43. アメリカ艦とのランデブー(アイオワと体験する郷愁のアメリカ文化)
.........世界最大の穀倉地帯がここにあるということは、アメリカのもつ底力の大きさを十分に物語っている。一朝有事の時も、アメリカだけは飢えることがない。その上、余った農産物は、戦略物資として国際関係の中で無限の可能性を持っている.......猿谷要『西部開拓史』(岩波書店1982年)の3頁より。
ザザーッ……
艦隊の先頭を走り、波をかき分けて進む戦艦アイオワ。
その前部甲板に私は立っている。後ろを向けば私の眼前にアイオワの主砲Mk 7 50口径三連砲が鎮座ましましている。
そのまま空を見上げれば艦橋の頂点にあるパラボラアンテナはSK-2対空捜索レーダー。見えにくいが構造物のどれかがMk13主砲射撃指揮レーダーやMK12射撃指揮レーダーだろう。夜間や悪天候の中での砲撃を可能にするアイオワ自慢のエレクトロニクス装備だ。
さて、現在、艦が進んでいるのは人間界と異界の境界にあるバミューダ海域。
現実と幻の交錯する空間とはいえ、季節は移り変わるようで、今朝から急に暑くなった。
わたしがハンカチを取り出して首筋の汗を拭っていると
「Hi!アドミラル!暑いネ!気をつけないと熱中症になるYO!」
わたしに陽気な声をかけてきたのは人間体のアイオワ。
戦艦の化身で神話の力を持つといえども暑いのは変わらないのか、今日の彼女は水着姿だ。
ブラウンの髪の毛に濃い眉毛、キリリと引き締まった眼差しに陽気な笑顔を浮かべる口元。
そしてわたしの視線を下におろすとスーパーモデルのような肢体を覆うのはビキニのみだ。いささか目の遣り場に困ってしまう状況である。
しかしアイオワはそんなわたしの気持ちに気づいたのか気づかないのか
「Hei!これを飲んで水分を取りなYO!」
彼女が差し出したのは……コカ・コーラのコンツアーボトルだった。しかもデカイ。よく見ると26 oz. Family Size というラベルが貼ってある。
アイオワが蓋を外すと一気に中のコーラが吹き出してくる。わたしは両手で受け取る。やっぱりデカイ。恐る恐る口元に運ぶ。
少しだけコーラを飲んでボトルを口から離すとアイオワが手を差し出してくる。
え?戸惑っていると手を振るので、迂闊なわたしもようやく気付いてボトルを彼女に渡す。
わたしが両腕でも持て余したボトルを片手でやすやすと掴むと、わたしが口をつけたボトルに自分の唇を当ててゴクゴクと飲む。
「わたしと同じものだけどいいのかい?」
間接キッスという単語を口に出さずに尋ねると、アイオワはニコニコしながら
「コカ・コーラはステイツのシンボルだからネ!リッチメンとプアメン、アドミラルと水兵が同じコーラを飲むのが、ワタシたちのデモクラシーNE!」
なるほど。いわゆる大量消費社会にはそういう哲学もあるのか。質問と回答のニュアンスが微妙にズレていたが思わず納得してしまう。
わたしが自分の考えに耽っていると突然に大きな音がした。
「アウチ!エクスキューズミー!」
わたしは気付かぬふりをした。もちろん炭酸飲料を飲んだ後の生理現象については描写を省略しよう。
「Hi!アドミラル!このボトルを飲み干しちゃっTEYO!」
アイオワが照れ隠しのようにボトルを渡してくる。うっすら彼女のルージュがついている飲み口からゴクゴク飲み干す。
「ウッ!」
わたしにも生理現象が起きた。彼女よりもさらに大きく長く。
「HAHAHA……アドミラルもワタシと同じネ!はしたないってマザーに怒られるYO!」
