青い春
2075年3月17日、日曜日。午前11時40分。健太郎の姿はホッグ・ノーズ像の前にあった。
「…………」
あと10分か……。
そわそわと、どこか落ち着きのない様子に待ち人が異性であることは明白で、緊張していることも丸わかりである。
「ごめん! お待たせ……」
顔を上げると、フェミニンな装いの美少女がそこにいた。長い黒髪は輝き、潤い、滑らかなになるよう磨き抜かれており、控えめな性格が表に出た丸い大きな目をしている。顔は小さく、肌はしっとりと吸い付き柔らかく、キメの細かいもので、ニキビ跡が1つもない。
「ううん。俺もいま来たところだよ」
下は白く、くるぶし丈のレーススカート。上は胸を隠すように薄手のニットを羽織っている。靴は事前に区域内を歩こうと伝えていたためか、スニーカーだった。
「本当は待ってたんじゃない?」
三上美鈴は健太郎を申し訳なさそうに見上げている。
可愛っ。
彼女は幼い頃からの同級生。殺伐とした世界に身を置いているせいか、彼女の何気ない仕草が妙に深く心に突き刺さる。
「いや、ほんとについさっき来たばっかりだよ。頭ぼーっとさせてたから何時に着いたかは覚えてないけど」
「そうなんだ……」
美鈴は少しホッとした様子を見せた。健太郎はそんな彼女を頭から足の先までをぼんやりと眺める。
「え? なんか付いてる?」
美鈴は急ぎ、自身の体を見回していく。
可愛っ。
美鈴の一挙手一投足が可愛くて困る。彼女を誘って正解だった。そう確信を得る健太郎である。
「いや、似合ってるし、可愛い服だなと思ってさ」
「そ、そうかな……」
素直な感想を述べただけであったが、やはり好きな人から褒められるのは嬉しいもので、美鈴は僅かに頬を上気させた。
可愛っ。
「そ、それじゃあ、どこから行く? もうお昼だし、先に何か食べる?」
美鈴はどこか慌てたように健太郎に尋ねる。
「そうだね。先になんか食べよっか。一緒になんか食べたかったし」
「そっ、そうなんだ……」
頬の朱色が赤みを増す。
可愛っ。
「何か食べたいもの、ある?」
こうして2人はまず、飲食街へと向かった。
12時45分————。喫茶店でオムライスを注文し、他愛もない会話をしながら食事を進め、同じぐらいのタイミングで食べ終わる。
「ちょっと、お手洗い行ってくるね」
「うん。待ってるよ」
そう言って美鈴は鞄を持って席を立つ。
それじゃ、俺は……。
健太郎も同じく席を立つ。
「お待たせ」
「じゃあ、行こうか」
「あ、お会計……」
そう言って机の上の伝票を探す。
「あれ……?」
「ああ、もう払っといたよ」
「え!?」
驚く美鈴にどこか得意げな健太郎。しかし————。
「え、悪いよ!」
「いや、いいよ。いいよ。誘ったのは俺だし」
「でも……」
「それにもう俺、働いてるし」
「……そ、そっか…………。そうだよね…………。ごめんね…………。あ、ありがとう…………」
「いいって、いいって」
さあ出ようと健太郎は歩き出す。後に続く美鈴の表情が僅かに曇ったことに健太郎は気付いていない。
「それじゃあ、次はどうする? そう言えば、本屋行きたいって言ってたし、本屋に行く?」
健太郎はそう提案した。
「う、うん……。そうだね……。そうしよっか」
あれ?
なぜか美鈴が先程と比べて、元気がないように見える。
あ……。食べてからすぐに動くの嫌か…………。
これはしまったと、健太郎は改めて提案をし直した。
「ごめん、ごめん。ちょっとゆっくりしたいよね? なんか買ってそこら辺に座ろっか」
その提案に美鈴の表情が少しだけ和らいだ。
「そうだね。そうしよっか」
「ごめんね。気が利かなくって……」
健太郎の謝罪に美鈴は慌てて首を振る。
「うううん! そんなことないよ? 気にしないで!!」
なんだろう……。この気持ち…………。
なんかしっくりこない……。なぜかそう感じる健太郎であった。
こうして2人は飲み物を買い、公園のベンチに座って再び他愛もない会話を楽しむ。そして本屋へと出向き、高校の勉強の話やマンガの話に花を咲かせ、服屋へと行き、健太郎の服や美鈴の服を見て回り、夕方、遅くなる前に帰路に就くのであった。
「今日はありがと。誘ってくれて嬉しかった……」
「そんな! こちらこそだよ。入学前の課題とか大変でしょ? そんな時にありがとね」
「ふふっ。課題はもう終わったよ?」
「ああ、そっか!」
ようやく彼女が笑みを見せ、少しばかり安堵する健太郎である。
「————大変って言えば、健太郎くんの方が大変でしょ? ―———この前も戦ったんだよね……?」
美鈴は聞いていいものかどうか判らないながらも恐る恐る健太郎の顔色を伺う。
「まあね……。でも、お陰でいい気分転換になったよ。なんか、いいね。こういうのんびりとした平和な時間も……」
遠い目をする健太郎に美鈴はまた、心の距離を感じるのであった。手に持った荷物が、少し重い。
「————そうだね……」
やっぱり、なんか大人だな…………。美鈴にとっては自分がいかに子供なのかということを強く意識させられた1日である。
「怖かったでしょ?」
「え? う、うん……。少しね…………」
「少しか……。それは良かった」
「それは、健太郎くんがいるから……」
