41. アメリカ艦とのランデブー(異界からの浮上)
「それではジャーヴィス、朝の儀式を始めようか」
ここは旗艦マレーヤの後甲板。わたしはできるだけ重々しい声の調子を作って駆逐艦ジャーヴィスに告げた。
「ええ、始めましょうアドミラル。わたし、ラッキージャーヴィスのフォーチュンをあなたに!」
ジャーヴィスの許しを得てわたしは彼女の船体に手を伸ばした。
イギリス海軍の駆逐艦ジャーヴィスは第二次大戦で激しい戦いを幾度も経験したが、乗組員は一人の死者も出さなかったと言われる幸運艦。その運気をアドミラルたるわたしに染すための儀式である。指揮官には運も必要なのだ。
わたしはジャーヴィスの全身を隈無く触る。神社仏閣への参拝者がご神体や仏像のご利益にあずかるようなものである。
さらに彼女の後ろに回る。艦尾のカバーを持ち上げると、彼女が赤い船尾回廊と呼ぶ装飾が現れた。異界に生まれ変わった時に新しく作った自慢の一品だ。
ランジェリーのような艶やかさを目で味わいながら艦尾に手のひらを当てる。ここが一番ご利益があるという。人間でいえばヒップにあたる場所を両手で撫で回す。くろがねの冷たい装甲も温かく柔らかく感じる。
……これが人間の女性相手なら確実に○漢行為になるのだが、彼女たちは神話的な化身だ。人間世界の法律の埒外にあるのだ。
「……アドミラル?キングストン弁に指を突っ込んだら許さないわよ?」
ジャーヴィスが気の強い声で警告する。法律の埒外とはいえ最低限のエチケットはわきまえなくては……
艦尾を撫でまわした後は船体に密着して前甲板を擦る。時は軽く揉むようにする。主砲に触れた時、ジャーヴィスは思わず声を漏らした。
ジャーヴィスの運気が伝わってくるのを感じながら、わたしは今日一日の仕事を考えはじめた。
本船団は今日の午前中には異界から人間界に浮上する。そして異界と人間界の境界に留まっているアメリカ艦とランデブーする。
我が異界艦隊と同じく、彼女たちアメリカ艦も第二次大戦のウォーシップが人間の女性に化身した神話的な存在だ。
その彼女たちとアドミラルたるわたしとの絆を確認して……
「アドミラル……何を考えているの?」
ジャーヴィスが訝しげに尋ねる。
今さらではあるが、ジャーヴィスを撫でまわしながら仕事の事を考えていたことに気づいた。
「いや、これからのアメリカ艦とのランデブーの事をね」
人間の女性なら……わたしは仕事の片手間に食べるオヤツ代わりなの!?と怒るところだが、ジャーヴィスはウォーシップの化身だ。彼女もすぐに仕事の顔になった。
「そうね、何もなければ今日中になるわね」
わたしに全身をまさぐられながら予定を確認し始めたジャーヴィス。
「こちらのコンヴォイが運んできた物資を渡して、そして向こうから人間界の最新兵器を受領して、レクチャーを受けて……でもヤンクスとの合同訓練も久しぶりだわね」
口では久しぶりと言ってもアメリカ艦と旧交を温める雰囲気ではなさそうなジャーヴィス。
「ジャーヴィス、二つの大戦ではキミたちイギリスとアメリカは同盟国だった。イギリス海軍の基地であるスカパフローには多くのアメリカ艦が錨を下ろした。そしてイギリス艦もアメリカ海軍と航を共にしたはずだ」
アメリカと因縁浅からぬイギリス艦である戦艦マレーヤと空母ヴィクトリアスもこの船団に主力艦として加わっている。
「同盟国と言っても……同盟国だからこそ色々とあるのよ」
第二次大戦を経験したジャーヴィスには私がわからない感慨があるようだ。
「それにね……」
「それに?」
「"Overpaid, oversexed, and over here"って言ってね。こちらに来たヤンクスは下が緩い兵士が多かったのよ。ちょうど今のあなたのようにね!ギュッ!!」
「イテテッ!!」
船尾回廊を脱がそうとした手を思い切りつねられた。
ジャーヴィスの運気も十分に吸収したのでそろそろ潮時だろうか……そう考えたのだが……身体が急に火照りはじめた!これはジャーヴィスの運気がオーバーロードしている!?