え?マザーって誰だ?彼女に尋ねようとしたが、積極的なアイオワはそんな時間を与えなかった。
「同じコーラを飲んで同じバープをするなんてワタシたちは戦友だNE!」
言うが早いかアイオワはいきなりわたしをハグしてきた。
しかも彼女はわたしより頭一つか二つ分ほど背が高い。わたしは彼女の胸の間に顔を埋める格好になる。
「ウム……ウムムム……」
息も絶え絶えになったわたしに気づいたアイオワ。
「OH! ソーリー!ゴメンゴメン!」
これで離してくれるかと思ったら違っていた。
何とアイオワはわたしの腰に両腕を回して自分の頭の高さまで持ち上げると、わたしと自分の頬をすり合わせてきた。
足元が甲板から離れておぼつかないので、わたしはアイオワに必死でしがみつく。
わたしが腕に力を入れると、アイオワはわたしの頬に何度もキッスしてくる。
彼女のルージュでわたしの頬が真っ赤に染まった後にようやく解放してくれたのである。
アイオワ
アイオワは鼻をヒクヒクさせると
「風が変わってきたネ」
わたしも風を吸い込んでみたがよくわからない。
「かすかに花や森の薫りを運んできたネ。もうすぐ島が近くなってきたネ」
「島というと君たちアメリカ艦が根拠地にしている?」
アイオワは頷くとわたしの尻をポンと叩いて
「さ、最後の打ち合わせにワタシのキャプテンズルームに行くYO! アドミラル!」
アイオワの艦長室に入る。彼女は着替えてくると言って席を外した。さすがにビキニ姿で打ち合わせをするつもりはないようだ。
艦長室を眺めると一番目立つところにはルーズベルトとレーガン両大統領の写真が飾られている。
そして部屋を取り囲むように歴代艦長の肖像写真。その下には多くの戦場のパノラマ写真。プレートを見るとクェゼリン、カロリン、マリアナ、フィリピン、日本、朝鮮、87年のペルシャ湾……
これらはアイオワの活躍した戦場か。戦場を写したパノラマ写真の隙間にスナップ写真も貼られていた。
水兵たちがコーヒーカップで乾杯したり、大口を開けてアメリカ軍名物アイスクリームをパクついている写真だ。
厨房兵の集合写真もあった。焼きたてのパンを満載した籠を両腕に抱えている。その下のキャプションはアイオワのものとおぼしき筆跡で
「勲章を貰えなくてもユーたちが勇敢な男だってことはみんな知ってるヨ。勇敢でなかったら一食作っただけで脱走しているワ。腹ペコで殺気だっている兵士相手にご苦労様!」と書かれている。
真っ白なセーラー服の上衣から紫色の両手を出している水兵の写真もあった。何事かと思ってキャプションに目をやると
「田虫の治療中。ゲンティアン・ヴァイオレットなんて本当に効くのカナ?これじゃあ上陸してもガールハントなんてできないネ!衛生兵の意地悪!」
中には緊迫感あふれる写真も貼り付けてある。士官室で艦長らしき年配の士官と若い士官たちが雁首を揃えて命令書に見入っている。その下にアイオワが書いたキャプション。
「OKINAWA……オキナワってどこだ?誰も知らんのか!早く地図を持ってこい!」
わたしとしては戦場での栄光よりもクルーの雑多な生活を写した写真を興味深いが....
より一歩考察を進めれば、フランクリン・ルーズベルトとロナルド・レーガンは戦艦アイオワの就役と再就役に深く関わり、かつアメリカの「力」を代表する大統領だ。彼らの写真が部屋の目立つ場所に飾られている一方で水兵たちの生活臭漂うスナップ写真と彼らへの愛情あふれるキャプションがあちこちに貼られている。
この「国家の威信」と「名もなき兵士の日常」の同居がアメリカの伝説的な戦艦アイオワなのだろう........そう考えていると.....
