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神牛一刀流〜近未来剣客浪漫譚〜  作者: ひろひさ


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27/33

お風呂回という名の水着回

 2075年3月19日、火曜日。午後6時15分。健太郎は義人との壁外任務を終え、自宅へと辿り着いた。


「ただいまー」


 玄関で靴を脱ぎながら居るであろう家人に声を掛ける。


「お帰りー」


「お帰りぃー」

 

 リビングから聞こえてきたのは八重と梓の声だ。


 来てたのか。健太郎はリビングに顔を出し、声を掛ける。


「おお。いらっしゃーい」


「お邪魔してまーす」


「もしかして、今2人だけ?」


 両親はもう帰ってきているのかと思えばまだのようだ。


「うん。先生は遅くなるって。おじさんも外に出てて、いつ戻るかは聞いてないな」


 そんな八重の言葉を受け、健太郎は頷く。


「そっか。ありがとー」


「何かあったの?」


 八重が尋ねる。


「いや何も。忙しそうだなーと思って。またなんかあんのかと、そう思っただけだよ」


「そうだね………忙しそうだよねぇ……」


「ま、多分何もないだろ」


「うん。大丈夫だと思うよ?」


「おう」


 そう言って健太郎はリビングを後にし、手洗いうがいのついでに風呂が洗ってあるか確認しようと洗面所へと向かった。






「ふぅ……」


 風呂を洗い、水を溜め、沸かす。その間に報告書を書き終えた健太郎は夕食前に汗や汚れを落とそうと、風呂に入ることにした。


「あぁー……」


 生き返るぅー……。


 湯船に浸かり、手足を伸ばす。温められたことによる血流の改善で、凝り固まっていた筋肉が徐々にほぐれていく。健太郎はこの感覚が何よりも好きだった。


 昨日の今日で……。今日も疲れたなぁー……。


 昨日は山。今日は荒野。まだ今日の方がマシではあったが疲れは確実に蓄積されている。目を閉じ、頭の中を空っぽにしてお湯に身を預け、しばらくぼーっとしていると、


「失礼しまーす」


 突然、梓が入ってきた。


「はあッ!?」


 目を開き、急ぎ体を叩き起こす。湯気の立ち込める浴室にやってきた梓は長い髪を濡らさないよう纏め上げ、谷間を強調する清楚で可愛らしい白いビキニを着用していた。細くも肉付きの良い手足。くびれた腹。形の良いへそ。いやらしさを籠めて描かれた鼠径部が嫌でも目に飛び込んでくる。


 ネットに溢れかえる情報を目にはしていたのだが、生身から得られる刺激はまるで別物だ。その時なぜか『ミロのヴィーナス』、『ヴィーナスの誕生』が頭の中を通り過ぎる。


 マズイッ!!


 出番か? と顔を出した息子を諫め、落ち着かせようとしている間に梓は迷いなく湯船の中に入ってこようとしていた。しゃがんだことで、Ⅰの字を描く谷間が目の前に飛び込んで来る。


「いや、何してんの!!」


 駄目だよ、駄目!! 手の平を彼女の前に掲げ、その行動を制止した。


「何って……。彼女としてお背中をお流ししようと思いまして……」


「そんなこと頼んでもないし、彼女でもない!!」


 勝手に進化させるなと健太郎は即座に否定する。


「そんなに強く言わないでよ……」


「うっ……」


 目の前で露骨に気落ちし、泣きそうな顔を見せられると、なぜかこちらのせいではないにも関わらず、まるでこちらが悪いことでもしたかなような、なんだか申し訳ない気持ちにさせられるため不思議だ。