「すまん!ジャーヴィス!キミの運気を取り込み過ぎた!少し戻さなければならない!」
わたしは彼女に謝って自分の服から霊具を取り出す。
「ちょっと!?どういうこと?わたしに何をしようっての?」
言葉とは裏腹にわたしが何をしようとするのか気づいたようなジャーヴィス。
「ボクは英雄でもない普通の人間だ。君のような伝説艦の運気を全て引き受けるのは少々荷が重いようだ」
「ストップ・イット!実力行使するわよ!」
しかしジャーヴィスに突き飛ばされるギリギリで、わたしは彼女のキングストン弁に指を触れた。
「ひぁん……!」
船体の中で最も重要な箇所を刺激され、ジャーヴィスから力が抜けた。わたしは彼女のウェストを後ろから抱き寄せる。ランジェリーのような船尾回廊を外すと艦尾が丸出しになる。
「カット・イット・アウト!やめなさい!」
ジャーヴィスが止めるのにも関わらずわたしは彼女のコネクターに霊具を一気に挿入した。
「許してくれ!もう我慢できないんだ!」
「アッ!ダメっ!」
その瞬間、わたしが吸収しすぎたジャーヴィスの運気は霊具から放たれた。ドクドクと音をたてて彼女の中に入ってゆく。
「アアーッ!ステューピッド!ばかーッ!」
全てが終わった後……ジャーヴィスは自らの太ももにトロトロと垂れた運気をハンカチで拭いながら
「覚えてらっしゃい、アドミラル」
わたしを怖い顔で睨みながら怖い声で呟いた。
わたしは慌てて旗艦マレーヤの艦橋に逃げるように上がって行った。
「覚えてらっしゃい、アドミラル」ジャーヴィスは赤い船尾回廊を履きなおすと怖い声で呟いた。
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戦艦マレーヤの上部艦橋に登って行き、ハッチから頭を出すとこの戦艦の女主人……人間体のマレーヤと目があった。
彼女は気まずそうな顔をしながらわたしを見ると咳払いを一つした。
艦橋に上がろうとすると戦艦霧島(の人間体)が手を貸してくれた。わたしが上がり終わると彼女は肘でつつきながら
「あのじゃじゃ馬を乗りこなすなんて提督もやるじゃない」
霧島の隣にいた空母ヴィクトリアス(の人間体)はわたしの手の甲を軽くつねって
「でも後が怖いですわよ、アドミラル」
……え?ひょっとすると……?
「わたしとジャーヴィスの秘め事を言ってるのかい?」
ヴィクトリアスは平然として
「ええもちろん。それ以外に何がありますの?」
霧島は若夫婦を見る隣のおばさんのような表情を浮かべると
「わたしたち艦橋から見ていたのよ。あのジャーヴィスの機先を制するなんてあなたも成長したわね」
肘でつついた後はわたしのほっぺたを人差し指で弄り始めた
霧島の指から逃げるようにマレーヤに顔を向ける。
「わたしたち……ということはマレーヤにも覗かれたんだ。キミは謹厳実直だと思っていたけど……」
ヴィクトリアスはもっともらしく
「人の心はわからないものですわよ、アドミラル。我が国のジェントルマンみたいなものですわね」
霧島はさらにおばさん度を高めた表情になって
「欲求不満なんじゃないの?タンバレイン島では養生でずっと港にいたしね」
あまりみんなに弄られたので船団旗艦たるマレーヤの堪忍袋の緒がキレた。
「今はオフタイムではないぞ!キミたち主力艦がそれでは下のものに示しがつくと思うのか!ミーティングを始めるぞ!」
かくして朝のミーティングは始められた。まずマレーヤが口を開いた。
「今日中には人間界に浮上してアメリカ艦と接触する。それで昨晩に彼女たちから通信が入った」
わたしは先ほどジャーヴィスと話していたことを再度マレーヤに確認する。
「そこでわたしとアメリカ艦との顔合わせ、船団が運んできた物資と人間界の最新兵器との交換が行われるのだね?」
頷くマレーヤ。彼女はそれに付け加えて
「そこでアメリカ艦は最新兵器を用いた合同訓練を行うことを提案している」
わたしはおうむ返しのようにマレーヤに尋ねた。
「最新兵器を用いた合同訓練?ドローンや無人潜航艇なのかな?」
「詳しいことはランデブーの後に打ち合わせるということだ。正式な演習ではなくてエキジビションマッチみたいなものだからリラックスしてほしいと言っている」
