↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Torso  作者: 志岐
2/7

弐

 心臓を模した死体の事件の後、その事件と同一犯だろうとされる猟奇的殺人事件が尊の住む街で起きるようになった。見つかった死体はそれぞれ何を模して飾られていたので同一犯だと思われている。

 尊が昼食をとっている休憩室のテレビには四件目になる猟奇的殺人事件について報じられている。

 一件目は三ヶ月前に教会で心臓を模した女性の死体。二件目は二ヶ月前に樹林公園で木に天使を模して吊るされ飾られた女性の死体。三件目は一ヶ月前にチェロを模した男性の死体が文化会館の音楽ホールで見つかった。今報じられている四件目は植物—木を模している男性の死体が二週間前にこの街に唯一ある池のほとりで見つかった。

 毎日のようにニュースや新聞で報道され、元警察官や心理学者などが事件や犯人について語っている。

 犯人は幼少期に虐待を受けていたのではないか、毎回遺体が何かに模されているがどういった意味があるのだろうか、人体について詳しい人間の犯行ではないだろうか、などなど。様々な憶測が飛び交っている。

 死体には犯人に繋がる証拠はなく、目撃者もいない。事件現場近くの防犯カメラにも怪しい人物は映っておらず警察はお手上げ状態だ。二件目が起きたあと、警察は情報提供を呼びかけ始めたがあまり提供数は多くない。

「お疲れ様です、八重樫さん」

「お疲れ様です」

「あ、この事件、酷(むご)いですよねえ」

 尊が座っている椅子からテーブルを挟んで向かい側に座る女性。尊の同僚である鈴本愛佳(すずもとまなか)だ。

「…酷いかはわからないけど、被害者の人は怖かったと思うよ」

「怖いどころじゃないでしょうよ! 私も気をつけるようにしてますけど、後ろから襲われたら抵抗しきれないですよねえ」

 コンビニで買ってきたのかビニールの袋からサンドウィッチを取り出し、食べ始める愛佳。ニュースを見ながら、無差別なのかななどブツブツと言っている。

 尊はそんな彼女を見ながら、酷いかな、と考え始める。

 尊はこの一連の事件について酷いとは思わないし感じない。死体を弄ること自体は死者に対する冒涜にあたるかもしれないな、とは思う。けれど酷いかと言われるとそうではないと尊は思う。跡形もなくミンチにされたわけでも、バラバラの死体になったわけでもない。殺されたあと辱められたわけでもないのだ。

「八重樫さんも気をつけてくださいね」

「…え?」

 昼食のお弁当をちまちまと食べながら考えることに集中していた尊は、愛佳の声にワンテンポ遅れて反応を示す。

「連続殺人事件ですよ。無差別だって話ですから、帰りとか気をつけてくださいね。他のスタッフは極力何人かで帰るようにしてますけど、八重樫さんいつも一人で帰っちゃうので皆心配してますよ」

 愛佳の言葉に気をつけるようにすると返す尊。

 必要以上に職場の人間と交流をしないので、尊は特に仲のいい人というのはいない。浅く狭い人間関係しか築かない。なので上司にも同僚にもそんなに愛想がいいわけではなく、好かれていないと尊は思っていた。そのため心配しているという愛佳の言葉に少し驚く。