「さむい……」


 そりゃそうだと思いつつも両腕を抱える彼女を見て、無下に追い返すことはもうできない。健太郎は仕方がないと諦め、口を開いた。


「ほら、早く入りなよ……」


「え? いいの!?」


 まったく…………。


 パァッとその表情が明るくなる。本当によくコロコロと表情がよく変わるなぁと健太郎は感心した。


「いいよ。早くあったまんなよ…………」


 はぁとたまらず溜息をつく。


「ありがと!! 失礼しまーすっ!!」


 まったく……。子供かよ……。


 わーいと入って来る彼女にそんな感想を抱いた。


「…………」


「…………」


 雫の落ちる音。互いに体育座りをし、触れそうで触れない。そんな微妙な距離感を保っていた。


「……なんだか、こうして一緒にお風呂に入るの、幼稚園以来だね……」


 えへへと照れ臭そうに笑う彼女であったが、健太郎は即座に至って冷静に返答する。


「いや、そんなことした覚えないんだけど」


 勝手に記憶を捏造するな。


「あれ? そうだっけ?」


 キッパリと答える健太郎に梓は1人とぼけた。


「そりゃそうだろ!! 母さんが許す訳ないんだから……」


 あれ? そうすると今の状況って…………。


「…………」


 サァーっと血の気が引いていく。マズイと思い立ち上がろうとするも梓に右腕を掴まれ、逃げられない。


「あ、すごーい。腕ツルツルー」


 鍛え上げた太い腕を彼女の細く長い指先がスリスリと撫でてくる。


「————まあ、剃ってるからね…………」


 仕方ない……。帰ってくる前に出ればいいか…………。


 逃げることを諦めた健太郎は再び湯船へと腰を下ろした。


「見てぇー。私も今日、剃って来たんだぁー」


 見てみて―と、両腕をこちらに突き出してくる。どうしても彼女の方を見るとその谷間が目に飛び込んでくる為、あまりそちらの方に目を向けないよう努力していたのだが、彼女はそんなことはお構いなしに強調させてきていた。


「あーほんとだー。綺麗、きれー……」


 適当に話を合わせるも彼女は納得せず、さらに体を寄せてくる。


「ねぇー。ちゃんと触ってみてよー。頑張ったんだからさぁー」


 ほらぁーと、最終的には体を密着させてきた。


「ホントだー。すべすべ―」


 ――何やってんだろ、俺…………。


 同級生の柔肌を撫でる自分が余りにも情けなく、そして間抜けに思えて仕方がない。


「でしょー」


 えへへーと喜ぶ彼女は可愛らしいとは思うが、先程の仕事以上にどっと疲れを覚え始めていた。


 なんなんだ、今日は……。


 ゆっくり1人で入りたかったのに……。癒しのひと時を奪われはしたものの、自分を好いてくれている梓にはやっぱり強くは怒れない健太郎である。


 粘土で競泳水着のような物を作り、それを身に着けた健太郎は浴槽を出て体を洗うことにした。


「ホント便利な能力だよねー」


 ほえーと感心する梓に健太郎はそうだなーとシャワーを頭に被りながら答える。


「まあ、父さんと母さんのいいとこ取りっちゃあ、いいとこ取りだからなぁ…………」


 「あー確かに。そうだよねー……」


 お湯に肩まで浸かる梓が思い出すかのように呟く。


 健太郎は髪をゴシゴシ洗うと、シャワーでシャンプーを落とし、今度はリンスを髪に付けた。


「いいなー。私もなんかそういう強い能力が欲しかったなー」


 湯船の縁に顎を乗せ、彼女はなんとも無しにぼやきを見せる。


「どうしたんだよ。急に」


 ナイロンタオルにボディソープを付けて体を洗い、洗顔フォームで顔も洗ってから全てを一遍に洗い流す。


「んー? ただ、なんとなくねー。私もさぁ、気とか使えたらまた違ったのかなーなんて思ってさぁー」


「うーん……。そりゃあ、まあねぇ……」


 どうしたんだ、急に?


 何かあったのか? 健太郎はそう考えていた。


「でも梓のだっていい能力だろ? 高い再生能力にそこら辺のヤツらにだったら負けない身体能力。どんな暴飲暴食をしたって失われない肉体美。老化スピードも遅い。『ヴィーナス』、だったろ? ちょーいい能力じゃん」


 彼女の方に視線を向け、事実を羅列するも、


「まーそうなんだけどさー」


 と、どこか納得しない様子を見せる梓である。


「でも同性からは妬まれるし、変なのにばっか好かれるし。好きな人には振り向いて貰えないし。なーんにもいい能力なんかじゃないよ…………」


「うーんまあ、その点に関してはなんにも言えないけど…………」


 しまった。墓穴を掘ったか?


