第八十七話 雪国都市国家防衛戦(を見ながら飯を食う)
「おお、やってるなあ」
俺はロットバルトが作った遠見の筒……つまりは望遠鏡を使って、激しい戦闘を行う都市国家を眺めていた。
今、プロイス連邦はあちこちで天使との戦闘状態にある。
ここ、都市国家ゼンターにおいても、それは変わらなかった。
どうやらジャスティーンが去ったタイミングで、天使による侵攻が始まったらしい。
「恐らく、プロイスが世界の果てに近いからだろうね。天使は世界の果てを越えてやってくる。ゆえに、プロイスが落とされれば次はシュヴェルトとフレートが標的になるだろう」
固焼きパンに燻製肉を挟んだものを齧りつつ、ロットバルトが解説した。
「ですが、プロイスは機械という技術に長けた国が多いと聞きます。ゼンターも火薬なるものを発明したとか」
「悪魔の入れ知恵だがね」
セレーネの質問に、ロットバルトは優しく微笑んで見せた。
「魔術を使うには、魔力と才能がいる。だが、火薬を用いれば、魔術を使えない人間も高い戦闘力を発揮する。アリシア君が使っているクロスボウも、火薬仕掛けのクォレルを用いているはずだ」
「確かにそうね。これが作られたというディアスポラも火薬を扱っているのかしら」
「火薬は本来、勇者エドガーが生成する特殊な薬品だったように思います。ですが、このゼンターでは一般的に浸透しているようですね」
都市国家からはパチパチと火花が散り、そのたびに上空にいる天使がパラパラと落ちていく。中には、その場で光になって消えてしまう者も。
なかなかの威力だと言っていいだろう。
「だけれど、魔法があるのなら、火薬なんてものは使わなくても良いのではないかしらね? 呪文を唱えて火をおこすとか」
「そうだね。魔術は比較的一般的な力だ。百人に一人は魔術を使う才能があり、そこにいるセレーネ君のように、魔術師の弟子となって術を扱う腕を磨いていく。だが、魔術が発現する人間に法則性があると言ったら信じるかね? つまり、魔術を使える人間はあらかじめ決められているのだよ」
「そうなのですか!?」
セレーネが目を丸くした。
俺はと言うと、ソーセージとザワークラウトを一緒にして、固焼きパンに挟んで食っている。
飲み物がワインか蒸留酒しかないのが玉に瑕だなあ……。
「この国って、なんでも塩漬けにするよなー」
「寒すぎると作物が取れないですからねぇ。こうやって保存する技術が発達してるんですぅ」
「私はソーセージとか好きですけど、お酒じゃない飲み物がほしくなっちゃいますね」
アイナの意見に俺としても同意である。
オードリーなんかはかぱかぱワインを飲んでいるが。
「わたくし、ワインくらいならあまり酔いませんの」
白人のアルコール分解能力は高いからな。この中で一番酒に弱いのは俺かもしれん。
「セブン、私が雪を蒸留した水ならあるが飲むかね」
「ありがてえ」
ロットバルトは全く便利屋である。
何でも用意しているんじゃないのか。
お、大砲が撃たれた。今度のはでかい大砲だな。
上空にいる天使がわーっと散ったぞ。
「どうやら侵攻して来ている天使は、下位の連中のようだね。あれなら人間の手で十分に撃退できるだろう」
俺達が見た村は、天使と戦う備えが存在しなかった為に蹂躙されたらしい。
軍備がある都市国家であれば、あの程度の数の天使に負けることは無いと言うことか。
天使どもはさほど高く飛べないらしく、どうしても大砲の射程に収まる。
あの羽の大きさでは本来飛べないはずだが、魔術の力を使って飛んでいるのだろう。
だが、飛べないものを無理に飛ばしているのだから、限界があるらしい。
「見ていてつまらんなあ。俺が出るまでもない。天使と言うのは雑魚しかおらんのか」
憤然と、チーズと燻製肉を山ほど巻いたパンを頬張るジャスティーン。
昨日相手をした上位の天使も、手ごたえがあまり無かったらしい。
まだネームドの悪魔の方が手ごたえがあるようだ。
多分、天使に関しては俺とアリスがこの場では詳しい。オタク知識なら俺だろう。
「ジャスティーン、天使は九つの階級に分かれてるとも言われてるぞ」
「なに!」
「昨日お前がやっつけたのは、最下級の天使と、第二位の大天使だろう。あの上に、権天使、能天使、力天使、主天使、座天使、智天使、熾天使と続くんだ。連中の頂点には、熾天使の最上位である七人がいて、七大天使と言う」
俺の解説に、誰もが目を丸くし、口をあんぐりと開けて聞き入った。
少ししてから、アイナが、
「し、七郎さんは本当に賢者だったんですね……」
しみじみと言った。
なにおう!