「ソーリー。ゴメンゴメン。遅くなっちゃったYO!」
部屋に入ってきたアイオワはさっきとは見違える姿だった。黒いスーツ、そしてスカートからは活動的な二本の足が眩しく伸びている。
わたしは思わず彼女に尋ねた。
「さっきとはえらく見違えたものだね。どうしたの?」
アイオワはすかさず
「今回のアメリカ艦訪問では、ワタシがアドミラルのセクレタリーを勤めるからネ!ちゃんと仕事ができるようにコーディネートするから任してYO」
アイオワが渡した書類を見ると滞在中のスケジュール一覧表だった。毎日の昼食と夕食はすべて約束ができていて視察したいと考えていた場所が全て揃っていた。アメリカの有能な秘書とはこういうものか。しかし予定を消化するのは体力が要りそうだなあ。
わたしは猿谷要『アメリカ南部の旅』を思い出した。伝説的なアメリカ史学者の研究旅行について書かれた本だ。初版の1979年時における日本の西洋史研究といえば、欧米の学会動向についていくのが精一杯だった時期だ。
したがって本書で書かれた研究旅行も文書館に通いつめるのではなくて、アメリカの著名な学者やジャーナリストと面会して彼らの意見を聞くものだった。
現在の目では調査よりも外遊という言葉がぴったりくる優雅な旅行に見える。だがよく読んでみると一週間という短い滞在期間で成果を上げるために秘書を雇って効率的なスケジュールを作成し、出来得る限りの人と面会して......とかなりの体力が必要な研究旅行だったようだ。今回のわたしのアメリカ艦訪問も似たような視察になりそうだ。
「さあもうすぐ到着するYO!!」
アイオワの陽気な声が聞こえる。さて、何が待ち受けているのだろうか。
「Keep lowering, keep lowering(オーライ、オーライ)」
艦が港に接岸してわたしが埠頭に降りると、アイオワは自艦のデリックを操ってバカでかい車を下ろし始めた。
わたしは車に詳しくないが流線形の車体の後部にあるウィングがやたら目立つ。
「HEI! アドミラル!ワタシの愛車をユーは知ってるカナ?」
アイオワがいたずらっぽく尋ねてくる。仕方ない。聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥だ。
「一体どんな車なんだい?」
するとアイオワはよくぞ聞いて下さったという顔になって
「キャデラックのシリーズ62 コンバーチブル1959年型!ワタシたちのGMのゴールデンエイジ!」
GMってゼネラルモーターズ?つまりアメ車というヤツか。
「つまりゼネラルモーターズの絶頂期に作られたモデルなんだね。日本でもわたしの子ども時代は外車と言えば憧れだった」
憧れても手が届かない外車好きはプラモデルで所有欲を満たしたのだっけ。奥さんに「大人のくせにみっともない!」と叱られながら。
アイオワは「外車は憧れ」という言葉を聞いてそうだろうそうだろうという顔になってキャデラックに頬ずりをし始めた。
「このモデルがリリースされる一年前にワタシはモスボールされたからネ。ずっと運転してみたいと思ってたのYO! さ、早く乗っテ乗っテ」
わたしは港を見やる。ちょうど戦艦マレーヤ、戦艦霧島以下のイギリス艦と日本艦がタグボートに先導されながら入港作業をしている最中だった。
気になってアイオワに聞いた。
「だけどみんなを待たなくていいのかな?」
「オールライト!マレーヤたちはニュージャージーたちやヘイウッドに任せておけばいいからネ!違った車に分乗するのは要人セキュリティの基本!乗っテ乗っテ」
さすがケネディが狙撃された国……セキュリティへの配慮も万全だな……やや皮肉な考えを巡らしながらアイオワの隣に座ってドアを閉める。バタンと音がする。
「レッツゴー!」
運転席のアイオワがアクセルを踏んで車が走り出す。ドロロロ……ボボボ……低く乾いたエンジン音が響き始める。すると……
バッカーン!
きちんと閉めたはずのドアが盛大にまた開いた。危ない!交通事故なんて要人セキュリティ以前の問題だ!
「HEI!アドミラル!ドアはキチンと閉めなきゃダメだよ!」
「いや、キチンと閉めたよ。アイオワだってバタンという音を聞いただろう」
「この車は60年以上昔のモデルだからネ!強い力で閉めないと、No!なんだからネ!」
アイオワはスーツとシャツの袖をまくり上げた。そして隣のわたしの方に身体を傾けると筋肉が盛り上がった腕を伸ばして思いっきりバン!とドアを閉めた。
一回だけでなくてバン!バン!バン!と二、三回繰り返して
「これでオールライト!」
アイオワがアクセルを踏むとキャデラックは走りだした。再び低音のエンジン音が響き渡る....と思ったら
ドロロロ……ボボボボ………ボッボッボッ……ガクン…....
