第100話 修学旅行【3日目】
修学旅行の3日目の朝。朝食会場だ。このホテルでは大広間に全員分の席が用意されており、既にテーブルの上には豪華な朝食が一人ひとり並んでいる。
一華とシンは並んでテーブルに着いた。その前に浩輔と理那、真由と直哉が並んで座った。
一華は浩輔の顔を見る。憑き物が落ちたような清々しい表情だ。理那の方も、昨日の事がなかったような感じがする。
「浩輔君、よく眠れた?」
「あぁ、ぐっすりだ。部屋に戻ったら、急になんであんなことを口走ったのか……思うようになって、理那には謝ったから、もう大丈夫だ。昨夜は悪かったな。」
「良かった。今日はテーマパークだから、みんなで回ろうね。」
「あぁ。」
「***(シン、浄化できてた! 浄化の魔力、覚醒してたんだよ、私。)***」
「***(これで、サンの浄化も大丈夫だな!)***」
「***(うん。シンも抑えられなくなったら言ってね。私が浄化してあげる!)***」
一華の無邪気なテレパシーに、シンは薄笑いを浮かべた。
「***(俺に浄化の魔力は効かない!)***」
「***(えっ?)***」
「***(浄化と言う名の洗脳を回避するため、俺ら王族に浄化の魔力は効かない!)***」
「***(私、襲われちゃうの?)***」
「***(まぁ、そういうことになるが……、約束した通り卒業までは手出しはしない!)***」
一華とシンは、お互いの顔を見つめながらテレパシーで会話をしていた。
「お前ら、朝から見つめ合って、ラブラブか!?」
早速、浩輔が突っ込んでくる。シンは浩輔に顔を向ける。
「早速、冷やかしか!? 俺が羨ましいだけか!」
「冷やかしだな!」
「お前、完全に復活したな!?」
「あぁ、一皮むけたぜー。」
「脱皮か!? お前、甲殻類か?」
「もう、二人とも、早く食べないと置いて行かれるよ。」
理那がとうとう我慢できずに二人を窘める。
「***(シンが浩輔君の軽口に付き合うから……。)***」
「***(浩輔に付き合うのも楽しいんだよ!)***」
◇◆◇
一華が楽しみにしていたテーマパーク。出口に止まっているバスに、集合時間までに戻ってくるまでが自由時間だ。
朝はアトラクションを回ることにした。
六人乗りのトロッコに乗って各キャラクターの世界観を見て回るアトラクションだ。トロッコの一列目には浩輔と理那、二列目に直哉と真由、そして最後尾に一華とシン。
ゆっくりと滑り出したトロッコは各キャラクターの横を通り抜けて行く。一華はその可愛い世界観に夢中になっている。徐々に出口に近づいているはずが、一向に明るい外の光が見えない。が徐々にトロッコは確実に出口へと近づいて行っていた。
急に向きを変えたと思ったら、暗闇を抜け、明るい光が一華の瞳に差し込んだ。その時、ジェットコースターのようなスピードでトロッコは落ちて行った。
「キャー!」
一華はキャラクターの世界観に見とれていて忘れていた。徐々にトロッコは昇って行き、最後は水面に向かって急降下することを。
「ザッパーン!」
思いっきり水しぶきが上がった。一番前の浩輔と理那に水しぶきが直撃した。その後ろの直哉と真由にも水しぶきがかかった。3列目の一華とシンは、多少濡れたが、前の四人程ではなかった。
水面を流れるようにトロッコは元の発着場に戻って来た。ずぶ濡れになった六人は出口に向かった。その先ではトロッコで急降下している時のライドフォトが表示されていた。
一華は想定外の浮遊感に、恐怖で隣のシンの腕に全力でしがみ付いている所がばっちりと撮影されていた。隣のシンはというと一度ジェットコースターを経験済とあって、それを平然と受け止めている姿が写しだされている。他の四人も顔はばっちりだ。
「一華、大丈夫か? しがみ付くほど、怖くなかっただろ。」