エキジビションマッチというアメリカンな言葉に対してヴィクトリアスは呆れ顔だ。
「これはアイオワたちが言い出しそうなことですわね。何でもスポーツショービジネスに例えるから困りますわ」
アイオワという艦名に反応した霧島。挙手してマレーヤに質問する。
「アメリカ艦は誰が来るの?」
マレーヤは通信に添付されていた名簿をモニターに映し出す。
「アメリカ艦はこのメンバーで我らを出迎えるということだ」
わたしは通信に添付された名簿を確認する。まずは戦艦アイオワ級。アイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシン……
「アメリカの高速戦艦に会うのは楽しみだわ」
と、霧島。アイオワ級は高速戦艦として金剛型に対抗して建造されたと言われている。
第二次改装時点での金剛型のノット数は厳重に秘匿されていたので、アイオワ級の仮想敵は他の艦だったのでは……と論じる研究者もいたような記憶があるが定説にはなっていないようだ。
続いて空母サラトガの名前。
「シスターサラ!古いお友達に会うのも久しぶりですわ!」
と、感極まった声でヴィクトリアス。第二次大戦でアメリカ軍と行動を共にすることの多かったヴィクトリアス。彼女とサラトガは空母同士で共同訓練をした間柄だった。
そして名簿の最後……いわゆるトメの位置だから大物なのだろう。その艦名は……
ニューヨーク。
はてニューヨーク?第二次大戦時のアメリカの艦艇は数が多すぎて戦艦でさえ全部覚えきれない。
訝しげなわたしの表情を見てマレーヤは
「USS New York (BB-34)、1912年就役。我らクイーンエリザベスクラスや金剛型と同世代だ。最初の大戦ではわれわれロイヤルネイビーとともにドイツのUボートと戦った。そして戦間期には我らがジョージ六世陛下の即位を祝う観艦式にも来てくれた。そして二度目の大戦でも……オールドレディとも呼ばれる歴史のある艦なんだ、アドミラル」
なるほど、歴史のある艦と聞いて会うのが楽しみになった。
するとヴィクトリアスは
「そのレディ・ニューヨークですが、戦後のある作戦がもとで少し変わったと聞きましたわ」
「え?それはどういうことだい?ヴィクトリア……」
わたしが全部言い終わらないうちに艦の動きが前進から上昇に変わった。……これはいったい何だ?
「異界から人間界への浮上に入ったんだ、アドミラル。次元の割れ目だから時空の力場がおかしくなるぞ」
そう言えば初めて異界に来るときにも経験したな。
マレーヤたちの頭上がバチバチと輝き始めた。不安定な時空を航行するための演算を行っているのだ。
艦橋から外を見ると周辺に人間界の映像が現れては消える。ロンドンのビッグベン、東京の皇居……
そして最後に現れたのは、巨大なタワーとその下に広がる緑地帯、大通りの横側には三越百貨店とマツザカヤデパートにパルコ……あれはわたしの故郷じゃないか。
その景色も薄れていくと天上に海があらわれ船団はその中に入ってゆく。
気づいた時には船団は海上を進んでいた。
グリニッジ標準時で午前11時30分、我が異界艦隊は人間界に浮上した。
場所は人間界でありながら異界との境界でもあるバミューダ・トライアングル。
1943年、ニューカレドニアのヌーメアに停泊するイギリス空母ヴィクトリアス(右)と米空母サラトガ(左)
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/3/34/HMS_Victorious_USS_Saratoga_Noumea_1943.jpg
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バミューダ海域に浮上して船団の点呼を取っている最中、ヴィクトリアスが緊張した声を上げた。
「アンノウンの物体多数をレーダーが感知!本船団に接近中!」
彼女の人間体は我々とともに旗艦マレーヤの艦橋にいるが、並走している空母ヴィクトリアスのレーダーと神話の力で同期しているのだ。
「本船団と接触するまで残り40分!大きさは鳥と同じくらいのサイズですわ!」
不安定な時空から浮上して一息ついていたわたしだが、戦艦に乗っている以上は気を抜くわけにいかなかった!
