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第4話:死神検事長の「合法的なざまぁ」

 マホガニーの重厚なデスクに、山と積まれた王国法典の草案。私は司法省トップであるレナード検事長の広大な執務室で、ふかふかのソファに腰掛け、最高級の焼き菓子を頬張りながら新法案のチェック――という名のお手伝いをさせられていた。


 そこへ、鼓膜を震わせる凄まじい音が響く。執務室の強固な扉を乱暴に押し開けて、一人の男が転がり込んできた。


「アリアーーー!!! 頼む、アリア、そこにいるんだろうっ!?」


 現れたのは、私の元婚約者、ジュリアン・フォン・ブラウだった。


 かつての社交界の華、司法省の若きエリートの面影はどこにもない。上等な上着はシワだらけでボタンも外れ、髪はボサボサ。目の下には死人のような濃いクマが刻まれ、血走った目で部屋中を見回している。


 謹慎処分を無視し、実家の危機に錯乱して衛兵の手を振り切ってここまで走ってきたのだろう。


 ジュリアンは私を見つけるなり、滑り込むような勢いで床に膝を突き、そのままスライディング土下座を敢行した。


「アリア! すまなかった、俺が悪かった! お前が無実なのは最初から分かっていたんだ! 全てはあのミーナにそそのかされただけなんだ!」


(いや、最初の法廷であれだけノリノリで私を極刑に処そうとしてたの誰だよ……)


 あまりに身勝手な言い訳に、私の脳内は完全に冷え切っていた。なんとも自分勝手で都合が良すぎる言い分だ。


「頼む、アリア! ブラウ侯爵家に戻ってきてくれ! お前がいないと書類が1枚も処理できないんだ! 他家からの訴訟も、領地の差し押さえも、お前のあの素晴らしい法務知識があれば全部解決できるはずだろう!? お前だって、本当は俺の婚約者に戻りたいはずだ!」


 必死に床に額を擦り付けながら、けれどどこか「男爵令嬢のお前なら俺を助けて当然」という傲慢さを捨てきれていない懇願。


 私はデスクからスッと立ち上がり、私の前に立ちはだかってくれたレナード様の大きくて頼りになる背中の後ろにすっぽりと隠れた。そして、その広い肩越しに、絶対零度の視線をジュリアンへと向ける。


「ジュリアン様。私を『嫉妬に狂った無能』と呼び、ろくな審理もせず終身奴隷刑に処そうとしたのは、どなたでしたか?」

「そ、それは……っ」

「お断りします。私にはもう、こちらの検事長閣下と交わした全150条の契約(仮)という、非常に重要かつ拘束力の強い先約がございますので。実家が回らなくなったからと今更戻れなんて――もう遅いです。有罪ギルティ


 バッサリ。一切の情を挟まずに言い切ってやった。


 私の言葉に、ジュリアンはガチガチと歯を鳴らし、絶望に顔を歪める。


「な、何だと……っ!? お前、格下の男爵令嬢の分際で、この俺を愚弄する気かぁぁぁ!!」


 プライドをズタズタにされたジュリアンが、理性を失って逆上した。獣のような声を上げ、私の衣服をつかもうと床から飛び上がった――その瞬間。


「――私の婚約者(仮)に、随分な口の利き方だな。ブラウ侯爵令息」


 部屋の空気が一瞬で氷点下に達した。


 レナード様が、凍り付くような声音と共にジュリアンの手首を掴み、ギリギリとへし折らんばかりの力で捻り上げる。


「が、あぁぁぁっ!?」

「本職の前で、重要参考人に対する暴行未遂罪を重ねるか。どこまで法の精神を汚せば気が済むのだ、貴様は」


 レナード様はゴミを見るような目でジュリアンを突き放すと、デスクの上から地響きがするほどの分厚い書類の束を彼の目の前に叩きつけた。それは、ブラウ侯爵家への特別監査によって押収された証拠品の山だった。


「ひっ……これは……」

「貴様らの裏帳簿、および過去の不正裁判への介入記録だ。完璧に立証させてもらったよ」


 さらに、タイミングを見計らったように執務室の別の扉が開き、二人の衛兵によって引きずられるようにして一人の女が連行されてきた。


「嫌ぁぁぁ! 離して! 私は被害者よ! 私は悪くないわぁぁぁ!」


 ミーナ・フォン・ブラウ伯爵令嬢。だが、その右腕を痛々しく覆っていたはずの包帯はすべて剥ぎ取られ、そこには傷一つない、健康そのものの白い肌が露出していた。


「み、ミーナ……? お前の腕は……」


 呆然とするジュリアンに、レナード様は冷酷な判決文を読み上げるかのように、淡々と二人の罪状を突きつけた。


「ブラウ侯爵家、ならびにジュリアン。家宅捜索の結果、過去十年間にわたる組織的な脱税、他家への贈収賄、判決の不当介入、さらには国家反逆予備罪の確実な証拠が揃った。さらにジュリアン個人においては、職権乱用罪、ならびにアリア嬢に対する『虚偽告訴罪』および『名誉毀損罪』が成立する」