 上司も同僚も愛想の悪い尊のことまで心配するなどいい人であると尊は思う。

 尊は食べ終えたお弁当箱を片付ける。あと十分ほどで休憩が終わる。

「鈴本さん先に戻りますね」

「ん、あ、もうそんな時間ですか。了解です」

 サンドウィッチを食べ終え、デザートのゼリーを食べている愛佳に声をかけて、仕事へ戻る。

 事務仕事が主な業務内容の尊は自分のデスクへと戻る。

「八重樫君、休憩はもういいのかい?」

「…課長。あと五分で休憩終わるので、デスクに戻ってきたんです」

「そうかい。あ、これお土産ね。配っているんだ」

「あ、ありがとうございます」

 尊の手に置かれたのは有名な北海道のクッキー菓子。そういえば先週遅い夏休みを取って家族旅行に行くと言っていたなと思い出す尊。課長に礼を言い、菓子を貰い受ける。

 課長はじゃあ午後も頑張ろうね、と言って去っていく。

 尊はもらった菓子をデスクの隅に置き、パソコンへと向き合う。終業まであと四時間。

 尊は業務に集中し始めた。


◇


 業務終わりの午後六時過ぎ。尊は家路についていた。

 小腹が空いているので、休憩時に課長にもらった菓子をぱくりと食べる。

 仕事帰りのサラリーマンたちが駅に向かう流れに逆らって住宅街の方へと進む。

 バーに寄ってから帰ろうかなと思い、尊はバーの方へと進路を変える。

 バーに向かう道の途中にある薄暗い公園にふと目をやれば、二つの人影。住宅街からは少し距離のある公園なので、六時を過ぎれば子供はいなくなり、大人も寄り付かない。

 何かあったのかと歩みを止めよく見れば、男女が抱き合っているところであった。尊は恋人同士のいちゃつきか、と視線を外し歩みを再開する。

 実際にこの男女が恋人同士ではないことを尊が知るのは、翌日のことである。

 バーで一杯飲み、帰宅した翌日の朝。仕事は休みだが、長年の習慣で朝は決まった時間に起きてしまった尊は、なんとなくニュースを見ていた。

 動物園でパンダの赤ちゃんが誕生日を迎えたことや家事が都内であったなど、ニュースキャスターが淡々と読み上げる。すると突然、速報です、と硬い声でニュースを読み始めるキャスター。

「速報です。都内の公園で女性の遺体が見つかりました。死後遺体に手を加え、人形を飾るように遺棄されていたことから、連続猟奇殺人事件と同一犯の犯行とみて警察は調べています」

 尊は犯行現場として映されている公園の映像を見て驚く。昨日の帰りに前を通った公園だった。恋人同士かと思ったが、あの二人はそうではなかったのだ。

 殺人犯と被害者。紛れもなく昨日尊が見た光景は犯行の最中だったのだ。

「…まじか」

 ぞくりとしたものが尊の背中に走る。それは犯人に見つかって殺されていたかもしれないという恐怖ではなく、見つかって殺されていたかもしれないという悦だった。

 トルソー事件と同一犯であろう犯人を間近で見ることができたかもしれないという悦び。歪みない尊である。

 好機を逃した、と若干後悔しながら昨日の光景を思い出す。

 男女が抱き合っていると思っていたが、あれはたぶん気絶させたか殺したか、どちらかの状態でぐったりと力の抜けた女性を抱きかかえていたところなのだろう。

 今回は人形のようにしていたという。アンティーク・ドール(ビスク・ドール)のような風貌にされていたのだろうか。きっと玩具用の人形に模してはいないだろう。日本人形やマネキンのようなものでもないだろう。

 尊はどんな風貌にされていたのかと想像を膨らませつつ、手にはスマートフォンを持ち、事件の写真が無いかと検索をかける。

 過去の四件の事件でも、尊は画像検索をかけて死体の写真を探した。すぐに削除されてしまうことはわかっていたので、めぼしい写真は保存してある。今回も同じように死体の写真を探すが、めぼしい写真はなかなか出てこず、遠目に一枚、死体を斜め横から撮った写真を保存した。

 遠目ではあるが画質も申し分なく、大まかに犯行現場を把握できる程度には綺麗に撮れている。

 尊はじっとその写真を見つめる。服は白で、フランス貴族のようなドレス。距離があるので確信はないが、レースやフリルがふんだんにあしらわれているように見える。靴は見えないが、髪は茶髪で軽くウェーブがかかっている。頭には服と同じ白色のボンネットを被っている。