今度はエンジンが止まってしまった。
しかしアイオワは慌てることもなくアクセルを踏みなおした。いや踏むというよりも思い切り蹴飛ばした。
オーナーの叱咤激励を受けて車は再び走りだしたが……
グォングォン!ズガガガガ!ダダダダダ!
わたしは思わずアイオワに聞いた。
「これ、エンジンが壊れてるんじゃないか?」
アイオワはこともなげに
「60年以上昔のモデルだからネ!でもノープロブレム!走っている内になおるカラネ!」
エンジン音だけではなかった。後ろを見ると黒煙がもうもうと吐き出されている。匂いが前の座席までやってくる。
.......やっぱり壊れてるんじゃないかこのエンジン。
アイオワは不安そうなわたしの顔に気付くと
「ノープロブレム・アゲイン!ちょっと煙が濃いだけネ。アドミラル、GMのエンジニアとワーカーたちを信じるネ!」
グォングォン!ズガガガガ!ダダダダダ!
こ……これがある世代以上の日本人が憧れに憧れたアメ車なのか……
「そろそろランチの時間だYO!ちゃんとコーディネートしてあるからネ!」
アイオワが運転するキャデラックは一軒のドライブインに入っていく。そこには「Melsという看板がかかっていた……
アメリカ重巡サンフランシスコ「ウェルカム!メルツ・ドライブインにようこそ!特製ハンバーガーを作って待ってるワヨ!」
わたしの眼前にあるのは遊園地のメリーゴーランドのような円形の建物。内部はあるのはクルクル回る木馬の代わりにキッチンやダイニングルーム。眩しくてカラフルな照明が輝いている。
アイオワが港の埠頭に接岸するようにキャデラックを建物の前に停める。
すると店の中から一人のウェイトレスが出てくる。なんとローラースケートに乗ってこちらにやってきた。
「ウェルカム!アドミラル!重巡サンフランシスコよ。メルツドライブインにようこそ!」
「ありがとう。こちらこそよろしく」
わたしが差し出した片手をサンフランシスコは優しく握り返した。
するとアイオワは
「サンフランシスコ、アドミラルやイギリス艦・日本艦のゲストがランチを食べるシートは用意してあるネ?」
今の彼女は優秀なセクレタリーの顔だ。
サンフランシスコは親指と人差し指でOKサインを作って
「ちゃんと用意したワ。今日は暑いからクーラーの近くにね。ところでアイオワ、今来たのはアナタとアドミラルだけ?」
「他のみんなもそろそろ来るからドントウォーリー!」
アイオワが言い終えるか終えないかのうちに、ニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシン、サラトガの車が駐車場に入ってくる。ドアが開くとマレーヤたちが降りてきた。
アイオワがニュージャージーに尋ねる。
「日本の駆逐艦……霞と雪風はホエアー?」
ニュージャージーが
「ヘイウッド……ありあけの車に乗って来るわ。いつの間にか仲良くなって良かったワ」
ヘイウッドはアメリカのフレッチャー級駆逐艦だが、第二次大戦後に日本に貸与されて海自の護衛艦ありあけとなった。
「それじゃあ……ちょっと遅れるカナ?ちょうど今は演習から艦隊が帰ってくる時だからネ」
アイオワとニュージャージーが話し合っている一方で、マレーヤと霧島はミズーリ、ウィスコンシンと何やら打ち合わせをしている。
ミズーリたち四人のところに行こうとすると……ドライブインの駐車場に車が続々と入ってきた。
びっくりしているわたしにアイオワが
「入港手続きが済んだ艦からこちらに車で来たのネ。演習が終わってみんな腹ペコだからネ。真っ先にここに来るのネ」
つまり車を運転しているのはアメリカ艦というわけだ。
少女たちは互いの車を寄せると片手を上げて「Hi! 」「Hi!」と挨拶を交わす。
車がドライブインに入って駐車すると
サンフランシスコが「TF 65部隊!ゴー!」と号令をかける。
するとキッチンからローラースケートを履いたウェイトレスたちが走り出てきて車の座席にメニューを渡して行く
豊かさと合理性。ある世代以上の日本人が憧れたアメリカンライフがそこにあった。
すると一台の車がわたしたちの近くに寄ってきた。てんとう虫を思わせるコンパクトなデザインの車だ。
「間に合ったワネ、ヘイウッド」