「キミは鳥と同じくらいと言った!つまり鳥では無い可能性が高いのだね!」
「その通りですわアドミラル!鳥の群れだったら天敵に追われたり!気流に乗るために!時折螺旋の動きをするものです!本船団に最短距離で向かってくるのは生物ではありません!」
するとわたしたちの横で聞いていた霧島が
「鳥ぐらいの大きさ……ひょっとして噂に聞くドローンの攻撃かしら?」
マレーヤも頷くと
「どこの国家なのか詮索するのは後回しにして目の前の脅威に対処しよう。ヴィクトリアス、キミの戦闘機で強行偵察をかけろ!」
ヴィクトリアスが頷く。空母ヴィクトリアスの甲板からシー・ハリケーン戦闘機が緊急発進していく。
ついでマレーヤは
「アンノウンをドローンと仮定して戦闘準備!ウォースパイトや金剛と作った対ドローン戦マニュアルを試す良い機会だ。各艦に通達、わたしの戦術コンピューターに同期してC4回路を開け!」
わたしがその内容を確認する暇もなく、水平線の境目で輝く光点が見えた。
艦橋にヴィクトリアスの声が響く。
「やはりドローンでしたわ!既に交戦に入りました!」
「ヴィクトリアスのシー・ハリケーンだけでは全部のドローンは打ち落とせまい!霧島、三式弾を頼むぞ!」
マレーヤの命令を聞いた霧島
「わかったわ!さっきのマニュアル通りね」
わたしはその時はじめて戦術回路のマニュアルを開いた。ヴィクトリアスの戦闘機を最外周に置き、戦艦の主砲による三式弾で敵の隊形を乱す。そこを高角砲が迎え撃ち、突破したものを機銃で始末する。射程の異なる兵器を重ねた漸減戦法――ウォースパイトと金剛たちが研究した対ドローン防御の基本である。
やがて戦艦霧島の主砲が仰角を上げて戦闘準備に入る。
「まだまだ……よしこちらの有効射程距離に入ったわ!撃て!」
轟音を上げて霧島の三式弾が発射される。やがて海の向こうに花火のような火球が広がった。
すかさずマレーヤが各艦に通達する。
「来るぞ!軽巡と駆逐艦の各艦!輸送船を護衛する位置に占位したな!対空戦闘用意!」
わたしが艦橋から目視すると、ゴマ粒のような点々が現れて、やがてそれは鳥のような無人機となった。…あれがネットでしか見たことの無いドローンなのか。
ドローンは機械とも思えぬ滑らかな動きで分散すると、投網が投げられるように我が船団を包囲した。
すかさず我が方の対空兵器がドローンを攻撃する。
ここまでの漸減作戦でかなりのドローンが撃墜されたようだが、やはり数が多すぎる。残ったドローンが次々とミサイルを発射していき、それは正確に命中した。
噴煙が漂い爆発の響きがこだまするなかで、不動のまま戦況を観察するマレーヤ。さすがは二度の大戦を経験した艦だ。
「ふむ……我々の対空砲火のパターンを見抜いたようだな。さすがあの時代のドイツのパイロットよりも反応が早い」
マレーヤと同じく戦況を観察していた霧島は
「あの雪風もてこずっているようね。米軍の爆撃をかわしたことで有名なのに、かなり被弾しているわ」
スクリーンに映し出された駆逐艦雪風を見る。艦橋のてっぺんに開けた穴からちょこんと顔を出してドローンの攻撃を読もうとしているが、被弾するたびに慌てて頭を引っ込める。
なかなか当たらない対空砲火に業を煮やしたのか、気の強いジャーヴィスや霞は自艦の甲板に出て手持ちの小火器でドローンを攻撃している。
周囲でミサイルが爆発しても怯むところがないのは、さすが神話の力を持って生まれた戦女神の化身か。
マレーヤは駆逐艦たちの応戦をスクリーンで見ながら呟いた。
「第二次大戦時の我々だったらとっくの昔に撃沈されていただろう。今の我々には人間の兵器の攻撃では致命傷は与えられないが……」
戦艦マレーヤの艦橋にドローンの放ったミサイルが命中する。
マレーヤは人差し指で首筋を掻きながら
「しかし人間にまとわりつく羽虫のようなものだな、このドローンというヤツは。そろそろ片付ける必要がある。霧島、奴らを操る通信波の周波数は解析できたか?」
「たった今、分析が終わったわ。ジャミング電波を放出!」
戦艦霧島のアンテナが魔法の光で輝くと目に見えないジャミング電波が放出される。するとドローンはコントロールを失って次々と海上に落ちていく。
落ちていく……はずだったのだが、ドローンはその寸前で生き返ったように上昇して再び攻撃を再開した。