今まで俺をどう思ってたんだ!
「手のかかるかわいい人だと……」
「そ、それはちょっと照れるな」
だが、俺の言葉には、ロットバルトすらも驚愕したらしい。
「どの文献にも存在しない知識だ。セブン、君はどうやら、来るべくしてこの世界にやって来たようだな」
「凄い……! セブン様、本当に凄いです……! 確かに、黒貴族八柱と魔王四柱と対応するには、それなりの数の最上位の天使がいておかしくないですからね……!」
「うん、まあ、中二病を患ってた時期があってなあ。それと、気になる記述があるんだけど」
「なんだね?」
俺はロットバルトにそれを見せた。
スマホの画面に表示された文字を、この国の言葉に翻訳してみせる。
多分、ロットバルトはガーデンの言葉ならどれでも読めてしまいそうである。
「黒貴族オリエンスは、時に天使カマエルと等しい存在だと言われる事があるそうだ。まあ、つまり……黒貴族にスパイがいるんじゃねえ?」
俺の口が饒舌に動いた。
中二な発言をする時のみ、俺は全てのくびきを解き放てるらしい。
なんてひどい才能だ。
天使カマエルは、状況によっては七大天使に数えられる存在だ。
そして、彼と並び立つザドキエルはアザゼルであるとも言われていて、これは悪魔ペイモンとも同一であるという説もあるらしい。
「それが真実であるならば、悪魔と天使というのは、本質的に同じ存在であると言えそうだね」
ロットバルトの目が輝いた。
この男、知識に触れると生き生きするタイプだ。セレーネの上位互換だな。
「あ、終わったみたいだ」
望遠鏡を使っていたニナが報告してきた。
ちょうどお弁当セットも食べ終わった頃合である。
「よし、様子を見に行ってみようか」
ロットバルトに先導されて俺達が向かうと、ゼンターの城壁は綺麗なものだった。
天使は人間を塩の柱にする光線を放つが、石の城壁を破壊するほどの威力はないらしい。
浅草でやりあった殲滅天使が異常だったんだな。
「やあ、ロットバルト殿では無いですか!」
都市の入り口に差し掛かると、上から声がかかった。
地位が高そうな鎧を着た男が身を乗り出している。
「ローダン将軍、無事だったようだね」
「いやはや、苦労いたしました! ここで話すのも何です。今そちらに参りましょう」
なかなかフットワークの軽い男らしかった。
彼はすぐに門を開けると、俺達を招きいれた。
女子が多い一行に怪訝な顔をしたものお、ジャスティーンとオードリーの姿を認めると、すぐに顔色を変えた。
「こ、これは、絶槍武侠ジャスティーン、そして鋼鉄王女オードリー……!!」
「そして、彼が万魔の賢者と呼ばれる、勇者の率い手、セブンだよ」
「なんとぉっ……!!」
ローダン将軍は驚きのあまり、50cmくらい飛び上がった。
身が軽いなー。
俺達は早速、都市国家の政治中枢へと案内される。
ここの政治形態は合議制になっているようだ。
商人の長、猟師の元締め、そしてローダン将軍の三名が国の頂点である。
一応、かつて存在した正統イリアーノ王国の血を継ぐ王家があるようなのだが、お飾りだとの事。
その辺はディアスポラと変わらんかな?