 湯船に戻ろうとしたところで、


「あ、洗うんだった」


 梓はようやく自身の目的を思い出す。


「もう入って出るよ」


 そう言う健太郎に梓は頬を膨らませる。


「もう1回、洗おうよ」


「ヤダよ。なんで2回も洗うんだよ」


「いいじゃん。ケチー」


「ケチでいいですよー」


 危ない、危ない。


 ぼんやりしていて良かったと心の底から思う健太郎であった。




「…………」


 さて、そろそろ出るか…………。 


 そんなことを考えていると、梓はポツリと呟く。


「健くんってさ……。やっちゃんのこと、好きだよね?」


「はぁ? なんだよ急に」


 どうした? その唐突な質問に健太郎は驚きながらも鼻で笑う。


「だってそうじゃん。こんなにも好き好き言ってるのにさ、全然振り向いてくれないし。健くんは絶対、強い女の子が好きなんだよ……」


 しょんぼりとする彼女に健太郎は首を傾げる。


「うーん……。いや、どうだろ…………?」


 強い女の子かぁ…………。考えたこともないな…………。


 一応否定する健太郎ではあるが、うつむく彼女を目にし、慣れないながらも掛ける言葉を丁寧に探していく。


「…………まあ、正直言ってさ。恋愛的な好きって気持ちがよく解らないんだよねぇー…………」


「————ホントに?」


 少し潤んだ目で見上げてくる彼女に思わず心臓がドキリと跳ね上がる。


「ホントだよ。まあ、小さい頃から2代目だなんだって言われてきたからねー……。それでかなぁー…………」


「あー……。まあ、そうだよねー…………」


 難しい立場だよねーと、梓は健太郎に寄り添う。


「やっぱり俺もさ、なんだかんだ言って繊細なところがあるんだよ。そうは見えないかもしれないけどさ。————まあ正直言って、藤村の重圧から逃げ出したいんだよねー……」


「え、そうなの!?」


 健太郎からの初めての告白に梓は素直に驚く。


「そりゃそうだよ。だって母さんみたいにさ、あっち行きこっち行き。会議、会議、会議、会議。そんなの嫌だよ。俺はさ、1人であっちふらふら。こっちふらふらしてる方が性に合ってんだよ。それに、藤村の重圧を大切な人に背負わせたくなんかないのかもねぇー…………」


「…………」


 その真面目なトーンに梓も同調する。


「————だから、恋人はいらないってこと?」


「んーまあ、そうだねぇ……」


 彼女の問いに同意した。


「それもあるし、ほら俺ってさ、よく人から恨みを買うじゃん。だからさ、やっぱり怖いんだよ。大切な人を失う恐ろしさみたいなのがさ。自分が奪う時はなんとも思わないんだけどね…………」


 そんな感じ、と健太郎は話を終える。


「…………」


 黙っちゃった…………。


 まあ、これが俺の本音だしなぁ…………。そう思っていると、梓は口を開く。


「————私、諦めないから」


「え?」


 そう言って梓は健太郎に力強い視線を送る。


「私のこと、好きになってくれるまで絶対に諦めないから!!」


「なんでそんな俺のこと…………」


 健太郎には理解できない。彼女の心に刺さるような出来事があったような覚えもないからだ。


「理由なんてないよ!! 好きなもんは好きなんだもん!! しょうがないじゃん!!」


 彼女の必死な顔を前にどう答えればいいのか見当も付かない。


「…………」


 よし…………。


 困惑している健太郎を見た梓は意を決したような面持ちで突然、彼の体に抱き着いた。


「え!? 梓!?」


 胸の辺りに柔らかい2つの感触を感じる。健太郎は急ぎ彼女の肩を掴み離そうとするも彼女は離れない。


「嫌っ!!」


「いやいやいや、マズイって…………」


 しかし、彼女は少年の言葉を聞き入れる気はないようだ。


「1番じゃなくてもいい…………。やっちゃんのことが好きなら好きでもいい…………。私のこと、本当に好きにならなくてもいい…………。————だから、お願い…………。強くなるから…………。絶対に強くなるから…………。だから、お願い……。私のこと、受け止めて…………。お願いだから、私を独りにしないで…………」


「…………」


 顔を上げた彼女の瞳から落ちる1粒の雫————。その瞬間、彼の心臓が脈を打つ。そして、梓のその瞳から逃れることができなくなっていた。


「…………」


「…………」


 どちらからともなく、互いの顔が近づいていく。気付けばその目を閉じていた。あと、もう少し。あともう少しで互いの唇が重なり合う。まさにその時——————。


 巨大な衝撃音が浴室を襲った。


 何事かと2人して目を開いてみれば、いつの間にか戸を開け、八重が腕を組んで仁王立ちをしている。


「————2人共、何やってんの?」


 軽蔑の視線。ドスの効いた声。透明な拳によって割られた浴室の壁。このままではマズイと理解してはいるのだが、こんな時に限って何も言葉が口から出て来ない。


「ごめん!! やっちゃん!! あともう少し!! あともう少しなの!!」


 強引にキスをしようと、梓が唇を近づけてくる。


「いやいやいやいや!! もう無理!! もう無理!! もう無理だから!!」


 健太郎はなんとか逃れようと必死に体を動かした。しかし、彼女は離れようとはしない。


 きゃあきゃあ言いながらほとんど裸の状態で体を密着させる2人に対し、八重はワナワナと怒りに体を震わせた。


「いい加減にしろォォォーッ!!」


 その言葉と共に八重は不可視の手刀を2人の脳天に叩き込む。


「いっっったぁぁぁッ!!」


「頭、割れるぅぅぅぅ…………」


 こうして2人は八重に平謝りをし、なんとか香織の耳には入れないよう頼みこむのであった。

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