 尊の思った通りアンティーク・ドールのような風貌になっていた。

 偶然の一致か、はたまた尊が犯人の思考を理解し始めているか。どちらにせよこの一件については尊の予想が当たったことは事実である。

「…やっぱり同じ人の犯行なのかな」

 何かに模して飾る。犯行現場と死体に証拠を残さない。五つの事件に共通している二つの点。

 男女ともに被害者になっていて、被害者同士に面識や交友関係はないのだという。

 そして綿密に犯行現場を下見して、人がいなくなる時間帯を狙って死体を遺棄しているのだろう。全くもって犯人に繋がるものが出てこない。

 頻度的にこの街か近隣の街に住んでいることは確かだろうが、直接犯人に繋がる証拠が出ないため警察の捜査が難航しているのだろう。

 尊はローテーブルの上に置いてあるクロッキー帳の新しいページを開いて写真の死体を模写し始める。

 過去四件の死体の模写もそのクロッキー帳に描かれている。

 崇高な宗教画のように、美しく描かれているそれらは、尊にとっては大切なものだ。十年前の事件から取り憑かれたように、崇拝するように想い、描いてきた。

 クロッキー帳に向かう尊を余所に、ニュースにでは未だ連続猟奇殺人事件についての考察などが語られている。

 その考察が本当にあっているのかどうかは、犯人しか知り得ない。警察は未だに犯人像を絞り込めてはいないのだ。ニュースキャスターや犯罪心理学者、元警察官などがどうこう言ったところで結局はただの想像である。

 二件目以降、警察は街の巡回を強化してはいるものの、全く意味を成さない。寧ろそんなもの意味がないと鼻で笑うように犯行が行われている。

 情報提供もほぼ無いと言われている現状で逮捕・解決になることはない。もたもたしていると次の犯行が起こるかもしれないと警察は焦っているだろう。被害者が増えないに越したことはないのだから。しかし犯人の目星がつかない。怪しいと思われる人物さえ浮かび上がってこない。

 そして日に日に街の人々の不安も大きくなっていて、警察への風当たりが強いことも事件解決に向けて焦っている要因である。

 警察は今、八方塞がり状態なのである。

 尊は二時間ほどクロッキー帳に向かっていたが、キリのいい状態になったところで、一息つこうとコーヒーを淹れるためにキッチンへと向かう。

 ローテーブルに置かれたクロッキー帳には、アンティーク・ドールのように着飾られた女性の死体が中央に描かれ、周りには服にあしらわれているレースやフリルの想像画が描かれていたり、尊の感想が所狭しと書かれている。少し距離を置いてそのページを見れば、ほぼ真っ黒なページに見えるほどだ。

 過去四件の絵も最初に描いたページは同じくほぼ真っ黒になるほど細部の考察や感想が書き込まれている。

 トルソー事件と同一犯かもしれないと認識してから、盲目的にこの連続猟奇殺人事件に執着する尊。

 尊の目にはトルソー事件の死体がこの世で一番美しく見えたように、この連続猟奇殺人事件の死体も美しく見えているのだ。

 尊は次の事件が起きないといいと思いつつも、次はどんな風に死体を飾るのか期待している。

「んー、疲れた…」

 ソファーに座り、コーヒーを一口飲みローテーブルに置く。

 二時間あまりラグの上に座りクロッキー帳に向かっていて尊の体は凝ってしまっている。凝りをほぐすために首を回したり、肩甲骨が動くように意識して肩を回したり、後ろに腕をやり伸びをする。それでも足りなければ指で首筋や肩甲骨あたりを揉みほぐす。

 そのまま仮眠を取ろうとファーに横になり目を瞑る尊。体の力を抜き、息を吐き出す。リラックスできる体勢になり、眠気が来るのを待つ。

 トクントクンと規則的に感じる鼓動。暫く鼓動を感じながら頭を空っぽにしていれば、だんだんと押し寄せて来る睡魔に身を委ね、尊はそのままソファーで眠りについた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。