シンは前は一華がしがみ付いてくるほど、ジェットコースターを怖がっていなかったことを思い出して心配になった。
一華は恐怖の浮遊感を体験してしまい、放心状態だ。
「……ふぅ……、落ちるの、忘れてた……。」
「撮影のことも忘れてたか?」
「……忘れてた。」
「顔写ってないけど、どうする? 買うか?」
「買う。」
一華は顔が写ってなくても購入する事には問題なかった。1枚購入して支払いはシンがした。
写真を受け取った一華は、改めて見る自分の写った姿に笑いが込み上げて来た。
そんな一華を見たシンは(一華が壊れてしまった)と思い心配する。
「一華、どこかで休むか?」
一笑いした一華は、浩輔達四人がずぶ濡れになっている姿をようやく目にした。
「うん。四人ともずぶ濡れだから、ちょっと乾燥がてら、何か食べない?」
今日は遊園地日和というぐらいの快晴だ。陽に当たっていれば、いずれ乾くだろうと思いみんなを誘った。
昼食を取った後もアトラクションを楽しんだ一行は、お土産を探すことにした。
「1年生メンバーにお土産買いたいんだけど……。」
一華がみんなに向けて言う。理那が反応した。
「そうだよね。何がいいかな?」
「個包装だと生徒会室用にすれば、私たちも一緒に食べられるから、数があるのにしようよ。」
女子三人だけで探し回るのを男子三人がついて回る光景は、よそから見るとおかしな光景に見える。
キャラクターの焼き印が押されているバナナ型のミルクまんじゅうに決めると、後ろにいた男子三人組に向いた。
「生徒会のお土産、これでいい?」
「「「あぁ」」」
六人で割り勘すれば、安いものだ。
後は、各々お土産を探していく。一華とシンはぬいぐるみの売り場に来ていた。
「シン、サンちゃんのお土産、サメのぬいぐるみがいいんだけど……これ、どうかな。」
「レッサーパンダのぬいぐるみは興味しめしてなかったが……?」
「魚だから、狩猟本能が目覚めるかもよ?」
「なら、買って帰るか!?」
「じゃぁ、これと……私はどうしようかなぁ……。」
「一華も買うのか?」
「抱き枕に丁度良さそうじゃない?」
「……抱き枕……、必要か???」
「シン、なんか、変な想像してない???」
「べ、べつに……。」
シンは(邪魔だな)と思っていた。
「こんな大きいのをどうやって持って帰るんだ?」
「……無理かぁ。やっぱ、大きさ変える事ができるようになれば便利なのにな!」
「ここで、大きさを変えることは出来ないぞ。」
「うん、これは諦める。」
一華は抱きしめていたサメのぬいぐるみを棚に戻した。
お土産も買って、テーマパークを思いっきり楽しんだ一行は、後ろ髪をひかれつつも、出口に向かった。
最後の夜を迎えるホテルに向けてバスは発車する。
ホテルに到着すると、案の定、生徒会長のシンが学年主任に呼ばれた。
「まただと。お前と一華でいいな?」
「はい。」
学年主任は、宿泊先の予約に全日程、ミスがあることに腑に落ちていなかった。自分がミスったとは思ってないが、誰がどうすることもできない。偶々、偶然が重なっただけか???、誰かが何かしたのかと不振がっていた。
今夜の一華とシンの部屋は、1日目と同じ程度の部屋だった。
「一華、このホテルでお風呂付は、スウィートルームのみだ。今日はこの部屋で我慢してくれ。」
「充分だよ。昨日が凄すぎたんだよ。」
「今日はシャワーで我慢して、明日帰ったら、ゆっくり入浴しよう。」
「うん。明日、ようやく帰れるんだ。サンちゃん、元気かなぁ?」
「あぁ、猫被って、大人しくしているさ。」
「今日、最後だから生徒会の話し合いするの?」
「また、浩輔に誘われた。」
「また? そう言えば、ゲームコーナーあったよね。」
「エアホッケー。……って何だ?」
「空気で浮いた円盤を手で持った器具で打ち合って、円盤を相手のゴールに入れて点を競うの。……こんな感じ。」
