第八十八話 御輿(みこし)はショタ王子
ようやく戦記になってきた。
火薬を作っている都市国家、ゼンターにやって来た俺達は、突然プロイス連邦を統一しようと言う話に巻き込まれてしまった。
プロイスは、世界の果てからやってくる天使たちの激しい攻撃にさらされている。
北に存在する、世界の果てに最も近い国だから仕方ないのだが、今のように無数の小国に分かれて存在していると、天使に各個撃破されてしまう心配があるのだ。
「では、次の国名は……」
「イリアーノを名乗るわけにはいかないだろうな。彼らは暁の星教団の権威失墜もあり、今は非常にナイーブになっている。ここで彼らを刺激することは、いらぬ戦争の種をまくことだね。天使の得にしかならない」
「では分かりやすく、プロイス帝国がいいんじゃないでしょうか」
アイナの意見は実に分かりやすい。
イリアーノ、フレート、シュヴェルトの血には、とある家系の血が混じっていて、彼らが裏で糸を引いている。
この国に住まう王家は、イリアーノ王国の傍系であったそうで、さる家系とは血が繋がっていない。
しがらみは無く、大義名分はある。
ならば、潔くプロイスの正統な主を名乗ってしまえばいいわけである。
「賛成」
「うむ、分かりやすくていいのではないか!」
「わたくしもそれでいいと思いますわね」
俺と勇者二人の賛成を以って、この案は可決される事となった。
なぜだか俺の発言力が非常に重視されているようだ。
なんでだ。
「セブンは聖王国から始まり、傭兵王国ディアスポラ、都市国家ラスベリア、ガルム帝国、そしてイリアーノからシュヴェルト、フレートと世界を巡っているからね。今の時代、君のように世界の姿を知るものは少ない。君が辿った旅路と成してきた功績は、賢者の名に相応しいものだと思うよ」
よせやいロットバルト。
俺は褒められ慣れていないので、非常に照れてしまう。
「故に、君の意見を勇者達は最も尊重し、君が判断することで世界の動きには変化が生まれる。その程度の影響力は、すでに持っていると知ってくれたまえ」
「マジで……」
俺はいつの間にか大物になっていた。
表舞台にはほとんど現れていないのだが、着実に功績が積みあがっていたらしい。
まあ、功罪いろいろあるけどな。シュヴェルトには恨みを買ってるだろう。
「そこはセブン様、プロイス帝国がシュヴェルトを併合してしまえば良いのですわ」
おおっ、元シュヴェルト王女が故郷侵略論を!!
「そして神聖プロイス帝国初代皇帝にセブン様が……」
「いやいやいやいや」
「いやいやいやいや」
俺とロットバルトと、他三名のゼンター首脳が真顔で否定した。
皇帝に就任してもらうのは、イリアーノの血筋の人間と決まっている。
「それでは、皇帝になる方はどちらに?」
なんか、プロイス帝国という名前が通ったことで、なし崩しに元首が皇帝になってしまった。
「ああ、その方には明日お会いできるよ。直接の権力を今はお持ちにならない方だからね。形式だけ守っていればいい」
「それはぶっちゃけすぎでは……」
さすがのアイナも引いている。
ロットバルト、怖いものを知らないおっさんである。
その後、会議は解散し、俺は嫁や仲間達とゼンター散策を楽しんだ。
なんとも味わい深い都市国家である。
イリアーノやシュヴェルト、フレートと比べると、工業国家という印象が強い。
反面、農作物は城壁の外にある畑で作られ、その面積も決して広くは無いらしかった。
重要な道には砂利が敷き詰められ、コンクリートのようなもので固められている。
地下には、工房から出る排水が流れており、この排水の熱で雪を溶かしているらしかった。
大した技術だ。
反面、華やかさの無い街だった。
建物はみな、茶色か灰色。
この寒さで、針葉樹以外は葉を落としている。
常に空は曇っているようだが、これは工房から出る煙のせいで雲が生まれているのだと説明された。
「旦那! ここで食べようぜ!」
「ゼンターの食事は、機械っていうもので処理してるんだそうですよぉ! どんなのなんでしょうかぁ」
ニナとクリスが浮き浮きである。
この国の言語は、シュヴェルトと変わらない。
だから、みんな結構プロイスで通じる言語は話せるようになっている。
外国から来た娘さん達が、自国語で機械仕掛けの食事準備を楽しみにしているのが嬉しいようで、店の主人はニコニコ顔。
カウンター横に配置されたハンドルがついた機械をぽんぽん叩いて見せた。
「こいつに牛の腸と挽き肉をセットしてだな。こうやってハンドルを回すと……ぬっと、ほりゃあ! おりゃああ!」
「すげえ! みるみるソーセージが出来てくる!」
「みんな繋がってますぅ!」
「す、凄いものですね……!! まさか、腸詰め肉を作る為だけのものなのですか!」
「おうよ!」
嫁達大興奮である。
そういや、現代世界ではああやって、目の前で物を作ることがあんまり無かったものなあ。
「次、あたいがやってみたい!」
「余もやってみたいぞ!」
機械のハンドルの前に、ニナと、彼女と同じくらいの背丈の男の子が並んだ。
「あれ、なんだよお前。次はあたいだぞ」
「なに、余もやってみたいのだぞ。減るものではないのだから余に譲れ」
「なんだと! 肉が減るだろ!」
「けちな女め! 余を誰だと心得る!」
「で、殿下、ここで名乗るのはちょっと……」
「お、おお、済まぬ」
なにやら育ちのよさそうなお子様である。
髪はサラサラのブラウンで、ボブカットみたいな髪型。
目鼻立ちはしっかりしていて、かなりの美形。女装させたら物凄い美少女になるぞ。
彼は、お付らしい男性に言われて、慌てて身を引いた。
「おっ、ヴィルヘルム殿下じゃないか! いいぜ! ハンドルは重てえからこっちの嬢ちゃんと一緒に回しなよ」
「おおっ、ありがたい! 礼を言うぞ肉屋! そこのお前! さっきの無礼は許してやる! 手を貸せ、一緒に回すぞ!」
「なんだよ偉そうに! だけどあたいもそいつを回したいから、手を貸してやるぞ!」
お子様二人はぎゃいぎゃい言いながらも、仲良くハンドルを握ってぐりぐり回し始めた。
「ぬうう! お、重いな!」
「へっへー、お前男の癖に力ないなー! むむっ、うりゃあ!」
「なんと! お前、女の癖に馬鹿力だな!」
おお、ソーセージがむりむりと生まれてくる。
これは美味そうだ。さっさと焼いて食いたい。
この国風だと、ソーセージじゃなくてヴルストって言うのか?