アイオワが独り言にしてはよく通る声で呟く。
あらかじめサンフランシスコがわたしたちの駐車スペースを確保していたのでスムーズに入ってくる。
車が停まると運転席から降りてきたのはヘイウッド……ありあけだ。
「着いたワ。二人とも降りてチョウダイ」
ヘイウッドが前部座席を倒すとドアから降りてきたのは霞と雪風。
霞は肩をトントンと叩きながら
「アメリカ艦って駆逐艦まで一人に一台の車を持っているなんて思わなかったわ」
「異界に生まれ変わっても、帝国海軍の柱島泊地は自転車か乗り合いバスだしね」
と雪風。
霞は思い切り伸びをした後でわたしに顔を向けると
「イギリス海軍の駆逐艦でさえもバイクを使っているのに、ウチの司令部は頭が固い!戦艦しか自家用車を持てない!後はみんな自転車なのよ!司令!」
すると霧島がゴホンと咳払いをする。口を閉じる霞と雪風。二人に霧島はお得意の講釈を始めた。
「ま、我が国でもね、戦前から自動車産業は発展していたけどね。モータリゼーションとやらも良いことばかりじゃないのよ。新憲法で自衛以外の戦争を放棄しても国内で交通戦争が起きたら世話ないわ」
そういえば渥美清主演のドラマ『泣いてたまるか』の第一話は交通戦争が背景だったっけ(1966年)。
主人公はタクシー会社の事務員で自社の車が交通事故を起こすたびに被害者の遺族に頭を下げに行くのだ。
安全運転に関する意識が高くなかったこともあったのか多くの人が車にひかれて命を落とす時代だった。
……そんな事を考えていると自動車のアイドリング音が耳に入ってきた。
いつの間にかドライブインの駐車場から道路の果てまで大渋滞だ。考えて見れば当たり前だ。駆逐艦一人一人に至るまで車を持っていて同じドライブインを目指すのだから。
ヘイウッド(ありあけ)がふぅと息を吐いて
「間に合って良かったワ。グズグズしていたら今頃は港から出られなかったハズ」
霧島は「ね、わかったでしょ」とばかりに霞と雪風を見た。二人はバツの悪そうな顔をする。
しかしよく観察してみると……
みんな停まった車から降りると友達の車の助手席に乗り込んでおしゃべりをしているではないか。
その横をサンフランシスコ指揮下のTF 65部隊……ローラースケートを履いたウェイトレス軍団がスーッと走り抜けていき、次々とドリンクの入ったラージサイズの紙コップやハンバーガーの包みを渡していく。
そしてストローを吸い、ハンバーガーやフライドポテトを頬張りながら、おしゃべりに一層の花が咲く。まさにアメリカングラフティの世界だ。
雪風がポツリと一言
「何だかみんな楽しそう……」
今度は自分がバツが悪くなった霧島。その場を誤魔化すように
「さあ、お店の中に入るわよ。せっかくわたしたちのために貸し切りにしてくれたんだからね」
既にマレーヤたちイギリス艦は中に入っていた。わたしと共に霞も雪風も急いでダイニングルームのドアに向かった。
店内のダイニングルームは白を基調に赤と青の模様でカラフルに彩られていた。
「カムヒア!アドミラル!コッチコッチ!」
アイオワの陽気な声が店内に響きわたる。
声の方向を向くと赤青のストライプカラーの四人席にアイオワとマレーヤが向かい合って座っていた。
後はニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシンがイギリスの軽巡シェフィールドや駆逐艦ジャーヴィスたちと一緒だ。
そしてサラトガとヴィクトリアスは二人席だ。サラトガはわたしに一礼し、ヴィクトリアスは片手を振った。
「それじゃあワタシたちはコチラに行きまショウ」
ヘイウッドが霞と雪風を引っ張っていく。
必然的にわたしと霧島がアイオワやマレーヤと座ることになる。
海自の護衛艦として長い年月を送ったヘイウッドが、日本的?な気遣いをしてくれたので、アドミラルと戦艦という首脳部だけの会食となった。
「アドミラルはワタシの隣ネ!」
わたしの腕を掴んで自分の隣に座らせるアイオワ。ヘイウッドの妙な気遣いなど主砲の一撃で吹き飛ばす。
「Lunch is on me today!今日はワタシの奢りだからネ!」
気前のいいアイオワに対してマレーヤは