一華はスマホでエアホッケーの動画をシンに見せる。
「まぁ、今回も問題ないな。」
「負けてあげたら?」
「わざとか?」
「うん、浩輔君は、自分が勝つまでシンに挑みそうじゃない。バスケ大会の3年生見たいに。」
「……魔界の戦士としては、負けることはできないな。」
「ゲームと言えど、負けるわけにはいかないかぁ……。」
「あぁ、卒業するまで、俺は全ての勝負に勝ち続ける。魔力を使っても。」
「どうして、そこまでするの?」
「……一華の為だ。」
「私のため?」
「あぁ、俺が全ての勝負に勝てば、一華にちょっかいを出してくる輩がいなくなる。」
「うん、まぁ、弱いと好きになって貰えないと思って諦めるかも……。」
「これからも俺は勝負を挑まれれば買うし、きっちりと勝つ!」
「ふふっ、私は恐れ知らずな人達の身を案じるよ。」
◇◆◇
夕食も食べ終え、シャワーを済ませた一華とシンはゲームコーナーに来ている。
浩輔とシンのエアホッケーの勝負が始まる。誰が教えたのかわからないが、観客も増えてきている。
「始めるか!」
「あぁ、いつでもいいぞ。」
じゃんけんをしてシンが勝った。シンのサーブから始まる。コインを投入し、空気が噴き出した。
シンがパックを打つ。目にも留まらないスピードでゴールに入る。
「はっ?」
浩輔は何も手が出せなかった。悔しながらも浩輔がサーブを打つ。シンにとってはゆっくりとこちらのコートに向かってきているラインが見える。素早くパックを打ち返す。浩輔も反応するが遅かった。ゴールに入ってしまった。
「くそっ」
「浩輔、頭を冷やせ。」
「あぁ?」
浩輔のサーブから始まる。思いっきり打つが、シンの動体視力ではラインがしっかり見えている。難なく打ち返すと、テーブルの端に当たって、浩輔の手の隙間からゴールに入った。
浩輔の頭は血が上り、楽しむ様子はない。シンが一方的にゴールしていくだけだ。まぐれにも防御してラリーできても、シンのゴールを割ることは出来ない。勝負が決まった。案の定、シンの勝ちだ。
もう何を挑んでもシンには勝てない。
が、一華は二人の試合を見ていて、自分もしたくなった。
「私も、したい。シン相手して。」
「あぁ。」
「一華、お前がシンに勝てるはずないだろ!」
浩輔が一華に忠告する。
「どうだろ。やってみないとわかんないじゃない?」
「一華からのサーブでいいぞ。」
シンがコインを投入して空気が噴き出した。
一華がパックをシンに向けて打った。シンにとっては浩輔以上にゆっくりと自分のコートに向かってくるラインが見える。
「***(シン、動かないで)***」
一華がテレパシーでシンの気を引く。
「はっ?」
シンが気付いて手を動かしたときには時すでに遅し、パックはシンのゴールに入って行った。
「***(一華、ずるいぞ。)***」
「キャー、やったー。」
理那と真由が喜んでくれた。
「***(こうでもしなきゃ、勝負にならないでしょ!)***」
「***(お前がその気なら、こっちだって……)***」
シンはパックを打ち込もうとした時
「***(すき……)***」
「っ!?」
シンの手から力が抜けていき、ゆっくりと一華のコートに向かってくる。
「***(ありー!)***」
一華はゆっくりと向かってくるパックを思いっきりシンのゴールに向けて打った。
シンは一華のテレパシーの言葉で動くことが出来ず、パックはゴールへと落ちて行った。
一華の時間差攻撃に自分が意識してしまったことに恥ずかしくなった。
浩輔との勝負では終始クールな態度だったが、一華との勝負が始まると、心穏やかじゃない。顔は真っ赤に染めている。
浩輔をはじめ、観客は何がどうなってるんだと不思議がる。
シンがサーブを打ち込もうと手を動かしたとき、一華が思考を揺さぶる。
「***(シン、今夜は……)***」
