第21話 馬車は丘を駆ける
馬車での旅を始めて二日目。景色が平原から山々の連なる丘へと変わり始めた頃。
それまで順調に進んでいた馬車が、道の真ん中で停車した。
「……どうしたの?」
座席から身を乗り出して尋ねるマテリアさんに、御者は答えた。
「魔物だ」
魔物、の一言にマテリアさんとフラウの表情が引き締まる。
僕は額を抱えて背中を丸くした。
やっぱり出たか、魔物。
まあ、マテリアさんとフラウがいるから大丈夫だろうとは思うが……
僕はそっと、窓から顔を出して馬車の前方を見た。
馬車の行く手、十メートルほど先の道の上。
そこに、道を占拠するようにして狼の群れがいた。
体長は一メートルほど。銀の長い毛並みと、普通の狼よりも鋭い爪と長い尻尾が特徴だ。
あれは……シルバーウルフだ。
主に山岳地帯や高原地域に生息し、群れで獲物を追い詰め狩ることを得意とした魔物である。
性格は、獰猛の一言に尽きる。普通の狼よりも血肉を好み、時には自分よりも大きな他の魔物を襲ったりもするのだ。
数は、三十ほどいる。滅多に見ない大きな群れだ。
これはまた、厄介な連中に目を付けられたものだ。
「シルバーウルフね」
「数がちょっと多いね」
フラウは腰のポーチから何かを取り出して、馬車を降りた。
その後にマテリアさんが続く。
「撹乱して一気に叩くよ。それでいい?」
「いいわ。いつでもやってちょうだい」
「それじゃあ──」
フラウは手にしていたものを、シルバーウルフの群れの中心めがけて投げつけた。
ばっ、と強烈な閃光が生じる。
シルバーウルフたちはびくんと身を震わせて、きゃんきゃんと犬のような声を発し始めた。
おそらく、フラウが投げたのはトラッパーだ。閃光でシルバーウルフたちの目を潰し、混乱している隙に叩く作戦なのだろう。
マテリアさんが両手で複雑な印を組んで叫ぶ。
「フレアニードル!」
彼女の目の前に、紅蓮に輝く針のようなものが無数に生まれる。
それは閃光に目を眩まされて右往左往するシルバーウルフたちに容赦なく降り注ぎ、銀色の体に赤い模様を描き出した。
「ウィンドカッター!」
続けてフラウが放った風の刃が、シルバーウルフたちの首を次々と切断していく。
血がしぶき、頭を失ったシルバーウルフたちがどさりと倒れた。
今の二連撃で、シルバーウルフの数は半分にまで減った。
それにも油断することなく、二人の魔術攻撃は続く。
「ブリザード!」
ごう、と激しい音を立てて吹雪がシルバーウルフたちに吹きつける。
急激に体温を奪われたシルバーウルフたちは、目に見えて動きが鈍った。
そこに、マテリアさんが放った魔術が直撃した。
「メテオレイン!」
天から降り注いだ小さな隕石が、眼下の獲物を容赦なく叩き潰す。
腹を潰され、全身を焼かれ、生き残っていたシルバーウルフたちは一匹残らず息絶えた。
へぇ、と感心の声を上げて彼女を見るフラウ。
「結構派手な魔術を使うんだね」
「これでも魔術学院では主席だったの。魔術の腕前は本職の魔術師には負けないわよ」
マテリアさんは自分の腕をぽんと叩いて不敵な笑みを浮かべた。
魔術学院っていえば、王都にある魔術師の才能がある人間を集めて養成している施設だ。
そこの主席って……何気に凄い才能の持ち主だったんだな、彼女。
ひょっとしたらフラウよりも魔術の腕は上かもしれない。
「これで通れるでしょ?」
仕事を終えた二人が、事の成り行きを見守っていた僕たちの方を向く。
御者は頷いて、席に座り直した。
「……道がガタガタになったな……」
ぽつりと呟いていたが、聞こえなかったことにしよう。
僕たちを乗せた馬車は、目的地に向けて走りを再開した。