会議をするための質素な部屋には、ジャスティーンとオードリーが通された、俺はアイナの同行を願い、正妻だということで入場許可をもらう。
「私達は街の中を見て回るわ」
「助けが必要な方もいるかもしれませんしぃ」
「何かあっても、あたいがゴーラム連れてるから大丈夫だよ! 安心しな旦那!」
『ま”』
「この国の文献とかあったら、買っていいですか?」
俺はセレーネにお金が出るカードを手渡し、荷物になるから一冊まで、と念押しした。
嫁たち+1とABCがぞろぞろ街に出かけていく。
うちも大所帯になったなあ。
俺達が席につくと、茶が出た。
紅茶とは違う、なんだか妙な味がするお茶だ。
「豆の茶ですわよ。滋養がありますの」
なるほど……。
俺とアイナは、この癖のあるお茶が旨いのか不味いのか分からないまま飲んだ。
「ローダン将軍、西の村が滅ぼされたぞ」
「なんと! あの村には、戦士がおりませんでしたからな。猟師だけでは限りがありましたか」
「火薬と銃の増産が必要になるだろうね。鍛治の頭数は足りているのかね」
「火薬は手間が、銃は精度がどうしても確保できませんでな……」
銃まであるのか。
プロイスの土地で技術の革命が起こっているんじゃないだろうか。
そう思っていたら、どうやら違ったらしい。
この土地の土が、糞尿と混ぜて加工すると爆発する性質を持っているらしい。
プロイスの一地方でのみ生産できる特産品が火薬と言うことだ。
おかげで排泄物の処理と火薬生産がイコールになるため、街は清潔だが、使える火薬になるには時間がかかる。
それに、鍛治を生業にするものでも、腕のいいものしか銃は作れない。
鉄の玉と、玉を打ち出す筒の大きさを合わせる精緻な技術が必要とされる為だ。
火薬と銃の生産は、ずいぶん前から行われていたが、そんな理由で外へ流出するほどの数を作れていないらしい。
ちなみに、エドガーの炸裂クォレルも原産地がここであると聞いて驚いた。
それなりのルートを使って、ゼンターから火薬を輸入する手段があるんだろう。
ちなみに、土の成分と、糞尿の配合比率は門外不出。当たり前か。
「奴らはここ数日で勢力を拡大しましてな。今のところ、どの国も落とされてはいないようですが。そこまで戦力があるわけでもないようですな」
「いや、それがそうでもない」
「うむ! セブンが詳しいな!」
「セブン様、先ほどの話を説明して差し上げてはいかがですの?」
途中から、商人と猟師のトップもやってきたので、俺はアイナに通訳してもらいながら説明を行った。
徐々に、ゼンター首脳陣の顔色が悪くなる。
「それは事実なのですかな」
「セブン様が知る限りの知識では、さまざまな文献がその事実を示していたそうです」
「今やってきているのは、尖兵に過ぎぬと。では……位は一体どれほどで?」
俺は少し考えた。
まあ、間違いなくこれだろう。
「第二位の大天使程度しかまだやって来ていないですね」
俺の意思を代弁したアイナの言葉に、ゼンター首脳陣が動揺した。
特に、熾天使クラスは黒貴族に匹敵すると言う説明を聞いて、真っ青になった。
俺としては、熾天使の中でも、七大天使、特にミカエル、ガブリエル、ラファエル、ウリエルの四柱は別格だと考えている。
どの文献でも、彼らは必ず天使の頂点に君臨すると書かれているからだ。
ただ、そうそうホイホイ、こいつらはやってこないだろう。
黒貴族どもの腰の重さを見れば想像できる。
オリエンスがおかしいんだ。
というか、あいつ自体がカマエルだとするなら、もっとやばいことになるんだが。
「そういう事だね。これより、対策を立てていこう。場合によっては……プロイスを一つにせねば勝てないかもしれないぞ」
プロイスの統一。
なるほど、確かに、人間が都市国家別でバラバラになってちゃ、勝てるものも勝てまい。
話が大きくなってきたようだった。