 レナード様は一歩、ミーナへと視線を移す。


「そしてミーナ嬢。国家の最高司法機関である法廷において、狂言の負傷を以て偽りの証言を行った行為は、明白なる『偽証罪』。ひいては法秩序を揺るがした『国家欺瞞罪』に該当する。……言い訳の余地はないな?」


 パズルのピースが完璧に組み合わさるような、一切の隙もない法的な包囲網。感情論ではなく、現行法に基づいて容赦なく外堀を埋め、理詰めで相手をすり潰していく『死神検事長』の本領発揮だった。


「う、嘘よ! 私はジュリアン様に命令されただけですぅ! ジュリアン様がアリア様を追い落としたいからって、私に嘘をつけって言ったのよぉ!」

「な、何を言うんだミーナ! お前がアリアの席を奪いたいと泣きついてきたから、俺は……っ!」

「静粛に」


 レナード様の一言で、見苦しい擦り付け合いを始めた二人の声がピタリと止まる。


 ジュリアンは、這いつくばるようにして今度は私の足元へとすがり付こうとした。目の端からは、後悔と恐怖による血の涙のようなものが溢れている。


「アリア! 頼む、レナード検事長を止めてくれ! お前の言葉なら、あの方は聞くはずだ! お願いだ、助けてくれ、アリアぁぁぁっ!」


 私はジュリアンから一歩引き、冷ややかな声で告げた。


「法を無視し、私欲のために私をハメようとした段階で、こうなることは予見できたはずです。法律の遵守は国民の義務ですよ、ジュリアン様。自らの犯したギルティは、自らの人生で償ってください」

「ああ……ああああ……っ!」


 ジュリアンが絶望に白目を剥く。


 そこへ、レナード様の最後にして絶対的な鉄槌が下された。


「ブラウ侯爵家は爵位剥奪、および全財産没収。ジュリアン、およびミーナは、虚偽告訴および国家欺瞞の重罪により、北方の魔鉱山での終身強制労働刑に処す。……これが本職の下す最終判決だ。連れて行け」

「嫌だ! 嫌だああああ! 鉱山なんて死んでしまう! アリアぁぁぁ!」

「離してぇぇぇ! 私は綺麗なお妃様になるはずだったのよぉぉぉ!」


 涙と鼻水で顔をドロドロに汚した二人は、今度こそ二度と這い上がれない地獄へと、衛兵たちによって引きずられていった。


 ドタン、と重厚な扉が閉まり、執務室に静寂が戻る。


(ふぅ……。終わった。これで完全に、あの鬱陶しい元婚約者たちの『ざまぁ』は完了ね。スッキリした!)


 心の中でガッツポーズを決める。


 胸のすくようなカタルシスに浸っていると、不意に、背後からスッと力強い腕が私の腰に回された。


「ひゃいっ!?」


 気づけば、レナード様が私の背中にぴったりと胸を押し当て、耳元で甘く囁いていた。


 先ほどまで国を揺るがす大貴族を一瞬で没落させていた死神とは到底思えない、熱を孕んだとろけるような声音だ。


「不浄なゴミの排除は完了した。……さあ、アリア嬢。次は私たちの『婚姻契約書』の第45条【毎日の抱擁義務】の実効性を担保しようか。……ああ。君は本当に、法を語る姿すら美しいな」

「レ、レナード様、近い、近いです! 実効性の担保って、ただ抱きつきたいだけですよね!?」

「異議あり。これは法的な義務の履行だ。さあ、私を拒絶する正当な法的根拠を述べてみたまえ」

「根拠も何も、私の心臓の鼓動が限界突破して生命の危機に瀕しているからですーーーっ!」


(切り替え早すぎでしょ、この人! 元婚約者たちのざまぁは大満足だけど、こっちの超重量級法律オタクとの法廷バトルは、一筋縄ではいかない予感しかしないんだけどーーー!?)


 腕の中で顔を真っ赤にする私を見て、死神検事長はこれ以上ないほど幸せそうに、クスクスと喉を鳴らして笑うのだった。


(第5話・最終回へ続く)

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