シンリャクシャ(後編)
私たちの悪い予感の通り、事は進んでいった。
最初に自衛隊の駐屯基地が建設され、世界中の報道機関が押し寄せてきた。
マスコミの強引さというのはどこの国でも変わらないらしく、矢継ぎ早に質問してくる(すでにキャヴァリアン語は公開されていた)リポーターたちに、ディナオたちは目を白黒させていた。
しかし生来が穏やかで親切なキャヴァリアンたちは喜んで報道陣を畑や食事場に招待し、終始ニコニコしていたが、私はいままで丁重に扱ってきたものが穢されたように感じていた。
「先生、そう悪いことでもありませんよ。世界中に異世界やキャヴァリアンの存在が知れ渡ったことで、彼らに人権を認めるべきだという流れになっているようです」
「ふむ……実験動物や見せもの扱いされるよりはましということか」
実際、各国政府がそこまで考えていたかどうかは怪しいものだが。
ともかく、賽は投げられたのだ。
人類は異世界やキャヴァリアンたちの存在を認めた。環境保護団体も各国に必要以上の干渉をするべきではないという声明を出し、支持を得ているようだ。捕鯨禁止運動などには抵抗を感じる私だが、この異世界に関してはその支持はありがたかった。
だが、その反面、危惧されていたことも起こっていた。
各国の兵士たちは武器を携行し、キャヴァリアンが平和的な種族であるということに疑念を抱いている様子だった。比較的早期から調査隊に参加していた私も、彼らがいかに親切で、争いを好まない勤勉な種族であるかを力説し、それに関するレポートの多数提出した。
ただ時間的な制限もあり、全てを詳細に分析することはかなわなかった。
例えばキャヴァリアンが常食している野菜スープには、ほんのわずかだが未知の物質が存在した。
しかし動物実験でも特に害らしきものはなく、事実、彼らとともにずっと食事を共にしてきた我々にも、なんら健康面での影響はなかった。
唯一、キャヴァリアンたちが難色を示していたのは、例の「禁忌ゾーン」に人間が立ち入ることだった。
しかしディナオたちもその理由をうまく説明することができず、ただ「そこから先はいけない」というばかりであった。そしてそれが余計な疑念を招いたのだ。
「彼らは禁忌とする地帯に何かを隠しているのではないのか」
「特殊な鉱物や宝石が眠っているのかもしれない」
「おとなしそうに見えて、裏では何か血なまぐさい儀式でもしているのではないか、しょせんヤツらは野蛮人だ」
欲に目がくらんだ人間というのは、まったくもって度しがたい。
彼らはまず、キャヴァリアンの中で年若い───まだ子どもと言ってもいいほどの───個体を手名付けようとした。
動物性たんぱくを取れなくとも、彼らは果物などは食する。甘いと言っても糖度はそれほど高くなく、せいぜいが半熟の固い柿程度のものだった。彼らにとって食事の甘みとはそれで十分なのだが、育ち盛りの子どもは違う。
しかも大人と違って好奇心旺盛で、そんな子どもは砂糖たっぷりのキャンディーなどを与えられたら、すぐに手なづけられてしまうだろう。
そうして彼らは大人たちの目を掠め、「禁忌ゾーン」に調査兵を送りこんだようだった。
ようだった、というのは我々はその一件について何ら聞かされておらず、分かったのは「事」が起こった後だったからだ。
あの日のことは、忘れもしない。
村の大人たちが、珍しくざわめき、禁忌ゾーンの方を指さして言葉をかわしている。
いつも穏やかなあのディナオまでが表情を硬くし、他の大人たちとなにか言い争っているようである。私と杉原一尉は初めて見る彼らの姿に驚き、いったい何があったのかと尋ねた。
「シゲオさん、大変です。村の子どもとあなた方の仲間の人が、行ってはいけない場所に入ったようなのです」
なんということだ、と私は暗澹たる気持ちになった。
未知の領域に挑む、それは人類の持つ冒険心ではあるが、一歩間違えればそれは傲慢にしかなりえないというのに。
しかも村の子どもを巻き込むなんて、なんて馬鹿なことを。
「私は、すぐ追いかけて連れ戻すべきだと言ったですが、行くべきでないという人もいて、困っているです」
「うむ……キミたちにとって、あの地域は足を踏み入れるべきではないんだろう。心配する人の気持ちもわかるが、その子どもが心配だ」
「八島先生、私と部下数名で探索して連れ戻します。もちろん武器は非携帯で」
だが、「禁忌」とされる地域、どんな危険が潜んでいるとも限らない。
私は調査隊のメンバーと相談し、私と杉原一尉、それと部下二人の四名でゾーンに向かうことにした。さらに万が一を考え、拳銃だけを携えるように提案した。
「ディナオ、我々はこの世界の住人じゃない。だからキミたちが禁忌を侵したことにはならない。すぐ戻るから、待っていてくれ」
「シゲオさん……」
禁忌地域に足を踏み入れた私たちだが、正直腹立たしさ、村の子どもを心配する気持ちとは裏腹に、好奇心が頭をもたげるのも否めなかった。