「ウソ!」と霧島。
「システムを自律型に変えたのか!」とマレーヤ。
「他のみんなはどうしてる!」わたしは思わず叫んでスクリーンを見る。
すると今までは甲板で小火器を操っていた霞、こんどは艦橋の上に飛び乗ってドローンに発砲し始めた。
「霞ちゃん降りて!」と叫ぶ雪風や
「トッコーマインドはやめなさい霞!」と警告するジャーヴィス。
仲間が制止するのにも構わず次々とドローンに命中させていった。
「落ちろ!カトンボ」
会心の声を上げる霞。だがその後にすぐ
「熱ッ……熱ツツッ……!おのれ焼夷弾を!」
旗艦マレーヤの艦橋からそれを見ていた戦艦二人と空母一人。戦況の変化が激しいので自艦に戻れないのだ。
「霞!どうしたの!被害を報告しなさい!」
取り乱す霧島。だがマレーヤは冷静な態度を崩さずに
「あれはウクライナで歩兵を炙り出すために使ったテルミット弾か。人間なら助からなかったところだ」
怒りを押し殺したような低い声で呟いた。
ヴィクトリアスは表面的には余裕を保ちながら
「カトンボがスズメバチに変わりましたわね。どうなさいます?マレーヤ」
しかしそのヴィクトリアスも自艦の滑走路にテルミット弾をばらまかれたのを見ると途端に青ざめた顔になる。
「戻ってくるシーハリケーンの着艦が……!ち……ちょっと失礼」
慌ててスマホのコントローラーを開くと遠隔操作で自艦の消化活動をするのに必死になった。
「熱ッ!」「テルミット弾ごときがなによ!」「ジャーヴィス、お尻が燃えてる!」
スクリーンを出現させて被害状況を報告するシェフィールド。彼女の髪もチリチリと煙を出している。
「対空砲火の隙間から侵入したドローンにテルミット弾を投下されました。今の我々では撃沈まで至りませんが、火炎と煙による視界の制限は深刻です」
自らが羽虫と呼んだドローンに皆がてこずっているのを見たマレーヤ。軽くため息をついて
「21世紀の戦争はリズムもテンポも桁違いだ。我々の時代は民間人を巻き添えにする非人道的な攻撃が当たり前だったとはいえ、ある意味では牧歌的だったのかも知れないな、アドミラル」
わたしは彼女を励まそうと
「わたしのお株を取ってもらっては困るよ。そんな読書感想文みたいな素人文明論は人文学者だけで十分だ」
マレーヤは苦笑した後で考えこむと
「では、アドミラルではないが素人式で決着を付けるとしよう。霧島、わたしとキミの主砲を全門開け!斉射三連!」
マレーヤの指示を聞いた霧島は上ずった声で
「どういうこと?砲弾の集中による散布界の発生を考えれば交互撃ちが基本よ。主砲斉射三連なんてマンガ映画の宇宙戦艦だけよ!」
「説明している暇はない!今はわたしの指示通りにしてくれ!」
「了解!」
そしてマレーヤはわたしにヘッドホンを渡すと
「これを耳に付けて机の下に潜っていてくれ、アドミラル」
わたしが机の下にうずくまるや否や轟音が聞こえ、艦橋がビリビリと揺れた。それが三度続いた後で起き上がると……
空をうようよしていたドローンは一つも残っていなかった。主砲からだされた黒煙が付近に漂っている。
マレーヤがわたしに近寄ってきた。
「成功したぞ、アドミラル。主砲の斉射による衝撃波はドローンの精密機器を機能不全に出来たようだ。ヴィクトリアスのシー・ハリケーンも交戦したドローンを全て撃墜したという通信を受けた。作戦終了だ」
わたしは驚いて尋ねた。
「主砲斉射による衝撃波でドローン撃墜だって?そんなリアリティのないフィクションみたいな……」
「あのドローンは戦艦の主砲の音響と衝撃を想定していなかったらしい。無理もない、今では戦艦は時代遅れの存在だ。我々の演習の記録の多くは破棄されたかアーカイブの片隅にしまいこまれて行方不明だからな。電子化だって後回しだろう」
その時のマレーヤはチラッと淋しげな表情をしたが、やがて会心の笑みを浮かべて
「これでも我々は主力艦と呼ばれた存在だ。かってはこの主砲の威力が国家間の抑止力だったのだぞ、アドミラル」
マレーヤは誇らしげに自らの胸を突き出した。
霞「落ちろ!カトンボ」
ジャーヴィス「霞!無茶よ!ザッツ・レックレス!」
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戦闘が終わり、わたしたちはドローンに攻撃された被害を視察するために戦艦マレーヤの艦橋から甲板に降りた。