また、シンの指先から力が抜ける。ゆっくりとパックが一華に向かってくる。打ち返すとシンのゴール目掛けて一直線に向かっていく。シンが手を伸ばそうとした時
「***(……寝る?)***」
一瞬、シンの手が止まって、パックはすり抜けてゴールに落ちて行く。
観客からはブーイングの嵐だ。
「妹だからと手を抜き過ぎだぞ。」
「ち、違うんだ……。」
シンは一華の顔を見ると、一華が「ニッ」と笑い返した。
シンは悟った。この勝負は一華の勝ちだ。1点も取ることは出来ないと。
「……一華、降参だ……。」
早々に降参してしまったシン。
「えー、まだ終わってないよ。」
「これ以上、続けられない。これで終わりだ。」
シンは試合を放り投げ、一華の腕を取って、自室に戻って行った。
自室に戻った一華とシン。
「楽しかったね。」
部屋に入るなり、一華は屈託のない笑顔をシンに向ける。
「お前、みんなの前で堂々とあんなこと囁いて……、俺をどうする気だ。」
「どうする気も何も、『すきあり』と『今夜は寝る』って言っただけだよ。」
「はっ?」
シンは自分が思っていた言葉と違っていたことに更に顔が赤くなる。
「シン、もしかして、変なこと考えてた?」
「『好き』と『今夜は一緒に寝る』……。」
シンの脳内では自分に都合の良い単語だけを残し、一華が一言も囁いていない単語まで追加していた。
「ははは、作戦成功!」
「い、一華、これで、俺がみんなの前で初めて負けて、降参したんだぞ。どうしてくれる。」
「どうもしない。妹には勝てないって事が知られただけだよ。」
「……」
「だって、昨日は朝からドキドキさせられたから、今日は私がドキドキさせたかったんだもん。ドキドキした?」
「あぁ、ドキドキした。……もう、気持ちが抑えきれない……。」
空気が変わった。
「へっ?」
シンは一華の手を引き、抱き寄せたと思ったら、ベッドに押し倒した。
「ちょ、ちょっと、シン、冗談だよー。」
「一華、俺に浄化の魔力は効かないことは言ったよな。」
「……う、ん」
「お前が火をつけた、この状態をどうする気だ。」
シンの瞳は鋭い光を帯びている。今までに見たことのないシンだ。
「……」
一華の瞳は潤み始めて来た。そんな一華を目にしたシンは我に返る。
「一華、すまない。脅かし過ぎた。」
シンは一華から離れてベッドの端に腰を下ろした。一華も起き上がってベッドに腰掛ける。
一華の目に溜まっていた涙が頬を伝って落ちて行った。
窓の外ではバラバラと雨粒が落ちてきた。
シンは一華の涙を拭いながら
「あんまり、俺を揶揄うな。本当に抑えられなくなる。」
「ごめん。卑怯なやり方だけど、シンに勝ちたかっただけだから。」
「最初に言ってくれていれば、一華だけは手加減する。」
「うん。」
シンは一華が涙を流すほど、自分と同じ気持ちじゃなかったということを感じていた。
「シン、悲しくて泣いたわけじゃないから。急で驚いてびっくりして……その……心づもり出来てなかっただけから……別に嫌というわけじゃなくて……。」
一華はシンが勘違いしないよう涙がでた言い訳を並べる。一生懸命言い訳する一華を見つめるシンから思わず笑みがこぼれる。
居た堪れない空気感を払拭しようと一華はいつもの調子で口を開いた。
「おかげで、シンの弱点、わかっちゃった。」
「ん? 俺の弱点?」
「うん」
「何だ?」
「わ・た・し」
「あぁ、そうだな。俺は一華に弱い!」
「卑怯な真似しなくても、私の勝ちだったんだ。」
シンもようやく、いつもの穏やかな空気を纏った。
「これから、どうするんだ?」
「どうするって?」
「……そのう、一緒に寝るか?」
「遅いからもう寝る!」
一華は赤い顔を隠すように、自分のベッドに潜り込んだ。
シンは残念に思いながら仕方なく、自分のベッドに潜り込んだ。修学旅行最後の夜。窓を叩く雨音を聞きながら二人は眠りに着いた。