私もまた、傲慢な人類の一人ということか。ディナオたちがあれほどに頑なになる禁忌地域、一体そこに何があるのか、それを知りたいと思わずにはいられなかったのだ。
「特に……変わった様子はありませんね」
「ああ。だが考えてみれば、草原には草食動物がいるのに、それを捕食する動物が一匹もいないというのも不自然な話だと思わないかね。もしかしたら、この地域にその謎があるのかもしれない」
はい、と一尉と部下は腰の拳銃を確認する。
(我々は……やはりただの侵略者だったのかもしれないな)
禁忌地域に侵入した兵士たちの足取りはすぐに掴めた。
草原に、明らかにタイヤ痕が残っていたからだ。彼らは軍用ジープで、小高い山に向かっていた。
おそらくそこで鉱物サンプルなどを採取するつもりではないかと思われた。採取したサンプルからレアメタルなどが発見されれば、一気にこの辺りの山肌が崩され、木々は倒され、森は破壊されてしまうだろう。
「先生!」
杉原一尉が空を指差すと、さっきまで晴天だった空に異変が生じていた。
黒々とした暗雲が広がり、ごろごろといやな音が響いてくる。この世界でももちろん雨は降るが、雷を聞いたのは初めてだ。まさか、禁忌が侵されたから……いやそんなバカな。
「子どもが心配だ、先を急ごう!」
一尉を先頭に、私たちは灌木林の中を進む。途中、軍用ジープを見つけたが、周囲に人の気配はない。ここから先は車では乗りいれられないので、徒歩で進んだのだろう。
ごろごろごろごろ……
空模様はますます怪しく、まるで我々を威嚇するように不機嫌な音を立てる。
山火事は、木と木が擦れあって起こる場合や、あるいは雷によって引き起こされる場合もある。私たちは焦りを感じていた。
びしゃあぁああああっっっ!
凄まじい雷鳴とともに、落雷が起こった。
私たちは一旦様子を見たが、落雷はその一度きりで、暗雲は薄れて行ったので、私たちは歩を進めた。すると───。
「ひぃいいいい!」
「ぎゃぁあああああああ!」
突如、数名の男たちの悲鳴とともに、軍服を着た兵士が森の奥から転がり出てきた。
彼らはすっかり正気をなくした様子で、訳の分からない悲鳴をあげつつ、のたうちまわり、森から離れようとしていたのだ。
「おい、子どもはどうした! しっかりしろ!」
一尉の呼びかけにも彼らはまったく反応せず、ただ悲鳴を上げるばかり。
そのうちにひとりまた一人と兵士たちがよろつきながら現れ、最後にキャヴァリアンの少年がよろよろと現れたのを見て、私たちは撤退することにしたのだ。
その後、私たちは禁忌地帯に入った全ての兵士とキャヴァリアンの少年を無事に救出することに成功した。
だが、彼らは混乱しており、いったい森の奥で何が起こったのか、状況はまったくつかめなかったのだ。ともかく各国軍には禁忌地帯への立ち入りを厳しく禁止したうえで、状況の解明に当たったが、キャヴァリアンの少年はほどなく意識が戻ったので、我々は胸を撫で下ろした。
「先生、彼らの様子は……」
「ああ、身体的に異常や外傷はないが、精神的に疲労している。強烈なストレスを強制的にかけられたような衰弱状態だ」
だが、あのわずかな時間でどうやればあそこまで衰弱するのか、それにあの異様な雷に関係があるのか、一切が不明である。
ただキャヴァリアンの少年が思ったほどには衰弱していなかったのは不幸中の幸いであった。
異世界の、それも幼い少年を危険な目に遭わせたとあっては、今度、この世界での活動がやりにくくなるというものだ。
「あの天候異変は、すぐに収まりましたが、観測班からは通常ありえないとの報告です。もしかしたら、なにか人為的に起こされたものの可能性も」
「まさか───キャヴァリアンに天候を操作する技術があるとは思えない。それと、こちらにも気になる報告が上がっている」
ただ一つ───ヒントとなるかもしれない新たな情報が一つだけあった。
キャヴァリアンの常食している食事の中でどうしても解明出来なかった成分の一端が解明されたという報告が上がったのだ。
その報告結果を見たとき、私は今、何が起こっているのかを垣間見たような気がした。
そして、人類はひょっとしてこの異世界に足を踏み入れるべきではなかったのではないかとも思った。
「ど、どういうことです、先生!」
「杉原くん……報告ではこうだ、唯一解明されていなかった未知の成分は、人体に対して有害なものではない、と言わざるを得ない。だが、有害ではないから害にならないとは限らない」
「どういうことなんです、私にはさっぱり」
私は、キャヴァリアンの主食に含まれた未知の成分を、モルモットに与え続けた実験結果に、空恐ろしいものを感じていた。
「むしろ逆だ。その成分を摂取した生物は攻撃性を抑制され、争いごとを忌避するようになる。結果的にその群れは平和的に、互いを傷つけることなく暮らすことをよしとする」
