第10話 体育と決定
朝一番で一華とシンは、魔力で「書道」に固定された選択科目の希望用紙を提出した。
もうすぐ4時間目、初めての体育の授業が始まる。生徒たちは体育館横の更衣室へと向かい、男女に分かれて体操服に着替えた。
女子更衣室では、一華が体操服に着替えを終えたところに、クラスの女子生徒AとBが興味津々といった様子で近づいてきた。
「一華ちゃんって、シン君と顔、似てないわよね? クールなシン君と、一華ちゃんの雰囲気、全然違うし。」
女子生徒Aが少し意地悪そうに言ってきた。
一華は、動揺を抑え、笑顔で答える。
「そう? 私はママ似で、シンはパパ似だからじゃない? ほら、よくあるでしょ、どっちかにそっくりって。」
「そうなの? でも、顔の系統が全然違うから、本当に兄妹?って噂されてるよ。」
女子生徒Aは納得がいかない様子だ。
「そうだよ! ちゃんと、両親が海外赴任中の兄と妹だよ。」
一華は悟られないように明るく笑い飛ばす。
「ふーん。でも、べったり付き添ってるよね。休み時間も、シン君、絶対一華ちゃんの周りにいるし。」
女子生徒Bも2人の関係を疑っている。
一華は少し胸がチクリとするが、笑顔を崩さない。
「初めて両親と離れて二人で暮らすから、危なっかしい私が、お兄ちゃんとしては心配なんじゃない? シンは真面目だからね。」
(危なっかしいのは事実だけど、ベッタリなのは護衛任務だから!)と思いながらも、何とか「兄妹設定」を維持した。
◇◆◇
一方、男子更衣室では、シンが着替えを終えたところに、男子生徒AとBが興味本位で話しかけてきた。
「シンの妹って、かわいいな。クラスでも話題になってるぜ。」
男子生徒Aが一華に興味深々だと言わんばかりに声を掛けてきた。
シンは無言で、体操服の裾を整える。無表情だが、内心では(妹ではない、だが否定できない)という葛藤が渦巻いている。
「彼氏とかいんの? あんな美人が一人でいるわけねぇよな。」
男子生徒Bも同じく声を掛けてきた。
シンは、一華の安全と任務の隠蔽のため、あえて事実の半分(婚約)と虚偽(妹設定の延長)を混ぜた。
「婚約者がいる。」
「は? 高校生なのに婚約者って!」
男子生徒Aは婚約者という言葉を聞いて驚いている。
「親が決めたことだ。高校を卒業したら結婚することが決まっている。」
「マジかよ。じゃあ、遊んだりも無理か。」
男子生徒Bは残念がる。
シンは、一華を守る決意を込めて言い放つ。
「一華は遊んだりしない。変な虫がつかないように親から護衛役を任されている。それが俺の役目だ。」
「じゃあ、シンと友達になれば、一華ちゃんとも仲良くなれるな。」
男子生徒Aはシンと友達になることで一華とも仲良くなろうとニヤリと笑う。
シンはハッとする。新たな「接触リスク」の可能性に気づき、言葉に詰まる。
「一華は……」
その時、授業開始のチャイムが鳴り、シンはこれ以上の会話を断ち切り、体育館へと出て行った。
体育の授業は、全員で準備体操を行った後、男女で分かれた。女子生徒は体育館でバスケットボールを、男子生徒は運動場で100m走の記録を取った。
シンは運動場でスタートラインに立つが、心は完全に集中できていない。
(一華の周囲で、「妹ではない」という噂が広まり始めている。そして、僕の口から「婚約者」という、任務上極秘であるはずの情報を漏らしてしまった。)
彼は走りながら、何度も魔力通信回線を通じて一華の結界の安定度を確認する。無事に機能していることは分かっていたが、自分の発言が一華の人間関係のリスクを高めたことに、シンはもやもやとした焦燥感を覚えたまま、体育の授業を受けた。
◇◆◇
お昼休み、二人は教室の席で弁当を開き、更衣室でのやり取りを報告し合った。
「私も『似てない』って言われたよ。でも、『それぞれパパ似・ママ似の兄妹だから当然!』って、うまく言い返しておいた。」
「俺も似たような質問をされた。……俺は『婚約者がいる』と答えておいた。」
一華の箸が止まる。
「はっ!? ……なんでそんなこと言ったの!?」
シンは淡々と正当性を説明した。
「一華に無用な接触を試みる人間を、最も効率的に遠ざけるには、手の届かない存在だと認識させるのが最速だ。俺が一華の護衛という任務も同時に伝えた。」
一華は頬が熱くなるのを感じながら
「そ、そっか……。まあ、確かに誘われなくなるかもだけど……ちょっと恥ずかしいな。」
(シンが、私のために「婚約者」の存在を公言したんだ……。嬉しいような、複雑なような……。)
シンは、一華の赤面には触れず、続けた。
「問題は、俺が『妹の護衛』と公言したため、彼らが俺と仲良くなろうとすることだ。それは新たな接触リスクを生む。」
「まあ、明日からは、べったりしなきゃ大丈夫だよ!」
一華はシンに近づいてくる友達が自分目当てなのが気になった。
(2人とも、このまま友達も作らず、高校生活を終えるのか……)
◇◆◇
午後からの授業も難なく終了し、終業のホームルームで選択科目の結果が貼り出された。担任が貼り紙を指さしながら説明する。
「さて、選択科目の結果です。希望者が多かった科目がありましたが、皆さん、見ておいてください。」
一華とシンは、後ろの掲示板に貼られた紙を見に行った。結果は一目瞭然だった。
選択科目決定クラス名簿
1年A組
書道:一華、シン、他12名……
一華は安堵の息をつき、シンの腕を叩く。
「よし! 書道で決まったね!(小声で)さすがシン、魔力による調整は完璧だね!」
シンは魔力の使用を指摘され、少し耳を赤くしながら小声で言う。
「任務成功だ。これで、授業中に一華と離れるリスクはなくなった。」
◇◆◇
学校の帰り道、二人は早速文房具店に寄り、書道道具一式を購入した。一華の古くなった筆や、シンの分の墨、硯、文鎮などを手際よく選ぶ。
一華は筆を選びながら「ふふ。これで、学校で月を見て黒猫になる心配はなくなったね!」
「油断は禁物だ。次は、習字紙の「月のイラスト」に反応しないか確認する必要がある。」
一華はシンの顔を見つめながら心の中で思う。
(あいかわらず、シンの頭の中は、護衛優先だな……)
その後、スーパーで食材を買い込み、一華はレジ袋を片手に持った。
「ねぇ、シン。昨日、私が『婚約者としてダメだね』って言ったの、覚悟しといてよ。私、お金のことはこれからちゃんと覚えるから!」
シンは一華から重そうな袋を取り上げる。
「承知した。俺は一華の護衛であり、教師でもある。一華が人間界で自立し、魔界の王族として恥じない知性を身につけるようサポートする。婚約者としての問題は、卒業後に議論すればいい。」
シンはそう言って、再び冷静な護衛の壁を築いたが、シンの内側では、一華の無邪気な一言一言が、任務の枠を超えた「未来」への期待として、静かに積み重なっていた。




