黙殺エントロピー
明くる日の朝。クレアはマホミル邸へと向かった。大ごとになるといけないと思ったので、昨日の巫女のことについては、マホミルには隠しておくつもりだ。イアデルのことも、…まぁ後々知ることになるだろうから、別に言わなくていいや。
屋敷が建っていた。
屋敷といっても、一般宅にしてはそこそこ大きいかなってぐらいの、一階建ての家だった。大きすぎず、小さすぎないぐらい広さの家だった。もう何度もここを訪れているので、クレアの足取りに迷いはなかった。鍵はかかっていなかった。クレアは屋敷の中へと入った。クレアはまもなくして目的の扉へとたどり着き、手の甲を使って扉をノックした。
返事はなかった。
このような場合は、不在あるいは、作業に夢中になりすぎてクレアの来客に気づいていないかの、大抵そのどちらかである。強いて言うならば、後者の方が確率的に多い気がするが。
今回もそんな感じかなぁ、とおおよそ予想しながら、クレアは扉を開けた。
扉の向こうは何に使うのか見当もつかない器具や紙の束で溢れており、棚には様々な素材の入った瓶が所狭しと並べられていた。
ガチャ、という扉の開く音に流石のマホミルも来客に気づいたようで、「あ」と短く声を発し、少し間をおいてから端的に伝えた。
「この部屋は危険なものとか色々あるから、勝手に触ったりしないでよね」
そう言ってマホミルは視線を目元へと戻した。何やら作業の真っ最中だったらしい。ペールブルーの床には、白いチョークで巨大な魔法陣が描かれており、その上には大釜——いわゆる、物語の中とかで、怪しげな老婆の魔女がぐつぐつ煮込んでるような、巨大な鍋が置かれていた。
机の上には、様々な素材の入った瓶や革袋といった物で散乱している。クレアは、興味深そうに袋の隙間から中身を覗いた。なるほど、不思議な虹色の輝きを放つこの結晶は、水晶や金属とは存在感からして違う。小さなカケラでも高値がつくであろうことが容易に想像できた。
「ししょー、何作ってるのー?」
「ぶっかけたら物の存在がループする魔法薬」
「ループ…?」
「あらかじめ新品にかけておくでしょ。そうすると、ボロボロになったり壊れたりしてもまた、新しいのが復活する、みたいな」
そのあと「生物とか魔法生成物には使えないけどね。魔力がケンカするみたいで…」と、マホミルは付け加えた。
「魔力結晶、神樹の葉、月光を集めた海水…これらを特定の比率で混ぜ合わせて煮る」
マホミルは着々と準備を進めていく。工程を、クレアは興味深そうにじっと見ていた。
「魔術の発動は、詠唱だけとは限らない。魔法陣や魔術式を刻んでおくことで発動するのを、クレアも見たことがあるでしょ?」
マホミルは指を鳴らした。その瞬間、床に刻まれた術式から紫色の炎が、ぼっ、と音を立てて勢いよく噴き出した。薄萌黄色が混じった紅紫との炎が、薄暗かった書斎を明るく照らした。次の瞬間には、先程よりかはだいぶ火が収まってきていて、火力が安定してきていた。おそらく、これが本来の火力なのであろう。
「高温高圧の環境下でグツグツ煮込む。その後の工程は機密事項だから内緒ね」
マホミルは、机の上においてあった小瓶の一つから金平糖を一つ取り出すと、口に放り込んでから伸びをした。
「長剣に刻む用の魔術式 準備するわよ。ぶっちゃけ、これが一番時間がかかる。練習用の紙を用意して、ひたすら書くの。楽しくなってきたわね」
「ん? ししょーなんで剣の話になったの」
「あー、まだ言ってなかったわね。この度よろず屋は店舗拡大に至って、販売層を大幅に拡大するのー」
おまけ:新しいタイプのバカ
クレア「ピザって10回言って」
イアデル「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ」
クレア「じゃあここは?(肘を指差す)」
イアデル「……」
イアデル「なんだこれ!!!!」