砲塔や艦載機の格納庫、カタパルトを見て回ると各所に弾痕がある。テルミット弾に被弾した箇所は煙を吹いている。
マレーヤの人間体も被害の影響を受けたようで、彼女は服の上から身体を掻いている。
そのうちに背中に手を回して顔をしかめ出した。そんな彼女に霧島が何かを放り投げたと思ったらそれは孫の手だった。
マレーヤは孫の手で背中を掻きながら
「やはりあちこちやられたな。こちらの対空装備も二度目の大戦からレベルアップしたつもりだったが……やはり21世紀の兵器に対しては及ばなかったか」
霧島は戦艦マレーヤの水上機格納庫を覗く。
「あら?こんなところまでミサイルが命中した跡があるわ。かなり内部まで侵入されたのね」
そう言った後で並走している戦艦霧島を見やると
「ウチのフネは大丈夫かしら?」
そう言ったとたんに人間体への影響が現れてきたようで着物のたもとに手を差し込んでポリポリとやり始めた。
すかさずマレーヤが自分の使っていた孫の手をわたす。霧島も孫の手を背中で上下に動かして気持ちよさそうな顔をする。
わたしは傍らのヴィクトリアスを見やると
「テルミット弾にやられた滑走路は大丈夫なのかい?ヴィクトリアス」
「恥ずかしいのですが、アドミラルの後学のためになるのならお見せしますわ」
ヴィクトリアスはわたしの手を取ると主砲の砲塔の陰に連れ込んだ。
そして上着のボタンをゆっくりと下から外していく。
わたしは思わず
「おいおい、ヴィクトリアス。こんなところでいきなり……しかも今は勤務中だぞ」
「真面目な話です!」
ヴィクトリアスはボタンを外すのを途中でやめて上着を開いて下腹部を見せる。
そこにはうっすらと発赤が広がっていた。
「わたくしは装甲空母なのでこれくらいで済んで良かったですわ。非装甲空母だったら水疱ができていたかも知れませんわね」
「それでこのまま放っておいていいのかい?」
「はい、船体が自己修復すればこの発赤も自然に消えます。明日にはマイアドミラルにエーデルワイスのような白い肌をお見せできますわ」
ヴィクトリアスはそう言ってボタンを閉じた。
わたしはヴィクトリアスと共に甲板から戻るとマレーヤや霧島に尋ねる。
「他の艦や輸送船の被害は?」
マレーヤは微笑を浮かべると
「安心してくれ、アドミラル。シェフィールドからの報告では撃沈はもちろん航行不能になる艦や船はない。テルミット弾の被弾が多かった艦にはわたしの艦の医務室に薬を取りに来るよう通達した」
霧島もマレーヤを捕捉するかのように
「人間体に薬を塗るだけで自己修復できる程度の被害だったということよ……しかし妙だわ」
最後の霧島の一言でマレーヤは眉を動かすと
「キミも気づいたのか。霧島」
霧島は頷き
「ええ。あのドローン部隊、無防備な輸送船ではなくて戦闘艦ばかり攻撃してきたわ。まるでわたしたちの対応を試すみたいに……」
霧島の言葉に座の空気はシーンとなった。
左:ヴィクトリアス・中:マレーヤ・右:霧島「「「ドローン部隊の目的は?」」」
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わたしは討論番組かシンポジウムの司会になったつもりで口を開いた。
「我々はどこの所属のドローンなのか考えるのを後回しにして戦闘に突入した。わたしもそれが最善の選択だと考えているが、戦闘が終了した現在では襲撃の主体を明らかにする段階に入ったと思う。まず国家である可能性を検討しよう。マレーヤ、君の意見は?」
マレーヤは親指と人差し指を開いてその顎に当てながら
「このバミューダ海域で軍事的なプレゼンスを握っているのはアメリカだ。あれだけの大規模なドローンはアメリカ海軍と考えるのが自然だが……」
「アメリカ海軍のドローンだと考えるのには疑問が残るというわけだね」
その褐色の顔を縦に振って頷くマレーヤ。
「現在、彼らの保有する無人攻撃機の大部分はペルシア湾に行っているはずだ。優先順位の低いこの地域に投入されるだろうか?」
霧島も発言する。
「あのドローン部隊は電波が遮断されると短時間に自律型システムに切り替わったわ。実戦慣れしているわね」
マレーヤが霧島の発言を受けて