「Your treat? That's a real treat!..……すごいな。だけど大丈夫なのか?ジャーヴィスたちは食べるぞ?」
アイオワはフフンと鼻をならして
「問題ナッシング!最近GMの株がちょっぴり上がったからネ!今、ワタシはとってもハッピーなの!サンフランシスコ!どんどんランチを持って来るネ!」
サンフランシスコと部下のウェイトレスがローラースケートを走らせてトレイを運んでくる。さてアメリカの食事は?わたしが思い浮かべるアメリカのご馳走といえばカトゥーンに出てくるバカでかいステーキだが....
目の前に置かれたトレイの中にはチーズバーガーにフライドポテト、それにコールスローサラダ。そしてコンビーフが挟まれたサンドイッチ
アイオワが胸を張って自慢げに解説する。
「ワタシたちの有名なメルバーガーヨ!ジューシーなアンガス牛ひき肉、とろけるチーズにシャキシャキのレタス、セサミと一緒に焼いたバンズ!フライドポテトにコールスローサラダもつけて召し上がれ!足りなかったらルーベンサンドも食べてネ!」
日本で食べるチーズバーガーとは違い、こちらのチーズはバンズからあふれ出ていた....
肉とスライスされたトマトの上に無造作に乗っているバンズを見てマレーヤは....
「これでは手どころか上着の袖まで汚れてしまう。アイオワ、昔、わたしがニューヨークで食べたスライダー・バーガーは無いのか?」(ep.35参照)
「ブランカ・キャッスルのスライダーバーガーもデリシャスだけどネ!今ではちょっと古いからネ!このメルバーガーがワタシたちの時代のアメリカ!」
...そういえば、アイオワの竣工は1943年2月....日米が開戦してから約二年後...ガダルカナルから日本軍が撤退する時期に初陣を飾った彼女にとっては戦後に再就役した期間のほうが長いのだった。
マレーヤは仕方がないという表情をしてジャケットを脱ぎ、ブラウスの袖をまくった。霧島にいたってはタスキを取り出すと武道家のように着物をくくり始めた。
「ああ...おむすびと沢庵と味噌汁は無いのかしら」
まだアメリカ艦の基地に来たばかりなのに何週間も海外旅行をした日本人みたいな事を霧島は言った。
ふとヴィクトリアスを見るとトレイの下を覗いたり皿をずらしたりしている。何をやっているのだろうとわたしが眺めていると、
「シスターサラ?ナイフとフォークはどこ?」
サラトガは諦めたような表情で首を横に振った。
世間知らずのお嬢様のようなヴィクトリアスのボケにイギリスの駆逐艦たちは下を向いて必死で笑いをこらえている。
アイオワは食べ方の見本を見せるようにハンバーガーを両手でつかむと豪快に大きな口を開けて食いつき始める。
わたしにはとても彼女のような真似はできないのでサンフランシスコを呼んで「フォークプリーズ」
サンフランシスコが聞き返す「パイフォーク?サラダフォーク?ディナーフォーク?」
「????」わたしは叫んだ「ハンバーガーフォーク!」
わたしの横のアイオワが爆笑した。「ゴメンゴメン、アドミラル。サンフランシスコ、適当なのを持ってきてあげてネ」
フォークを刺して一口食べると...肉汁とチーズが混ざってかなりの脂の風味がする。そういえば日本で食べたダブルチーズバーガーもわたしは脂っこく感じたものだが...これはそれ以上だ。そしてチーズというのは案外塩気があるものなのだ。口が渇いたのでラージサイズドリンクのコーラを飲む。箸休め?にポテトをつまむ。これもまた塩味。
うおォン...わたしの口の中は人間火力発電所だ。ラージサイズのコーラを飲む。続いてコンビーフが挟まれたルーベンサンドも食べてみる。コンビーフはほぐした肉では無くて塩漬けの牛肉だ。またコーラを飲む。
うおォン...もはや手が止まらない。サラダなんかそっちの気で肉と脂と塩を味わいながらラージサイズのコーラを何杯もお代わりしてしまう。コーラだって今流行りのノンシュガーではなくてヘルシー嗜好が確立される前の味だ。
これを繰り返しているうちにふと気づいた。あれ?これって成人病の温床になるような食事じゃないか。わたしの明日は糖尿病か高脂血症だ。ああ...これがある世代以上の日本人が憧れたアメリカンライフなのか....