「あの、ヴィルヘルム殿下って……」
アイナとアリスが肉屋の主人に尋ねている。
横には殿下のお付の人もいて、頭痛をこらえるような仕草をしていた。
「ああ、あのお方はな、ゼンターにお住まいになってる、古代イリアーノの正統な後継者のヴィルヘルム殿下だ」
「王子様だったのね。随分フランクなようだけれど」
「はい、殿下は市井と触れ合いながら育ちましたから。先代のご遺言で、殿下は市井の民と共に生きよと」
何やら事情がありそうだ。
それに、多分明日俺達が会う皇帝候補ってあの坊主じゃないか?
まだプロイス帝国云々の話は伝わってないらしい。
かくして、俺達はこの非公式な場で、プロイス帝国初代皇帝陛下であるヴィルヘルムと飯を食うことになった。
「何、こやつがセブンか!! 思っていたよりも貧相なのだな!」
「だろー」
俺は率直なヴィルヘルムの物言いに好感を抱いた。
紛う事無き、貧相オブ貧相が俺である。今現在、世界で注目されているのが何かの間違いにしか思えない。
だが、この言葉に嫁達は猛烈に怒った。
激怒である。
「七郎さんは凄い方なんですよ!! この方がおられなければ、世界はまだまだ昔のままで、悪魔にいいようにされるばかりでした!」
「セブン様はぁ、私に自信をくれたとっても大切な人なんですよぉ! 私達を守ってくださるために、危険な悪魔の前にだって、立ちはだかるんですからぁ!」
「そうだぞ! セブンの旦那はすっげえーんだ! あの勇者エドガーとも友達なんだぞ! ジャスティーンだって旦那がいなきゃまだまだ閉じ込められたままだったんだ!」
ニナの言葉に、うんうんとジャスティーンは頷く。
「わたくしが世界を知る切欠になって下さいましたわね。人の生まれや身分にこだわる事なく、その人間の有り様だけを見つめ、向き合ってくださる方ですわ」
「そうねえ。見た感じダメな人だけど、結構やる時はやるんですよ、彼。特にいやがらせをする時の執念は軍でも見たことがないほどだわ」
「セブン様はすげえ!」
「そうだ、すげえ!」
「超すげえ!」
俺はむずがゆくなって、もぞもぞする。
や、やめろー! なんかすげえ恥ずかしい!
「セブン様が見た目どおりの方だったら……私だってこの方の子供を産もうと思いませんでしたから」
セレーネがさらっと言った。
一気に注目がセレーネに集まる。
「まま、まさかセレーネさんあなた……!」
「セブン様の子供がぁ……!?」
「おおー! おめでとうセレーネ!!」
「あら、おめでたいですわね」
「いつ生まれるのだ?」
「七郎も隅に置けないわね」
「セブン様はすげえ!」
「そうだ、すげえ!」
「超すげえ!」
話から取り残されたヴィルヘルムはちょっとポカンとして、すぐに、笑い出した。
「いや、余の目が間違っていたようだ。これほどの人間達に慕われ、評価される男がただの貧相な男であるはずがない。許せ、セブン」
「あー、まあ、それは別にいいですよ」
どうやら俺は、子供には普通に話せるようだ。
「それに、俺達多分それなりに深い付き合いになるんで」
「何?」
みんなから追及されたり祝福されたりするセレーネを背後に、俺はヴィルヘルムと向かい合った。
「殿下って、いや、多分もう、陛下になるんですけどね。俺達はプロイス統一を手伝う為に来たんですけど、やる気あります?」
この少年についてググって知った事。
それは、彼が天涯孤独の身だと言う事だ。
彼の肉親は全て死んでいる。表向きは病死だったが、その全ては暗殺だ。
下手人は暁の星教団と、イリアーノ。
俺達がアリトンを倒した騒ぎで、イリアーノが身動きが取れなくなり、ヴィルヘルムの命は助かった。
ネットには何でも書いてあるんだぞ!
ま、これも何かの縁だろう。
「陛下、か……。余は……そうだな。良き王になりたいと思っている」
「おっ、いいですな。じゃあ、俺はそれを手伝いますよ」
これが、俺が神聖プロイス帝国初代皇帝、ヴィルヘルム一世と友人になった始まりの出来事だった。