「現在人間界で最も実戦経験のあるドローン部隊といえば、ロシアとウクライナか。それでもこの地域はあの二国の戦場から離れすぎている」
ヴィクトリアス
「訓練部隊だとしてもウクライナの場合は地理的にも政治的にも関係が深いヨーロッパ、ロシアの場合はアメリカの裏側まで運ぶよりも国内に施設がありそうなもの」
「ふむ、なるほどね」
三人の意見を聞いていたわたしだが基本的な事実を忘れていたことに気がついた。
「このバミューダ諸島の帰属はイギリスだったね。まずイギリス海軍の可能性を考えなければ……」
と言った瞬間、イギリス艦の化身であるマレーヤとヴィクトリアスは同時に首を横に振った。そして息を揃えて発言した。
「今のロイヤルネイビーはダメだ」
「本当にダメですわね」
「わたしたちを苦しめる力などあるわけがない」
「本当に情けなくなりましたわね」
自分の母体を否定する二人。わたしは迂闊にも聞いてしまった。
「どうしてなんだい?七つの海を征したあのイギリス海軍じゃないか」
するとヴィクトリアスが目を見開いて
「アドミラル、ご存じないのなら教えて差し上げますわ。そもそも『あの』68年!スエズ以東からの撤退と正規空母の廃棄が決定されてからのロイヤルネイビーは、七つの海からヨーロッパの一海軍に転落……ああ嘆かわしい」
マレーヤも憤懣やる方ないといった様子で
「ヴィクトリアスの言う通りだ。今では艦艇削減で自国の領海すら独力で防衛できるのかわからなくなっているからな。財務省の予算削減要求などジョンブル精神で跳ね返してほしいところだが、現在の首脳部ではあまりにも頼りない。……かっての栄光は二度と戻るまい」
ヴィクトリアスはマラリアにかかったように身体を震わせながら
「今では空母がたったの二隻……空母がたったの二隻……稼働率を考えると海外に展開できるのはたったの一隻……!どうしてこんな事に……!」
わたしは大学院の恩師を思い出した。彼も母校の批判を始めたら止まらなかった。しかし、彼の母校の現教官達が「昔の偉大な学者に比べたら」勉強していない研究していないと嘆かれても.......そこの出身者ではないわたしとしては答えようがないではないか。
霧島が海自について何か言いたそうな顔をしたので、わたしは慌てて
「わかった!イギリス海軍の可能性は排除しよう!では非国家組織の可能性は?南米の麻薬密売組織はどうだろう?」
マレーヤは少し落ち着いたようで
「そもそもこのバミューダトライアングルは人間界とは言え異界との境界だ。時空が歪んでいるので人間の航路や衛星監視システムの外側にあるんだ」
霧島も
「わたしたちが浮上したらいきなり攻撃してきたわね。普通だったら哨戒の偵察機や潜水艦が発見してその通報で攻撃してくるのでは無いかしら?」
再び考えこむ三人とわたし。すると……
「このドローンを調べたらわかるかも知れませんよ」
その声はジャーヴィスだった。周りに駆逐艦たちがいる。
「マレーヤさんの医務室に火傷の薬を取りに来たんです」
と、ジャベリン。彼女の首筋も赤くなっている。
「それで、カッターで来る時に海に落ちたドローンを回収してきたの。はい、アドミラル」
霧島が止めようとしたが、わたしはジャーヴィスの差し出したドローンを受け取ってしまった。
いきなりそのドローンは爆発した。わたしの上半身が吹っ飛ぶ!……とはならなかった。中から出てきたのは殺傷用の鉄片ではなくてビックリ箱に使うクッキーモンスター。
セサ○ストリー〇のキャラクターが人をバカにしたように舌をビロビロと出している。
「ふっふーん!やられたと思った?さっきの仕返しよ。いい気味だわ」
得意げなジャーヴィス。マレーヤが強い声で彼女を叱責する。
ジャーヴィスはわざとらしくイギリス近衛兵のように踵を鳴らして敬礼する。
「さっきジェーナスがこれに引っ掛かったので回収したドローンをチェックしたんです。全てにこのギミックが仕込まれていました」
霧島は彼女の報告を聞くと何かに思い当ったように
「わたし、今、猛烈に悪い予感がしてきたわ」
マレーヤがすかさず
「キミもか、霧島。」
ヴィクトリアスはため息をつくと
「わたくし、こういうことをやりそうな非国家組織に一つだけ心当たりがありますわ」
ヴィクトリアスがそういい終えるといきなり空中に航空機の編隊が出現した。あれはB29だ!