アイオワはそんなわたしの表情に気付いたのか
「問題ナッシング!大事なのは一週間の摂取量だからネ!一回ぐらいの食事なんかドントマインド!」
わたしの肩を手でポンポンと叩く。その後で急に真面目な表情になって
「それにネ、身体をダメにするのはハンバーガーとコーラじゃなくてアルコールとタバコ。アドミラルもこの二つをやるのはNo!なんだからネ!もちろん薬物なんかに手を出したらマストに吊るすからネ!」
薬物という言葉の生々しさに一瞬ギョッとしてしまう。ああ...これがある世代以上の日本人が憧れた.......いや、もうやめよう。
おっととと……いけない、いけない。自分の事ばかり考えていた。他のみなは楽しんでいるだろうか。
イギリス艦たちを見やる。イギリスとアメリカの関係史は皮肉で彩られている。だが、それだけに長い付き合いだから、まあ大丈夫だろう。
だが、霞と雪風の日本艦は……ヘイウッド(ありあけ)とペチャクチャしゃべりながらハンバーガーを食べている。よくみたら全員分のフライドポテトをトレイに開けて、一緒につまんでいる。
よかった。みんな仲良く食事を楽しんでいるようだ。アイオワ、マレーヤ、霧島がほっとした私を優しい目で見ているのに気づいた。
アイオワはわたしの顔をグーっと見つめると
「異なる土地の異なる人々が手に手を取る。ステイツは家、ワタシたちは家族」
わたしが自分の中のアメリカを振り返る限りでは、とても信じられない理想を臆面もなく言い放つアイオワ。
……わたしは今まである世代以上の人々が憧れたアメリカと言ってきた。そうだ、わたしの子どもの頃はジョージ・ルーカスやスティーブン・スピルバーグが盛んにマスメディアに取り上げられた。まだまだアメリカの文化的影響力は強かったのだ。
だが日米貿易摩擦も背景にあったのか、黒人差別や銃社会といったアメリカの抱えている問題も注目された。ロスアンゼルスの黒人暴動や在留日本人少年が犯罪者に間違えられて射殺された事件が大きく報道されたものだ。
わたしが20~30代になってからはアメリカ発の新自由主義イデオロギーが日本にも及んだ。日本社会は過剰な反応を起こして多くの人間が人生を狂わされた。
そして今のアメリカ…… いや、何も言うまい。
「ポリコレ乙」「トランプおやびん」「イーロンGJ」
アメリカで何が起ころうと多くの日本人にとってはSNSのネタに過ぎなくなってしまったというのは大げさだろうか。
しかしアイオワと接しているうちにわたしは……
「アイオワ、わたしはもう一度キミやアメリカ人の底抜けの明るさと理想主義に賭けて見たくなったよ」
マレーヤはギョッと言う顔になった。霧島も心配そうな顔をして一言。
「提督、あなた疲れているのよ」
しかしアイオワはパッと明るい顔になると
「I'm over the moon! 嬉しいネ!アドミラル」
言うが早いかわたしの頭を自分の胸に抱え込み熱烈なキッスを頭頂部に浴びせ始めた。幸か不幸かわたしの頭はまだ薄くないので唇の感触を肌で味わうことはできなかったが、その衝撃は伝わってくる。
「今はアメリカ人も迷える子羊になっているワ。でもいつか必ずMake America Great Again!」
わたしがアイオワに身も心も任せたい気分になっていくと……
