57話 西日本侵攻作戦 1
1506年 6月
新政府の議事堂の会議室
長方形のテーブルの正面の左側に後柏原天皇、右側に橘幸太郎国王
左辺の奥から
総裁 持明院基規
参議 勧修寺 尚顕
長尾 能景
安東 忠季
朝倉 貞景
有馬 晴純
三好之長
足利 義稙
北条 早雲 (ほうじょう そううん )
武田信縄 (たけだのぶつな)
海軍総司令官 村上雅房 蝦夷国から出向
陸軍総司令官 朝倉 宗滴
右端おくから
戦略参謀 坂本リョウマ
内政参謀 西郷たかお
外務参謀 大久保トシオ
海軍参謀 勝りん太郎
陸軍参謀 乾タイスケ
警察参謀 服部ハンゾウ
以上のメンバーが勢揃いしていた。
すでに、新任の挨拶、自己紹介は終わったところで、
総裁、持明院基則
「では、今後の方針を陛下から発表して頂きますと。」言った。
すると後柏原陛下が軽く会釈して
「皆さん、私は、この日本を統一し、
戦さを無くして、民が笑って暮らせる国にしたいのです。
そして、世界の模範となる様な国にするつもりですので、
皆さんのご協力をお願いします。」
そう言うと、全員が
「かしこまりました!」
と熱く声を揃えたのだった。
総裁の持明院基䂓(もとなり)
「では、詳細は、蝦夷国、国王、橘殿から伝えて頂きます。」
幸太郎
「では、皆さん、今後の方針をお伝え致します。
まず先日、全国の大名に、帝より臣従及び領地変換の詔を、
発布致しました。
と言っても、奥州から畿内までは新政府の領地ですので、
残りの中国、四国、九州の西国の大名になります。
それに従わない大名は賊軍として討伐軍を送ります。
大きな勢力の中で、この詔に従わぬ大名は、
阿波、讃岐、土佐、淡路を支配する細川家、
周防・長門を支配する大内家、
豊後・豊前、筑前、筑後、肥後の南、日向の南を支配する大友家、
播磨・備前・美作の3国を支配する赤松家です。
そして、臣従を新たに申し出たのは、尼子家、島津家です。
島津家とは、大友家と交戦を継続する事で、圧力をかけて貰います。
尼子家には、大内家討伐時に先鋒及び偵察部隊として、
新政府軍に合流する予定です。
まずは、我が軍は、赤松家、細川家、大内家を征伐します。
その後、大友家を征伐します。
そして、賊軍の討伐軍の編成を発表致します。」と言うと。
皆.息を呑んで、次の一言を待っていた。
陸軍
第一師団 団長 長尾 能景
参謀 北条早雲
参謀 坂本リョウマ
総兵力 20000人
鉄砲槍部隊10000人、
輸送トラック100台 装甲車10台
工作部隊 5000人 兵站部隊5000人 トラック100台
第二師団 団長 有馬晴純
参謀 武田信縄
参謀 乾タイスケ
兵力は第一師団と同等。
首都防衛軍 司令官 朝倉定景
参謀 三好之長
参謀 大久保 トシオ
守備隊5000人
極東艦隊 艦隊司令 安東忠季
参謀 朝倉宗滴 (そうてき)
ガレオン船12インチ(約30.5cm)連装主砲を搭載 10隻
蒸気式軍艦 =三笠型蒸気船 5隻 旗艦陸奥、武蔵、越後、相模、越前。
蝦夷海軍 艦隊司令 勝りん太郎
護衛艦 = もがみ型護衛艦2隻 旗艦一番艦、二番艦。
そして、
第一師団は、赤松氏の支配下の播磨、備前、美作へ侵攻し
農民を解放します。
その後、尼子氏と合流して大内氏の討伐です。
尼子領地、石見国東部から侵攻し、大内氏の居城のある
周防、長門、安芸の平定を目指します。
海上からは、蝦夷海軍が各港を占拠し、制海権を確保します。
次に、
第二師団は、細川氏討伐です。
細川家の支配下に淡路から侵攻し、
讃岐、阿波、伊予、土佐の解放を目指します。
ここまで、何かご質問はありますか。」
第一師団長の長尾能景
「侵攻中、途中から臣従してきた者達は如何しましょう。」
幸太郎
「うむ、侵攻中に臣従を申し出た足軽農民兵は、
お咎めなしとして、村に返す事。
その際には、必ず食料を配布して返す事。
戦後の領地安定の為領民の心を掴むことが肝要です。
また、地方の豪族については、領地返還を条件に臣従を認め、
武家一族は小樽へ送還し、再教育後し新政府の国民として
迎える事とする。
賊軍として戦い、捕虜にした武士達は、
全員蝦夷国台湾領と樺太の収容所に送還し、
開拓民として働いて貰う。
また、敵支配地の農民も日本の民なので、
一切の殺生、略奪を禁止し、
違反した者は、その場で公開処刑とする。
侵攻は来月1日とする。
以上各々、準備をして下さい。と言うと。
全員、立ち上がり、敬礼したのだった。
いつも、連載が遅くてすみません。誤字脱字の指摘を頂ければ、幸いです。
いよいよ、日本統一に向けて動き出します。




