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神牛一刀流〜近未来剣客浪漫譚〜  作者: ひろひさ


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28/33

八重さんはご立腹

 2075年3月20日、 水曜日。午後12時23分。麗らかな陽気の中を健太郎は八重を助手席に乗せて、近所のスーパーへと車を走らせていた。


「…………」


「…………」


 あれからずっと八重は健太郎に対し、ツンとした態度を取っている。


 なぜなのか。健太郎は考えていた。何をそんなに怒るのかと。兄弟子という云わば兄のような存在が親がいないところで自分の友達とキスをしようとしていたことが嫌だったのか。あるいは香織から何か言われていたのか。それともその両方か。


 そんなにも嫌か? 


 健太郎はもし八重だったら…………と、考える。


 ――――うん、確かに嫌だな。


 やはり、少なくとも見たくはないという結論には至った。


 天の岩戸のように、開けずに扉の前から声を掛ければ良かったのでは? とは、もうこの際言うまい。全面的に自分が悪いと考え、駐車場に車を停めたタイミングでなんとか許してもらえないか声を掛けてみる。


「あのさ、昨日はごめん」


 それに対し、八重はまたかと呆れたような溜息をつく。


「もういいよ別に。謝らなくても。私は別に健太郎が誰と付き合おうと私には関係ないんだからさ」


 昨日から何度謝られたところで八重のモヤモヤは晴れなかった。それどころか余計モヤモヤして、さらにはイライラしてくる。


 抱き合う2人を見た時、彼女の胸は締め付けられていた。この感情はなんなのか。家族愛なのか異性愛なのか。そもそも自分は健太郎のことをどう思っているのだろうか。幼い時からずっと一緒に居過ぎて解らない。そもそも恋愛感情とはどういったものなのか。彼女には理解できていなかった。


 両親を失ったあの日から自分の中の何かが壊れてしまったのかもしれない。彼女にはその壊れたものがなんなのかも解らない。解らないから直しようもないし、直し方も解らない。


 とりあえず今は直す必要のないものなのだと判断していたのだが、昨日からなぜか憂鬱な思いが続いている。健太郎の顔を見たくない訳ではないし、一緒に居たくない訳でもないのだが、なぜか口を開くと棘のある言葉が出てしまう。そんな状態であった。


「そんなことないだろ。俺たち、兄妹みたいなもんだろ?」


 口から家族であるという言葉が出ものの、健太郎も八重と同じようにこの感情がなのか、結論が出た訳ではない。


「————まあ、そうだけどさぁ…………」


 嬉しかった。兄妹だ。家族だと彼の口から改めて言われ、胸の辺りが温かくなる。


「はぁ……。もういいよ。もう止めよ、この話。なんか疲れる…………。とにかく、あずちゃんと付き合うにしろなんにしろ、大切にしてよね。私の大切な友達なんだからさ」


「ああ、解ってるよ」


 それだけ答え、2人は車を降りた。そして昼食と夕飯の材料を買う為、スーパーの中へと入って行く。






 夕食後、健太郎は和人に呼ばれ、部屋の扉を叩いた。


「来たよー」


 すると、中から和人は呼び掛ける。


「おー。まあ、入れよ」


 なんの話だろ?


 思い当たる節はあるが、今は考えないことにした。


 健太郎は素知らぬ顔を装いながら部屋の扉に手を掛ける。


 失礼しますよっと………。


「おお。悪いな、急に……」


「いや、いいよ。別に……」


 その改まった態度に妙な緊張感が部屋を包み込む。


 和人の部屋は健太郎の幼い時の記憶のままで、その時は止まっていた。おもちゃに漫画、ゲームと香織と違って物が多い。そのせいで広さは同じ筈なのに閉塞感とでも言うべきか、手狭な感覚を覚えさせる。


 健太郎がこの部屋に入るのも久し振りだ。同じ家の中だというのになぜそんなことが起こるのか。特に訪れる用事もなくなったからと言えばそうなのだが、なんだかソワソワと落ち着きがなくなってしまう。


「…………」 


 健太郎はこの部屋を見てつくづく思う。よく母さんと結婚出来たなぁーと。


 2人の馴れ初めなど興味を持ったことも聞いたこともないが、やはり不思議には思う。乱雑に扱われている形跡はない為、物を大切に扱える。整理整頓ができるという点では評価されたのか等と考えてしまった。


 ま、どうでもいいけど。


 両親の結婚に至る経緯など知りたくもない。そう健太郎は切り捨てた。


「まあ、座れよ」


 健太郎は静かにドアを閉めると、椅子の背もたれ部分に体を預ける父親と対面する。


「…………」


「…………」


 自分よりも少し年上にしか見えない見た目の父に促され、どこに腰を下ろそうか考えた挙句、ベッドに腰掛けるのも地べたに座って父を見上げるのも嫌だった彼は粘土で小さな背もたれ付きの椅子を作り、扉を背に父親と向かい合う形で腰を下ろした。


「…………」


 なんだか落ち着かない。怒られた記憶がない訳ではないが、こうして2人きりという状況が久し振り過ぎたせいもあり、そわそわと体中がむず痒くなってくる。


 早く解放してくれ……!!