突然、店のドアが強く開いた。駆逐艦の一団が中に入って来たらしい。彼女たちとともに入ってきた熱風がわたしの顔を焼いた。
左からヘイウッド(ありあけ)・雪風・霞
雪風「中国の料理を初めて食べた時もびっくりしたけどこちらも中々だね」
霞「天ぷらのほうがまだあっさりしてるんじゃないの?」
ヘイウッド(ありあけ)「アラ?天ぷらでもタチノワルイ店は油を使いまわししているから身体に悪いのヨ」
霞「何でそんなことまで知ってるのよ、あんた」
ヘイウッド「ワタシだって海自の護衛艦だったのヨ。日本生活15年!」
後書き
海自護衛艦ありあけ(元アメリカ駆逐艦ヘイウッド)
「サ、霞に雪風、早くノッテノッテ。後ろの席ネ」
霞
「ええと……扉を開くのはこの取っ手でいいの?(ガチャガチャ……)開かないじゃない!」
ありあけ
「チガウチガウ……レバーはこう引っ張るノ(ガチャ)……開いたワ。前部のシートをヨッコイショ。さあドウゾ」
雪風
「んー、何だか可愛いねこの車」
霞
「可愛い?窮屈っていうのよ。この車」
ありあけ
「ユーザーの平均的な体格と製造コストのバランスを考えると驚くほど合理的に設計されていることが分かるワ。さ、シュッパツシンコウ。きーてき一声シンバシを~」
雪風
「へ~ありあけちゃんってやっぱり色んなこと知ってるね。さすが日本生活15年!」
霞
「やっぱり怪しいガイジンよ。あんた」
ありあけ
「とんでもハップン、ワタシれっきとした日本艦よ。そんなことを言う霞なんてネバー好きなんだかラ!」
霞
「だから日本語しゃべりなさいっての!」
雪風
「雪風も何言ってるのか全然わからないよ……」
ありあけ
「戦後に若い女の子の間で使われた流行語ヨ。獅子文六の書いた小説にも出てきたワ。ええと……思い出した!昭和25年の『自由学校!』」
霞
「獅子文六?戦争が始まる前から有名な小説家じゃないの。へー。あたしが沈んだ後でも活躍していたんだ」
雪風
「んー昭和25年?……あっ!民国39年!ちょうど上海から台湾に命からがら逃げて来たばかりの年だ!その前の年に徐蚌会戦が終わって共産軍が揚子江を押し渡って来て……日本の事なんか思い出す暇もなかったなあ」
他のアメリカの駆逐艦(の乗った車)
「(ブブブ)……Hi! ヘイウッド!」
ありあけ
「Hi!」
他のアメリカの駆逐艦(の乗った車)
「Hi!」
ありあけ
「Hi!」
雪風
「んー……他のアメリカの車を見ると、この車ってなんだか雰囲気違うね」
ありあけ
「アラ、知らなかったの?これは日本車ヨ」
霞
「日本車?このフォルクスワーゲンを銀蝿したような形の車が?」
ありあけ
「ソー。スバル360。国民車って言われててネ。安い価格で丈夫に走る車が初めて日本に現れたのヨ。四人乗りだから家族みんなでドライブできるワ。昭和30年の夢がかなえられたノ」
雪風
「そっかー。雪風が日本を離れてたった10年でこんな車が誰でも買えるようになったんだね。雪風の瞼にあるのはなんにもない日本なのに……グスッ」
霞
「でも、今気づいたけど、この車って運転席の場所は他のアメリカ車と一緒じゃない」
ありあけ
「それはネ。このアメリ艦基地で乗るために苦労して沖縄輸出モデルを……」
霞
「輸出?日本の車なのに沖縄へ輸出?」
雪風
「あっ……!」
ありあけ
「アウチ!これは微妙な話になるから今度また別の場所でじっくりとネ……」