「そうなんだ。俺なんて、まだまだだけどね……」
「そうなんだ……」
「そうだよ」
「…………」
「…………」
ぽつり、ぽつりとした会話を続け、程なくして美鈴の家の前へと到着した。2階建ての綺麗な家だ。
「今日はありがと。楽しかったよ。またこうして遊んでくれると嬉しいな……」
「——うん。私もだよ。……また、遊ぼ?」
「そうだね。それじゃ、また今度。お休み!」
「うん……。送ってくれて、ありがと。お休みなさい」
2人は軽く手を振り合い、健太郎は独り、来た道を戻り、自宅へと向かう。
ふぅ…………。これで良かったのかな…………。
そんなことを思う、15歳の少年であった。
「ただいまー」
玄関から家の中にいるであろう八重と両親に声を掛け、靴を脱ぎ、下駄箱へとしまう。
「お帰りー」
リビングから八重の声が聞こえ、無意識の内にホッと溜息をつき、肩に入っていた力がようやく抜ける。やっと我が家へ帰って来れた。そう安堵したのである。
そのことに気付かぬまま、まずは洗面所へと向かい、手を洗い、うがいをし、それから八重のいるリビングへと向かった。
「ただいまー」
「お帰りー。フフッ。帰って来たよ、あずちゃん」
「ん?」
ソファに座り、クスクスと笑う八重に健太郎は疑問符を浮かべる。
「うん、変わるよー。はい。あずちゃんが話があるって」
「話ー?」
嫌な予感しかしない。
ニヤニヤと笑う八重を前に怪訝そうな顔をするものの、内心、そんな八重を見ることができて喜んでいる自分がいた。
「はい、もしもし?」
スマホを受け取り、受話器部分を耳に当てる。
「もしもしじゃないよ!? なんで私も誘ってくれなかったの!?」
キーンという耳鳴りが聞こえてきそうだった。
「なんでって……。そりゃあ梓とはしょっちゅう会ってるし、たまには普段会わないような人と会うのもいいかなーと思ってさ」
これは半分、本心だ。確かに美鈴を選んだのは自分に告白してくれて、断ったものの誰かと付き合ったという話を聞いてはいなかった為、まあ断られることはないだろうという打算込みではあった。梓が自分に向けてくれている好意も嬉しいことには変わりはないが、それはそれとしてなんだか別の意味で疲れそうな感じがし、今回は癒しを求めて候補から外したのである。
「この浮気者ー!! こんなにも好き好き言ってるのにー!!」
「それはホントありがたいけど。ありがたいけどさぁ…………」
「ありがたいけど何よ!! 他の子とも遊びたいって言うの!! この助こましー!!」
「なんだよ、助こましって……」
確かにどんな意味だ?
後で調べよう。そう思う健太郎である。
「ふーん。いいよーだ!! おばさんに言っちゃうもんねー。健くんが色んな女の子とチュッチュ、チュッチュしてるって!!」
「いや、それはホントに止めてくれ!!」
急に何を言い出すかと思えば!! 必死になって声を上げた。本当にそんなことを言われたら、どんな目に合うか分かったもんじゃない。
その必死さに梓と八重は笑い、弱みを握れたことを大いに喜んだ。
「えー? どうしよっかなぁー?」
「どうしよっかなぁー?」
2人は同調し、ケラケラと笑っている。
「————はぁ。解ったよ……。で、俺は何をすればいいんだ?」
まったく…………。やっぱり疲れる…………。
先程までの穏やかさが嘘のようだ。
「そうだなぁー…………」
こうして2人のからかいはしばらく続くのであった。
その夜、健太郎は優人にメッセージを送る。
『お疲れ様です。
女の子と遊びましたけど、なんだか疲れますね……』
すると、優人からの返事はこうだった。
『なに疲れてんだよ。いやらしい』
いやらしいってなんだよ…………。
健太郎はすぐさま反論する。
『いやらしいって、なんなんですか……。ただ2人で区域内を歩き回っただけですよ!!』
程なくしてこう返信が来た。
『いきなり2人きりはキツイだろ。
自分が疲れたってことは、相手も同じように気疲れしてたってことなんじゃね?』
あ…………。
確かにそうだ。美鈴にとって、今日はどんな1日だったのであろう。そのことにようやく気が回り始める。
『確かに、そうかもしれませんね……』
反省していたところに優人は年長者としてのアドバイスを健太郎に授けた。
『だろ? まあ、焦らずにさ、場数を踏んで楽しめるようになれよ。ヘンに考え込まないでさ。相手あってのことなんだから、一緒に楽しめるよう話し合えばいいんだよ』
なるほど…………。
そう納得した健太郎は急ぎ優人に確認を取る。
『今から謝ったりした方がいいんですかね?』
至らなかったことへの謝罪。謝らなければ……。なぜかそう考えてしまい、優人から指導が入った。
『謝ってどうするんだよ。頭を下げたら余計相手が気を使うじゃねーか』
『それもそうですよね…………』
また、そこまで気が回らない。健太郎の頭の中は混迷を極めていく。
『自分のことばっかり考えちゃ駄目よ。
もうさ、なんも送んなくていいんじゃない?
下手に送ると、余計相手を傷付けて終わりそうwww』
『そうですね……。勉強になります!!』
『おう!! 学べ!! 学べ!!』
「ふぅ…………」
デートって、難しいなぁ…………。
もう当分はいいや…………。そう思う健太郎であった。