私の言葉に、彼は目を丸くした。
「そ、それの何が問題なのですか?」
「わからないのかね? 人間がいまの文明を築き上げてきたのは、多種族、他民族と絶えずいがみ合い、争い合い、覇権を争ってきたからこそなのだよ。平和的? それがよしとされるのは文明をもった生き物のそれではない、それは───飼いならされた『家畜』の理想的な姿だ」
「と、いうことは」
「キャヴァリアンの食するものには、明らかに何者かが意図的に混入した『攻撃抑制物質』が含まれている。杉原くん、キミにも覚えはないか? キミたちはもうずいぶん戦闘訓練をしていないだろう、そしてそれに対してなんら疑問を抱いてはいない」
私の言葉に彼は息を呑んだ。
「シゲオさん───収穫の時期です」
「ディナオ」
常にない穏やかな顔で私たちの前に現れた異世界の青年は、もはやそれが当然であるかのような表情で私たちに告げた。
「ディナオ、収穫というのはいった」
私は、最後まで言うことができなかった。
ごろごろごろ……あの不快な雷雲の音が近づいていた。
慌てて駐屯基地を飛び出した私と一尉の頭上で、またも異変が起ころうとしていたのだ。
(間違いない───これは、人為的に起こされたものだ。だがキャヴァリアンではない、もっと何か別な)
びしゃああああんっっっ。
頭上から降り注ぐ圧倒的絶対的な志向性を持った「それ」は、その場にいた私たちの自由意思を一瞬で奪い、支配下においた。
それが私の意識の中に入り込んできた瞬間、私は「彼ら」が何者であるかを一瞬で悟った。
この世界における「知的生命体」とは、はたしてキャヴァリアンのことではなかった。
彼らよりもずっと進化した、肉体をも捨て去った高次元精神体、それこそがこの星の真の支配者であったのだ。
彼らの意識が強制的に私の精神にアクセスして来たとき、私は全てを知った。
彼らは既に肉体をもたず、精神だけの存在となり、その糧となるのは自分たちの下位に属する生命の意識そのもの。
彼らは自分たちの「食料」としてキャヴァリアンを飼育し、繁殖させ、定期的に捕食していたのだ。
(そうか───あの禁忌地帯はいわば家畜にとっての柵。彼らに危険が及ばぬよう、そして彼らを都合のいい餌として飼育・繁殖するためのもの)
そして、いまは私たちをも───。
ああ。
それはなんとおぞましく、そして心地よい体験であったのだろうか。
思い出してみるがいい、この世界には危険な動物は存在せず、かつ強いものが弱いものを虐げる必要もなく、食料も満たされ、それでいて怠惰に暮らしたいとも思わなかった。
全てが平和的で健康的で、健全で、それは自らをより高次の存在のための「餌」として仕上げるための本能でしかなかったのだ。
一見、理想郷とさえ思われたキャヴァリアンとは、支配者である何者かの一方的な好餌に過ぎなかったのだ。
ごそり。
私の精神の一部が明らかに「喰われる」のを感じた。
ぎりぎりと首を捻じ曲げると、杉原一尉やその部下たち、そしてディナオたちも同様にびくびくと手足を震わせている。しかしその顔には恍惚の表情が浮かび、おそらくは私も同じような顔をしているのだろう。
だが、私は自分が喰われる恐怖以外に、それ以上に恐ろしい可能性に気付いていた。
「彼ら」が我々地球人の意識に「食欲」を覚えたとしたら。
あの裂け目を通った先には、数十億に及ぶ人間───いや、彼らにとって上質の餌がひしめいているということではないか。
我々にとってまったく未知なる存在である彼らに対し、地球人は対抗する術を持たない。我らはキャヴァリアン同様、一方的に捕食されるだけの家畜に堕してしまうだろう。
彼らはおそらく人類を絶滅させたりはしないだろう。
人類のように好奇心旺盛で、攻撃性が高い種族の精神力は、きっと彼らにとっては非常に美味な「餌」であろうから。彼らは我々をキャヴァリアン同様に飼育し、家畜化し、自分たちの糧とするに違いない。
(私たちは、この世界の侵略者などではなかった───むしろ侵略者を招き入れてしまったおろか者であったのだ……)
押し寄せる恍惚感と共に、私はそれに抗うことが出来なかった。
やがて、地球人類はこれまでの争いや殺し合いに満ちた歴史を終わらせることだろう。
誰ひとり、そこに疑問をさしはさむ余地などない、それは十分な食料と平和に満ち満ちた世界であろうから。
だが、それは──────「地獄」とどこが違うのだろう。
微かな疑問がやがて消失し、私は一匹の「家畜」となり果てた。
おわり
これ……誰かがどこかで似たようなアイデアで書いているような気がしてなりません。
一見して知的生命体が「家畜」だったというのは、「ミノタウロスの皿」とちょっと通じるかもしれませんが、肉体的なグロはありませんのでご安心を。でもかえってその方がエグいよなぁ。
そういや前に「絶対上位侵略体」って短編を書いたんですが、そういうの好きなんかい、わし……