マレーヤたちはそれを見ると対空戦闘の指示の代わりにやっぱりとうんざりが混じった顔をした。
「あの爆撃機といい、この人をバカにしたようなドローンといい、どうやら彼女たちの作ったものだったか」
マレーヤが呟くと水平線の向こうから四隻の戦艦が現れて高速で向かってきた
縦列で接近してきた一隻目の戦艦。登舷礼のように人が並んでいるので水兵かと思ったがそれは女性のダンサーだった。
真ん中に一人の女性、星条旗がプリントされたシルクハット、その縁から見えるブロンドの短髪、再び星条旗がプリントされたジャケットという悪趣味なコスチュームでマイクを握って絶叫した。
「イッツ・ショータイム!イッツ・ショータイム!」
二隻目の女性は全く同じコスチュームだがブロンドの長髪。彼女もマイクを握って
「♬大陸を横断するスーパーハイウェイ!わたしたちはどこへだって行けるワ♬」
三隻目の女性も全く同じコスチュームだがこちらはブラウンの長髪。彼女もシャウトして
「♬わたしたちはどこへだって行けるワ!ニューオーリンズ、ダラス、デトロイト、ピッツバーグ、そしてアイオワ、ニュージャージー、ミズーリ、ウィスコンシン♬」
四隻目はブラウンヘアで気の強そうな濃い眉毛、この女性がユニットリーダーか。
「♬これがアメリカ!異なる土地の異なる人びとが手に手を握る。これがアメリカ!♬」
そして最後に現れた戦艦に他の三隻の女性が飛び乗ると四人揃ってポーズを取り
「「「「♬これがアメリカ!Living in America! ワオ!もうサイコー!♬」」」」
コーラスガールが万雷の拍手を送るなかで
「「「「ようこそアドミラル!ワタシたちアイオワシスターズはアナタを歓迎するワ!」」」」(続く)
「戦艦アイオワ、1984年8月15日」(https://en.wikipedia.org/wiki/Iowa-class_battleship#/media/File:BB61_USS_Iowa_BB61_broadside_USN.jpg)
榛名
「金剛お姉さま、お勉強中ですか?」
金剛
「うむ。我が国の令和7年版防衛白書をな」
榛名
「ここは人間界から遠く離れた異界ですが、ネットでダウンロードできるのだから便利な世の中になりました」
金剛
「わしとしてはディスプレイとやらに映し出すのは読みにくいから紙にプリントアウトしているのじゃがの…それで一頁目じゃが」
榛名
「これはマンガの絵ですね。左から海自・陸自・空自の兵でしょうか。帝国海軍では艦内新聞の挿絵ならともかく正式の広報では考えられませんわ」
金剛
「わしらの時代のマンガの『ハナコさん』よりオシャレな絵柄じゃの。女性兵が入っているのは.......まあ今さら驚くことではないがの」
金剛
「それで.....国家安全保障戦略などの「三文書」は後でじっくり読むとして...いまのわしが見たいところは....おお、ここじゃ『わが国の防衛力の抜本的強化』」
榛名
「『将来の領域横断作戦』...まあ、何てわかりやすい図表ですこと。ですがここで説明されている作戦は複雑ですわ、お姉さま」
金剛
「うむ。おぬしの言う通りじゃ。宇宙空間、空中、海上、海中、陸上の五面に渡って部隊が展開しておる。そして各部隊を垂直につなぐ通信と情報...」
榛名
「これを指揮統合するのは並大抵のことではありませんわ。榛名はレイテの戦いを思い出します」
金剛
「おぬしもあの作戦のことを考えたか。わしも参加したが、米艦隊や味方の別動隊の位置がつかめず、司令部や索敵機からの電文も入り乱れて霧の中で戦っているようじゃった」
榛名
「それで、榛名たちが命と引き換えに得た戦訓は21世紀の自衛隊に生かされているのでしょうか?」
金剛
「今の戦いでは宇宙空間の人工衛星で敵の情報を収集し、クラウドデータとやらを用いて情報を分散処理するようじゃの。このやり方だとわしらの時のように司令部が旗艦を変えたぐらいで通信がガタガタになることはないようじゃの」
榛名
「それを聞いて榛名はほっとしました」
金剛
「じゃが....」
榛名
「じゃが?」
金剛
「宇垣中将が申されたように『戦が杓子定規に行くものならば何でも無きも時に過誤あり、出来事もあり(戦藻録、昭和19年10月25日)』じゃ。もし世界一流の軍隊と智能化戦とやらで四つに組みあったら何が起きるか.......」
榛名
「..........」
金剛
「とはいえ、この白書を見る限りでは国際情勢、同盟国との共同作戦、生産や技術基盤の強化、地方共同体と自衛隊との関係など広く目配りしているのう。わしらの失敗がきちんと生かされているようで安心したわい」




