山犬たちが呼んでいる
2075年3月18日、月曜日。午前9時8分。健太郎は八重と共に義人に連れられ、居住区より西側にある山の中を車で走っていた。
目的は『山犬』と名付けられた3頭の巨大化生物の駆除である。大地の舌出現以降、その影響は人のみならず動物たちにも及んでいた。
7人のハンターが犠牲となったこの山犬は当初5頭おり、一昨日、義人がドローンを駆使した3日間の探索の結果、その内の2頭を駆除することに成功。残りの3頭にも深手を負わせることができ、山犬の能力把握と発信機の打ち込みという成果を上げる。その為、上からの指示もあり、一度下山したところまでは良かったものの、山犬はその高い再生治癒能力で自ら発信機を破壊し、行方をくらませたことが昨日、判明した。
こうして義人は3度目の駆除指令を受け、八重の能力で持ち主の下へと戻るそのサバイバルナイフのような犬歯を車で追跡しているのである。
ホント、色んなことをやってるよな……。
後部座席から車を運転する義人を見て、つくづくそう思う健太郎である。
自分の会社も持ってるもんな……。
義人は16歳の時に株式会社ホッグ・ノーズを設立。自身をモデルとしたフィギュアやマンガ、アニメといった様々な媒体での商品展開をし、これが国内のみならず、海外でも大いに評価を受ける。そして、ついにはハリウッドで実写映画も作製され、これも大勢の人に受け入れられ、いつしか義人は巨万の富を手に入れ、巨大企業の会長へと成り上がっていた。
しかし、夢の億万長者となった義人ではあったが、その生活は質素なもので、今もこうして人類の為にその身を削って平和活動に邁進している。それが現在も続くホッグ・ノーズ人気の下支えとなっているのだが、本人は『気が付いたらトニー・スタークになっていた。もう仕事は辞めて、のんびりしたい……』と頻繁にぼやいていた。本当に辞めようと思えば辞めることができるのであろうが、そうしないのはやはり、本人の真面目な性分によるところが大きい。
そんな彼を見ていると、自分はどんな老後を迎えるのだろうと健太郎はふと考える。老いるスピードは遅いとはいえ、義人ほどではない。そして、そもそも老後自体を迎えられるかどうかも現状、怪しいものである。
確かに年を取ったら、ゆっくりしたいよなぁ…………。でも慢性的な人手不足だし、働かされんのかなぁ…………。
そんなまだまだ遥か先のことにぼんやり思いを馳せていると、
「やばい。——見失う」
そう義人が小さく呟き、車が停止した。
「健太郎、車頼む」
それだけを言い残し、義人と八重は車を降りると、迷うことなくガードレールを飛び越え、日の光差し込む山林の中へと消えていく。
ヤバい!! ヤバい!! 急げ!! 急げ!!
健太郎もすぐさま降車し、車を粘土で包み込むと2人の気を頼りに後を追い、乱立する木々の中へと飛び込んでいった。
どこだよ、ここ…………。
最早、市内のどこにいるのかも分からない。気を消し、山の中を駆け降りること数十分。2人の背中がようやく見えたかと思えば突然、獣の叫びと共に木々を根元から傷付けるような一陣の風が健太郎を襲う。
ぐっ…………!!
目を開けていることもできず、思わず両腕で顔を覆った。
気付かれたのか!?
その原因が臭いであることは明白である。自分たちに傷を付けた義人の臭いを山犬たちは覚えており、自分たちが戦いやすい地へと誘い込んだのである。
はぁー、賢い。
俺よりも頭いいんじゃね? そんな風に感心していると、今度は唸り声が聞こえてきた。
「お待たせしました」
「おう」
しゃがみ、飛び出すタイミングを伺う2人に健太郎は声を掛ける。八重の右手には先程まで宙を浮いていた犬歯が握られていた。
「どうすんの、それ?」
「え? ああ、タイミングを見計らってぶつけてやろうと思って」
刺さるでしょ。そう言う彼女に「ああ、なるほどね」と言葉を返す。
「それじゃ、打ち合わせ通り、俺2。2人は1で」
「「はい……」」
揃って返事をし、攻撃態勢を整える。もう相手には補足されているのだ。隠れている意味はない。
「んじゃ、行きますか……」
それを合図に八重は不可視の右腕で歯を持ち上げると、並ぶ3頭の真ん中、その左目目掛けて投擲した。
「ギャインッ!!」
圧倒的なスピードとパワー。超精密な動作により、犬歯は重力に抗いながらも飛翔し、見事片目に突き刺さる。
今だ!!
こうして3人は木陰から飛び出し、崩れた民家跡地へと足を踏み入れるのであった。
最初に仕掛けたのは義人である。
彼は全長5メートルはあるであろう白い体毛に覆われた超大型犬に向かって跳躍し、左目を潰された個体の左頬を鉄球のように先端を丸めた鋼鉄の触腕で叩き付ける。
右側、頼むね―———。
健太郎と八重は義人からの無言の指示を受け、右端の固体に向かって飛んだ。
稲妻落とし―———————ッ!!