 そんなことを願っていると、和人が口火を切った。


「ホント便利な能力だな」


 その素直な感想に健太郎は同意しつつも異論を唱える。


「父さんほどではないでしょ?」


「そうかぁ?」


「そうだよ」


 箱の中身は使用者本人も解らない。謎多き能力—―—―。便利さでいえば和人の方に軍配が上がると健太郎は考える。


 そう言って健太郎は腕を組んだ。


 いよいよか……?


 彼の警戒心が解りやすく体に現れる。


「まあ、そうかなぁ……」


 そう言って和人も同じように腕を組む。意図したミラーリングではなく、彼もまたどう切り出すべきか考えているのである。


「……で、話って?」


 世間話をしたい訳でもあるまい。健太郎は意を決し、呼び出した理由を問い正す。


「ん? うーんまあ……、話っていうのはさ。八重のことだよ」


「ん? 八重? 八重がどうかしたの?」


 別にいつも通りだったけど……。健太郎は首を傾げ、今日の彼女を思い返す。


「いや、なんとなくなんだよ? なんとなくなんだけどさぁ。なんかこう……、なんかあったんじゃないのかなぁーと思って」


「なんかって……具体的には?」


 思い当たる節は大アリだ。だが、父親に幼馴染と風呂場で抱き合い、さらにはキスしようとしていたところを見られましたなんて言える筈もなく、ここはシラを切り通すことにする。


 父さんもただの勘で、八重から直接話を聞いたって訳じゃなさそうだし……。


 こうなって来ると不思議なもので、余裕が現れた結果、健太郎は組んでいた腕をするりと解いた。


「いや、それがさ、なんとなくなんだよ。なんか変だなーと思ってさあ……」


「あーなるほどねぇー……。んー……確かにそう言われてみれば、なんかそんな気がしないでもないかなぁー?」


 後頭部に手をやり、思い出すような仕草をする。


「だろ? ホントはさ、直接聞けりゃあいいんだけど、まあ最近? いや、ちょっと前からかな。なんかこう、壁を作られてるっていうかさ、距離を感じるんだよね。解るかな? だからちょっと、声を掛けづらいっていうか、こうやって話すのもなんか嫌なのかなぁーって思ってさ。中々できないんだよ」


「あーなるほどねー」


 勝った。


 父と戦っていた訳ではないが、健太郎は自身の勝利を確信した。


 父は何も知らない。ということは、八重は母にもあのことを話していないという訳である。


 父はまだしも母に知られることだけはなんとしてでも避けたかった健太郎はこの会話の主導権を完全に掌握しようと父に寄り添い、共感することで完全に信用させようと動き出す。


「まあ八重も大人とはいえ、まだ思春期だし。なんかまあ色々と、悩む年頃なんじゃない? ホルモンバランス? 的なのも関係しているのかもね。知らないけど」


 あくまで自分は何も知らないといったスタンスを貫き通す。自分でも感心するほどの嘘の上手さだ。


「やっぱり、何も聞いてないのか……」


「そうだねぇ……」


 俺よりは話しやすいだろう。そんな問い掛けに健太郎はもちろん即座に否定する。


「そっか…………。まあ、なんか分かったら教えてくれや。一応親変わりとしちゃあ、心配なんでね」


「ああ、解ったよ。それとなーく、聞いてみるよ」


 オシッ!! 終わったぁー。


 やれやれと立ち上がろうとしたところ、和人は健太郎を呼び止める。


「ああ、それと」


「おお、何?」


「なんか最近、梓ちゃんと仲いいみたいじゃねーか。付き合い始めたのか?」


 その問いに「ハハハッ」と、愛想笑いで否定した。


「んな訳ないじゃん。ただの友達だよ。仲いーのは別に、前からだろ? 何も変わっちゃあいないよ」


「ああ、そっか。悪かったな、変なこと聞いて」


「別にいいよ、そんなこと。—―ま、なんか解ったらまた言うよ」


「ああ、頼むよ」


 そう言って話は終わり、健太郎は部屋を出る。


 ふぅー………………。


 少しばかり長い溜息をつき、自室に戻ろうとしたところ、廊下で香織とばったり出くわす。


「話は終わった?」


 ん?


 その言い方に引っかかりを覚えはしたが、ここは敢えてスルーする。


「ああ、終わったよ」


「どんな話だった?」


 どんな?


 どこまで知っているのか。香織の心中は計り知れず。ありのままを手短に話すことが最善手であると判断し、あくまで何も知らないといった体を保つ。


「八重がなんか悩んでるんじゃないかってさ。聞きにくいから聞いてくれーって感じだよ」


「そう。それで、なんか聞いてるの?」


「いや、何も」


 さあ? と肩を竦めて見せた。


「…………」


 すると、香織は何事かを考え始める。


「どうしたの?」


 何か知ってるって訳じゃなさそうなんだけどな…………。


 内心、少しばかり焦りながらも健太郎は尋ねてみる。


「いや。やっぱり健太郎にも話してないのかと思って…………」


 —―—―なんだ、ただの心配か…………。


 良かった、良かったと警戒心を緩め、健太郎は父と同じ答えを母にも告げた。


「あーまあねぇ……。ま、父さんにも言ったけど、何か分かったらまた母さんにも伝えるよ」


「うん。そうしてくれると助かる」


「はいよ」


 そう返事をし、母とも別れ、ようやく自室へと辿り着く。


「ふぅ…………」


 愛されてんねー。うちの妹は…………。


 少しばかり羨ましいと思う健太郎であった。

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