやすいよう一口サイズに切られていた。
「このチキンのグリル焼き美味しいね!」
「家で作るのは難しそうだな。」
「焼くだけじゃないからね。」
「オムライスも美味しいぞ。ビーフシチューがいい味出してる。」
「カルボナーラも春キャベツがシャキシャキで甘くておいしいよ。」
オムライスはシンに多めに食べてもらったところで、二人の皿を入れ替えた。
「ほんと、オムライス美味しいね。私、ケチャップよりこっちの方が好き。」
「好きなら、もっと残した方が良かったんじゃ?」
「ううん、パスタもチキンも食べたから、お腹の隙間もなくなってきてる……大丈夫。このくらいの量がちょうどいい。」
「そうか。なら良かった。カルボナーラも美味いな。どれも家で作るにはレベルが高いな。」
「今度出かけた時は、参考にできそうなものとか食べるの、いいよね。」
「そうだな。」
食事を終えた二人は、お腹いっぱいになり、休憩もかねて観覧車の乗り場へゆっくりと歩いていく。
乗り場にたどり着くと、程なくして空のゴンドラが下りてきた。
二人はゴンドラ内に案内され、ゆっくりと上がっていく。
「だんだん遠くが見えてきた~! すごーい、遠くに海も見えるよ~!」
シンは周囲の結界をチェックする。
「ここでは、魔力の揺らぎを心配する必要はないな。」
「うん。人が小さーい! ジオラマみたいだよー。」
「高いところ、大丈夫なのか?」
「うん。今日は一人じゃないし大丈夫! 風も強くないから、ゴンドラ揺れてないし。」
頂上にゴンドラが位置する。一華はドキドキしながら聞く。
「ねぇ、シン。魔界には遊園地ってある?」
「魔界に遊園地はないな。」
「ないんだー……。(魔力で遊園地作れないかなぁ……)」
一華は魔界でも遊園地が作れたら、変身を気にせず遊びまくれるのになと思っていた。
「この国では、観覧車の頂上に伝わる伝説とかってあるんだって。」
「伝説があるのか?」
「……私も詳しく知らないけど、伝説があるっていう噂を聞いたことがあるだけなんだよね。」
一華はごまかした。
ゴンドラはゆっくりと下りていった。
ゴンドラが下につき、鍵が開けられ、二人は降りた。
「まだ時間あるけど、他に乗りたいものあるか?」
パンフレットを見ながら、
「他だと、ゴーカートやお化け屋敷とかあるけど……。」
「お化け屋敷?」
「うん。真っ暗にした室内を歩く途中にお化けが出てきて、怖いんだよ。好きな人は入るね。」
「一華は嫌いか?」
「一人では怖いから入らない。シンが一緒ならいいけど……。」
「人間界のお化けか体験してみたい。いいか?」
シンは人間界のお化けに興味津々だ。
一華はシンの大きく見開いた目をみつめ、付き合うことにした。
「いいよ。行こう!」
お化け屋敷の入口まで向かい、すぐに案内された。
一華は入口の暗がりを見て、小声で言う。
「怖いから、手、繋いでもらってもいい?」
シンは一瞬も迷わず、黙って一華の手をとった。シンの大きな手のひらは、一華の小さな手を完全に包み込んだ。
一華はシンに身をぴったりくっつけ、一緒に歩いていく。時々、お化けや仕掛けが急に現れ、そのたびに一華は「キャー!」と叫び、シンに強くしがみつく。
血まみれの演出が気味悪く、怖さを助長し、一華は涙が溢れそうになる。シンはそんな一華を守りながら、結界を緩めないように、黙って一華の手を引き続けた。
(人間界のお化けは気味悪いな!怖くはないが……一華の魔力は……と不思議と安定してるな!)
ようやく出口まで来て、外へ出た。安堵の光が差す。
一華は大きく息を吐きながら「こわかったー! 本当に怖かった!」と吐き出す。
シンは 繋いだ手を離さず、一華の顔を見つめる。シンの瞳には、涙で濡れた一華の顔が映っている。
「涙、出てるぞ。」
一華は自分の顔に触れ、涙を拭いながら反論する。
「だってー! こんなに怖いものとは思わなかったし……。シンがいなかったら、まだ出られてなかったかも……。」
一華は、恐怖と安堵で、シンの手を握る力が無意識に強くなっていた。
シンは声に優しさを滲ませる。シンの心の中では、護衛の任務が100%成功したという強い満足感が湧き上がっていた。一華の弱い部分を、自分だけが知っているという独占欲にも似た感情も湧いていた。
「ハハ。そんなに怖がりとは思わなかったよ。魔界ではどうするんだ?」
一華は顔を真っ赤にして、そっぽを向く。情けない姿を見せた恥ずかしさと、シンが自分を笑ったことへの照れが混じっている。
「知らない!」
一華が顔をそむけたことで、その真っ赤な耳と首筋がよく見えた。シンの心臓がわずかに跳ねる。
(こういうとこもかわいいなぁ)
シンは、繋がれた手の温もりを確かめるように、わずかに握り返した。冷静さを取り戻し、任務の続行を促す。
「もう怖い思いは十分しただろう。帰ろうか?」
一華は繋がれた手を意識し、顔の火照りがさらに増す。シンが手を離さないことに、特別な意味を感じてしまう。
「そうだね。思いっきり叫んだから疲れたし、帰りにスーパーも寄って買い物してこ。」
「承知した。」
二人は、繋がれた手をそのままに、遊園地の出口へと歩き始めた。
シンは手を離すという選択肢が、頭から消えていた。
出口に向かう間、二人の会話は途切れたままだったが、繋がれた手だけが、二人の間の言葉にならない感情を、強く、静かに伝え合っていた。