健太郎は刀で、八重は拳で。2人はほぼ同時にその無防備な頭頂部に技を叩き込む。雷神の一撃が山犬を襲った。
「グウッ!!」
山犬は耐えることができず、その重い頭を固い地面へとめり込ませる。しかし——————。
固いな…………。
2人は事前に聞いていたその硬度と鋭さを兼ね備えた体毛が予想を遥かに超えるものであることに驚く。
どうする…………?
正面に着地し、健太郎はまずその動きを止めるべく、両手から粘土を大量に放出した。それに合わせて八重は再び跳躍し、追撃を試みる。
稲妻————————。
しかし、山犬の目覚めの方が早い。
「ガァァァァッ!!」
その叫びと共に逆立った尻尾を振ると、その毛が針山のように無数にばら撒かれ、八重を突き刺さんと襲い掛かる。
八重!!
しかし八重は冷静にその針を不可視の拳による超スピードで叩き落としていく。
あっぶね!!
振ってくる針に肩を竦めながらも粘土は山犬の4本の足をガッチリと固定した。
「!!」
「おしッ!!」
まずは第1段階!!
これで建設機械のような一振りで地面を抉り取る爪を無力化する。
その厄介な尻尾も包む!!
白い粘土はさらに自由自在に動き回り、その巨体を瞬時に覆い尽くした。
「健太郎!!」
三度目の跳躍で再度、頭上を取った八重は叫ぶ。
なんだぁ!?
見れば彼女は右腕を掲げ、肘を左手で掴んでいる。その笑顔は輝いていた。
なーる……。
なんとなくやりたいことを理解した健太郎はすぐさま粘土を天高く伸ばし、その不可視の腕を包み込んでいく。
そうそう!!
嬉しそうに大きく頷き、OKサインも貰うことができた。
それじゃ、とびきりデカいのいくぜぇッ!!
八重の足場も造り、早急に舞台を整える。
これが俺たちの―—————————、合体技ッ!! ってか!?
不可視の腕に粘土が纏わり付き、その姿を現していくと共に巨大化。遂には山犬の頭を砕くには十分な大きさとなる。
オォォラアァァァァッ――――――!!
足場から飛び降り、振り下ろされた巨岩は犬の頭を捉え、一撃でその頭蓋を砕くと続けざまに2発目を叩き込む。そして3発目、4発目とそのスピードは衰えることなくむしろ、徐々に加速していった。
ウゥラララララララアァァッ!!
のどかな山間部に岩盤を砕く掘削機の轟音が響き渡る。犬は声を上げることすらできず、最初の一撃で意識を失っていた。
まだまだぁッ!!
もういいだろ…………。
山を削り取る勢いを前に健太郎は耳を塞ぐことしかできず、八重は犬しか見ていない。そして、その振り下ろす拳を止めることはなかった。それほどまでに執念深い再生能力であると聞いているからでもあるし、単純にこのラッシュが痛快なのである。
「——もういいだろ」
義人が後ろから健太郎に声を掛けた。
「あれ!? もう終わったんですか!?」
八重の放つ音にかき消されているとはいえ、静かすぎだ。
「ああ。首を絞めれば一撃だからね」
そう言って2人は振り返ると、そこには首を切り落とされ、さらに2つに割られた犬の頭が転がっていた。
「なるほど……」
はえ—……。職人技だぁ……と感心していると、義人は健太郎に尋ねる。
「やっちゃんは地形を変える気か?」
その問いに健太郎は答えた。
「もう、変わってますね…………」
足元にはいつの間にか巨大なクレーターができている。それを見た義人は仕方がないと、大きく息を吸い込み、八重に届くように声を張り上げた。
「おーい!! やっちゃーん!! もういいよー!!」
それに倣い、健太郎も八重に呼び掛ける。
「八重—!! もういいってー!!」
「えー!? 何ー!?」
下で2人が何か叫んでいることに気が付くも、自分の音のせいでその小さな耳まで届かない。
「もういいってさぁー!!」
「ああ!! わかったー!!」
「ふぅ……」
これでようやく終わる。
最後まで何を言っているのか聞き取れなかったが、なんとなく2人の要望を予測する。
んじゃ、最後に…………。————オラァァッ!!
八重はこれで終わりだと、その拳を振り下ろした。地面と空気を震わすその拳は完全に犬の頭を叩き潰す。肉も骨も完全に平らになっていた。これを見た者はまさかこれが人の手によるものだとは誰も思うまい。こうして、山犬退治は終わりを告げた。
「すげーへこませたな」
「すみません……。つい、ハイになっちゃって…………」
隕石でも落ちたかのような有様に義人はそんな感想を漏らす。
「まあいいでしょ。こんなへんぴなところ、誰も来ないって」
「だといいんですけど…………」
そう励まし、義人は健太郎に犬の処理を頼む。
「ごめん、健太郎。悪いんだけど、犬の方頼むよ」
「解りました」
すぐさま作業に取り掛かる中、義人は辺りを見回し、こう呟く。
「さて、ここはどこだ?」
「確かに……。どこなんでしょうね……」
辺りを見回しても山、山、山。とりあえず道といえば、この民家跡地へと続く滑落の危険性しかない細長い道を下ってみるしかなさそうである。
「終わりました」
「おお! ありがとう」
義人はお礼を口にし、息を吸い込む。
「それじゃ、————帰りますか……」
こうして3人は日が落ちる前に山を下りられるのか不安を覚えながらも歩き出した。




